急性虫垂炎(Acute Appendicitis)とは、お腹の右下にある「虫垂(ちゅうすい)」という小さな器官に炎症が起こる病気です。
突然の激しい腹痛を主な症状とし、迅速に処置を行わない場合は重篤な合併症につながる緊急性の高い疾患です。
年齢を問わず発症しますが、10代から30代の若い世代に多く見られます。
急性虫垂炎の種類(病型)
急性虫垂炎の種類(病型)は、炎症の程度によって軽症から重症まで3つに分類され、それぞれ特徴的な症状と所見を呈します。
病型 | 腹痛の程度 | 体温 | 白血球数 | 腹膜刺激症状 |
---|---|---|---|---|
カタル性 | 軽度 | 37度前後 | 正常〜軽度上昇 | なし |
蜂窩織炎性 | 中等度 | 38度前後 | 10,000〜15,000/μL | 軽度 |
壊疽性 | 強度 | 39度以上 | 15,000/μL以上 | 顕著 |
カタル性虫垂炎
カタル性虫垂炎は、急性虫垂炎の中で最も軽度な病型です。炎症は虫垂の粘膜層にとどまり、比較的軽微です。
とはいえ、早期発見・早期対応が病状の進行を防ぐ上で重要となります。
蜂窩織炎性虫垂炎
蜂窩織炎性(ほうかしきえんせい)虫垂炎は急性虫垂炎の中等度の病型と言えるタイプで、炎症が虫垂の壁全体に広がり、カタル性虫垂炎よりも症状は顕著に現れます。
病型 | 炎症の範囲 | 症状の程度 |
---|---|---|
カタル性 | 粘膜層のみ | 軽度 |
蜂窩織炎性 | 虫垂壁全体 | 中等度 |
壊疽性虫垂炎
急性虫垂炎の中で最も重症な病型が、壊疽性(えそせい)虫垂炎です。
虫垂の壁が壊死に陥っており、症状は非常に強く、緊急の医療介入が必要となります。
壊疽性虫垂炎では虫垂穿孔のリスクが著しく高まり、穿孔が起こると腹膜炎などの深刻な合併症を引き起こすことがあります。
病型ごとの治療方針
病型 | 推奨される対応 | 予後 |
---|---|---|
カタル性 | 抗生剤投与、経過観察 | 良好 |
蜂窩織炎性 | 入院、抗生剤点滴、手術検討 | 比較的良好 |
壊疽性 | 緊急手術、集中治療 | 要注意 |
急性虫垂炎の主な症状
急性虫垂炎は右下腹部の痛みを主訴とし、発熱や吐き気、食欲不振などの全身症状を伴います。急激に症状が進行することが特徴です。
典型的な症状の進行
急性虫垂炎の初期段階では、おへその周りや上腹部に漠然とした不快感や鈍痛が現れます。
痛みは徐々に右下腹部へと移動し、時間の経過とともに強さを増していきます。
症状の進行 | 特徴 | 痛みの性質 |
---|---|---|
初期 | おへその周りや上腹部の不快感 | 漠然とした鈍痛 |
中期 | 右下腹部への痛みの移動 | 局在化した痛み |
後期 | 右下腹部の激しい痛み | 持続的で強い痛み |
全身症状
発熱は急性虫垂炎の多くの患者さんに見られる症状です。38度前後の微熱から中等度の発熱まで様々ですが、高熱を呈する場合は重症化のサインとなります。
吐き気や嘔吐も頻繁に観察される症状で、腸管の炎症や蠕動運動の低下によって起こります。
全身症状 | 発現頻度 | 臨床的意義 |
---|---|---|
発熱 | 高い | 炎症の程度を反映 |
吐き気・嘔吐 | 中程度 | 腸管機能の障害を示唆 |
食欲不振 | 高い | 全身状態の悪化を示す |
痛みの特徴
急性虫垂炎の痛みは、歩行や咳、くしゃみなどの動作で増強します。
また、右下腹部を軽く押さえた後、急に手を離すと強い痛みを感じる「反跳痛」が特徴的です。
さらに、右下腹部を軽く叩くと痛みを感じる「打診痛」や、右下腹部を押さえながら左側を叩くと痛みが誘発される「反跳圧痛」なども、診断の手がかりとなる所見です。
痛みの特徴 | 臨床的意義 | 診断上の重要性 |
---|---|---|
反跳痛 | 腹膜炎の存在を示唆 | 高い |
打診痛 | 局所の炎症を示す | 中程度 |
反跳圧痛 | 広範囲の腹膜刺激を示唆 | 高い |
その他の随伴症状
- 便秘または下痢
- 腹部膨満感
- 全身倦怠感
- 悪寒(体温上昇に伴う)
