急性胃粘膜病変(AGML) – 消化器の疾患

急性胃粘膜病変(Acute Gastric Mucosal Lesion:AGML)とは、胃の内側を覆う粘膜に突如として生じる損傷や炎症を指します。

ストレスや重篤な疾患、外傷、特定の薬物などが主な原因となり、典型的な症状には、腹部の痛み、吐き気、嘔吐、消化不良などが挙げられます。

重症化すると、黒色便や吐血といった出血症状が現れることもあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

急性胃粘膜病変(AGML)の種類(病型)

急性胃粘膜病変(AGML)は、胃の状態により急性胃炎と急性胃潰瘍に分けられます。

急性胃炎は主に胃粘膜の表層に限局した炎症性変化を特徴とするのに対し、急性胃潰瘍は、より深い組織層にまで及ぶ粘膜欠損を伴います。

急性胃炎

急性胃炎は、形態や粘膜変化の特徴によって以下のように分類できます。

分類特徴臨床的意義
出血性胃炎粘膜からの出血を伴う貧血のリスクが高い
びらん性胃炎表層粘膜の剥離が見られる治癒に時間がかかることがある
カタル性胃炎粘膜の発赤や浮腫が主体比較的軽症だが再発しやすい
偽膜性胃炎粘膜表面に偽膜形成がある抗生物質関連性が高い

分類は内視鏡検査や病理組織学的検査によって判断し、各タイプによって治療方法や経過観察の方法が異なります。

急性胃潰瘍の特徴

急性胃潰瘍は、粘膜下層以深に達する急性の粘膜欠損を指します。形態や発生部位によって、以下のように分類されることがあります。

  • 単発性潰瘍:1箇所のみに発生し、比較的管理しやすい
  • 多発性潰瘍:複数箇所に発生し、治療が複雑になることがある
  • 巨大潰瘍:直径2cm以上の大きな潰瘍で、治癒に時間を要する
  • 穿孔性潰瘍:胃壁を貫通し腹腔内に達する潰瘍で、緊急手術が必要になることがある

急性胃粘膜病変(AGML)の主な症状

急性胃粘膜病変(AGML)の主な症状は、突然の激しい上腹部痛や吐き気、嘔吐、黒色便などです。

多くの場合、上腹部の激しい痛みが最初の兆候として現れます。

消化器系の症状

胃粘膜の炎症や出血による刺激が原因となり、吐き気や嘔吐の症状もよく見られます。

症状特徴
吐き気持続的で、食事摂取を困難にする
嘔吐血液を含むことがある(吐血)
腹部膨満感胃の炎症による不快感
食欲不振持続的な胃の不調による

出血性の症状

出血性症状は、AGMLの重症度を示す重要な指標となります。

  • 吐血:鮮血や凝血塊を含む嘔吐
  • 黒色便(メレナ):消化管上部からの出血を示唆する
  • 貧血:持続的な出血による赤血球減少
  • めまいや立ちくらみ:貧血に伴う症状

全身症状

胃の問題だけではなく、倦怠感や発熱などの全身症状が現れる場合もあります。

全身症状説明
倦怠感全身の疲労感や脱力感
発熱軽度から中等度の体温上昇
冷や汗痛みや出血に伴う自律神経反応
頻脈出血や痛みによるストレス反応

この他、胸焼けや胸痛、呼吸困難などの上部消化管症状が起こることもあります。

急性胃粘膜病変(AGML)の原因

急性胃粘膜病変(AGML)の主な原因としては、強度のストレスや外傷、手術、感染症などが挙げられます。

胃粘膜の防御機構が一時的に弱体化し、胃酸による粘膜の損傷が起こることで胃炎や胃潰瘍につながっていきます。

ストレス

心理的ストレスや身体的ストレスがあると、自律神経系のバランスが乱れて胃酸分泌が増加し、胃粘膜の血流減少によりその防御機能が低下します。

ストレスの種類AGMLへの影響
心理的ストレス胃酸分泌増加、粘膜防御機能低下
身体的ストレス粘膜血流低下、炎症反応増強

薬剤起因性のAGML

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を長期間使用すると、胃粘膜の防御機構が著しく弱まります。

