拡張型心筋症(Dilated cardiomyopathy:DCM)とは、心臓の心室が拡大し、ポンプ機能が低下してしまう病気を指します。
この病気になると心臓の筋肉が伸び切ってしまうため、収縮する力が弱くなり、体に必要な血液を十分に送り出せなくなります。
進行していくタイプの病気で、重症化した場合には心不全を引き起こす可能性があります。
拡張型心筋症(DCM)の種類(病型)
拡張型心筋症は、後天性DCM、先天性症候群に伴うDCM、非症候群性の先天性DCMの3つの種類に分類されます。
後天性(二次性)DCM
後天性(二次性)DCMとは、他の疾患や要因によって引き起こされる拡張型心筋症(DCM)を指します。
- 虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)
- 高血圧
- 弁膜症
- 心筋炎
- 薬剤(一部の抗がん剤やアルコールの長期過剰摂取など)
- 代謝性疾患(甲状腺機能亢進症や糖尿病など)
- その他(妊娠、膠原病、サルコイドーシスなど)
先天性症候群に伴うDCM
先天性症候群に伴うDCMは、遺伝的な要因により他の臓器にも異常を伴う症候群の一部として発症します。
デュシェンヌ型筋ジストロフィー、エメリー・ドレイフェス症候群、ミトコンドリア病などが代表的な症候群です。
症候群 | 心筋以外の主な異常 |
デュシェンヌ型筋ジストロフィー | 骨格筋の萎縮、筋力低下 |
エメリー・ドレイフェス症候群 | 関節拘縮、筋力低下 |
ミトコンドリア病 | 中枢神経系、内分泌系の異常 |
非症候群性の先天性DCM
非症候群性の先天性DCMは、心筋に限局した遺伝的異常により発症します。
原因となる遺伝子変異は多岐にわたりますが、主に以下のようなタンパク質の異常が関与しています。
- 細胞骨格タンパク質(ジストロフィン、デスミンなど)
- 核膜タンパク質(ラミンA/Cなど)
- 筋小胞体タンパク質(ホスホランバンなど)
家族性に発症するケースが多く、遺伝子検査による早期診断と家族への介入が重要となるのが特徴です。
拡張型心筋症(DCM)の主な症状
拡張型心筋症の主な症状は心臓のポンプ機能低下に起因するものであり、重症化すると生命に関わる危険性があります。
初期の段階では無症状の場合もありますが、病気が進行するにつれ、息切れやむくみ、動悸や倦怠感などがあらわれます。
息切れ
拡張型心筋症の特徴的な症状の一つが、息切れです。
心臓から全身に送り出される血液の量が減ると体内の酸素需要を十分に満たせなくなるため、特に体を動かしたり、力仕事をしたりする際に息切れを感じやすくなります。
症状 | 概要 |
安静時の息切れ | 心不全が悪化すると、安静にしていても息切れを感じるようになります |
夜間の息切れ | 夜間、ベッドに横たわると息切れが強くなる場合があります |
浮腫(むくみ)
心臓のポンプ機能の低下により、体内に水分がたまりやすい状態になります。その結果、次のような浮腫が生じる可能性があります。
- 足のむくみ、だるさ
- おなかの張り
- 体重の増加
- 食欲の低下
動悸
拡張型心筋症では、心臓から送り出される血液量を一定に保つため、心臓の拍動数が上昇します。
そのため、動悸がよくみられます。安静時にも動悸が起こる場合があり、日常生活に影響を及ぼすこともあります。
全身倦怠感
心臓のポンプ機能が低下すると、全身にまわる血流量が減るため、倦怠感を感じるようになります。
疲労感が強く、日常の活動を行うのが大変になるケースもあります。
拡張型心筋症(DCM)の原因
拡張型心筋症(DCM)を引き起こす原因は遺伝的要因、ウイルス感染、自己免疫疾患、代謝性・内分泌疾患など様々な要因が関与しているとされています。
詳しい原因は未だ不明ですが、20~30%が家族性です。
遺伝的要因
DCMの約20〜30%は遺伝的要因によるものと考えられています。
遺伝性DCMでは、心筋細胞の構造や機能に関連する様々な遺伝子の変異が原因です。
遺伝子 | 関連する心筋の構造・機能 |
TTN | サルコメアの構造維持 |
MYH7 | 心筋収縮に関与 |
LMNA | 核膜の構造維持 |
ウイルス感染
ウイルス性心筋炎がDCMの原因となる場合もあります。
