萎縮性胃炎 – 消化器の疾患

萎縮性胃炎(Atrophic gastritis)とは、持続的な炎症によって胃の粘膜が萎縮し、本来の機能を失っていく慢性疾患です。

加齢に伴い発症リスクが上昇し、初期段階では顕著な症状が現れないケースが多いものの、病状の進行とともに消化不良や胃部不快感などの症状が出現します。

また、萎縮性胃炎は胃がんの前駆状態としても知られているため、定期的な検診による早期発見が重要となります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

萎縮性胃炎の種類(病型)

萎縮性胃炎の病型分類において、日本の医療現場では「木村・竹本分類」が広く採用されています。

病型主な特徴臨床的意義
クローズ型萎縮粘膜が胃の上部(小弯)に限局比較的軽度、経過観察が中心
オープン型萎縮粘膜が小弯以外にも広範囲に拡大進行度が高く、より慎重な管理が必要

この分類方法は、胃内視鏡検査によって観察される萎縮粘膜の広がりを基準として、萎縮性胃炎の進行度を評価するものです。

クローズ型(Close Type)

クローズ型は、萎縮粘膜が胃の上部、特に小弯側に限局している状態を指します。

萎縮の進行度によってさらにC-Ⅰ、C-Ⅱ、C-Ⅲの3段階に細分化し、段階に応じた管理方針を立てます。

オープン型(Open Type)の特徴と管理の重要性

オープン型は、萎縮粘膜が小弯側を越えて、胃の前壁、後壁、さらには大弯側まで広範囲に拡大している状態です。

クローズ型と同様に、O-Ⅰ、O-Ⅱ、O-Ⅲの3段階に分類されています。

  • O-Ⅰ:萎縮が小弯を超えて前壁・後壁にまで及ぶ状態
  • O-Ⅱ:萎縮が大弯の一部にまで到達している状態
  • O-Ⅲ:萎縮が胃全体に広がっている最も進行した状態

オープン型は、クローズ型と比較して萎縮粘膜の範囲が広いことから、胃がん発症のリスクが高くなるという特徴があります。

分類段階萎縮の範囲推奨される管理方針
O-Ⅰ小弯を超え前壁・後壁に及ぶ定期的な内視鏡検査と生活指導
O-Ⅱ大弯の一部に達するより頻繁な内視鏡検査と積極的な介入
O-Ⅲ胃全体に広がる厳密な経過観察と必要に応じた専門的治療

萎縮性胃炎の主な症状

萎縮性胃炎の症状は多くの場合無症状か軽微な症状から始まり、病態の進行に伴い、腹部の不快感や胃もたれなどの消化器症状が現れます。

無症状期から初期症状

萎縮性胃炎の初期段階では、自覚症状を感じないことがほとんどです。病態が徐々に進行するにつれて、軽度の消化器症状が現れ始めます。

ただ、この段階での症状は非常に軽微であるため、日常生活に大きな支障をきたすほどではありません。

消化器症状の出現

病態が進行すると、胃粘膜の萎縮により胃の機能が低下するため、わかりやすい消化器症状が顕在化してきます。

代表的な症状としては、上腹部の不快感や膨満感、食後の胃もたれなどが挙げられます。

主な消化器症状特徴
上腹部不快感胃の辺りに違和感や軽い痛みを感じる
膨満感お腹が張った感覚がある
胃もたれ食後に胃が重く感じる
早期満腹感少量の食事で満腹になる

栄養吸収障害の関連症状

萎縮性胃炎が進行すると、胃粘膜の萎縮により胃酸の分泌が減少し、栄養素の吸収に影響を与えることがあります。

特にビタミンB12の吸収障害が代表的で、長期的には貧血や神経症状を引き起こす可能性があります。

栄養吸収障害による症状原因影響
貧血ビタミンB12吸収不良疲労感、めまい
疲労感栄養素の吸収低下日常活動の制限
神経症状ビタミンB12不足の長期化しびれ、歩行障害
骨密度低下カルシウム吸収不良骨折リスクの増加

随伴症状

萎縮性胃炎に関連して、以下のような症状が現れることがあります。

  • 食欲不振
  • 体重減少
  • 吐き気
  • まれに嘔吐

重症化時の症状

胃粘膜の萎縮が進行すると、胃壁が薄くなり、胃の蠕動運動(ぜんどううんどう:消化管の内容物を移動させる動き)が低下します。

これにより食物の停滞や逆流が生じ、胸やけや嚥下困難感などの症状が現れることがあります。

重症化時の症状説明患者さんへの影響
胸やけ胃酸の逆流による不快感睡眠障害
嚥下困難感食べ物を飲み込みにくい感覚食事量の減少、栄養不足
腹痛上腹部の持続的な痛み日常活動の制限、QOLの低下
出血胃粘膜の脆弱化による出血貧血の悪化、緊急処置の必要性がある

