三尖弁閉鎖症(Tricuspid atresia:TA)とは、心臓の右心室と右心房をつなぐ三尖弁(さんせんべん)が生まれつき閉鎖している、比較的稀な心臓の先天異常です。
この疾患では通常の血液の流れが阻害され、酸素に乏しい血液と酸素を含んだ血液が混ざってしまい、体全体への十分な酸素供給が困難になります。
三尖弁閉鎖症(TA)の種類(病型)
三尖弁閉鎖症(TA)の分類は、Keith-Edwards 分類を基本としつつ、肺血流量の観点からも見ていきます。
現在は大血管の配置と肺動脈の状態に加え、「肺血流量減少型」と「肺血流量増加型」という概念を組み合わせることで、より包括的な病態把握が可能となっています。
Keith-Edwards 分類の基本
Keith-Edwards 分類は、大血管の配置と肺動脈の状態を組み合わせて病型を分類します。
大血管関係 | 肺動脈の状態 |
Ⅰ型正常大血管関係 | a型肺動脈閉鎖 |
Ⅱ型d型大血管転換 | b型肺動脈狭窄 |
c型肺高血圧 |
この分類では大血管の関係をⅠ型とⅡ型に分け、さらに肺動脈の状態を a 型から c 型に分類します。
これらを組み合わせ、例えば「Ⅰb型」のように表現します。
肺血流量による分類
Keith-Edwards 分類に加えて、肺血流量の観点から「肺血流量減少型」と「肺血流量増加型」という概念を加え、より臨床的に有用な病態理解を行います。
肺血流量減少型
肺血流量減少型は、主に a 型(肺動脈閉鎖)と b 型(肺動脈狭窄)に相当します。
この型では肺への血流が制限されるため、チアノーゼなどの症状が現れやすくなります。
一方で、肺高血圧のリスクは比較的低い特徴があります。
肺血流量増加型
肺血流量増加型は、主に c 型(肺高血圧)に相当します。
この型では、肺への血流が過剰となるため、肺うっ血や心不全のリスクが高まります。
チアノーゼは軽度であるケースが多いですが、長期的には肺高血圧症の進行が懸念されます。
例えば、「Ⅰb型(肺血流量減少型)」は正常大血管関係で肺動脈狭窄を伴い、肺血流が減少しているタイプを示します。
一方、「Ⅱc型(肺血流量増加型)」は d 型大血管転換で肺高血圧を伴い、肺血流が増加しているタイプを示します。
三尖弁閉鎖症(TA)の主な症状
三尖弁閉鎖症(TA)の主な症状としてチアノーゼや呼吸困難、成長遅延などが挙げられ、重症度によって症状の程度や発現時期が異なります。
年齢 | 主な症状の特徴 |
新生児期 | チアノーゼ、哺乳困難 |
乳児期 | 呼吸困難、成長遅延 |
幼児期以降 | 運動能力低下、易疲労性 |
チアノーゼ
三尖弁閉鎖症の最も顕著な症状の一つがチアノーゼです。
これは、酸素が十分に体内に供給されないために引き起こされる皮膚や粘膜の青紫色化を指します。
新生児期から認められ、特に唇や爪床、舌などで顕著に観察されます。
チアノーゼの程度は、心臓の構造異常の重症度や肺血流量によって変化し、日内変動や活動状況によっても異なります。
呼吸困難
酸素不足により呼吸数が増加し、努力呼吸が見られます。
特に授乳時や啼泣時など、酸素需要が増加する場面で顕著になり、状態を把握する上で重要な指標となります。
重症例では、安静時でも呼吸困難が持続する場合もあり、その場合は緊急の医療介入が必要です。
症状 | 特徴 |
頻呼吸 | 1分間の呼吸数が増加 |
努力呼吸 | 呼吸筋の使用が目立つ |
陥没呼吸 | 胸骨上窩や肋間の陥没 |
成長遅延
心臓の機能不全により十分な栄養や酸素が体内に行き渡らないことが原因で、成長遅延がみられます。
具体的には、体重増加不良や身長の伸びの鈍化などが挙げられ、活動量の低下や易疲労性も成長遅延に関連する症状として注意が必要です。
その他の症状
