総肺静脈還流異常症(TAPVR) – 循環器の疾患

総肺静脈還流異常症(Total anomalous pulmonary venous return:TAPVR)とは、肺から酸素を取り込んだ血液が正常な経路を通らずに心臓に戻ってくる病気です。

通常、肺静脈は左心房につながっていますが、この疾患では肺静脈が右心房や上大静脈などに異常に接続してしまいます。

そのため、酸素を多く含んだ血液と酸素の少ない血液が混ざってしまい、体に十分な酸素が行き渡らなくなります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

総肺静脈還流異常症(TAPVR)の種類(病型)

総肺静脈還流異常症(TAPVR)Rの病型分類として最も広く用いられているのが、Darling分類です。

Darling分類は、肺静脈が還流する解剖学的位置に基づいて、TAPVRを4つの主要な型に分類する方法です。

  1. 上心臓型(Supracardiac type)
  2. 心臓型(Cardiac type)
  3. 心臓下型(Infracardiac type)
  4. 混合型(Mixed type)

これらの病型は、肺静脈の還流部位によって定義されます。

各病型の特徴と発生頻度

病型還流部位発生頻度
上心臓型左腕頭静脈または上大静脈約45%
心臓型右心房または冠状静脈洞約25%
心臓下型門脈系または下大静脈約25%
混合型複数の部位約5%

上心臓型(Supracardiac type)

    上心臓型は、TAPVRの中で最も頻度が高い病型です。この型では、肺静脈が左腕頭静脈または上大静脈に還流します。

    肺静脈は通常、共通肺静脈幹を形成し、垂直静脈を介して上大静脈系に接続します。

    上心臓型の特徴として、垂直静脈の走行や接続部位に注目することが診断のポイントとなります。

    心臓型(Cardiac type)

      心臓型では、肺静脈が直接右心房または冠状静脈洞に還流します。この病型は、他の型と比較して診断が比較的容易である場合が多いです。

      心エコー検査や心臓カテーテル検査により、異常な血流パターンを確認することができます。

      心臓下型(Infracardiac type)

        心臓下型は、肺静脈が門脈系または下大静脈に還流する病型です。

        この型は、新生児期に重症の症状を呈するケースが多く、早期診断と迅速な治療介入が求められます。

        肺静脈の還流経路が長く複雑なため、血流の障害が生じやすいのが特徴です。

        混合型(Mixed type)

          混合型は、上記の3つの型が組み合わさった形態を示します。

          例えば、一部の肺静脈が上心臓型の還流を示し、残りが心臓型の還流を示すといった場合があります。

          混合型は診断が難しく、複数の画像診断法を組み合わせた慎重な評価が必要です。

          Darling分類の臨床的意義

          Darling分類は、各病型によって症状の発現時期や重症度、手術方法や予後が異なります。

          各病型の臨床的特徴

          病型症状発現手術の緊急性予後
          上心臓型比較的遅い準緊急良好
          心臓型中等度準緊急良好
          心臓下型早期緊急やや不良
          混合型変動あり個別評価個別評価

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の主な症状

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の主な症状は、チアノーゼ、呼吸困難、および成長発達遅延です。

          これらの症状は、肺から戻ってきた酸素化された血液が左心房に還流せず、体循環に十分な酸素が供給されないことに起因します。

          特に新生児期や乳児期早期に発症する場合が多く、早期発見と対応が予後を左右する要因となります。

          チアノーゼ(青紫色の皮膚変色)

          TAPVRにおいて最も顕著な症状の一つがチアノーゼです。

          チアノーゼは、血液中の酸素濃度低下によって引き起こされる、皮膚や粘膜の青紫色の変色を指します。

          この症状は特に唇や爪床、舌などで観察されやすく、重症度によっては全身に及ぶ場合もあります。

          新生児や乳児のチアノーゼは、泣いたときや授乳時に顕著になります。

          持続的なチアノーゼは組織への酸素供給不足を示唆し、長期的には脳や他の重要な臓器の機能に影響を及ぼす可能性があるため、迅速な対応が求められます。

          チアノーゼの出現部位特徴
          最も観察しやすい部位
          爪床末梢循環の状態を反映
          中心性チアノーゼの指標
          全身重症例で見られる