- 発汗
症状の個人差・注意点
急性虫垂炎の症状は、個人によって現れ方や程度に差があります。高齢者や妊婦、免疫機能が低下している患者さんでは、典型的な症状が現れにくいことがあります。
特に高齢者では痛みの訴えが乏しく、発熱も顕著でない場合があるため、診断が遅れる可能性があります。
また、虫垂の位置異常がある場合、痛みの部位が通常とは異なる場所に現れることがあります。
急性虫垂炎の原因
急性虫垂炎は、虫垂内に便の塊などが詰まり、細菌が繁殖して炎症を起こすことが主な原因と考えられています。
虫垂閉塞の主要因
虫垂内腔が何らかの理由で塞がれると、虫垂内の分泌物が排出されず、内圧が上昇することで虫垂壁の血流が阻害され、組織の損傷や炎症が起こります。
閉塞の原因としては、糞石(硬くなった便の塊)やリンパ組織の腫大、異物、腫瘍などが挙げられます。
閉塞原因 | 特徴 |
---|---|
糞石 | 最も一般的 |
リンパ組織腫大 | 若年者に多い |
異物 | 種子や寄生虫など |
腫瘍 | 稀だが高齢者に注意 |
細菌感染
虫垂の閉塞に続き、細菌感染が急性虫垂炎の進行を加速させる要因となります。
虫垂内には様々な細菌が存在していますが、閉塞によって増殖しやすい環境となり、代表的な起炎菌である大腸菌やバクテロイデス属、クロストリジウム属などが急速に増殖します。
このような細菌が虫垂壁に侵入し、強い炎症反応を引き起こすことで急性虫垂炎の症状が顕在化し、激しい腹痛や発熱などの症状が現れます。
免疫系の関与
虫垂には豊富なリンパ組織が存在し、体内の免疫機能の一部を担っていますが、感染や炎症に対する過剰な免疫反応が虫垂の腫脹や炎症を悪化させることがあります。
特に若年者では、ウイルス感染後にリンパ組織が腫大し、虫垂閉塞のきっかけとなることがあります。
環境要因・生活習慣
以下のような要因は、腸内環境の悪化や免疫機能の低下を通じて、急性虫垂炎の発症リスクを上昇させる可能性があります。
- 低繊維食の過度な摂取
- 慢性的な便秘状態
- 長期的な喫煙習慣
- 大気汚染への継続的な曝露
- 不規則な食生活、過度な飲酒
診察(検査)と診断
急性虫垂炎の診断では、問診、触診、血液検査に加え、腹部超音波検査やCT検査などの画像検査を行います。
問診・身体診察
急性虫垂炎が疑われる場合、腹痛の部位や性質、持続時間、随伴症状などについて確認し、症状の経過や特徴を把握します。
身体診察では腹部の視診、触診、聴診を通じて、腹部の膨満や圧痛の有無、腸蠕動音(腸の動きを表す音)の変化などを確認していきます。
特に、マクバーニー点(右下腹部の特定の位置)での圧痛や、反跳痛(押した手を急に離した時に感じる痛み)の有無は急性虫垂炎を疑う上で重要な所見となります。
血液検査
血液検査では、炎症の程度や全身状態を客観的に評価するため、主に以下の項目を確認します。
検査項目 | 意義 | 正常値 |
---|---|---|
白血球数 | 炎症の程度を反映 | 4,000-9,000/μL |
CRP値 | 炎症の程度を反映 | 0.3mg/dL未満 |
電解質 | 脱水の評価 | Na: 135-145mEq/L, K: 3.5-5.0mEq/L |
肝機能 | 全身状態の評価 | AST: 10-40U/L, ALT: 5-45U/L |
画像診断
画像診断では、虫垂の腫大や周囲の炎症所見、膿瘍形成の有無などを評価し、重症度や合併症の有無を調べます。
- 腹部超音波検査
- 腹部CT検査
- 腹部MRI検査
鑑別診断
急性虫垂炎の診断では、類似した症状を呈する他の疾患との鑑別が必要です。
主な鑑別疾患
鑑別疾患 | 特徴 | 鑑別のポイント |
---|---|---|
尿路結石 | 側腹部痛、血尿 | 尿検査、腹部CT |
卵巣嚢腫茎捻転 | 女性に多い、急激な下腹部痛 | 婦人科的診察、骨盤MRI |
憩室炎 | 高齢者に多い、左下腹部痛 | 腹部CT、大腸内視鏡 |
腸閉塞 | 腹痛、嘔吐、腹部膨満 | 腹部X線、腹部CT |
診断基準とスコアリングシステム