特にコクサッキーウイルスやアデノウイルスなどのウイルス感染が関与していると考えられていて、ウイルス感染により心筋の炎症や損傷が生じ、心機能低下につながります。
自己免疫疾患
自己免疫疾患に伴う心筋炎もDCMの原因の一つです。
全身性エリテマトーデス(SLE)や皮膚筋炎などの自己免疫疾患では、自己抗体が心筋を攻撃し、DCMを引き起こす可能性があります。
代謝性疾患・内分泌疾患
以下のような代謝性疾患や内分泌疾患がDCMの原因となる場合があります。
- 糖尿病
- 甲状腺機能低下症
- 褐色細胞腫
- ヘモクロマトーシス
これらの疾患では、心筋への直接的な影響や全身性の代謝異常を介してDCMが生じると考えられています。
疾患 | DCMの発症機序 |
糖尿病 | 高血糖による心筋障害 |
甲状腺機能低下症 | 甲状腺ホルモン不足による心筋への影響 |
診察(検査)と診断
拡張型心筋症の診察と診断では、心臓の機能や心筋の状態を詳しく評価し、他の疾患を除外した上で臨床診断と確定診断を行います。
身体所見
身体所見では、心臓の雑音、肺の異常音、首の静脈の怒張、足のむくみなどを確認します。
これらの所見は、心臓の機能低下や体液のうっ滞を示唆する重要な手がかりとなります。
検査による評価
拡張型心筋症の診断には、以下の検査が用いられます。
検査名 | 目的 |
心電図 | 不整脈や心筋の障害の有無を確認 |
胸部X線 | 心臓の拡大や肺のうっ血の有無を評価 |
心エコー図 | 心臓の内腔の拡大や収縮力の低下を評価 |
心臓MRI | 心筋の詳細な形態や線維化の状態を評価 |
これらの検査によって、心臓の機能や心筋の状態を詳しく調べます。
また、必要に応じて心筋の一部を採取して顕微鏡で調べる心筋生検を行う場合もあります。
- 血液検査:心不全の指標となるBNPやNT-proBNPの上昇を確認
- 運動負荷試験:運動耐容能の評価や不整脈の誘発の有無を確認
- 冠動脈造影:冠動脈疾患の合併の有無を評価
臨床診断と確定診断
拡張型心筋症の臨床診断は、以下の基準を満たす場合に行われます。
- 左心室あるいは両心室の拡張と収縮力の低下がみられる
- 冠動脈疾患、弁膜症、高血圧などの明らかな原因がない
診断基準 | 詳細 |
主要項目 | 左心室の拡張および収縮力の低下 |
副次項目 | 家族歴、遺伝子の異常、心筋生検の所見 |
また、他の心臓病や全身疾患の除外も重要なポイントです。
拡張型心筋症(DCM)の治療法と処方薬、治療期間
拡張型心筋症の治療は症状の改善と心機能の維持が目的であり、主に薬物療法が行われます。
原因不明であるため、根本治療は心臓移植以外にはありません。
薬物療法
薬物療法では、心不全の症状改善と心機能維持のため、以下のような薬剤が使われます。
薬剤名 | 効果 |
ACE阻害薬 | 血管を拡張し、心臓への負担を軽減 |
β遮断薬 | 心拍数を抑え、心臓への負担を軽減 |
利尿薬 | 体液貯留を改善し、心臓への負担を軽減 |
これらの薬剤は、症状に合わせて単独もしくは併用して使用されます。
また、心機能が著しく低下している際には、ジギタリス製剤という強心薬が使われる場合もあります。
薬剤名 | 効果 |
ジギタリス製剤 | 心収縮力を高め、心拍出量を増加 |
非薬物療法
薬物療法と同時に、以下のような非薬物療法も実施されます。
- 塩分や水分を制限する食事療法
- 適度な運動療法
- 禁煙や節酒などの生活習慣改善
非薬物療法は心臓への負担を減らし、症状の改善に役立ちます。
デバイス治療
薬物療法や非薬物療法でも十分な効果が得られない場合、心臓再同期療法(CRT)や植込み型除細動器(ICD)などのデバイス治療が検討されます。
これらのデバイスは、重症の心不全患者の予後改善に効果があると分かっています。
心臓移植
心臓移植とは、重症の心不全患者に対して、健康な心臓を提供者(ドナー)から移植する手術です。
他の治療法で効果が得られない重症例に対して行われる最終手段です。
- 薬物療法やデバイス療法など、内科的治療で効果が得られない場合
- 拡張型心筋症が進行し、心臓のポンプ機能が著しく低下している場合
- 生命予後が短いと予想される場合
- 移植後の生活の質(QOL)の向上が期待できる場合
