不完全型AVSD(incomplete AVSD)とは、心房中隔欠損症(ASD)を伴うものの、心室中隔に欠損がないタイプの房室中隔欠損症です。
以前は不完全型ECD(incomplete ECD)とも呼ばれていました。
不完全型AVSD(incomplete AVSD)の主な症状
不完全型AVSDで最も目立つのは、心臓の構造的な問題による血液循環の乱れから生じる心不全に関連する症状です。
具体的には、息切れ、疲れやすさ、体を動かす能力の低下などが挙げられます。
息切れは特に赤ちゃんや小さな子どもで顕著で、ミルクを飲むときや泣くときにひどくなります。
日々の生活や軽い運動でもすぐに疲れてしまう状態となり、体を動かす能力の低下は、同じ年齢の子どもができる活動ができないなどの形で現れます。
これらの症状は、心臓の異常な構造のために血液がうまく体中を巡れていないことを示しています。
心不全の主な症状 | どんなときに見られるか |
息切れ | ミルクを飲むときや泣くとき |
疲れやすさ | 日常生活や軽い運動で |
体を動かす能力の低下 | 同年齢の子どもと比べて |
不完全型AVSDでは、心房中隔欠損(ASD)、僧帽弁閉鎖不全(MR)、三尖弁閉鎖不全(TR)がみられます。
成長障害
不完全型AVSDがある場合、心臓の異常な構造によって体に十分な酸素や栄養が行き渡らないため、成長がうまくいかなくなります。
体重が増えにくかったり、身長が伸びにくかったりする場合が多く、特に赤ちゃんや小さな子どもで目立ちます。
同じ年齢の健康な子どもと比べると、成長の度合いにはっきりとした差がみられます。
チアノーゼ
チアノーゼは、不完全型AVSDで現れる特徴的な症状の一つです。
チアノーゼとは、血液中の酸素が少なくなることで、皮膚や粘膜が青紫色に変色する状態を指します。
チアノーゼの程度は、心臓の異常がどれくらい重いか、血液の流れがどうなっているかによって違います。
軽い場合は唇や爪の根元がわずかに色変わりする症状がみられ、重い場合では顔全体や手足まで広がるケースもあり、より明確に見えます。
体を動かしたり泣いたりして体が酸素を必要とする状況では、チアノーゼがより目立ちます。
チアノーゼが現れる場所 | どんな特徴があるか |
唇 | 軽い場合に現れやすい |
爪の根元 | 初めの段階で見られる |
顔全体 | 重い場合に見られる |
手足 | とても重い場合に目立つ |
繰り返す呼吸器の感染
不完全型AVSDでは、心臓の構造が異常なために肺に流れる血液が増え、肺を守る機能が弱くなるために、呼吸器の感染を繰り返す場合があります。
風邪やインフルエンザなどのありふれた感染症にかかりやすく、症状が長く続く傾向です。
特に、冬や季節の変わり目に感染するリスクが高くなります。
その他の症状
- 心拍数が増える
- 汗をかきやすくなる(特にミルクを飲むとき)
- 食べたがらない
- 機嫌が悪くなったり、刺激に敏感になったりする
これらの症状は、心臓の異常な構造による血液の流れ方の変化や、体全体の状態が悪くなっていることを反映しています。
症状の強さや組み合わせは一人ひとり異なり、年齢や心臓の異常がどれくらい重いかによっても変わります。
不完全型AVSD(incomplete AVSD)の原因
不完全型AVSDの主な原因は、胎児期における心臓の発生過程での異常です。遺伝的要因と環境要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
胎児期の心臓発生と不完全型AVSD
不完全型AVSD/ECDは、胎児期における心臓の発生過程で生じる異常が主な原因です。
- 心房中隔と心室中隔の形成不全
- 房室弁の異常
心臓の発生は胎生3週目から始まり、約8週目までに基本的な構造が形成されます。
この胎児の心臓がつくられる時に、心内膜床と呼ばれる構造が正常に形成されず、分化しないことで生じます。
この過程での障害により、心房と心室を隔てる壁や弁に欠損が生じるのです。
遺伝的要因の関与
不完全型AVSDの発症には遺伝的要因が深く関わっていて、特に、ダウン症候群(トリソミー21)との関連が強いです。