- 哺乳困難や授乳時の疲れやすさ
- 発汗の増加、特に哺乳時や運動時
- 易感染性(感染症にかかりやすい傾向)
- 心雑音(聴診器で聴取可能)
- 浮腫(特に重症例で見られる)
三尖弁閉鎖症(TA)の原因
三尖弁閉鎖症(TA)の原因は胎児期の心臓の形成過程における異常で、詳細なメカニズムは不明です。
遺伝的要因や環境要因が複合的に影響していると考えられています。
遺伝的要因の影響
三尖弁閉鎖症の発症には、遺伝子の変異が関与している可能性が高いと考えられています。
しかし、単一の遺伝子変異だけでなく、複数の遺伝子が相互に作用し合うことで発症リスクが上昇すると考えられており、その複雑な相互作用の解明が課題となっています。
遺伝子 | 関連する心臓の発達過程 |
NKX2.5 | 心臓の形成と分化 |
GATA4 | 心筋細胞の分化 |
TBX5 | 心臓の構造形成 |
これらの遺伝子変異は、心臓の発達に重要な役割を果たす転写因子をコードしており、心臓の形成過程において中心的な機能を担っています。
変異によりこれらの遺伝子の機能が低下すると、胎児期の心臓発達に影響を与える可能性があり、その結果として三尖弁閉鎖症などの先天性心疾患が引き起こされる可能性が指摘されています。
環境要因の影響
- 妊娠中の母体の感染症
- 特定の薬物への曝露
- アルコール摂取
- 喫煙
- 栄養状態の不良
これらの環境要因が単独で、あるいは遺伝的素因と相互作用することで、三尖弁閉鎖症の発症リスクを上昇させる可能性があります。
胎児期の心臓発達異常
正常な心臓発達では、胎生6〜8週頃に心臓の各構造が形成されていきます。
三尖弁閉鎖症ではこの時期に三尖弁の形成が正常に進行せず、右心室への血流が遮断されてしまい、その結果として生後の循環に影響を及ぼします。
発生時期 | 心臓の発達段階 |
胎生3週 | 心臓原基の形成 |
胎生4週 | 心管の形成 |
胎生5週 | 心室中隔の形成 |
胎生6-8週 | 弁の形成 |
三尖弁閉鎖症は、単一の要因ではなく、複数の因子が相互に影響し合う多因子疾患であると考えられています。
遺伝的素因を持つ場合であっても必ずしも発症するわけではなく、環境要因との相互作用が発症の引き金となる可能性があります。
同様に、環境要因への曝露があったとしても、遺伝的素因がなければ発症リスクは低いと考えられています。
診察(検査)と診断
三尖弁閉鎖症(TA)の診断は、心エコー検査で三尖弁の欠損や右心系の異常を確認し、必要に応じて心臓カテーテル検査やMRI検査で詳細な評価を行い、他の先天性心疾患との鑑別を行います。
画像診断
検査方法 | 特徴 |
心エコー検査 | 非侵襲的で詳細な心臓構造の評価が可能 |
胸部X線検査 | 心拡大や肺血流の状態を確認 |
心臓CT/MRI | 複雑な心臓構造を3次元的に把握 |
これらの検査の組み合わせるにより三尖弁閉鎖症(TA)の確定診断に至り、状態を多角的に評価できます。
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査は三尖弁閉鎖症(TA)の診断精度を高める上で重要な役割を担い、心臓内の血行動態や圧力を直接測定できます。
心臓の構造異常を詳細に評価し、血流の状態をより明確に把握できるため、治療方針の決定にも大きく寄与します。
また、必要に応じた造影剤の使用により血管の走行や狭窄部位をより正確に特定でき、手術計画の立案にも役立ちます。
診断基準
三尖弁閉鎖症(TA)の診断基準は以下の通りであり、これらの特徴を各種検査を通じて確認することで確定診断に至ります。
- 三尖弁の閉鎖または形成不全
- 右心室の低形成
- 心房中隔欠損の存在
- 肺動脈狭窄または閉鎖
