感染性心内膜炎(Infective endocarditis:IE)とは、心臓弁膜や心内膜に細菌や真菌が感染し、心臓弁膜症や塞栓症などの重篤な合併症を引き起こす可能性のある疾患です。
免疫力が低下している人や心臓弁に異常がある人に発症しやすいことが知られていて、人工弁置換術を受けた人や静脈内薬物を使用している人も発症リスクが高くなります。
発熱、倦怠感、体重減少、息切れ、胸痛などの症状が代表的ですが、初期段階では症状が現れにくいのも特徴の一つとなっています。
感染性心内膜炎(IE)の種類(病型)
感染性心内膜炎(IE)は、一般的に急性型と亜急性型の2種類の病型に分類されます。
急性感染性心内膜炎
急性感染性心内膜炎の特徴は、急激な発症と速い進行です。多くの場合、高熱や悪寒などの全身症状が現れます。
主な原因微生物は、ブドウ球菌(特に黄色ブドウ球菌)であり、次いで連鎖球菌やグラム陰性桿菌などが挙げられます。
原因微生物 | 割合 |
ブドウ球菌 | 60-70% |
連鎖球菌 | 10-20% |
グラム陰性桿菌 | 5-10% |
急性型では、早期治療が行われない場合は感染が急速に広がり、重篤な合併症を引き起こす恐れがあります。
亜急性感染性心内膜炎
亜急性感染性心内膜炎は急性型と比較して発症が緩やかで、症状が軽いことが特徴です。
発熱は比較的低く、倦怠感や体重減少などの非特異的な症状が中心となります。
亜急性型の原因微生物としては、以下のようなものが代表的です。
- バイリダンス連鎖球菌
- ブドウ球菌(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)
- HACEK群(ヘモフィルス、アクチノバチラス、カルジオバクテリウム、エイケネラ、キングレラ)
原因微生物 | 特徴 |
バイリダンス連鎖球菌 | 口腔内常在菌、歯科処置後に発症することがある |
コアグラーゼ陰性ブドウ球菌 | 皮膚常在菌、人工弁感染の原因となりやすい |
HACEK群 | グラム陰性桿菌、培養に時間がかかる |
亜急性型は症状が非特異的であるため診断が遅れがちで、長期にわたる治療が必要となる場合があります。
感染性心内膜炎(IE)の主な症状
感染性心内膜炎(IE)は症状が非特異的なケースが多く、早期の発見が難しい疾患です。
症状としては、発熱、倦怠感、心雑音に加え、塞栓による脳梗塞、腎梗塞、脾梗塞などの臓器障害が挙げられます。
発熱
感染性心内膜炎(IE)では発熱が最も一般的な症状として知られていて、約90%が発熱(体温が38℃以上に上昇した状態)を経験するとの報告があります。
心雑音
心雑音は感染性心内膜炎(IE)患者の約85%で聴取されます。これは感染による心臓の弁の損傷が要因です。
心雑音が新たに出現したり、以前からある心雑音が変化したりする場合もあります。
塞栓症状
感染した心内膜から細菌を含む血栓が剥がれ、全身の臓器に飛ぶ場合があります。
その結果、以下のような塞栓症状が現れます。
- 脳塞栓:片麻痺、意識障害、けいれん発作など
- 脾臓塞栓:左上腹部痛
- 腎臓塞栓:血尿、側腹部痛
- 肺塞栓:胸痛、呼吸困難
塞栓部位 | 主な症状 |
脳 | 片麻痺、意識障害 |
脾臓 | 左上腹部痛 |
腎臓 | 血尿、側腹部痛 |
肺 | 胸痛、呼吸困難 |
その他の症状
感染性心内膜炎(IE)では、以下のような非特異的な症状も見られる可能性があります。
- 全身倦怠感
- 食欲不振
- 体重減少
- 関節痛
- 筋肉痛
感染性心内膜炎(IE)の原因
感染性心内膜炎(IE)は、主に細菌や真菌などの微生物が血流に乗って心臓弁や心内膜に感染し、炎症を引き起こす病気です。
感染性心内膜炎の主な原因菌
感染性心内膜炎の原因となる細菌としては、連鎖球菌、ブドウ球菌、腸球菌などが挙げられます。