          呼吸困難と頻呼吸

          肺うっ血や心臓の負荷増大により、呼吸困難や頻呼吸が起こる場合があります。

          新生児や乳児の場合、呼吸数の増加や呼吸の際の陥没呼吸、鼻翼呼吸などがみられます。

          また、哺乳時に息切れや発汗が見られる場合もあり、これらは心臓の負荷が増大しているため起こります。

          特に乳児の場合は哺乳困難につながる可能性があり、成長発達にも影響を及ぼすため、早期の発見と対応が不可欠です。

          成長発達遅延

          TAPVRでは、特に乳児期の患者において、成長発達の遅れがみられます。

          これは、慢性的な酸素不足と、心臓の過剰な負荷によるエネルギー消費の増大によるものです。

          具体的には、体重増加の不良や身長の伸びの鈍化、運動発達の遅れなどが見られます。

          また、哺乳力の低下や頻繁な疲労感も成長発達遅延の一因となります。

          長期的には認知発達にも影響を及ぼす可能性があるため、定期的な成長発達の経過観察が求められます。

          成長発達遅延の指標特徴
          体重増加標準的な成長曲線から逸脱
          身長年齢相応の伸びが見られない
          運動発達首すわり、寝返りなどの遅れ
          認知発達言語や社会性の発達遅延

          その他の症状と合併症

          • 心不全症状(浮腫、肝腫大、頸静脈怒張)
          • 反復性の呼吸器感染
          • 肺高血圧症
          • 不整脈
          • 突然死のリスク増大

          特に心不全症状は疾患の進行を示す重要な指標となるため、注意深い観察が必要です。

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の原因

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の主な原因は、胎児期における心臓と肺の血管系の発生異常です。

          発生過程における異常

          TAPVRは、胎児の心臓発生過程で、肺静脈が左心房に正常に接続されないために起こります。

          この異常は通常、妊娠6~8週目の間に発生します。

          正常な発生過程では、肺静脈は共通肺静脈と呼ばれる単一の血管として形成され、その後左心房と融合します。

          しかし、TAPVRでは、この融合過程が適切に進行せず、肺静脈が左心房以外の場所に接続されてしまいます。

          この異常な接続により、酸素化された血液が右心系に還流し、体循環に十分な酸素が供給されない状態となります。

          遺伝的要因の関与

          一部の研究では、特定の遺伝子変異がTAPVRのリスクを高めることが示唆されています。

          例えば、PDGFRA遺伝子やZFPM2遺伝子の変異が、TAPVRを含む心臓の発生異常と関連していることが報告されています。

          しかしながら、現時点では、TAPVRを直接引き起こす単一の遺伝子は特定されていません。

          多くの場合、複数の遺伝子の相互作用や、環境要因との組み合わせが発症に寄与していると考えられています。

          遺伝子TAPVRとの関連
          PDGFRA心臓発生に影響
          ZFPM2心臓構造の形成に関与

          診察(検査)と診断

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)は胸部X線検査や心電図検査で疑われ、心エコー検査で確定診断されます。

          臨床診断

          呼吸困難や皮膚の青紫色(チアノーゼ)などの典型的な症状が確認された場合、聴診器を用いて心音や呼吸音を聴取し、異常な心雑音や呼吸音の有無を確認します。

          これらの初期評価によりTAPVRの疑いが生じた場合、さらに詳細な検査を行います。

          画像診断

          検査方法特徴
          胸部X線検査心臓の大きさや肺血管の状態を評価
          心エコー検査心臓の構造や血流の状態をリアルタイムで観察
          CT検査心臓と肺の3D画像を作成し、詳細な解剖学的構造を把握
          MRI検査心臓の機能や血流動態を詳細に評価

          これらの検査を組み合わせると、TAPVRの解剖学的特徴や血行動態の異常を詳細に評価できます。

          心臓カテーテル検査(確定診断のための検査)

          心臓カテーテル検査では、細いカテーテルを血管内に挿入し、心臓内の圧力や酸素飽和度を直接測定します。

          また、造影剤を用いて、血管の走行や異常な血流パターンを視覚化できます。

          測定項目意義
          心内圧心臓各部位の圧力を測定し、血行動態を評価
          酸素飽和度各部位での血液中の酸素濃度を測定し、シャントの有無を確認
          血管造影肺静脈の走行や還流部位を視覚的に確認

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療法と処方薬、治療期間

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療は、外科手術による根治が基本です。

          術前には肺血管抵抗を下げるための薬剤投与や酸素吸入が行われ、手術後も経過観察と合併症予防のための薬物療法が長期にわたって必要になります。

          外科的治療

          外科的手術では、異常な肺静脈の接続を修正し、正常な血流を回復させることが目標です。

          手術の具体的な方法はTAPVRのタイプや状態によって異なりますが、一般的には肺静脈を左心房に再接続する処置が行われます。

          手術の時期は症状や全身状態によって決定されますが、多くの場合、診断後できるだけ早期に実施されます。

          新生児期や乳児期早期の手術が多いですが、症状が軽度の場合は、成長を待って手術を行うケースもあります。

          手術の成功率は高く、早期に適切な治療を受けた場合、多くの場合で健康な生活を送れるようになります。

          術後管理と薬物療法

          術後は、集中治療室で厳重な観察が行われ、心機能や呼吸機能のモニタリングが継続的に実施されます。

          また、感染予防や疼痛管理のための薬物療法も行われます。

          術後によく使用される薬剤の例

          薬剤分類主な目的
          抗生物質感染予防
          鎮痛剤疼痛管理
          利尿剤体液バランス調整
          強心剤心機能サポート

