三尖弁閉鎖不全症(Tricuspid regurgitation:TR)とは、心臓の右心房と右心室の間に位置する三尖弁が十分に閉鎖できず、右心室から右心房へ血液が逆流してしまう病気です。
三尖弁の閉鎖不全を引き起こす原因には、リウマチ性心疾患、感染性心内膜炎、心筋梗塞、肺高血圧症、右心室の拡大などがあります。
放置すると右心不全が進行し、全身の浮腫や肝臓の腫大、腹水などの症状が現れる可能性があります。
三尖弁閉鎖不全症(TR)の種類(病型)
三尖弁閉鎖不全症は、一次性(器質性)と二次性(機能性)に分けられます。その多く(70~90%)が二次性によるものです。
一次性TRは弁そのものの異常、二次性TRは他の心疾患に伴う右心系の機能異常が主な病態です。
一次性(器質性)TR
三尖弁自体の異常によって生じる病型です。
リウマチ性心疾患、感染性心内膜炎、カルチノイド症候群、トラフツ症候群、放射線照射による弁の損傷などの疾患により、三尖弁の弁尖や腱索に異常が生じ、弁の閉鎖不全を引き起こします。
原因疾患 | 弁の異常 |
リウマチ性心疾患 | 弁尖の肥厚・癒合 |
感染性心内膜炎 | 疣贅の形成・弁尖の破壊 |
一次性TRでは、弁そのものに器質的な異常があるため、重症化すると弁置換術などの外科的治療が必要となる場合があります。
二次性(機能性)TR
二次性TRは、三尖弁自体には異常がないものの、他の心疾患に伴う右心系の機能異常によって生じる病型です。
左心系の疾患(僧帽弁疾患、大動脈弁疾患、冠動脈疾患など)による肺高血圧症が主な原因となります。
肺高血圧症によって右心室の拡大と右室機能不全が生じ、三尖弁輪の拡大と弁尖の接合不全を引き起こします。
左心系疾患→肺高血圧症→右心室拡大・機能不全→三尖弁輪拡大・弁尖接合不全
右心系の異常 | 弁への影響 |
右心室拡大 | 三尖弁輪拡大 |
右室機能不全 | 弁尖接合不全 |
二次性TRでは、原疾患の治療と右心不全に対する内科的管理が重要です。
肺高血圧症の改善と右心機能の保護により、TRの進行を抑制します。
病型による臨床的特徴の違い
一次性TRと二次性TRでは、臨床経過や治療方針に差異が見られます。
一次性TRは弁そのものの器質的異常が主体であるため、弁の逆流が高度になると右心不全症状が顕著となり、外科的介入が必要となる場合が多いです。
一方、二次性TRは基礎疾患の影響を強く受けるため、原疾患の管理が重要であり、内科的治療が中心となります。
ただし、高度な二次性TRに対しては、弁形成術や弁輪縫縮術などの外科的治療が考慮されるケースもあります。
三尖弁閉鎖不全症(TR)の主な症状
三尖弁閉鎖不全症の主な症状は、右心不全に伴う全身のうっ血であると言えます。
軽度から中等度では無症状であることが多いですが、重症になると、全身倦怠感、下肢のむくみ、腹部膨満感などの心不全症状が現れます。
右心不全による症状
右心不全によって全身の静脈系にうっ血が生じると、次のような症状が現れる可能性があります。
- 顔面や下腿のむくみ
- 腹水の貯留
- 体重増加
- 食欲不振
- 全身倦怠感
症状 | 詳細 |
顔面や下腿のむくみ | 右心不全により静脈系のうっ血が生じ、顔面や下腿にむくみが現れる |
腹水の貯留 | 右心不全により静脈系のうっ血が生じ、腹腔内に腹水が貯留する |
右心不全が進行した際には、肝臓や腎臓などの臓器にもうっ血が及び、それぞれの臓器の機能低下を招きます。
その結果として、黄疸や肝機能障害、腎機能障害などを併発するリスクが高まります。
運動時の息切れ
運動時の息切れもよく見られます。これは右心不全によって肺血流量が増加し、肺うっ血を生じるためだと考えられています。
安静時には無症状であっても、運動時には息切れを自覚することが少なくありません。
不整脈の合併
三尖弁閉鎖不全症では、次のような不整脈を併発する可能性があります。
- 心房細動
- 心房粗動
- 心室性期外収縮
不整脈を合併すると動悸や息切れ、胸部不快感などの症状が出現する場合があり、不整脈が原因で塞栓症を引き起こすリスクも高まります。
三尖弁閉鎖不全症(TR)の原因
三尖弁閉鎖不全症(TR)の原因は、弁そのものの異常によるものと、右心室の拡大や肺高血圧症などの機能的な要因によるものがあり、後者が多くみられます。
右心室の拡大による三尖弁の逆流
右心室の拡大が起こると、三尖弁の接合不全が引き起こされ、弁の逆流が生じます。
右心室の拡大は、先天性心疾患、肺高血圧症、右心室梗塞、心筋症などを原因として発生します。
原因疾患 | 詳細 |
先天性心疾患 | ファロー四徴症、心房中隔欠損症など |
肺高血圧症 | 肺動脈性肺高血圧症、慢性血栓塞栓性肺高血圧症など |
右心室が拡大すると三尖弁の弁輪も拡大し、弁尖の接合不全が起こり、弁の逆流が生じます。
すると右心房への血液の逆流が増加し、右心房の容量負荷が大きくなります。
肺高血圧症による三尖弁の逆流
肺高血圧症は、肺動脈圧の上昇により右心室の後負荷が増大し、右心室の拡大と三尖弁の逆流を引き起こします。
- 左心疾患(僧帽弁膜症、大動脈弁膜症など)
- 肺疾患(慢性閉塞性肺疾患、間質性肺疾患など)
- 先天性心疾患(心房中隔欠損症、心室中隔欠損症など)