特に、連鎖球菌の一種である緑色レンサ球菌(Streptococcus viridans)が最も多く、次いでブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が原因菌として知られています。
原因菌 | 割合 |
緑色レンサ球菌 | 約40% |
ブドウ球菌 | 約30% |
腸球菌 | 約10% |
感染性心内膜炎の発症メカニズム
感染性心内膜炎は、血液中の細菌が心内膜に付着し、増殖することで発症します。
通常、心内膜は滑らかで細菌が付着しづらい構造をしていますが、何らかの理由で心内膜に損傷が生じると、そこに血小板や繊維素が沈着し、血栓が形成されます。
この血栓が細菌の温床となり、感染が成立するのです。
感染性心内膜炎の発症には、以下のような心内膜の損傷が関与していると考えられています。
先天性心疾患 | 心臓の構造や機能に先天的な異常がある状態 |
リウマチ性弁膜症 | リウマチ熱の後遺症として弁に炎症や変形が生じる疾患 |
人工弁置換術後の合併症 | 人工弁に関連した感染や血栓形成 |
医療行為に伴う損傷 | カテーテル操作などの侵襲的な医療行為による心内膜の損傷 |
感染性心内膜炎の病態形成
一旦心内膜に感染が成立すると、細菌は増殖を続け、疣贅(しゅぜつ)と呼ばれるいぼ状の病変を形成します。
この疣贅は、細菌の塊とそれを覆う血栓や炎症細胞からなる脆弱な構造物で、簡単に崩れ、細菌を全身に散布します。
その結果、脳や肺、腎臓など全身の臓器に感染性の塞栓を引き起こし、重篤な合併症を招きます。
診察(検査)と診断
感染性心内膜炎の診断は、血液培養、心エコー検査、臨床症状などを総合的に評価して行われます。
血液検査
複数回の血液培養を実施し、原因菌の同定を試みます。白血球数、CRP、赤沈などの炎症反応マーカーの上昇も参考になる所見です。
検査項目 | 目的 |
血液培養 | 原因菌の同定 |
炎症反応マーカー | 炎症の評価 |
心エコー検査
心エコー検査は、感染性心内膜炎における心内膜や弁の病変を評価するために欠かせない検査です。
経胸壁心エコーと経食道心エコーの組み合わせにより、詳細な評価が可能となります。
- 経胸壁心エコー:非侵襲的で簡便に実施可能
- 経食道心エコー:感度が高く、詳細な評価が可能
臨床診断と確定診断
感染性心内膜炎の臨床診断には、Modified Duke criteria(感染性心内膜炎(IE)の診断に用いられる基準)が広く活用されています。
主要所見と副次的所見を組み合わせ、確定診断、可能性大、否定の3つのカテゴリーに分類します。
Modified Duke criteria | 概要 |
主要所見 | 血液培養陽性、心エコーでの病贅や膿瘍の存在など |
副次的所見 | 発熱、心雑音、塞栓症状、免疫学的現象など |
感染性心内膜炎(IE)の治療法と処方薬、治療期間
感染性心内膜炎(IE)の治療は、原因菌に応じた抗菌薬の静脈内投与を基本とし、ペニシリン系、セフェム系、バンコマイシンなどが用いられます。
治療期間は一般的に4~6週間ですが、菌の種類や重症度によって異なります。
抗菌薬の選択と投与期間
原因菌が同定されるまでは、経験的治療(empiric therapy)としてペニシリン系やバンコマイシンなどの広域スペクトルの抗菌薬が投与されます。
原因菌が判明した後は、感受性結果に基づいた適切な抗菌薬に変更し、通常4〜6週間の長期投与が行われます。
原因菌 | 第一選択薬 | 代替薬 |
レンサ球菌属 | ペニシリンG、アンピシリン | バンコマイシン、セフトリアキソン |
ブドウ球菌属(MSSA) | セファゾリン、ナフシリン | バンコマイシン |
ブドウ球菌属(MRSA) | バンコマイシン | ダプトマイシン、リネゾリド |
長期の抗菌薬治療により、感染性心内膜炎の再発リスクを低減できます。
