三尖弁狭窄症(Tricuspid stenosis:TS)とは、心臓の右心房と右心室をつなぐ三尖弁の開閉が悪くなり、右心房から右心室への血液の流れが滞ってしまう疾患です。
先天性のものと後天性のものがあり、後天性の場合の原因としてはリウマチ熱や心内膜炎などが挙げられます。
主に疲労感、皮膚の冷感、頸静脈の怒張、右上腹部不快感などを引き起こし、重症になると心不全症状が現れる心臓弁膜症です。
三尖弁狭窄症(TS)の主な症状
三尖弁狭窄症(さんせんべんきょうさくしょう、TS)の主な症状は、頸静脈の怒張、疲労感、皮膚の冷感、右上腹部不快感などです。
症状の程度は狭窄の重症度と関連しており、進行とともに悪化していきます。
頸静脈波の異常
重症例では、頸静脈波にa波の巨大化が観察されます。これは右心房圧の上昇を反映しており、頸部のはためくような不快感を伴います。
心拍出量低下による症状
三尖弁狭窄により右心室への血流が妨げられると、心拍出量が低下します。その結果、以下のような症状が現れます。
- 易疲労感
- 労作時呼吸困難
- 皮膚の冷感
右心不全による症状
右房と右室の拡張期圧較差が10mmHgを超えると、うっ血が顕著になります。このような状態では、以下のような右心不全症状が出現します。
症状 | 原因 |
腹水 | 腹腔内への体液貯留 |
浮腫 | 下腿などの体液貯留 |
また、肝うっ血により右上腹部の不快感や肝腫大が生じる場合もあります。
進行による症状の悪化
三尖弁狭窄症が進行すると、症状はさらに悪化します。
全身倦怠感や動悸、息切れなどが顕著になり、日常生活に大きな支障をきたすようになります。
三尖弁狭窄症(TS)の原因
三尖弁狭窄症(TS)の原因は大部分がリウマチ熱によるもので、稀に全身性エリテマトーデスや先天性奇形などが原因となるケースもあります。
リウマチ熱
リウマチ熱は、溶血性連鎖球菌感染に続発する炎症性疾患です。
リウマチ熱に罹患すると、心臓の弁に炎症が生じ、弁の肥厚や癒着が起こります。
その結果、弁の可動性が低下し、弁口面積の狭小化により弁狭窄を来たします。
先天性疾患
先天性の弁異常や、心内膜の発生異常によっても三尖弁狭窄症が生じる場合があります。
先天性三尖弁狭窄症の多くは、他の先天性心疾患を合併しています。
- ファロー四徴症
- 完全大血管転位症
- 左心低形成症候群
僧帽弁狭窄症
僧帽弁狭窄症の合併が、三尖弁狭窄症のリスク因子となる可能性があることが知られています。
僧帽弁狭窄症では、左房圧の上昇を来たし、それに伴って肺高血圧を生じます。
長期にわたる肺高血圧が持続すると、右心系の負荷が増大し、最終的に三尖弁の変形・狭窄を招きます。
感染性心内膜炎
感染性心内膜炎は、細菌や真菌などの微生物の心内膜への感染により生じる疾患です。
感染性心内膜炎に罹患すると心内膜の炎症や弁尖の破壊が起こり、それに伴って弁の変形や狭窄を来たす場合があります。
三尖弁に感染性心内膜炎が生じた際は、高度な三尖弁狭窄症を発症するリスクが高くなります。
診察(検査)と診断
TSの診断は、聴診による特徴的な心雑音、頸静脈波形の異常、心エコー図検査による三尖弁口の狭小化と右房の拡大などを総合的に評価して行われます。
身体診察
聴診により、三尖弁狭窄症特有の心雑音を確認します。
右室流入障害によって生じる拡張期ランブルや、肝頸静脈逆流による肝拍動の触知も重要な所見となります。
所見 | 意義 |
拡張期ランブル | 三尖弁狭窄を示唆 |
肝拍動 | 右心不全の徴候 |
心電図検査
心電図検査では、右房負荷や右室肥大の所見が認められることがあります。
ただし、これらの所見は三尖弁狭窄症に特異的ではないため、確定診断には至りません。
画像検査
- 経胸壁心エコー検査
- 経食道心エコー検査
- CT検査
- MRI検査
これらの検査によって、弁の形態異常や石灰化、右房・右室の拡大や肺高血圧の有無などを評価します。
特に経食道心エコーは弁の詳細な観察に優れ、診断の確定や重症度評価に有用です。
検査 | 評価項目 |
経胸壁心エコー | 三尖弁の形態、右心系の拡大、肺高血圧の有無 |
経食道心エコー | 三尖弁の詳細観察、狭窄の程度評価 |
CT | 右心系の拡大、弁の石灰化 |
MRI | 右心機能、弁逆流の定量評価 |
心臓カテーテル検査
心臓カテーテル検査は、三尖弁狭窄症の重症度評価や血行動態の把握に用いられます。
右房圧の上昇や、右房・右室間の圧較差の増大が認められると診断が確定します。
ただし侵襲的な検査であるため、必ずしも全例で実施されるわけではありません。
三尖弁狭窄症(TS)の治療法と処方薬、治療期間
三尖弁狭窄症(TS)の治療は、症状の軽減を目的とした対症療法が中心です。
利尿薬やアルドステロン拮抗薬などが処方され、治療期間は生涯にわたるケース一般的ですが、重症例では外科的治療が検討される場合もあります。
保存的治療
症状が軽い場合は、利尿薬や血管拡張薬などの内服薬による治療が選択されます。
これらの薬剤は、体内の水分量を減らし、心臓への負担を軽減させる効果があります。
薬剤名 | 作用 |
ループ利尿薬 | 体内の水分量を減らす |
