上大静脈症候群(Superior vena cava syndrome)とは、上大静脈が何らかの要因によって圧迫あるいは閉塞されることで、頭部や上肢、胸部などの静脈還流が阻害される病態を指します。
上大静脈症候群の主要な原因としては、肺がんをはじめとする悪性腫瘍による圧迫や、カテーテル留置などの医療行為に伴う血栓形成などが挙げられます。
顔面や頸部、上肢の腫れ、頭痛、めまい、呼吸困難といった症状が特徴で、重症になると意識障害や気道閉塞を引き起こす恐れもあります。
上大静脈症候群の種類(病型)
上大静脈症候群は、重症度に応じて6つの病型に分けられます。
Yu JBらによる重症度分類
グレード | 症状 |
0 | 無症状 |
1 | 軽度の症状(頭頸部の浮腫、チアノーゼ、多血症など) |
2 | 中等度の症状(頭頸部の浮腫、軽度の嚥下障害、咳嗽など) |
3 | 重度の症状(軽度~中等度の脳浮腫、咽頭浮腫、静脈還流低下による屈伸後の失神など) |
4 | 生命を脅かす症状(重度の脳浮腫、意識障害、気道閉塞、誘因のない失神など) |
5 | 死亡 |
グレード1の場合は対症療法が中心となり、グレード2~3では原因となっている疾患に応じた治療が必要です。
グレード4に至ると、緊急の処置が求められます。
上大静脈症候群の主な症状
上大静脈症候群の主な症状は、上大静脈の狭窄や閉塞が原因で生じる顔面や上肢のむくみ、呼吸困難、頭痛などがあげられます。
顔面や上肢のむくみ
上大静脈症候群の最も一般的な症状は、顔面や上肢のむくみです。
上大静脈の血流が阻害され、静脈還流が滞ることにより顔面や上肢にむくみが生じます。
症状 | 概要 |
顔面のむくみ | 目の周りや頬のむくみ |
上肢のむくみ | 手や腕のむくみ |
呼吸困難
胸部の静脈還流の阻害により、吸困難を引き起こす場合もあります。
気道や肺の血管が圧迫されることが原因で、仰向けになると症状が悪化する傾向です。
頭痛
頭部の静脈還流が阻害された場合、頭痛が生じる場合があります。
片頭痛のようにズキズキとした痛みを伴う場合が多いですが、個人差が大きいです。
上大静脈症候群の原因
上大静脈症候群は、心臓に戻る血液の流れを妨げる上大静脈の閉塞または圧迫によって引き起こされます。
主な原因としては、悪性腫瘍、良性腫瘍、血栓症などが挙げられます。
悪性腫瘍
上大静脈症候群の最も一般的な原因は、上大静脈を圧迫または浸潤する悪性腫瘍です。
肺がん、リンパ腫、乳がん、転移性腫瘍などの悪性腫瘍が上大静脈周辺で発生し、腫瘍の増大に伴った上大静脈の圧迫、または浸潤により血流が阻害され、上大静脈症候群を引き起こします。
良性腫瘍
甲状腺腫が大きくなり、上大静脈を圧迫する場合があります。
また、胸腺腫は前縦隔に発生する腫瘍であり、上大静脈を圧迫することがあります。
血栓症
上大静脈血栓症も原因の一つです。
血栓症の原因 | 例 |
中心静脈カテーテル | 化学療法、透析、中心静脈栄養など |
ペースメーカーリード | 不適切な留置、感染など |
長期間の中心静脈カテーテルの留置やペースメーカーリードの使用により、上大静脈内で血栓が形成され、血流障害を引き起こす可能性があります。
医原性要因
放射線療法による線維化や、心臓手術後の癒着などが上大静脈を圧迫し、血流障害を引き起こす可能性があります。
診察(検査)と診断
身体所見や症状から上大静脈症候群の可能性が疑われる場合には、造影CT検査やMRI検査などの画像検査を行い診断を確定します。
身体所見
診察項目 | 確認内容 |
顔面・頸部 | 浮腫、静脈怒張、チアノーゼ |
上肢 | 浮腫、静脈怒張 |
胸部 | 静脈怒張、呼吸音 |
臨床診断
- 上半身の浮腫や静脈怒張
- 顔面・頸部のチアノーゼ
- 呼吸困難や咳嗽
- 胸部不快感
これらの所見から総合的に判断し、上大静脈症候群を疑います。
画像検査による確定診断
造影CT検査では、上大静脈の狭窄・閉塞や側副血行路の発達具合を評価できます。
MRI検査では、血管の状態だけでなく、周囲の組織の評価も可能です。
検査方法 | 評価項目 |
造影CT | 上大静脈の狭窄・閉塞、側副血行路 |
MRI | 上大静脈の狭窄・閉塞、周囲組織 |
静脈造影 | 上大静脈の狭窄・閉塞、側副血行路 |
鑑別診断
上大静脈症候群と似たような症状を示す病気との鑑別が必要です。
鑑別が必要な主な病気は以下の通りです。
- 甲状腺機能亢進症
- うっ血性心不全
- 上大静脈血栓症
上大静脈症候群の治療法と処方薬、治療期間
上大静脈症候群の治療は、原因となる疾患や病態に応じて、外科的治療、化学療法、放射線療法、薬物療法などが選択されます。
症状の改善状況や原因疾患の種類、進行度合いによって治療期間は異なりますが、数週間から数ヶ月に及ぶ場合も多いです。
外科的治療
外科的治療では、腫瘍の切除や狭窄部位のバイパス手術などが行われます。腫瘍が原因である際は、可能な限りの腫瘍切除が重要です。
狭窄部位のバイパス手術では、狭窄した静脈を迂回するように人工血管や自家静脈グラフトを用いて血流を確保します。
