輸入脚症候群(Afferent Loop Syndrome)とは、胃切除手術後に発生する可能性のある合併症の一つであり、十二指腸や空腸の一部が閉塞することで起こります。
消化器官を通過するはずの内容物が閉塞によって滞留してしまい、食後の上腹部痛や嘔吐などが症状として現れます。
輸入脚症候群の種類(病型)と主な症状
輸入脚症候群は、完全閉塞による急性型と、不完全閉塞による慢性型の2つに分類されます。
特徴 | 急性型 | 慢性型 |
発症時期 | 手術後数日〜数週間 | 手術後数週間〜数年 |
症状の進行 | 急速 | 緩徐 |
閉塞の程度 | 完全 | 不完全 |
発生頻度 | 比較的稀 | より一般的 |
急性型輸入脚症候群
急性型輸入脚症候群は輸入脚の完全閉塞によって起こるタイプで、突発的に発症します。
手術後数日から数週間以内に起こることが多く、状態が急速に悪化するため、早期発見と迅速な治療介入が必要です。
急性型の症状
- 突然の激しい腹痛
- 嘔吐(胆汁を含む)
- 腹部膨満感
- 脱水症状
慢性型輸入脚症候群
慢性型輸入脚症候群は、輸入脚の不完全閉塞によって起こる長期的な病態を指します。
急性型よりも頻度が高く、胃切除後数週間から数年経過してから発症し、症状の悪化と緩和を繰り返します。
慢性型の症状
- 間欠的な腹痛
- 食後の不快感、もたれ感
- 嘔吐(時に胆汁を含む)
- 体重減少
- 栄養不良
急性型ほど緊急性は高くありませんが、長期的な管理が必要となります。
全身症状と合併症のリスク
輸入脚症候群では、消化器系の症状だけでなく、発熱や悪寒が起こることがあります。嘔吐や下痢による脱水症状や電解質異常も生じる可能性があり、注意が必要です。
また、重症例では以下のような合併症が発生することがあります。
- 敗血症
- 腹膜炎
- 栄養失調
- 胆管炎
輸入脚症候群の原因
輸入脚症候群は、主に胃切除術後に発生する合併症であり、手術によって新たに形成された輸入脚の通過障害が根本的な原因となります。
手術後の体内構造変化と機能不全
輸入脚症候群の発症には、手術後の体内構造の変化が大きく関与します。
胃切除術、特にビルロートII法(胃の一部を切除し、残った胃と空腸をつなぐ方法)やルーY再建法(胃の一部を切除し、空腸を用いてY字型に再建する方法)などの再建術式を行った後、十二指腸や空腸上部からなる輸入脚に問題が生じます。
この輸入脚に通過障害が起こると胆汁や膵液が滞留し、症状が起こります。
主な機械的要因
機械的要因 | 詳細 |
癒着 | 手術後の組織の癒着による輸入脚の屈曲や狭窄 |
内ヘルニア | 腸管が異常な間隙に嵌入することによる絞扼 |
腫瘍再発 | 腫瘍の再発による輸入脚の圧迫や浸潤 |
吻合部狭窄 | 手術時の吻合部が徐々に狭くなることによる通過障害 |
特に、癒着や内ヘルニアは術後早期から晩期まで発生するため、退院後も長期間にわたって体調変化に注意を払う必要があります。
手術技術と再建方法による影響
不適切な再建方法や、輸入脚の長さが適切でない場合、術後に問題が生じやすくなります。
例えば、輸入脚が長すぎると屈曲や捻転が起こりやすく、短すぎると十分な減圧効果が得られません。
また、吻合部(つなぎ目)の位置や角度も重要となります。
再建方法の問題点 | 影響 |
輸入脚が長すぎる | 屈曲や捻転のリスク増加 |
輸入脚が短すぎる | 減圧効果の不足 |
吻合部の位置が不適切 | 通過障害のリスク増加 |
吻合部の角度が不適切 | 内容物の停滞や逆流 |
診察(検査)と診断
輸入脚症候群の診断では、画像検査や内視鏡検査などの精密検査を実施し、輸入脚の拡張や閉塞などを評価します。
問診
問診では、症状の詳細や経過、過去に受けた手術の有無などについて確認します。
胃の一部を切除する手術やバイパス手術を受けたことがある方の場合、本症候群の可能性を念頭に置いて診察を進めます。
画像検査
画像検査では、輸入脚の状態をより詳しく把握していきます。
検査方法 | 特徴 |
腹部X線検査 | 腸管内のガスの様子を確認 |
腹部CT検査 | 輸入脚の膨らみや液体のたまりを評価 |
上部消化管造影 | 輸入脚の通り道の障害を確認 |
内視鏡検査の役割
上部消化管内視鏡検査では、輸入脚を直接観察し、粘膜の状態や狭くなっている部分がないかを確認します。
また、内視鏡を使って造影剤を注入する検査を行うと、輸入脚の通り道の状態をより詳しく調べることができます。
確定診断のポイント
- 胃の手術やバイパス手術を受けたことがあるか
- 特徴的な症状が見られるか
- 画像検査で輸入脚の膨らみや通り道の障害が確認できるか
- 内視鏡検査で直接観察して異常が見つかるか
鑑別診断が必要な病気
鑑別すべき病気 | 特徴 |
胃排出遅延 | 胃の中身が長時間とどまる |