血管拡張薬 | 血管を広げ、心臓の負担を軽減する |
内服薬による治療は症状が軽度から中等度の場合に適しており、治療期間は症状の改善状況によって異なります。
通常は数ヶ月から数年間、継続して服用することになります。
経皮的バルーン弁形成術
症状が中等度から重度の場合は、経皮的バルーン弁形成術を検討します。
この治療法はカテーテルを用いて狭窄した弁を拡張するもので、全身麻酔下で実施されます。
経皮的バルーン弁形成術では、通常数日から1週間程度の入院が必要です。
外科的治療
重度の三尖弁狭窄症や、他の治療法が奏功しないケースでは、外科的治療が検討されます。
外科的治療には、以下のような方法があります。
- 弁置換術:人工弁に置換する
- 弁形成術:弁の形態を修復する
- 弁切開術:弁を切開して狭窄を解除する
外科的治療の治療期間は術式や患者の状態によって異なりますが、通常は2~4週間程度の入院が必要です。
術後は、心臓リハビリテーションや抗凝固療法などが行われ、定期的な経過観察が必要です。
抗凝固療法
人工弁置換術を受けた場合は、血栓形成を予防するため、ワルファリンなどの抗凝固薬の内服が必要となります。
薬剤名 | 作用 |
ワルファリン | 血液凝固を抑制する |
DOACs | 特定の凝固因子を阻害する |
抗凝固療法は人工弁の種類や状態によって異なりますが、基本的には生涯にわたって継続する必要があります。
予後と再発可能性および予防
三尖弁狭窄症の予後は治療により改善しますが、根本的な治癒は難しく再発の可能性は常に存在するため、定期的な経過観察と生活習慣の改善が重要です。
手術後の予後
三尖弁狭窄症の術後の生存率は5年で80〜90%、10年で70〜80%程度と報告されています。
術後は定期的な経過観察と内服薬による治療が必要ですが、多くの患者が日常生活に復帰できます。
再発のリスクと予防
三尖弁狭窄症の再発リスクは、原因疾患や治療方法によって異なります。リウマチ性心疾患が原因の場合、再発のリスクがやや高くなる傾向です。
再発を予防するためには、以下の点に注意が必要です。
- 感染症の予防と早期治療
- 定期的な心エコー検査による弁の状態の評価
- 内服薬の継続と適切な用量調整
長期的な管理の重要性
三尖弁狭窄症の治療後は、生涯にわたる定期的な経過観察と管理が重要です。
心機能の評価や合併症の早期発見・治療により、良好な予後を維持できます。
管理項目 | 目的 |
心エコー検査 | 弁の状態や心機能の評価 |
血液検査 | 感染症や貧血の有無の確認 |
内服薬の調整 | 心不全や不整脈の予防・治療 |
治療の進歩と将来の展望
近年、三尖弁狭窄症に対するカテーテル治療の開発が進められており、低侵襲な治療選択肢の拡大が期待されています。
また、人工弁の改良や新たな薬物療法の開発など、更なる治療成績の向上が見込まれます。
三尖弁狭窄症(TS)の治療における副作用やリスク
三尖弁狭窄症(TS)の治療における副作用やリスクは、薬物療法では利尿薬による電解質異常や腎機能低下、外科的治療では出血、感染症、弁機能不全、不整脈などが考えられます。
薬物療法の副作用
薬物療法では、利尿剤やジギタリス製剤などが使用されます。これらの薬剤は、電解質異常や腎機能障害などの副作用を引き起こす可能性があります。
薬剤名 | 主な副作用 |
利尿剤 | 電解質異常、脱水、腎機能障害 |
ジギタリス製剤 | 不整脈、嘔気、食欲不振 |
外科的治療のリスク
重症例では三尖弁置換術や三尖弁形成術などの手術が行われますが、これらには以下のようなリスクが伴います。
手術名 | 主なリスク |
三尖弁置換術 | 出血、感染、心機能低下 |
三尖弁形成術 | 不整脈、弁逆流の再発 |
術後合併症
手術後は、様々な合併症が起こる可能性があります。 心不全の悪化や肝機能障害などが懸念されるため、注意深い経過観察と対処が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
三尖弁狭窄症(TS)の治療費は、薬物療法の場合は薬の種類や量、医療機関によって異なりますが、高額療養費制度の利用により自己負担額を抑えられます。
外科的治療の場合は手術の種類や入院期間、医療機関によって大きく異なり、高額療養費制度に加えて、医療保険や生命保険の給付金などの活用によって自己負担額を軽減できる場合があります。
先天性三尖弁狭窄症は指定難病とされており、New York Heart Association分類を用いてII度以上が医療費助成の対象です。
詳しくは難病情報センターのホームページをご確認ください。
検査費の目安
検査項目 | 費用 |
心エコー検査 | 8,800円 |
心電図検査 | 1,300円 |
処置費の目安
カテーテル治療の処置費は100万円以上になる場合もあり、外科手術が必要な際は、200万円以上の費用がかかるケースも考えられます。
入院費
入院費は1日あたり1万円程度が一般的ですが、長期の入院が必要となった場合、費用は高額になります。
以上
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