ダウン症候群の患者さんの約40%に何らかの先天性心疾患が見られ、その中でもAVSDは最も頻度の高い心奇形の一つとされています。
ただし、ダウン症候群以外の染色体異常や遺伝子変異も、発症リスクを高める要因となり得ます。
染色体異常 | AVSD/ECDとの関連 |
トリソミー21(ダウン症候群) | 強い関連 |
トリソミー13 | 関連あり |
トリソミー18 | 関連あり |
22q11.2欠失症候群 | 関連あり |
最近の研究では、特定の遺伝子変異がAVSD/ECDの発症と関連していることが明らかになっています。
例えば、心臓の発生に重要な役割を果たしているCRELD1、GATA4、NKX2.5などの遺伝子の変異がこの疾患のリスクを高める可能性が報告されています。
環境要因の影響
遺伝的要因に加えて、環境要因も不完全型AVSD/ECDの発症に関与する可能性があります。
環境要因の例
- 妊娠中の感染症(特にウイルス感染)
- 母体の糖尿病
- 妊娠中の薬物使用
- 放射線被曝
- 栄養不足
これらの要因が単独で、または遺伝的素因と相互作用した結果、不完全型AVSD/ECDの発症リスクを高める可能性があります。
診察(検査)と診断
不完全型AVSDの診断は、聴診、胸部X線、心電図などの検査所見に加え、心臓超音波検査で確定し、必要に応じて心臓カテーテル検査で合併心疾患や肺高血圧症の程度を評価します。
画像診断
心エコー検査により、心房中隔欠損や心室中隔欠損の存在、房室弁の形態異常などを詳細に観察できます。
より精密な評価が求められる際には、心臓MRIやCTスキャンが実施される場合もあります。
心電図検査
心電図検査は、不完全型AVSDの診断において必須の検査の一つです。
この検査では、心臓の電気的活動を記録し、不整脈や伝導障害の有無を評価します。
不完全型AVSDに特徴的な心電図所見として、右軸偏位や右脚ブロックパターンが観察されます。
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査により、シャント量の定量化や肺高血圧の程度を正確に把握できます。
また、造影剤により心臓内の血流パターンや構造異常をより明確に可視化できます。
検査項目 | 評価内容 |
心内圧測定 | 各心腔内の圧力を直接測定 |
血行動態評価 | シャント量や肺体血流比を算出 |
造影検査 | 心臓内の血流パターンを可視化 |
遺伝子検査の新たな展開
近年、遺伝子検査技術の飛躍的な進歩により、不完全型AVSDに関連する遺伝子変異の同定がより精密に行えるようになりました。
特定の遺伝子変異が確認された場合、診断の確実性が高まるだけでなく、家族内のスクリーニングにも有用な情報を提供します。
ただし、遺伝子検査の結果解釈には高度な専門知識が必要であり、遺伝カウンセリングと併せて慎重に行われることが求められます。
不完全型AVSD(incomplete AVSD)の治療法と処方薬、治療期間
不完全型AVSDの主たる治療法は、外科的手術(穴を塞ぐ手術)です。中等症~重症例の場合で、一般的に生後6か月から1歳の間に実施されます。
軽症例では経過観察となります。
外科的手術
手術の主目的は、心房中隔欠損の閉鎖と僧帽弁裂隙の修復です。手術により心臓の構造異常が是正され、血流が正常化されます。
手術のタイミングは、症状の重症度や全身状態を総合的に評価して決定されます。
早期の外科的介入は、心臓への負荷を軽減し、長期的な予後を大幅に改善する上で非常に重要です。
薬物療法による症状管理
手術の前後において、薬物療法は症状の緩和と心臓機能の維持に欠かせません。
以下は、頻用される薬剤と主な効果です。
薬剤分類 | 主な効果 |
利尿薬 | 体内の過剰水分を排出し、心臓の負担を軽減 |
ACE阻害薬 | 血圧を低下させ、心臓の仕事量を減少 |
ジギタリス | 心臓の収縮力を増強し、心拍数を調整 |
β遮断薬 | 心拍数を抑制し、心筋酸素消費量を減少 |
術後の定期検査・長期管理
不完全型AVSDの治療は手術で完結するのではなく、生涯にわたる継続的な管理が必要です。
定期的に実施される検査には次のようなものがあります。
これらの検査結果を総合的に分析し、治療方針の微調整や追加の介入の必要性を検討します。
予後と再発可能性および予防