外科的介入の適応
以下のような状況においては、外科的治療が検討されます。
- 心不全をコントロールできない場合
- 感染が心臓の構造に及んでいる場合
- 抗菌薬治療に反応しない場合
- 塞栓症のリスクが高い場合
感染した弁や組織を切除し、人工弁や自己組織で置換する手術が行われます。
外科的介入の種類 | 適応 |
弁置換術 | 弁の破壊が高度な場合 |
弁形成術 | 弁の破壊が軽度な場合 |
膿瘍ドレナージ | 心臓周囲に膿瘍が形成された場合 |
予後と再発可能性および予防
感染性心内膜炎(IE)の予後は、早期診断・治療開始、原因菌の種類、基礎疾患の有無、合併症の発生などにより異なります。
再発は通常4週間以内に起こりやすく、予防には歯科治療や手術前の抗菌薬予防投与、日頃の口腔ケアなどが重要です。
予後
IEの死亡率は報告によって異なりますが、一般的には10-30%程度です。ただし、予後不良因子がある場合は、死亡率が50%を超える場合もあります。
未治療のケースでは、ほぼ100%死に至ります。
- 高齢
- 心不全、腎不全、糖尿病などの基礎疾患がある場合
- 黄色ブドウ球菌、緑膿菌、真菌などによるIE
- 人工弁に感染したIEや、僧帽弁に感染したIE
- 心不全、塞栓症、弁周囲膿瘍などの合併症がある場合
- 診断が遅れるほど予後不良
- 抗菌薬治療が遅れるほど予後不良
特に、MRSAなどの薬剤耐性菌による感染や、人工弁に発症した感染性心内膜炎は治療が難しく、死亡率も高いことが知られています。
また、心不全や脳塞栓、腎不全などの重篤な合併症を併発した例では、予後が悪くなるケースが少なくありません。
再発のリスクと予防
感染性心内膜炎は、治療後も再発のリスクがあります。再発を予防するためには、以下の点に注意が必要です。
- 口腔内衛生の維持
- 定期的な歯科検診の受診
- 感染源となる可能性のある処置前の予防的抗菌薬投与
再発リスク因子 | 概要 |
人工弁置換術後 | 人工弁は感染のリスクが高い |
免疫抑制状態 | 免疫力の低下により感染のリスクが増加 |
感染性心内膜炎(IE)の治療における副作用やリスク
感染性心内膜炎(IE)の治療は抗菌薬投与や外科的治療が中心ですが、薬剤アレルギー、腎機能障害、出血傾向、感染症などの副作用や、手術に伴うリスクが存在します。
抗菌薬治療の副作用
感染性心内膜炎の治療では、長期間の抗菌薬投与が必要です。抗菌薬の副作用として、以下のようなものがあります。
副作用 | 症状 |
腎機能障害 | 尿量減少、浮腫 |
肝機能障害 | 皮膚や白目の黄染 |
抗菌薬の種類によっては、重篤なアレルギー反応を引き起こすこともあり得ます。
外科的治療のリスク
外科的治療には、以下のようなリスクが伴います。
- 出血
- 感染
- 塞栓症
- 不整脈
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
感染性心内膜炎(IE)の治療費は、入院期間、手術の有無、抗菌薬の種類、合併症の有無などによって大きく異なり、高額になる傾向です。
高額療養費制度を利用した場合、自己負担額は、所得に応じて月額上限が設定されます。一般的な収入の方であれば、数万円から十数万円程度となります。
検査費の目安
- 血液検査:10,000円前後
- 心エコー検査:15,000円程度
処置費の目安
- 抗菌薬投与:50,000円程度
- 弁置換術:100~200万円程度
入院費の目安
入院費用は、1日あたり1万円以上かかるのが一般的です。差額ベッド代や食事代などの費用は別途必要になります。
入院期間は通常4-6週間ですが、重症例や合併症がある場合はさらに長引きます。
以上
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