肺血栓塞栓症(PTE) – 循環器の疾患

肺血栓塞栓症(PTE)とは、肺動脈の塞栓によって引き起こされる病気です。

多くの場合、脚などの深部静脈でできた血栓が血流に乗って肺に到達し、動脈を詰まらせ発症します。

肺の血管が詰まると呼吸困難や胸痛、頻脈などを引き起こし、重症化すると命に関わる可能性もあるため、早期発見と治療が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

肺血栓塞栓症(PTE)の種類(病型)

肺血栓塞栓症(PTE)の病型は主に急性と慢性に分けられます。

急性肺血栓塞栓症

急性肺血栓塞栓症は、突然発症し、重篤な症状を引き起こします。

呼吸困難や胸痛などの症状が現れ、放置すると命に関わる可能性もあります。

急性肺血栓塞栓症の重症度分類血行動態
cardiac arrest/collapse心停止や循環虚脱で発症する症例
massive
(広範型)
血行動態不安定症例
ショックあるいは低血圧(定義:あらたに出現した不整脈,脱水,敗血症によらず,15分以上継続する収縮期血圧<90 mmHgあるいは≧40 mmHgの血圧低下)
submassive
(亜広範型)
安定(上記以外)
non-massive
(非広範型)
安定(上記以外)
心臓超音波検査で右心負荷なし
(Jaff MR, et al. 2011 4),Task Force on Pulmonary Embolism, European Society
of Cardiology. 2000 111b)より改変)

慢性肺血栓塞栓症

慢性肺血栓塞栓症は、急性肺血栓塞栓症が適切に治療されなかった場合や、小さな血栓が繰り返し肺動脈に詰まり発症します。

肺高血圧症を引き起こし、息切れや疲労感などの症状が現れるのが特徴です。

慢性肺血栓塞栓症は、急性肺血栓塞栓症に比べて症状がゆっくりと進行するため、発見が遅れるケースもあります。

急性肺血栓塞栓症と慢性肺血栓塞栓症の比較

特徴急性肺血栓塞栓症慢性肺血栓塞栓症
発症突然ゆっくり
症状呼吸困難、胸痛、失神など息切れ、疲労感、失神など
重症度高い比較的低い
予後早期発見・治療が重要肺高血圧症の進行に注意が必要

肺血栓塞栓症(PTE)の主な症状

肺血栓塞栓症(PTE)の主な症状としては、息苦しさや胸の痛みなどがあげられますが、血栓の大きさや塞栓の程度によって症状は大きく異なります。

症状詳細
息苦しさ突然の息切れ、安静時や運動時の呼吸困難
胸の痛み刺すような痛み、締め付けられるような痛み、圧迫されるような痛みなど
動悸脈が速くなる、脈が乱れる
めまい頭がふらつく、目の前が暗くなる
失神意識を失う
乾いた咳、痰を伴う咳
血痰咳とともに血が混じった痰が出る

息苦しさ(呼吸困難)

肺血栓塞栓症の最も一般的な症状は、突然の息苦しさです。

これは、肺の血管が血栓によって詰まり、酸素を十分に取り込めなくなることが原因です。

胸の痛み

胸の痛みもよく見られる症状です。

痛みの感じ方は、刺すような痛み、締め付けられるような痛み、圧迫されるような痛みなど、患者さんによってさまざまです。

また、深呼吸や咳をするときに痛みが悪化する方もいます。

その他の症状

  • 動悸
  • めまい
  • 失神
  • 血痰 など

これらの症状は、肺の機能低下を示唆しており、放置すると重篤な状態に陥る可能性があります。

特に、失神や血痰は命に関わる危険な兆候であり、緊急の医療処置が必要です。

肺血栓塞栓症(PTE)の原因

肺血栓塞栓症(PTE)の主な原因は血栓です。

血栓は血液が固まってできた塊で、通常は脚などの深部静脈で形成されます(深部静脈血栓症)。

この血栓が血流に乗って肺に移動し、肺動脈を詰まらせることでPTEが発症します。

血栓形成の3つの要素:Virchowの3徴

PTEの発症には、Virchowの3徴と呼ばれる3つの要素が深く関わっています。

要素説明
血流の停滞長時間の不動や手術、肥満、妊娠などが原因で血流が遅くなり、血栓ができやすくなります。
血管内皮の損傷外傷、感染症、炎症などが原因で血管内皮が傷つき、血栓形成が促進されます。
血液凝固能の亢進がん、遺伝性疾患、経口避妊薬の使用などが原因で血液が固まりやすくなり、血栓が生じやすくなります。