また、アスピリンなどの抗血小板薬も胃粘膜のバリア機能を低下させる一因となります。

AGMLの発症に関与するその他の要因

  • アルコールの過剰摂取による胃粘膜の直接的な刺激
  • 喫煙による胃粘膜血流の低下と酸化ストレスの増加
  • ヘリコバクター・ピロリ菌感染による慢性的な胃粘膜炎症
  • 加齢に伴う胃粘膜再生能力の低下

AGMLと関連する全身疾患

重度の肝疾患や腎疾患を抱える患者さんでは、AGMLの発症率が高くなります。

関連疾患AGMLへの影響
肝疾患凝固異常、門脈圧亢進による胃粘膜うっ血
腎疾患代謝異常、尿毒症による胃粘膜刺激

診察(検査)と診断

急性胃粘膜病変(AGML)の診断では、問診・身体診察をはじめ、内視鏡検査、画像検査、血液検査などを実施します。

診断ステップ実施内容得られる情報
初期評価問診、身体診察症状の特徴、リスク因子
確定診断内視鏡検査、生検病変の性状、組織学的特徴
補助検査血液検査、画像検査全身状態、合併症の有無
鑑別診断他疾患の除外類似疾患との区別

問診・身体診察

問診では、症状の経過、持続期間のほか、既往歴や服薬歴、生活習慣などを確認します。

身体診察では、腹部の触診行い、圧痛の有無や程度を評価します。AGMLでは、上腹部に局所的な圧痛を認めることが多いです。

内視鏡検査

AGMLの確定診断には、上部消化管内視鏡検査が必要です。胃粘膜の状態を直接観察し、病変の範囲や程度を評価していきます。

内視鏡所見特徴診断的意義
粘膜の発赤びまん性または局所的炎症の範囲を示唆
粘膜浮腫粘膜表面の凹凸不整急性期の反応を反映
出血点状または広範囲病変の重症度を示唆
びらん粘膜表層の欠損AGMLの特徴的所見

内視鏡検査では、必要に応じて生検も実施します。慢性胃炎や胃癌などとの区別が困難な場合、生検による組織診断が決め手となることがあります。

補助的検査

AGMLの診断精度を高めるために、血液検査や画像検査などの補助的検査を行うことがあります。

  • 血液検査:貧血の有無、炎症マーカーの評価、凝固機能の確認
  • 画像検査:CT or MRIによる胃壁肥厚や周囲組織への影響の確認、合併症の評価
  • ヘリコバクター・ピロリ菌検査:感染の有無の確認、治療方針決定の参考

鑑別診断

AGMLの診断では、類似した症状を呈する他の胃腸疾患との鑑別が必要です。

鑑別疾患特徴的所見鑑別のポイント
胃潰瘍限局性の深い粘膜欠損潰瘍底の有無、周囲粘膜の状態
胃癌不整な粘膜変化、壁の硬化病変の形態、生検結果
急性胃炎びまん性の粘膜炎症炎症の程度、分布パターン

急性胃粘膜病変(AGML)の治療法と処方薬、治療期間

急性胃粘膜病変(AGML)の治療は、主にプロトンポンプ阻害薬や粘膜保護剤などの薬物療法を中心として実施します。通常、2〜4週間程度の治療期間が必要です。

薬物療法

薬物療法では、症状を和らげ、胃の粘膜修復を促すことが目的となります。

主な処方薬

薬剤の種類主な効果
プロトンポンプ阻害薬胃酸の分泌を抑え、粘膜の回復を促進
H2受容体拮抗薬胃酸の分泌を抑制し、粘膜への負担を軽減
粘膜保護剤胃の粘膜を直接保護し、修復を促進