萎縮性胃炎の症状は個人差が大きく、他の消化器疾患とも似ています。

そのため、気になる症状が持続する場合は、消化器専門医による診断を受けることが大切です。

萎縮性胃炎の原因

萎縮性胃炎の主な原因は、長期にわたるヘリコバクター・ピロリ菌の感染と、加齢による胃粘膜の変化です。

萎縮性胃炎の主な原因
  • ヘリコバクター・ピロリ菌感染
  • 加齢による胃粘膜の変化
  • 自己免疫反応
  • 環境因子と生活習慣(喫煙、過度の飲酒、塩分過剰摂取など)
  • 遺伝的要因

ヘリコバクター・ピロリ菌感染の影響

ヘリコバクター・ピロリ菌は胃粘膜に定着し、慢性的な炎症を引き起こします。

持続的な炎症があると胃の粘膜細胞が徐々に破壊されていき、正常な胃腺が減少していきます。

そうすると、胃酸やペプシン(タンパク質を分解する酵素)の分泌が低下してしまい、胃の機能が徐々に失われていくのです。

ヘリコバクター・ピロリ菌の影響胃粘膜への影響
慢性的な炎症粘膜細胞の破壊
胃腺の減少機能低下

加齢による胃粘膜の変化

年齢を重ねるにつれ、胃粘膜の再生能力が低下していくため、胃粘膜の萎縮が進行しやすくなります。

加齢に伴う胃粘膜の変化は、ヘリコバクター・ピロリ菌感染と相まって萎縮性胃炎の発症リスクを上昇させます。

自己免疫反応の関与

一部の症例では、自己免疫反応(体の免疫システムが自分自身の組織を攻撃する現象)が萎縮性胃炎の発症に関与していると考えられています。

体の免疫システムが誤って胃粘膜を攻撃してしまうと、胃壁細胞や内因子(ビタミンB12の吸収に必要なタンパク質)に対する抗体を産生します。

また、自己免疫性萎縮性胃炎はビタミンB12の吸収障害を引き起こすため、悪性貧血が起こるリスクが高くなります。

自己免疫性萎縮性胃炎の特徴影響
胃壁細胞への攻撃胃酸分泌低下
内因子への攻撃ビタミンB12吸収障害

環境因子・生活習慣

喫煙や過度の飲酒、塩分の過剰摂取などの生活習慣も、萎縮性胃炎の発症リスクを高める要因となります。

また、ストレスや不規則な食生活も胃粘膜の健康に悪影響があります。

診察(検査)と診断

萎縮性胃炎の診断では、内視鏡検査、生検、血液検査などを実施していきます。

内視鏡検査

内視鏡検査では、胃粘膜の状態を観察し、萎縮の程度や範囲を調べます。

内視鏡検査で観察される萎縮性胃炎の特徴的な所見

所見特徴
粘膜の菲薄化胃壁のひだが減少し、血管透見が認められる
粘膜色調の変化正常粘膜より白色調を呈する
腸上皮化生白色小隆起や発赤小斑点の出現が見られる
粘膜萎縮の分布びまん性または斑状に分布する

また、内視鏡検査中に生検を行うことで、組織学的な評価(萎縮の程度や腸上皮化生の有無などを調べる)も可能になります。

血液検査

血液検査では、特にペプシノゲン検査とヘリコバクター・ピロリ抗体検査が有用となります。

ペプシノゲン検査では、血清中のペプシノゲンⅠとⅡの濃度およびその比率を測定します。

萎縮性胃炎が進行すると、ペプシノゲンⅠの濃度が顕著に低下し、Ⅰ/Ⅱ比が減少する傾向が観察されます。

また、ヘリコバクター・ピロリ抗体検査は、萎縮性胃炎の主要な原因菌として知られるヘリコバクター・ピロリの感染を判定するものです。

血液検査の結果解釈の一般的な目安

  • ペプシノゲンⅠ濃度:70 ng/mL以下で萎縮性胃炎を疑う
  • ペプシノゲンⅠ/Ⅱ比:3.0以下で萎縮性胃炎の可能性が高まる
  • ヘリコバクター・ピロリ抗体:10 U/mL以上で陽性と判定される

確定診断

確定診断には生検による組織学的評価が必要です。生検では、以下の点を評価していきます。

評価項目所見
粘膜萎縮固有胃腺の減少が認められる
炎症細胞浸潤リンパ球、形質細胞の増加が観察される
腸上皮化生杯細胞や刷子縁の出現が確認される
ヘリコバクター・ピロリ菌粘膜表層や腺窩上皮での存在が認められる

