高安動脈炎(Takayasu’s arteritis, 大動脈炎症候群)とは、大動脈や主要な分枝の血管に炎症が生じ、血管の狭窄や閉塞を引き起こす疾患です。
10~30歳ごろの若年女性の患者さんが多く、進行性の疾患であるため、早期発見と対応が重要とされています。
この疾患は厚生労働省の指定難病の対象であり、全国で約6,000人の患者さんが登録されています。
高安動脈炎(大動脈炎症候群)の種類(病型)
高安動脈炎は、血管造影所見での病変の分布によりⅠ型からⅤ型までのタイプに分類されています。
高安動脈炎の病型分類
病型 | 病変の分布 |
Ⅰ型 | 大動脈弓部の分枝動脈 |
Ⅱa型 | 上行大動脈、大動脈弓、およびその分枝動脈 |
Ⅱb型 | Ⅱa型 + 胸部下行大動脈 |
Ⅲ型 | 胸部下行大動脈、腹部大動脈、および/または腎動脈 |
Ⅳ型 | 腹部大動脈および/または腎動脈 |
Ⅴ型 | Ⅱb型 + Ⅳ型 |
病型ごとの特徴
- 頸動脈や鎖骨下動脈などの大動脈弓部の分枝動脈に限局した狭窄や閉塞が認められる
- 上行大動脈、大動脈弓、およびその分枝動脈に病変が及ぶ
- 大動脈弁閉鎖不全や冠動脈病変を合併する可能性がある
- Ⅱa型に加えて胸部下行大動脈にも病変が及ぶため、より広範な大動脈病変を呈する
- 胸部下行大動脈、腹部大動脈、および/または腎動脈に病変が及ぶ
- 腎血管性高血圧や腹部虚血症状を呈することがある
- 腹部大動脈および/または腎動脈に限局した病変を示す
- 腎血管性高血圧や腹部虚血症状を呈する
- Ⅱb型とⅣ型が合併したタイプ
- 最も広範な大動脈病変を呈する
高安動脈炎(大動脈炎症候群)の主な症状
高安動脈炎の主な症状は、全身症状と局所症状に分けられます。
全身症状としては、倦怠感、発熱、体重減少などが初期に現れるケースが多いです。
全身症状
症状は炎症のある血管の支配領域に出現し、頸動脈の炎症があると、頭痛、めまい、失神、視力障害などが生じます。
症状 | 原因 |
頭痛 | 頭部の血流低下による |
めまい | 脳血流の低下による |
失神 | 一過性の脳虚血発作による |
視力障害 | 網膜の虚血による |
局所症状
上肢の血管に炎症がある場合は、上肢の疼痛、しびれ、脱力などが出現する場合があります。
一方、下肢血管の炎症では間欠性跛行や下肢の疼痛、しびれなどの症状がみられます。
部位 | 症状 |
上肢 | 疼痛、しびれ、脱力 |
下肢 | 間欠性跛行、疼痛、しびれ |
大動脈の炎症では、胸痛、背部痛、腹痛などが代表的な症状です。
血管雑音
聴診で血管雑音がみられる場合があります。特に、頸動脈、鎖骨下動脈、腹部大動脈などで起こりやすいです。
血圧の左右差
上肢の血管に炎症が及ぶと、左右の上肢血圧に差が生じます。
高安動脈炎(大動脈炎症候群)の原因
高安動脈炎(大動脈炎症候群)が発症する原因については、現時点で完全に解明されているわけではありません。
原因は複合的であり、自己免疫機序、感染症、遺伝的素因などが複雑に絡み合って引き起こされると考えられています。
自己免疫説
自己免疫疾患では、本来は体を守るはずの免疫システムが、自分自身の組織を攻撃してしまうことがあります。
高安動脈炎の患者さんの血液中からも、血管壁の構成成分に対する自己抗体が検出されたという報告があり、自己免疫反応によって血管に炎症が起きている可能性が示唆されています。
自己免疫疾患 | 標的となる自己抗原の例 |
関節リウマチ | IgG、コラーゲン |
全身性エリテマトーデス | DNA、ヒストン |
高安動脈炎 | 血管壁構成成分 |
感染説
結核菌やサイトメガロウイルスなどの感染後に高安動脈炎を発症したという症例報告があり、これらの感染症が引き金となって自己免疫反応が起こっている可能性が考えられます。