急性虫垂炎の診断精度を高めるため、様々な診断基準やスコアリングシステムが臨床現場で活用されています。
代表的なものとして、Alvarado scoreやAIR score(Appendicitis Inflammatory Response score)があります。
Alvarado scoreの項目と点数配分
Alvarado score項目 | 点数 | 備考 |
---|---|---|
右下腹部痛 | 2点 | 痛みの局在を評価 |
食欲不振 | 1点 | 全身症状の一つ |
嘔吐 | 1点 | 消化器症状の一つ |
発熱 | 1点 | 37.3℃以上 |
圧痛 | 2点 | 右下腹部の圧痛 |
反跳痛 | 1点 | 腹膜刺激症状 |
白血球増多 | 2点 | 10,000/μL以上 |
好中球左方移動 | 1点 | 75%以上 |
スコアの合計点に基づいて、急性虫垂炎の可能性を低リスク(0-4点)、中リスク(5-6点)、高リスク(7-10点)に分類し、その後の対応を決定します。
急性虫垂炎の治療法と処方薬、治療期間
急性虫垂炎の治療法は、主に手術と抗生物質療法があります。治療期間は通常1週間から2週間程度が目安です。
治療法
急性虫垂炎の主な治療法には、手術療法と保存的療法があります。手術療法は虫垂を切除する方法で、開腹手術や腹腔鏡下手術があります。
保存的療法は、抗生物質を用いて炎症を抑える方法です。
治療法 | 特徴 |
---|---|
手術療法 | 虫垂を切除し、根本的な治療が可能 |
保存的療法 | 抗生物質で炎症を抑制し、手術を回避 |
手術療法
開腹手術では、腹部に5〜10センチメートルの切開を加えて行います。腹腔鏡下手術は、小さな穴を数か所開けて行う身体に負担の少ない手術です。
手術後は、1〜2日程度の入院が必要です。
手術方法 | 特徴 |
---|---|
開腹手術 | 大きな切開で直接アプローチ |
腹腔鏡下手術 | 小さな穴から特殊な器具を使用 |
保存的療法
保存的療法は、主に抗生物質を用いて行います。軽度から中等度の急性虫垂炎に対して効果的です。
投与は静脈内投与や経口投与で行い、治療期間は通常3〜5日程度となります。
保存的療法で改善が見られない場合は、手術療法に切り替えることもあります。
抗生物質 | 投与方法 |
---|---|
セファゾリン | 静脈内投与 |
レボフロキサシン | 経口投与 |
処方薬について
急性虫垂炎の治療には、主に以下の薬剤を使用します。
- 抗生物質(セファゾリン、レボフロキサシンなど)
- 鎮痛剤(アセトアミノフェン、ロキソプロフェンなど)
- 制吐剤(メトクロプラミドなど)
薬剤の種類 | 主な効果 |
---|---|
抗生物質 | 細菌の増殖抑制・殺菌 |
鎮痛剤 | 痛みの軽減 |
制吐剤 | 吐き気・嘔吐の抑制 |
治療期間
手術療法の場合、通常1〜2週間程度で日常生活に復帰できます。
保存的療法の場合、抗生物質治療を3〜5日間行い、その後経過観察します。完全な回復までには、通常1〜2週間かかります。
急性虫垂炎の治療における副作用やリスク
手術による虫垂切除術では、出血、感染、傷口の痛みなど一般的な手術に伴うリスクがあります。また、腸閉塞や神経損傷といった合併症が起こる可能性もあります。
抗菌薬治療では、アレルギー反応や耐性菌の出現などの副作用が起こることがあります。
手術に関連する副作用・リスク
手術後の感染は、最も注意が必要な合併症の一つです。虫垂が既に穿孔している場合、腹腔内に細菌が広がっている可能性が高く、術後感染のリスクが増加します。
手術関連リスク | 発生頻度 |
---|---|
術後感染 | 5-10% |
麻酔合併症 | 1-2% |
抗生物質治療に伴うリスク
抗生物質によるアレルギー反応には、軽度の発疹から重篤なアナフィラキシーショックまで、様々な症状があります。
また、長期的に抗生物質を使用する場合、腸内細菌叢のバランスを崩すことにより、下痢や腹痛などの消化器症状が起こることがあります。
抗生物質関連リスク | 発生頻度 |
---|---|