          長期的な経過観察

          TAPVRの治療は手術で完了するものではなく、長期的な経過観察が欠かせません。

          定期的な心臓の検査や、必要に応じて薬物療法の継続が行われます。

          経過観察の頻度や内容は年齢や術後の経過によって個別に決定されます。

          特に成長期の子どもの場合、心臓の発達や全身の成長に合わせて、きめ細かな管理が必要です。

          経過観察で行われる主な検査の例

          • 心エコー検査
          • 心電図検査
          • 胸部レントゲン検査
          • 血液検査
          • 運動負荷試験(年齢に応じて)

          治療期間

          手術自体は通常数時間で終了しますが、術後の入院期間は概ね2〜4週間程度となります。

          多くの場合、幼児期から学童期にかけて比較的頻繁な通院が必要となりますが、成長とともに通院の間隔は徐々に延びていきます。

          以下の表は、一般的な通院間隔の例です。

          年齢通院の頻度
          0-1歳1-2ヶ月に1回
          1-5歳3-6ヶ月に1回
          5-18歳6-12ヶ月に1回
          18歳以上1-2年に1回

          予後と再発可能性および予防

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療後の予後は概ね良好ですが、長期的な経過観察と管理が必要です。

          治療後の予後

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の外科的治療後の予後は、多くの症例において良好な結果が得られる傾向です。

          早期診断と適切な手術介入により、生存率や生活の質は著しく向上します。

          早期死亡2~15%
          10年生存率90%

          ただし、状態や手術の複雑さによって、予後が異なる可能性はあります。

          外科治療を行わなかった場合は、その80%が1歳までに死亡されるとされています。

          再発リスクと予防策

          TAPVRの治療後の再発リスクは比較的低いとされていますが、完全に排除することはできません。

          再発のリスク因子としては、初回手術時の年齢や手術技術、肺静脈の形態異常の程度などが挙げられます。

          再発を予防するためには、以下の点に注意が必要です。

          • 定期的な心臓超音波検査による肺静脈の開存性の評価
          • 心電図検査による不整脈の早期発見
          • 適切な運動制限と生活習慣の指導
          • 感染症予防のための予防接種の実施

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療における副作用やリスク

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療治療におけるリスクは、手術に伴う合併症(出血、感染、不整脈など)や薬物療法による副作用(低血圧、腎機能障害など)が挙げられます。

          手術に関連する短期的なリスク

          手術に伴う短期的なリスクには、出血や感染症、麻酔関連の問題などがあります。

          合併症リスクは年齢や全身状態、手術の複雑さによって発生率が変動し、特に新生児や乳児の場合、手術に伴うストレスや体への負担が大きくなる傾向です。

          そのため、手術前後の管理が極めて大切になります。

          長期的な合併症

          TAPVRの手術後、長期的に注意が必要な合併症は以下のとおりです。

          合併症特徴
          肺静脈狭窄手術部位の瘢痕化による血流障害
          不整脈心臓の電気的活動の乱れ
          肺高血圧症肺動脈圧の持続的な上昇
          心機能低下心臓のポンプ機能の悪化

          これらの合併症に対しては、定期的な検査や追加の治療が必要になる場合があります。

          例えば、肺静脈狭窄に対してはカテーテル治療や再手術が、不整脈に対しては薬物療法や心臓ペースメーカーの植え込みが検討されます。

          治療費について

          治療費についての留意点

          実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)の治療費は高額になることが多く、経済的負担が大きくなります。

          総肺静脈還流異常症(TAPVR)は小児慢性特定疾病に指定されているため、医療費助成の対象です。

          手術費用の目安

          項目概算費用
          手術料200万円~300万円
          麻酔料50万円~100万円
          材料費50万円~100万円

          入院費用の目安

          手術前後の入院期間は通常2週間から1ヶ月程度です。入院費用は1日あたり3万円から5万円程度が目安です。

          術後の定期観察にかかる費用

          退院後も定期的な通院や検査が必要です。

          項目頻度概算費用
          外来診察月1回1回3,000円~5,000円
          心エコー検査3ヶ月に1回1回10,000円~15,000円
          血液検査半年に1回1回5,000円~10,000円

          経済的支援制度

          小児慢性特定疾病医療費助成制度や自立支援医療(育成医療)制度を利用することで、医療費の自己負担額を軽減できる場合があります。

          助成の内容は、お住まいの自治体によって異なりますので、詳細はお住まいの自治体にお問い合わせください。

          以上

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