肺高血圧症によって右心室の後負荷が増大すると、右心室の拡大と三尖弁の逆流が起こります。
その結果、右心房への血液の逆流量が増え、右心不全が進行していくことになります。
三尖弁の器質的異常による逆流
三尖弁の器質的異常としては、リウマチ性弁膜症、感染性心内膜炎、弁の石灰化、外傷性弁損傷などがあげられます。
これらの疾患によって三尖弁の弁尖や腱索に器質的異常が生じると、弁の接合不全や逆流が起こります。
結果、右心房への血液の逆流が増加し、右心不全が進行していきます。
診察(検査)と診断
TRの診断では、心雑音や心不全症状に基づき、心エコー検査で三尖弁の逆流と右心系の拡大を確認します。
身体診察
頸静脈怒張や肝腫大、下腿浮腫などの右心不全症状の有無を確認します。
また、心雑音の聴診も診断の手がかりとなります。
心電図検査
心電図では、右房負荷や右室肥大、不整脈の有無などを評価します。
三尖弁閉鎖不全症による、右心系の負荷を反映した所見が得られることがあります。
胸部X線検査
胸部X線検査では、心拡大や肺うっ血の有無を確認します。特に、右房・右室の拡大所見は、三尖弁閉鎖不全症を示唆する重要な所見です。
また、肺野の透過性低下は、肺うっ血を反映しています。
心エコー検査
心エコー検査では、以下の所見を評価し三尖弁閉鎖不全症の重症度や原因を診断します。
- 三尖弁の形態異常や逆流の程度
- 右心系の拡大や収縮能の低下
- 肺動脈圧の上昇
指標 | 軽症 | 中等症 | 重症 |
逆流面積 | <5 cm² | 5-10 cm² | >10 cm² |
逆流量 | <30 ml/beat | 30-59 ml/beat | ≥60 ml/beat |
確定診断には、心臓カテーテル検査による直接的な圧測定が有用ですが、侵襲的な検査であるため、必ずしも全例に実施する必要はありません。
心エコー検査を中心とした非侵襲的な評価で、十分な診断が可能な場合が多いです。
三尖弁閉鎖不全症(TR)の治療法と処方薬、治療期間
TRの治療は、軽症から中等度では経過観察、重症例や心不全症状がある場合は、利尿薬やACE阻害薬などの薬物療法が中心です。
根治には外科手術が必要となる場合もあり、治療期間は原因や重症度によって異なります。
薬物療法
三尖弁閉鎖不全症の治療では、まず利尿薬が処方されるケースが多いです。
利尿薬は、体内の不要な水分を排出し心臓への負担を減らします。代表的な利尿薬はフロセミド、トラセミドなどです。
また血管拡張薬の使用もよく行われます。血管拡張薬は血管を広げる作用により心臓の負担を和らげます。
ニトログリセリンやニコランジルなどが代表的な血管拡張薬です。
薬剤名 | 作用機序 |
フロセミド | ナトリウムの再吸収を抑制し利尿作用を示す |
トラセミド | ヘンレループにおけるナトリウムの再吸収を抑制し利尿作用を示す |
ニトログリセリン | 血管平滑筋を弛緩させ血管を拡張する |
ニコランジル | 血管平滑筋を弛緩させ血管を拡張する |
さらに不整脈を合併している際は、抗不整脈薬が処方される場合もあります。
アミオダロンやソタロールなどが代表的な抗不整脈薬で、心臓のリズムを整えて心機能を改善します。
薬物療法の治療期間は症状と重症度によって異なりますが、通常は長期的な治療が必要です。
外科的治療
重症の三尖弁閉鎖不全症や、薬物療法で十分な効果が得られないケースでは外科的治療が検討されます。
外科的治療には、三尖弁形成術と三尖弁置換術の2つがあります。
手術方法 | 概要 |
三尖弁形成術 | 弁の構造を修復し弁の機能を回復させる |
三尖弁置換術 | 損傷した弁を人工弁に置き換える |
三尖弁形成術は弁の構造を修復し弁の機能を回復させる手術です。 弁尖の縫合や弁輪の縫縮などが行われます。
一方で三尖弁置換術は損傷した弁を人工弁に取り替える手術となります。 人工弁には機械弁と生体弁の2種類があります。
予後と再発可能性および予防
三尖弁閉鎖不全症の予後は、基礎疾患や重症度によって異なり、軽症例では良好な経過をたどります。
ただし、重症例や基礎疾患のコントロールが不良な場合は心不全の悪化や死亡のリスクが高まります。
再発予防には、基礎疾患のコントロールや定期的な検査が重要です。
定期的な経過観察
治療後は、定期的な経過観察により、症状の再発や合併症の早期発見が可能となります。
経過観察の頻度 | 検査項目 |
3〜6ヶ月ごと | 心エコー検査 |
身体所見 |
生活習慣の改善と管理
以下の生活習慣の改善と管理が再発予防に有効です。
- 禁煙
- 適度な運動
- 健康的な食事
- ストレス管理
薬物療法の継続
手術後も、症状の再発リスクを減らすために薬物療法の継続が大切です。
薬剤の種類 | 作用 |
利尿薬 | 体液貯留の改善 |
血管拡張薬 | 心臓の負担軽減 |
三尖弁閉鎖不全症(TR)の治療における副作用やリスク
三尖弁閉鎖不全症(TR)の治療では、薬物療法では低血圧や腎機能低下、外科手術では出血や感染症などが考えられます。
薬物療法に伴う副作用
三尖弁閉鎖不全症(TR)の治療では利尿剤や血管拡張剤などの薬剤が使用されますが、これらの薬剤には副作用があります。