不完全型AVSDの予後は一般的に良好ですが、合併心疾患や肺高血圧症の有無、僧帽弁閉鎖不全症の程度によって異なり、定期的な経過観察が必要です。
再発リスクは比較的低いものの、合併症の可能性があるため、継続的な定期観察が必要です。
治療後の予後
不完全型AVSDの外科的治療後、多くの患者さんは良好な予後を期待できます。
手術の成功率は高く、ほとんどの患者さんは通常の生活を送れるようになります。
ただし、個々の症例によって予後が異なる点があるため、継続的な観察が必要です。
再発リスクと長期的な合併症
不完全型AVSDの再発リスクは比較的低いものの、完全になくすことはできません。
合併症 | 発生頻度 |
弁逆流 | 10-20% |
不整脈 | 5-15% |
心内膜炎 | 1-5% |
妊娠と出産への影響
不完全型AVSDの治療後の女性の方にとって、妊娠と出産は特別な配慮が必要な問題です。
多くの場合、医療管理のもとで安全に妊娠・出産を行えますが、個々の症例に応じたリスク評価と綿密な計画が求められます。
また、妊娠中は心臓への負担が増加するため、より頻繁な観察と必要に応じた投薬調整が必要です。
また、出産方法についても、患者さんの状態に応じて適した選択肢が検討されます。
不完全型AVSD(incomplete AVSD)の治療における副作用やリスク
不完全型AVSDの治療における外科手術では、不整脈、感染症、出血、心機能低下などのリスクがあります。
手術後の合併症
手術直後の期間は、出血や感染のリスクが高まります。
合併症 | 発生率 |
出血 | 5-10% |
感染 | 2-5% |
不整脈のリスク
手術中に心臓の電気系統に影響を与える可能性があるため、手術後に不整脈の発生リスクが増加します。
特に、心房細動や心房粗動などの上室性不整脈が比較的高い頻度で観察されます。
これらの不整脈は、患者の心機能や生活の質に影響を与える場合があるため、注意深い観察と対応が必要です。
長期的には、ペースメーカーの植え込みが必要になるケースもあります。
感染症のリスク
手術後の感染症は、深刻な合併症の一つです。特に、人工心肺装置を使用する開心術では術後感染のリスクが高まります。
最も懸念されるのは、心内膜炎や縦隔炎などの深部感染症です。
これらの感染症は、治療が難しく、入院期間の延長や追加の手術が必要になる場合があります。
予防的抗生物質の投与や厳密な無菌操作によってリスクを低減できますが、完全に排除することは困難です。
感染症の種類 | 重症度 | 治療期間 |
表在性創感染 | 軽度 | 1-2週間 |
心内膜炎 | 重度 | 4-6週間 |
縦隔炎 | 重度 | 6-8週間 |
長期的な心機能低下の可能性
不完全型AVSDの手術は、多くの患者で良好な結果をもたらしますが、長期的な心機能低下のリスクは無視できません。
手術によって解剖学的な異常は修復されますが、心筋や弁の機能が完全に正常化するわけではありません。
特に、左房室弁(僧帽弁)の逆流が残存または進行する場合があり、これが長期的な心機能低下につながる可能性があります。
また、右室機能の低下や肺高血圧症の進行も、一部の方で観察されます。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
不完全型AVSDの治療費は、手術の種類や合併症の有無、入院期間などによって異なります。
高額療養費制度や小児慢性特定疾病医療費助成制度などの公的補助制度を利用により、自己負担額を抑えられます。
手術費用の内訳
手術費用は、概ね100万円から300万円の範囲です。この中には、手術室使用料、麻酔費、医師の技術料などが含まれます。
項目 | 概算費用 |
手術室使用料 | 30万円~50万円 |
麻酔費 | 20万円~40万円 |
医師技術料 | 50万円~200万円 |
その他 | 10万円~20万円 |
入院費用の詳細
入院期間は一般的に2週間から1ヶ月程度で、1日あたりの費用は3万円から5万円です。
個室利用や特別な処置が必要な際は、追加費用が発生します。
以上
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