腸閉塞 | 広い範囲の腸が膨らむ |
胆道系疾患 | 胆道系の酵素が増加する |
輸入脚症候群の治療法と処方薬、治療期間
輸入脚症候群の治療法は症状の重症度や原因によって異なり、内科的治療(絶食、胃液吸引、薬物療法など)や外科的治療(閉塞部位の解除、癒着剥離)などがあります。
保存的治療
輸入脚症候群の初期段階では、まず保存的な治療法を試みるのが一般的です。
食事療法では、少量ずつ頻繁に食事をとる「少量頻回食」を実施していただき、胃や十二指腸への負担軽減と症状の緩和を図っていきます。
薬物療法では、主に以下の薬剤を使用します。
薬剤分類 | 効果 | 代表的な薬剤名 |
制酸薬 | 胃酸の中和 | 炭酸水素ナトリウム |
プロトンポンプ阻害剤 | 胃酸分泌抑制 | オメプラゾール |
消化管運動改善薬 | 腸管運動の促進 | モサプリド |
鎮痛剤 | 疼痛緩和 | アセトアミノフェン |
保存的治療の期間は通常2〜4週間程度ですが、患者さんの状態に応じて延長することもあります。症状が改善しない場合は、次の段階の治療を検討します。
内視鏡的治療
保存的治療で十分な改善が見られない場合、内視鏡的治療を検討します。
この方法では、輸入脚の狭窄部位を拡張したり、ステント(金属製や樹脂製の筒状の器具)を留置したりすることで、腸管の通過障害を解消します。
内視鏡的治療の大きな利点は、外科的手術に比べて体への負担が少ないことです。
内視鏡的治療の手順
- 前処置として、絶食と腸管洗浄を行います
- 内視鏡を挿入し、狭窄部位を特定します
- バルーンカテーテルを用いて狭窄部位を拡張します
- 必要に応じてステントを留置します
- 処置後、合併症がないか確認します
治療後は1〜2日の入院観察を行い、その後外来で経過を見守ります。
完全な回復までには約2〜4週間を要することが多いですが、患者さんの状態により変動します。
外科的治療の適応と手術方法
内視鏡的治療でも改善が見られない場合や、輸入脚の完全閉塞がある場合は、外科的治療が必要となります。
主な手術方法
手術方法 | 特徴 | 適応 |
輸入脚と輸出脚の吻合術 | 閉塞部位をバイパスする | 部分的な閉塞 |
Roux-en-Y再建術 | 腸管の再配置を行う | 広範囲の閉塞 |
輸入脚の切除と再建 | 問題のある部分を完全に除去 | 重度の損傷や壊死 |
腹腔鏡下手術 | 低侵襲で回復が早い | 適応可能な症例 |
外科的治療後は、通常1〜2週間の入院が必要です。その後、約4〜8週間の回復期間を経て、日常生活への復帰が可能となります。
※手術の種類や全身状態によって、回復期間は変動します。
輸入脚症候群の治療における副作用やリスク
輸入脚症候群の治療におけるリスクとしては、内科的治療では薬剤による副作用(吐き気、眠気など)や電解質異常が、外科的治療では出血、感染、癒着、再発などが起こる可能性があります。
手術療法に伴うリスク
術後の合併症として、感染症や出血、麻酔に関連する問題が生じることがあります。
また、手術部位の痛みや腸閉塞、癒着などの長期的な問題が起こる可能性もあります。
内視鏡的処置のリスク
内視鏡的処置では、消化管の穿孔(穴があくこと)、出血、感染などのリスクがあります。
リスク | 発生頻度 | 対処法 |
穿孔 | 1-2% | 緊急手術 |
出血 | 3-5% | 内視鏡的止血 |
感染 | 1-3% | 抗生物質投与 |
薬物療法の副作用
薬剤 | 主な副作用 | 注意点 |
制酸剤 | 骨密度低下、腎機能障害 | 定期的な骨密度検査 |
抗生物質 | 腸内細菌叢の乱れ、耐性菌 | 必要最小限の使用 |
鎮痛剤 | 胃粘膜障害、肝機能障害 | 肝機能検査の実施 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
輸入脚症候群の治療費は、症状の重症度や治療法によって変わります。
保存的治療の費用
治療法 | 概算費用(1日あたり) |
経鼻胃管減圧 | 5,000円~10,000円 |
輸液療法 | 3,000円~8,000円 |
抗生物質投与 | 2,000円~6,000円 |
内視鏡的治療の費用の目安
- 内視鏡的ステント留置術 150,000円~300,000円
- 内視鏡的拡張術 100,000円~200,000円
- 内視鏡的減圧術 80,000円~150,000円
外科的治療の費用
手術の種類 | 概算費用 |
バイパス手術 | 800,000円~1,500,000円 |
再建術 | 1,000,000円~2,000,000円 |
腹腔鏡下手術 | 600,000円~1,200,000円 |
以上
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