移植の適応があると判断された場合、移植待機者として登録され、ドナーが現れるのを待ちます。
心臓移植は拡張型心筋症の重症例に対して有効な治療法ですが、ドナー不足や手術のリスクなど、様々な課題があります。
治療期間
拡張型心筋症の治療は、長期間にわたって継続する必要があります。
病状が落ち着いている時でも、定期的な診察と検査を受け、薬物療法を続けることになります。
心機能が良くなった場合でも、治療を止めてしまうと再び悪化してしまう可能性があるため、医師の指示通りに治療を継続することが大切です。
予後と治療のポイント
拡張型心筋症の予後を良くするには、早期発見が非常に大切です。
心機能の低下が軽度のうちに見つけて治療を始めることで、予後の改善が見込めます。
予後
発見時の心機能 | 5年生存率 |
NYHA心機能分類I度 | 90%以上 |
NYHA心機能分類IV度 | 50%未満 |
NYHA心機能分類I度、つまり心機能の低下が軽度で見つかった場合、5年生存率は90%を超えており予後は良好です。
反対に、NYHA心機能分類IV度、つまり重度の心不全の状態で発見された場合は、5年生存率が50%に満たず予後は芳しくありません。
厚生労働省の調査では、拡張型心筋症の5年生存率は76%であり、死因の多くは心不全または不整脈であると報告があります。
治療のポイント
治療のポイント | 注意点 |
薬物療法の継続 | 心機能の維持・改善のため、処方された薬剤を継続して服用する |
生活習慣の改善 | 禁煙、節酒、減塩、適度な運動など、心臓に負担をかけない生活を心がける |
拡張型心筋症(DCM)の治療における副作用やリスク
拡張型心筋症の治療には、副作用やリスクが伴う可能性があります。
薬物療法に伴う副作用
DCMの治療に用いられる薬剤には、副作用が報告されています。
薬剤 | 主な副作用 |
βブロッカー | 徐脈、低血圧、気管支痙攣 |
利尿薬 | 電解質異常、脱水、腎機能低下 |
ACE阻害薬/ARB | 空咳、血管浮腫、高カリウム血症 |
非薬物療法のリスク
DCMの非薬物療法には、心臓再同期療法(CRT)や植込み型除細動器(ICD)などがありますが、これらにもリスクが伴います。
CRTの合併症としては、リードの移動や感染、心穿孔などが挙げられます。 ICDの合併症には、不適切なショック、リードの損傷、感染などがあります。
心臓移植のリスク
心臓移植にはさまざまなリスクが伴います。
また、心臓移植を受けた場合は生涯にわたって免疫抑制療法を受ける必要があり、感染症や悪性腫瘍のリスクが高くなります。
合併症 | リスク因子 |
拒絶反応 | HLA不適合、免疫抑制療法の不十分 |
感染症 | 免疫抑制療法、日和見感染 |
PTLD | EBウイルス感染、免疫抑制療法 |
冠動脈病変 | 移植後の心臓虚血、高脂血症 |
腎機能障害 | 免疫抑制薬の腎毒性、高血圧 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
拡張型心筋症の治療には継続的な医療が欠かせず、それに伴う経済的な負担は大きくなります。
指定難病の医療費助成制度
拡張型心筋症は指定難病に指定されているため、医療費助成制度の対象となっています。
拡張型心筋症の重症度分類を用いて、中等症以上が対象です。
詳しくは難病情報センターのホームページをご確認ください。
検査費・処置費の目安
拡張型心筋症の診断や経過観察に必要不可欠な検査には、心電図、心エコー、血液検査などがあります。
これらの検査費用は、1回あたり数千円から数万円程度が一般的です。
検査・処置の種類 | 金額の目安 |
心電図 | 1,000 – 3,000円 |
心エコー | 5,000 – 15,000円 |
血液検査 | 3,000 – 10,000円 |
入院費
拡張型心筋症が重症化し、入院治療が必要になった際は入院費が発生します。
入院費は1日あたり数万円から10万円以上と高額になるケースもあり、入院期間が長期化すれば、それだけ経済的な負担が大きくなります。
以上
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