これらの要素が単独、あるいは複合的に作用すると、血栓が形成されやすくなります。

血栓の発生源

PTEを引き起こす血栓は、主に深部静脈で形成されます。

特に下肢の深部静脈に血栓ができやすいですが、稀に上肢や骨盤内の静脈に発生する場合もあります。

これらの血栓が剥がれて血流に乗って肺動脈に到達すると、PTEを発症します。

PTEのリスク因子

  • 加齢
  • 手術や外傷
  • 長時間座ったままの姿勢や寝たきりの状態
  • 悪性腫瘍(がん)
  • 妊娠、産褥
  • 経口避妊薬(ピル)やホルモン補充療法
  • 遺伝性血栓性素因

これらのリスク因子が複数重なると、PTEの発症リスクはさらに高まります。

PTEの発症リスクが高い病態

  • 抗リン脂質抗体症候群: 自己免疫疾患の一種で、血栓症のリスクを高めます。
  • ネフローゼ症候群: 腎臓の病気で、血液中タンパク質の尿への漏出により血液凝固能が亢進し、PTEのリスクを高めます。
  • 心不全: 心臓のポンプ機能低下により血流が停滞し、PTEのリスクを高めます。
  • 慢性閉塞性肺疾患(COPD): 肺の病気で、低酸素状態や炎症が血栓形成を促進し、PTEのリスクを高めます。

これらの病態を抱えている場合は、PTEの予防に特に注意が必要です。

診察(検査)と診断

PTEを疑う場合、まずは症状や病歴、身体所見などを総合的に評価します。

PTEは、呼吸困難や胸痛などの症状を伴うケースが多いですが、これらの症状は他の疾患でも見られます。

PTEに特徴的な所見やリスク因子などを確認し、確定診断のための検査を行っていきます。

Wellsスコア、Revised Genevaスコア

は肺血栓塞栓症の可能性予測を行うための指標です。

スコアで患者さんの症状やリスク因子などを点数化し、PTEの可能性を評価します。

PEあるいはDVTの既往+1.5
心拍数>100/分+1.5
最近の手術あるいは長期臥床+1.5
DVTの臨床的兆候+3
PE以外の可能性が低い+3
血痰+1
がん+1
WellsスコアPTEの可能性
0~1点低リスク
2~6点中リスク
7点以上高リスク

確定診断のための検査

PTEの確定診断には、画像検査や血液検査などが用いられます。

画像検査
  • CT肺動脈造影(CTPA): 造影剤を用いて撮影し、肺動脈内の血栓を直接確認できます。
  • 肺換気血流シンチグラフィ(V/Qシンチ): CTPAが実施できない場合や、造影剤アレルギーがある場合などに用いられます。肺の換気と血流の分布を画像化し、PTEを間接的に診断します。
  • 下肢静脈エコー: PTEの原因となる深部静脈血栓症(DVT)の有無を確認するために用いられます。
血液検査
  • Dダイマー: 血液凝固と線溶系のマーカーであり、PTEやDVTなど血栓性疾患で上昇します。Dダイマーが陰性であれば、PTEの可能性は低いと判断できます。

診断

PTEの診断は、一般的に以下に従って行われます。

  1. PTEを疑う症状や所見がある場合、臨床予測ルールを用いてPTEの可能性を評価する。
  2. PTEの可能性が低い場合は、Dダイマーを測定する。
    • Dダイマーが陰性であれば、PTEはほぼ否定される。
    • Dダイマーが陽性であれば、画像検査(CTPAなど)を検討する。
  3. PTEの可能性が高い場合、またはDダイマーが陽性の場合、画像検査(CTPAなど)を実施する。