アレルギー反応 | 1-3% |
腸内細菌叢の乱れ | 5-15% |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
急性虫垂炎の治療費は、保険適用の場合、自己負担額は数万円から数十万円の範囲内となります。
ただし、合併症の有無や入院期間によってはこれより高額になります。
治療方法による費用の違い
治療法 | 概算費用(3割負担の場合) |
---|---|
保存的治療 | 3〜6万円 |
腹腔鏡下手術 | 12〜25万円 |
開腹手術 | 18〜35万円 |
また、急性虫垂炎の治療では、多くの場合入院が必要となります。入院期間が長くなるほど治療費も増加します。
合併症による追加費用
急性虫垂炎の合併症として、腹膜炎や膿瘍形成などが挙げられます。合併症が発生すると追加の治療が必要となり、費用が増加します。
急性虫垂炎の治療に関連する主な費用
- 検査費(血液検査、画像診断など)
- 投薬料
- 処置料
- 手術料(外科的治療の場合)
- 入院料(入院が必要な場合)
費用項目 | 概算金額(3割負担の場合) |
---|---|
検査費 | 10,000円〜30,000円 |
手術料 | 80,000円〜150,000円 |
入院料(1日あたり) | 8,000円〜20,000円 |
以上
HUMES, D. J.; SIMPSON, J. Acute appendicitis. Bmj, 2006, 333.7567: 530-534.
STRINGER, Mark D. Acute appendicitis. Journal of paediatrics and child health, 2017, 53.11: 1071-1076.
CARR, Norman J. The pathology of acute appendicitis. Annals of diagnostic pathology, 2000, 4.1: 46-58.
BHANGU, Aneel, et al. Acute appendicitis: modern understanding of pathogenesis, diagnosis, and management. The Lancet, 2015, 386.10000: 1278-1287.
PETROIANU, Andy. Diagnosis of acute appendicitis. International journal of surgery, 2012, 10.3: 115-119.
ALVARADO, Alfredo. A practical score for the early diagnosis of acute appendicitis. Annals of emergency medicine, 1986, 15.5: 557-564.
BAIRD, Daniel LH, et al. Acute appendicitis. Bmj, 2017, 357.
BALTHAZAR, Emil J., et al. Acute appendicitis: CT and US correlation in 100 patients. Radiology, 1994, 190.1: 31-35.
JEFFREY JR, R. Brooke; LAING, Faye C.; LEWIS, Frank R. Acute appendicitis: high-resolution real-time US findings. Radiology, 1987, 163.1: 11-14.
DI SAVERIO, Salomone, et al. Diagnosis and treatment of acute appendicitis: 2020 update of the WSES Jerusalem guidelines. World journal of emergency surgery, 2020, 15: 1-42.