診断段階 | 主な評価項目 |
臨床診断 | 身体症状、聴診所見 |
画像診断 | 心エコー、CT/MRI所見 |
確定診断 | 心臓カテーテル検査結果 |
三尖弁閉鎖症(TA)の治療法と処方薬、治療期間
三尖弁閉鎖症(TA)の治療は、肺血流量の状態によって大きく二つのアプローチに分かれます。
肺血流量減少型と肺血流量増加型では治療の優先順位や方法が異なり、それぞれに特化した治療が必要です。
肺血流量減少型(a.b型)の治療法
肺血流量減少型TAでは肺への血液供給が不足しているため、まず肺血流の確保が治療の第一歩です。
新生児期には、プロスタグランジンE1(PGE1)の投与が重要な役割を果たします。
PGE1は動脈管を開存させ、一時的に肺血流を維持する効果があります。
この薬剤により緊急手術を回避し、より安定した状態で次の治療に進むことが可能となります。
PGE1投与後、通常はブラロック・トーシッヒ手術(BT手術)が行われます。
これは体肺動脈短絡術の一種で、鎖骨下動脈と肺動脈を人工血管で吻合し、肺血流を増加させる手術です。
また、心房中隔の交通が不十分な場合には、バルーン心房中隔裂開術(BAS)が実施されます。
BASはカテーテルを用いて心房中隔を裂開させ、心房間の血液混合を改善する手技です。
肺血流量増加型(c型)の治療法
肺血流量増加型TAでは肺への血流が過剰なため、心不全のリスクが高くなります。そのため、初期の治療目標は肺血流量の調整となります。
この型では、新生児期や乳児期早期に肺動脈絞扼術が行われるケースが多いです。
この手術は、肺動脈を人工的に狭窄させて、肺血流量を適切なレベルに調整します。
肺動脈絞扼術は過剰な肺血流を制限し、心臓への負担を軽減する効果があります。
また、将来のグレン手術やフォンタン手術に向けて、肺血管床を保護する役割も果たします。
両型に共通する段階的治療
両型とも、初期治療の後は段階的な手術アプローチが取られます。
手術段階 | 主な手術 | 時期の目安 |
第1段階 | BT手術または肺動脈絞扼術 | 新生児期〜乳児期早期 |
第2段階 | グレン手術 | 生後4〜6ヶ月頃 |
第3段階 | フォンタン手術 | 2〜4歳頃 |
これらの手術を通じて、最終的にはフォンタン循環の確立を目指します。
長期管理と薬物療法
手術後の長期管理では、以下のような薬物療法が重要な役割を果たします。
- 抗凝固薬:血栓形成の予防
- 利尿薬:体液貯留の管理
- ACE阻害薬:心機能の維持改善
- 強心薬:必要に応じて心機能のサポート
また、定期的な外来診療を通じて、心エコー検査、心電図、血液検査などのモニタリングを継続します。
三尖弁閉鎖症(TA)の予後
三尖弁閉鎖症(TA)の治療後の予後は、手術の種類や状態によって大きく異なります。
再発のリスクや合併症の可能性があるため、長期的な経過観察が欠かせません。
病型による予後の違い
三尖弁閉鎖症の予後は、その病型によって大きな差があります。特にⅡc型は最も厳しく、1年生存率が約5%とされています。
大動脈縮窄や離断を合併する症例では、ほぼ全例が亡くなる結果となっています。
また、Ⅰa型も1年生存率が10%と厳しい状況です。
一方、Fontan手術が成功した場合、その後の生存率は比較的良好となります。
ただし、Fontan手術から20年以上経過すると、様々なFontan術後症候群が出現する傾向です。
病型 | 1年生存率 |
Ⅱc型 | 約5% |
Ⅰa型 | 10% |
Fontan手術後の予後
Fontan型手術を受けたあとの予後は、基礎疾患や術後経過、遺残症や続発症の有無によって変わってきます。
一般的に、解剖学的左心室を体心室とする疾患(左室型単心室、三尖弁閉鎖など)では術後の心機能が維持されやすく、右室型単心室と比べて予後が良い傾向です。