ただし、感染症と高安動脈炎の因果関係については、まだ十分な証拠が得られておらず、さらなる研究が必要とされている状況です。
遺伝的要因
特定の HLA (ヒト白血球抗原)型を持つ人では、高安動脈炎を発症するリスクが高くなる報告があります。
- HLA-B52
- HLA-B39
- HLA-DR2
これらの HLA 型を持つ人では高安動脈炎を発症する確率が高くなるといわれていますが、発症に寄与する一因子であり、HLA 型だけで発症が決定されるわけではありません。
診察(検査)と診断
高安動脈炎の診断では、身体診察、画像検査、血液検査、病理検査などを行って検査結果を総合的に評価します。
身体診察と画像検査
身体診察では脈拍を触れたり血圧を測定したりして、動脈の狭窄や閉塞がないか調べます。
画像検査では造影CT、MRI、血管造影などを用いて、大動脈やその分枝の炎症、狭窄、閉塞などの有無を評価します。
検査方法 | 評価内容 |
造影CT | 大動脈の炎症、狭窄、閉塞 |
MRI | 大動脈壁の肥厚、浮腫 |
血管造影 | 動脈の狭窄、閉塞、側副血行路 |
血液検査と病理検査
血液検査では、炎症マーカーであるCRPや赤沈値の上昇を確認します。また、自己抗体の検査が行われる場合もあります。
病理検査は動脈の生検によって行われ、炎症細胞の浸潤や巨細胞の存在を確認して診断を行っていきます。
臨床診断と確定診断
- 40歳未満で発症する
- 上肢または下肢の脈拍が減弱・消失している
- 血管雑音が聴取される
- 画像検査で動脈の狭窄・閉塞が確認される
- 炎症細胞浸潤や巨細胞の存在を確認する
このような所見を確認して診断が確定されます。
高安動脈炎(大動脈炎症候群)の治療法と処方薬、治療期間
高安動脈炎の治療の中心となるのは薬物療法で、炎症を抑制するために副腎皮質ステロイド薬が第一選択の薬剤です。
プレドニゾロンを1日30~50mgの高用量で開始し、症状の改善状況を見ながら徐々に減量していくのが一般的な方法です。
炎症反応が落ち着き、症状が安定するまでには通常2~3ヶ月ほどかかります。
免疫抑制剤の併用
難治性のケースや再燃を繰り返すようなときには、免疫抑制剤の併用を検討します。
メトトレキサートやアザチオプリンなどの薬剤が用いられ、ステロイド薬の減量や副作用の軽減に役立ちます。
免疫抑制剤の種類と用量は状態に応じて調整する必要があります。
薬剤名 | 一般的な用量 |
メトトレキサート | 7.5~15mg/週 |
アザチオプリン | 50~100mg/日 |
生物学的製剤の使用
最近では、生物学的製剤も高安動脈炎の治療に使われるようになってきました。
TNF-α阻害薬のインフリキシマブやIL-6受容体抗体のトシリズマブなどが有効性を示す薬剤として代表的です。
難治性の症例や従来の治療に抵抗性を示すようなときに考慮されます。
外科的治療の適応
血管の狭窄や閉塞が進行し、臓器の虚血症状が顕著になってくると、外科的治療が必要となる場合もあります。
バイパス手術や血管形成術などの血行再建術を行い、虚血の改善を図ります。
長期的な治療管理
高安動脈炎は慢性の経過をたどる疾患であるため、長期的な治療管理が必要です。
ステロイド薬の漸減と維持療法を行いながら、定期的な検査を継続します。
治療は長期間に及ぶ場合が多く、服薬の継続が大切です。
治療期間 | 内容 |
寛解導入期 | 2~3ヶ月程度 |
維持療法期 | 数年~生涯 |
予後と再発可能性および予防
高安動脈炎では治療の開始が遅れると血管の損傷が進み、予後が悪くなる場合があるので早期の治療開始が重要です。
治療開始時期 | 予後への影響 |
早期 | 良好 |