手術名 | 概要 |
腫瘍切除術 | 原因となる腫瘍を外科的に切除する |
静脈バイパス術 | 狭窄部位を迂回するバイパス血管を作成する |
化学療法と放射線療法
悪性腫瘍が原因の場合は、化学療法や放射線療法が選択されることもあります。
化学療法では、抗がん剤を用いて腫瘍細胞の増殖を抑制します。放射線療法では高エネルギーのX線やガンマ線を照射し、腫瘍を縮小させます。
治療法 | 薬剤・方法 |
化学療法 | シスプラチン、エトポシド、ドキソルビシンなどの抗がん剤 |
放射線療法 | 体外照射、腔内照射 |
これらの治療は、単独で行われるだけでなく、外科的治療と組み合わせて行われる場合もあります。
薬物療法
症状の緩和を目的として、以下のような薬剤が使用されます。
ステントの留置
狭窄部位にステントを留置し、血流の改善を図る方法があります。
ステントは金属製の細い網目状の筒で、狭窄した静脈内に挿入され、血管を広げて血流を確保します。
比較的侵襲度が低く、即効性があるため、緊急時の対応として用いられることもあります。
予後と再発可能性および予防
上大静脈症候群の治療後の経過は、原因となった病気によってさまざまです。
治療により症状が改善し、再発予防が可能ですが、悪性腫瘍が原因の場合は予後が悪くなり、再発のリスクも高くなります。
原因疾患による予後の違い
原因疾患 | 予後 | 再発リスク |
良性疾患 | 良好 | 低い |
悪性腫瘍 | 不良 | 高い |
悪性腫瘍が原因の場合は、腫瘍の種類や進行度によって予後は異なります。
抗がん剤治療や放射線治療が有効な場合がありますが、進行がんの場合、予後は不良となることが多いです。
良性腫瘍や血栓が原因の場合は原因を取り除く治療(手術、血栓溶解療法など)により、症状が改善し、予後は比較的良好です。
感染症が原因の場合も、抗菌薬や抗真菌薬による治療で改善が見込めます。
治療後の再発について
原因となった疾患の再発や、治療後に血栓などが形成された場合は再発する可能性があります。
特に、悪性腫瘍が原因の場合は再発リスクが高いため、定期的な検査が必要です。
予防のポイント
- 禁煙により肺癌のリスクを下げる
- 定期的に健康診断を受けて、早期発見・早期治療を心がける
- ペースメーカーやカテーテルの管理を適切に行う
カテーテル留置中の場合は、定期的なフラッシュやヘパリンロックなど、血栓予防策を行う必要があります。
上大静脈症候群の治療における副作用やリスク
上大静脈症候群の治療には、副作用やリスクがあります。
放射線療法の副作用
副作用 | 症状 |
皮膚炎 | 発赤、かゆみ、乾燥、びらん |
食道炎 | 嚥下痛、嚥下困難、味覚変化 |
放射線療法による副作用は、治療部位によって異なります。
皮膚や粘膜に炎症が生じたり、倦怠感や食欲不振などの全身症状が現れる場合があります。
これらの副作用は多くのケースで一時的であり、治療終了後には改善に向かいます。
化学療法の副作用
- 吐き気・嘔吐
- 脱毛
- 口内炎
- 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)
血栓症のリスク
上大静脈症候群では、静脈の圧迫や血流のうっ滞により血栓が形成されやすい状態です。
治療に伴う安静臥床などによって、さらに血栓症のリスクが高まる場合があります。
感染症のリスク
治療に伴う免疫力の低下により、感染症のリスクが高まります。特に、化学療法による骨髄抑制は、感染症の原因となります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
上大静脈症候群の治療費は、症状の重症度や原因疾患、治療方法によって大きく異なります。
治療費の内訳
- 診察・検査費用
- 入院費用
- 薬剤費
- 手術・処置費用
治療費の目安
項目 | 費用 |
初診料 | 5,000円~10,000円 |
CT検査 | 20,000円~30,000円 |
MRI検査 | 30,000円~50,000円 |
血液検査 | 5,000円〜10,000円 |
治療方法別の費用
治療方法 | 概算費用 |
薬物療法(抗凝固薬、利尿薬など) | 月額5,000円〜10,000円 |
放射線療法 | 50,000円〜200,000円 |
ステント留置術 | 100万円〜200万円 |
バイパス手術 | 200万円〜500万円 |
上記費用は目安であり、病状や治療方法によって大きく異なります。一般的に、健康保険適用の場合の自己負担額は1割~3割です。
詳細な治療費用については各医療機関へ直接ご確認ください。
高額療養費制度の活用
上大静脈症候群の治療費は高額になるケースが多いですが、高額療養費制度の利用により自己負担額を抑えられます。
高額療養費について、詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。
以上
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