プロトンポンプ阻害薬は、胃酸の分泌を強力に抑える効果があり、AGMLの治療において中心的な薬剤となります。

H2受容体拮抗薬も胃酸の分泌を抑えますが、プロトンポンプ阻害薬と比較するとやや穏やかな作用です。

治療期間

AGMLの治療期間は、一般的に2〜4週間程度です。

治療の週主な目標
第1週急性症状を軽くする
第2週胃の粘膜の修復を進める
第3-4週胃の粘膜を完全に回復させる

治療期間中は定期的に診察を行い、必要に応じて内視鏡検査(胃カメラ)を実施し、回復の程度を評価します。

症状が良くなり、内視鏡検査で胃の粘膜が十分に回復していることが確認できれば、治療の終了を検討します。

治療後の診察

AGMLの治療が終わってから1〜3ヶ月程度は定期的に診察を行い、症状が再び現れていないか確認します。

治療後の定期診察の内容頻度
定期的な診察1〜3ヶ月ごと
症状の確認診察のたびに
生活習慣の指導必要に応じて

急性胃粘膜病変(AGML)の治療における副作用やリスク

急性胃粘膜病変(AGML)の治療薬は、下痢や便秘、吐き気などの消化器症状や、頭痛、めまいなどの全身症状などの副作用が起こる可能性があります。

薬物療法に伴うリスク

急性胃粘膜病変(AGML)の治療で使用する胃酸分泌抑制薬や粘膜保護剤には、長期使用に伴うリスクがあります。

  • 骨密度の低下(骨がもろくなる状態)
  • ビタミンB12の吸収障害
  • 腸内細菌叢の変化(腸内の細菌のバランスが崩れる状態)

一方、粘膜保護剤については、一般的に安全性が高いとされていますが、まれに軽度の消化器症状を引き起こすことがあります。

薬剤種類主な副作用
胃酸分泌抑制薬骨粗しょう症(骨がもろくなる病気)のリスク増加
粘膜保護剤軽度の消化器症状(胃の不快感など)

内視鏡治療のリスク

  1. 出血
  2. 穿孔(胃や腸に小さな穴が開くこと)
  3. 感染
リスク発生頻度
出血100人中1-2人
穿孔1000人中1-4人

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

急性胃粘膜病変(AGML)の治療費は、症状の程度や治療方法によって大きく異なります。

内服薬のみの治療であれば負担が少なく済みますが、内視鏡治療や入院が必要な場合は治療費が高額になります。

外来治療の費用

外来での治療は主に薬物療法が中心となり、診察料と薬剤費を合わせると1回の診療で5,000円から15,000円程度が目安となります。

治療期間は通常2週間から1ヶ月程度で、症状が改善するまで継続します。

項目費用
薬剤費3,000円〜10,000円
検査費2,000円〜5,000円

入院治療の費用

症状が重度の場合や合併症がある際は入院治療が必要です。

入院費用は病院や入院日数によって変動しますが、一般的に1日あたり20,000円から30,000円程度です。

内視鏡検査の費用

AGMLの診断や経過観察では、内視鏡検査を行います。保険適用の場合、基本的な上部消化管内視鏡検査の費用は10,000円から15,000円程度です。

※生検や特殊な処置を行う場合は追加費用がかかります。

検査内容費用
基本内視鏡検査10,000円〜15,000円
生検追加5,000円〜8,000円

以上

References

MARRONE, GARY C.; SILEN, WILLIAM. Pathogenesis, diagnosis and treatment of acute gastric mucosal lesions. Clinics in gastroenterology, 1984, 13.2: 635-650.

SPERANZA, Vincenzo; BASSO, Nicola. Progress in the treatment of acute gastroduodenal mucosal lesions (AGML). World Journal of Surgery, 1977, 1: 35-44.

MORIAI, Tetsuya; HIRAHARA, Nobustune. Clinical course of acute gastric mucosal lesions caused by acute infection with Helicobacter pylori. New England Journal of Medicine, 1999, 341.6: 456-457.

KONTUREK, S. J.; KONTUREK, P. C.; BRZOZOWSKI, Tomasz. Melatonin in gastroprotection against stress-induced acute gastric lesions and in healing of chronic gastric ulcers. Journal of physiology and pharmacology, 2006, 57: 51.

RITCHIE JR, W. P. Acute gastric mucosal damage induced by bile salts, acid, and ischemia. Gastroenterology, 1975, 68.4: 699-707.

KONTUREK, Peter Ch, et al. Epidermal growth factor and transforming growth factor-α: role in protection and healing of gastric mucosal lesions. European journal of gastroenterology & hepatology, 1995, 7.10: 933-938.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。