薬剤 | 主な副作用 |
利尿剤 | 電解質異常、脱水、腎機能低下 |
血管拡張剤 | 低血圧、頭痛、浮動性めまい |
外科的治療に伴うリスク
- 感染症
- 出血
- 不整脈
- 心機能低下
- 弁機能不全の再発
カテーテル治療に伴うリスク
カテーテル治療の種類 | 主なリスク |
経皮的三尖弁形成術 | 弁尖の損傷、弁輪の損傷、不整脈 |
経皮的三尖弁置換術 | 弁の位置ずれ、塞栓症、不整脈 |
長期的な合併症のリスク
治療後も、長期的な合併症のリスクがあり、右心不全、肝うっ血、腎機能障害などが発生する可能性があります。
定期的な検査により合併症のリスクを早期に発見し、対処することが重要なポイントとなります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
TRの治療費は、薬物療法の場合は保険適用で比較的安価ですが、外科手術の場合は手術内容や入院期間によって高額になる可能性があり、高額療養費制度などを利用できます。
検査費の目安
検査名 | 費用目安 |
心エコー検査 | 5,000円〜10,000円 |
心電図検査 | 3,000円〜5,000円 |
血液検査 | 5,000円〜10,000円 |
処置費・手術費の目安
治療法 | 費用目安 |
薬物療法 | 数万円〜数十万円 |
経カテーテル的弁形成術 | 100万円〜200万円 |
外科的手術 | 300万円〜500万円以上 |
入院費
TRの治療で入院が必要な場合、1日あたり1万円から2万円程度の入院費がかかります。
手術を行う場合は、2週間から1ヶ月以上の入院期間を要する場合もあります。
以上
ARSALAN, Mani, et al. Tricuspid regurgitation diagnosis and treatment. European Heart Journal, 2017, 38.9: 634-638.
NATH, Jayant; FOSTER, Elyse; HEIDENREICH, Paul A. Impact of tricuspid regurgitation on long-term survival. Journal of the American College of Cardiology, 2004, 43.3: 405-409.
DREYFUS, Gilles D., et al. Functional tricuspid regurgitation: a need to revise our understanding. Journal of the American College of Cardiology, 2015, 65.21: 2331-2336.
CHORIN, Ehud, et al. Tricuspid regurgitation and long-term clinical outcomes. European Heart Journal-Cardiovascular Imaging, 2020, 21.2: 157-165.
HUTTIN, Olivier, et al. All you need to know about the tricuspid valve: Tricuspid valve imaging and tricuspid regurgitation analysis. Archives of cardiovascular diseases, 2016, 109.1: 67-80.
BADANO, Luigi P.; MURARU, Denisa; ENRIQUEZ-SARANO, Maurice. Assessment of functional tricuspid regurgitation. European heart journal, 2013, 34.25: 1875-1885.
PRIHADI, Edgard A., et al. Morphologic types of tricuspid regurgitation: characteristics and prognostic implications. JACC: Cardiovascular Imaging, 2019, 12.3: 491-499.
MANGIERI, Antonio, et al. Mechanism and implications of the tricuspid regurgitation: from the pathophysiology to the current and future therapeutic options. Circulation: Cardiovascular Interventions, 2017, 10.7: e005043.
FENDER, Erin A.; ZACK, Chad J.; NISHIMURA, Rick A. Isolated tricuspid regurgitation: outcomes and therapeutic interventions. Heart, 2018, 104.10: 798-806.