肺血栓塞栓症(PTE)の治療法と処方薬、治療期間

肺血栓塞栓症(PTE)の治療は、血栓を溶解・抑制し、再発予防が目的です。

治療期間は患者さんの状態や血栓の大きさによって異なりますが、一般的には数か月から年単位になることもあります。

肺血栓塞栓症(PTE)の治療薬

  • 抗凝固薬
  • 血栓溶解薬

抗凝固薬は、血液をサラサラにし、血栓の拡大や新たな血栓の形成を防ぎます。血栓溶解薬は、できてしまった血栓を溶かす薬です。

重症の場合や薬物療法が難しい場合には、手術が検討されます。

抗凝固薬

抗凝固薬の種類特徴投与方法
ヘパリン即効性がある点滴
ワーファリン効果が出るまでに時間がかかる内服
DOAC効果発現が早く、食事制限がない内服

ヘパリンは即効性があり、点滴で投与されます。ワーファリンは内服薬で、効果が出るまでに時間がかかります。

一方、DOAC(直接作用型経口抗凝固薬)は同じ内服薬ですが、ワーファリンよりも効果発現が早く、食事制限もありません。

血栓溶解薬

  • ウロキナーゼ
  • t-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)など

これらの薬は血栓を溶かす作用が強い一方、出血のリスクも高いため、重症のPTE患者さんに限って使用されます。

手術

カテーテルを用いて血栓を吸引・除去するカテーテル血栓除去術や、外科的に血栓を除去する外科的血栓除去術などがあります。

手術は、重症のPTEや他の治療法で効果が得られない場合に検討されます。

治療期間

患者さんの状態や血栓の大きさ、治療薬の種類によって治療期間は異なりますが、一般的に抗凝固薬は数か月から年単位で服用する必要があります。

血栓溶解薬や手術は緊急性を要する場合に行われ、1カ月以上入院が必要となるケースも少なくありません。

予後と再発可能性および予防

急性肺血栓塞栓症(PTE)は早期診断が非常に重要で、早期に治療を開始できれば死亡率を大きく改善できます。

急性期を乗り切ることさえできれば、予後は良好です。

予後

未治療の症例では約30%の死亡率ですが、治療が受けられた場合は2~8%まで低下します。

したがって、早期診断・早期治療が非常に重要です。

再発の可能性

PTEは再発しやすい病気です。

特に、初回のPTEの原因が明らかでない場合や、血栓形成のリスク因子(癌、遺伝性血液凝固異常など)が持続している場合は再発のリスクが高くなります。

再発すると、前回のPTEより重症化する可能性があるため、再発予防が大切です。

再発予防

PTEの再発予防には、主に以下の治療が行われます。

抗凝固療法

ワルファリンやDOAC(直接作用型経口抗凝固薬)などの薬剤を用いて、血液の凝固を防ぎ、血栓の形成や増大を抑えます。

治療期間は、PTEの原因や再発リスクに応じて異なりますが、数ヶ月から生涯にわたる場合もあります。

下大静脈フィルター

下大静脈にフィルターを留置し、脚でできた血栓が肺に移動するのを防ぎます。

抗凝固療法ができない場合や、抗凝固療法中にPTEが再発した場合などに検討されます。

PTE再発予防のための生活習慣改善

PTEの再発予防のために、血栓形成のリスク因子をできる限り減らすことが大切です。

  • 長時間の同じ姿勢を避ける
  • 定期的な運動をする
  • 禁煙する
  • 水分補給をする
  • 体重管理をする

肺血栓塞栓症(PTE)の治療における副作用やリスク

肺血栓塞栓症(PTE)の治療には、副作用やリスクが伴う可能性があります。

抗凝固薬による出血リスク

肺血栓塞栓症の治療でよく使われる抗凝固薬は、出血しやすくなるリスクがあります。

出血は、軽い皮下出血や鼻血から、重い消化管出血や脳出血まで様々です。

特にご高齢の方や、他に病気をお持ちの方は、出血リスクが高くなる傾向があります。

出血の種類症状
皮下出血皮膚に青あざができる
鼻血鼻からの出血
消化管出血吐血、下血、黒色便
脳出血激しい頭痛、意識障害、麻痺

血小板減少症

抗凝固薬の中には、血小板減少症を引き起こすものがあります。血小板は血液を固めるために大切な成分で、血小板が減ると出血しやすくなります。

血小板減少症は、重症化すると命に関わる場合もあります。

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)

ヘパリン(抗凝固薬)は、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)を引き起こす可能性があります。

HITは、ヘパリンに対するアレルギー反応で血小板が減ってしまう稀な病気です。HITを発症すると血栓ができやすくなるので、注意が必要です。

溶解療法による出血リスク

血栓を溶かすために溶解療法が行われることもありますが、この治療法は出血のリスクを高めます。

出血のリスクを考慮し、慎重に使用する必要があります。

その他の副作用

  • アレルギー反応
  • 消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢など)
  • 肝機能障害
  • 腎機能障害

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

肺血栓塞栓症(PTE)の治療は、基本的に入院が必要なため、高額になる傾向です。

具体的な金額は、治療期間はどのくらいか、合併症があるかなどによって大きく変わってきます。

治療費の内訳

  • 入院費(病室代、食事代など)
  • 手術費
  • 薬剤費
  • 検査費

入院費は、病室の種類によって金額が変わりす。個室に入院する場合は、差額ベッド代が発生し、費用が高額になる傾向です。

手術費は、カテーテルを用いた血栓除去術や肺動脈血栓内膜摘除術など、手術の種類によって異なります。

治療費の目安

治療内容費用(目安)
入院治療50万円~150万円
通院治療10万円~50万円

手術が必要な場合は医療費が高額になりますが、治療は健康保険適用となりますので、自己負担額は1~3割です。

自己負担額はその方の年齢や状況によって異なります。上記の治療費は目安となりますので、実際はこれよりも高額になる場合もあります。

高額療養費制度の活用

高額療養費制度は、医療費が高額になった場合に、自己負担限度額を超えた分を払い戻してもらえる制度です。

自己負担限度額は、年齢や所得によって異なります。また、加入している健康保険組合によっては、付加給付として自己負担限度額を超えた分をさらに払い戻してもらえる場合があります。

詳しくは各医療機関や加入している健康保険組合で直接ご確認ください。

以上

References

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