しかし、心室中隔欠損を伴わない肺動脈閉鎖症の場合、左心室が体心室となりますが、右室冠動脈類洞交通を合併しやすい特徴があります。
この合併症により、心筋虚血による突然死のリスクが高まる可能性があるため、注意が必要です。
一方、解剖学的右心室を体心室とする疾患(右室型単心室、左心低形成症候群、無脾症候群など)では右心機能の低下と房室弁閉鎖不全が避けられないため、予後はあまり良くありません。
Fontan型手術後の患者さんの中で40歳以上の方は少なく、50歳を超えて生存することはかなり困難とされています。
三尖弁閉鎖症(TA)の治療における副作用やリスク
三尖弁閉鎖症(TA)の治療は、患者の状態や治療法によって異なりますが、一般的に心臓手術やカテーテル治療に伴うリスク(出血、感染、不整脈など)や、治療後の心機能の低下、薬物療法による副作用(腎機能障害、電解質異常など)などが考えられます。
手術に伴うリスクと合併症
三尖弁閉鎖症の治療には複数の段階的な手術が必要となるため、各段階で異なるリスクが存在します。
手術に伴う主な合併症には、出血や感染症、不整脈などがあります。
これらの合併症は、年齢や全身状態、手術の複雑さによって発生率が変わってきます。
特に新生児や乳児の場合、手術によるストレスが大きいため、慎重な術後管理が必要です。
合併症 | 発生率 | 対策 |
出血 | 5-10% | 適切な止血処置、輸血 |
感染症 | 2-5% | 抗生物質投与、厳重な衛生管理 |
不整脈 | 10-15% | 抗不整脈薬、ペースメーカー |
また、人工心肺装置を使用する手術では脳や他の臓器への血流が一時的に減少するため、神経学的合併症のリスクも考慮する必要があります。
薬物療法による副作用
三尖弁閉鎖症の治療では、手術前後や長期的な管理において様々な薬剤が使用されます。
これらの薬剤は心機能の維持や合併症の予防に役立つ一方で、副作用のリスクも伴います。
例えば、抗凝固薬は血栓形成を防ぐ目的で使用されますが、出血のリスクを高める場合があります。
また、利尿薬は体内の余分な水分を排出する効果がありますが、電解質バランスの乱れを引き起こす可能性があります。
薬剤 | 主な副作用 | 注意点 |
抗凝固薬 | 出血傾向 | 定期的な凝固能検査 |
利尿薬 | 電解質異常 | 血液検査によるモニタリング |
ACE阻害薬 | 咳、血圧低下 | 腎機能の確認 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
三尖弁閉鎖症(TA)の治療費は高額になる傾向ですが、公的医療保険や小児慢性特定疾病医療費助成制度などの利用により、自己負担額を大幅に軽減できることが多いです。
治療費の概要
手術段階 | 概算費用 |
姑息手術 | 200-300万円 |
グレン手術 | 300-400万円 |
フォンタン手術 | 400-500万円 |
小児慢性特定疾病医療費助成制度の概要
小児慢性特定疾病医療費助成制度は、難病のある子どもとその家族を支援するために設けられた制度です。
三尖弁閉鎖症はこの制度の対象疾患に含まれており、18歳未満の場合は医療費助成の対象となります。
難病指定について
三尖弁閉鎖症(TA)は指定難病に含まれており、医療費助成の対象となります。
具体的には、医療費助成制度を利用することで、自己負担限度額を超えた医療費が公費で負担されます。
助成を受けるためには、お住まいの市区町村の窓口で申請が必要です。申請に必要な書類や手続きについては、窓口でご確認ください。
以上
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