組織学的評価により、萎縮性胃炎の程度や型(自己免疫性か、ヘリコバクター・ピロリ関連か)を判断することができます。

萎縮性胃炎の治療法と処方薬、治療期間

萎縮性胃炎の治療は原因に応じた薬物療法が中心となり、主に制酸剤や粘膜保護剤を用いて、3〜6ヶ月程度の期間をかけて胃粘膜の回復を図ります。

原因に応じた治療方法

萎縮性胃炎の治療法は、その原因によって異なります。

ヘリコバクター・ピロリ菌が原因の場合、除菌療法が第一選択となります。

除菌療法では、プロトンポンプ阻害剤(胃酸の分泌を抑える薬)と、2種類の抗生物質を組み合わせた三剤併用療法を1〜2週間行います。

一方、自己免疫性の萎縮性胃炎の場合、根本的な治療法はまだ確立されていません。

症状の緩和と胃粘膜の保護を目的とした対症療法が主となります。

原因主な治療法
ヘリコバクター・ピロリ菌除菌療法
自己免疫性対症療法

処方される主な薬剤

  • プロトンポンプ阻害剤(PPI):胃酸の分泌を抑える
  • H2受容体拮抗剤:胃酸の分泌を抑える
  • 粘膜保護剤:胃粘膜を保護し、修復を促進する
  • 制酸剤:胃酸を中和する
  • 消化酵素剤:消化を助ける酵素を補う

薬剤は単独で使用することもありますが、症状や状態に応じて、複数の薬剤を組み合わせて処方することが多いです。

治療期間と経過観察

萎縮性胃炎の治療期間は個々の患者さんによって異なりますが、一般的に3〜6ヶ月程度の薬物療法が必要です。

治療段階期間主な内容
急性期治療2〜4週間症状の緩和、原因治療
維持療法2〜5ヶ月胃粘膜の修復促進
経過観察6ヶ月〜1年定期的な内視鏡検査

治療開始後は定期的に内視鏡検査を行い、胃粘膜の状態を評価します。

症状の改善が見られた後も、再発予防のため、しばらくの間は定期的な検査と経過観察が必要となります。

生活習慣の改善

薬物療法と並行して、生活習慣の改善も治療効果を高める上で重要な要素となります。

具体的には、以下のような点に注意が必要です。

  • 禁煙
  • 過度の飲酒を控える
  • バランスの取れた食事を心がける
  • 胃に負担をかけない食事習慣を身につける
  • ストレス管理をする
改善項目具体的な取り組み
食事腹八分目、よく噛む
運動適度な有酸素運動
睡眠規則正しい睡眠習慣

萎縮性胃炎の治療における副作用やリスク

萎縮性胃炎の治療、特にピロリ菌除菌治療では、薬による副作用として、吐き気や下痢、発疹などが起こることがあり、まれに重篤なアレルギー反応が起こる可能性も報告されています。

また、萎縮性胃炎が進行している場合、ピロリ菌除菌を行っても症状が完全に改善しない場合もあります。

薬物療法に伴う副作用

プロトンポンプ阻害剤(PPI)は、長期使用によって骨密度の低下や、ビタミンB12の吸収障害が起こる可能性があります。

特に高齢者や栄養状態が良くない場合は、注意が必要です。

また、H2受容体拮抗薬には、頭痛や便秘などの軽度の副作用が報告されています。

症状は多くの場合一時的ですが、気になる副作用症状がある場合は、速やかに担当医に相談するようにしてください。

薬剤名主な副作用
PPI骨密度低下、ビタミンB12吸収障害
H2受容体拮抗薬頭痛、便秘

内視鏡検査に関連するリスク

萎縮性胃炎の診断や経過観察のために行う内視鏡検査では、内視鏡挿入時に喉に不快感がみられる場合があります。

また、まれに起こる出血や穿孔(せんこう)などの合併症に注意が必要です。

除菌療法のリスク

ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌療法には抗生物質の使用に伴うリスクがあります。

下痢や腹痛などの消化器症状が現れることがあり、まれに偽膜性大腸炎(ぎまくせいだいちょうえん)などの重篤な合併症を引き起こす可能性もあります。

また、抗生物質の使用により、耐性菌が出現するリスクも考慮する必要があります。

治療法潜在的リスク
除菌療法消化器症状、偽膜性大腸炎、耐性菌出現

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

萎縮性胃炎の治療費は症状や必要な検査によって変動しますが、一般的に外来診療で月額1万円から3万円程度が目安となります。※重症度や合併症の有無によって上下します。

萎縮性胃炎の診断にかかる費用

萎縮性胃炎の診断には、内視鏡検査やピロリ菌の検査が必要です。検査費用は医療機関によって異なりますが、一般的な概算費用は以下の通りです。

検査項目概算費用(円)
内視鏡検査5,000-15,000
ピロリ菌検査3,000-8,000
血液検査2,000-5,000

検査は保険が適用されるため、自己負担額は3割程度になります。

※年齢や所得によって負担割合が変わります。

薬物療法にかかる費用の目安

薬剤の種類月額概算費用(円)
プロトンポンプ阻害薬3,000-8,000
H2ブロッカー2,000-6,000
胃粘膜保護薬1,500-4,000

ピロリ菌除菌治療の費用

萎縮性胃炎の原因となるピロリ菌が見つかった場合、除菌治療を行います。

  • 除菌薬(1週間分)10,000円
  • 除菌判定検査5,000円
  • 再検査(必要な場合)5,000円

長期的な経過観察にかかる費用

  • 3ヶ月ごとの定期診察 1,000-2,000円
  • 年1回の内視鏡検査 5,000-15,000円
  • 半年ごとの血液検査 2,000-5,000円

以上

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