遅延 | 悪化の可能性 |
高安動脈炎の寛解維持と再発予防
高安動脈炎は治療で寛解した後も定期的な経過観察と治療の継続が必要です。
寛解を維持するには、免疫抑制薬の用量調整と炎症マーカーの定期的な検査が重要となります。
- 治療の継続、定期的な検査
- 服薬アドヒアランスの維持
- ストレス管理
- 感染予防
高安動脈炎の長期予後
高安動脈炎の長期予後は早期発見と治療介入で大きく改善していますが、再発を繰り返したり治療に反応しない難治例では、予後不良となるリスクがあります。
長期合併症としては、血管狭窄や閉塞による臓器障害、動脈瘤形成などがあげられます。
高安動脈炎(大動脈炎症候群)の治療における副作用やリスク
高安動脈炎の治療では、免疫抑制剤の使用によって、感染症のリスクが高まる可能性があります。
また、免疫抑制剤を長期的に使用すると、骨粗鬆症や糖尿病などの合併症を引き起こすリスクがあります。
ステロイド療法の副作用
副作用 | 詳細 |
骨粗鬆症 | 長期のステロイド使用により骨密度が低下し、骨折リスクが高まる |
感染症 | ステロイドは免疫力を低下させるため、感染症にかかりやすくなる |
血管内治療や外科手術のリスク
血管内治療や外科手術では、以下のようなリスクが伴います。
- 出血や血栓形成
- 感染症
- 再狭窄や再閉塞
妊娠・出産に関するリスク
高安動脈炎を持つ女性が妊娠・出産する場合、以下のようなリスクがあります。
リスク | 詳細 |
妊娠高血圧症候群 | 高安動脈炎により血管が狭窄していると、妊娠中の血圧管理が難しくなる |
胎児発育不全 | 血流が十分に確保できないため、胎児の発育に影響を及ぼす可能性がある |
生活習慣の改善の重要性
高安動脈炎の治療では、薬物療法と並行して生活習慣の改善が必要です。
喫煙は血管の炎症を悪化させるため、禁煙が強く推奨されます。また、肥満は動脈硬化のリスクを高めるため、適正体重の維持が大切です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
高安動脈炎の治療費は、症状の重症度や治療方針によって大きく異なります。
治療費の内訳
- 薬剤費
- 検査費
- 入院費
薬剤費は、炎症を抑えるためのステロイド剤や免疫抑制剤が中心となり、症状に応じて血圧降下剤なども使用されます。
これらの薬剤の種類や投与量によって、費用は変動します。
検査費は、病状の評価や治療効果の判定のために行われる血液検査、画像検査などが含まれます。
具体的には、血管造影、CT、MRIなどの画像検査が定期的に実施され、これらの検査費用が治療費の一部を占めています。
入院費は、重症例や合併症を有する場合で発生します。入院期間や治療内容によって費用が変わりますが、長期入院を要する際には高額になる場合もあります。
治療費の目安
項目 | 費用 |
薬剤費 | 月額数万円~数十万円 |
検査費 | 1回数万円~数十万円 |
障害年金の申請
高安動脈炎によって日常生活や就労に支障が生じる場合、障害年金の申請が可能です。
障害年金には、障害基礎年金と障害厚生年金の2種類があり、一定の条件を満たせば受給できます。
- 障害基礎年金:国民年金に加入している期間が一定以上あり、障害認定日に障害等級1級または2級に該当する場合
- 障害厚生年金:厚生年金保険に加入している期間が一定以上あり、障害認定日に障害等級1級から3級に該当する場合
障害等級 | 障害基礎年金(年額) | 障害厚生年金(年額) |
1級 | 約98万円 | 約120万円~ |
2級 | 約78万円 | 約100万円~ |
以上
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