バレット食道(Barrett食道) – 消化器の疾患

バレット食道(Barrett’s esophagus)とは、食道下部の細胞が、腸の細胞に類似した形態に変化する病気です。

長期間にわたる胃酸の逆流が主な原因で起こるもので、食道がん発症のリスク因子となるため、定期的な経過観察が必要です。

症状としては、胸やけや嚥下困難などが現れますが、無症状の場合もあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

バレット食道(Barrett食道)の種類(病型)

バレット食道(Barrett食道)は、Barrett粘膜の長さと周在性により、LSBE(Long-segment Barrett’s esophagus:長節型バレット食道)とSSBE(Short-segment Barrett’s esophagus:短節型バレット食道)の2つに分類されます。

日本では、SSBEが圧倒的に多く見られます。

LSBEとSSBEの定義

LSBEとSSBEは、Barrett粘膜の長さによって区別されています。

病型Barrett粘膜の長さ
LSBE3cm以上
SSBE1cm以上3cm未満

LSBEは、食道胃接合部から口側に、3cm以上連続してBarrett粘膜が存在する状態を指します。

一方、SSBEは、Barrett粘膜の長さが1cm以上3cm未満の場合をいいます。

Barrett粘膜の周在性による分類

Barrett粘膜の周在性(食道の周囲をどれだけ覆っているか)の違いにより、病変の進行度や癌化のリスクが異なります。

周在性定義
全周性食道の全周を覆う
部分周性食道の一部のみを覆う

LSBEとSSBEの違い

一般的に、LSBEはSSBEと比較すると、以下のような特徴があります。

  • 食道腺癌(食道にできる悪性腫瘍の一種)のリスクが高い
  • より頻繁な経過観察が必要
  • 内視鏡的粘膜切除術などの治療介入が必要になる可能性が高い

経過観察の頻度・推奨検査

病型経過観察の頻度推奨される検査
LSBE6ヶ月〜1年ごと通常内視鏡検査、NBI観察、生検
SSBE1〜2年ごと通常内視鏡検査、必要に応じてNBI観察

(NBI:Narrow Band Imaging,特殊光観察)

バレット食道(Barrett食道)の主な症状

バレット食道(Barrett食道)は多くの場合無症状であるか、あるいは軽微な症状のみであるため、気づきにくい病気です。

気づいたときには既に進行していることも多くなります。

典型的な症状

症状特徴
胸やけ胸の奥や喉の辺りに感じる灼熱感
つかえ感食べ物が食道に引っかかる感覚
嚥下困難食べ物や飲み物を飲み込みにくい
胸痛胸の奥に感じる痛み

いずれも胃酸が食道に逆流することで起こる症状で、胃酸による刺激が食道の粘膜を傷つけ、不快な症状を引き起こします。

ただし、バレット食道の多くの患者さんは無症状です。

症状がないからといって病気が進行していないわけではありませんので、定期的な検査を受けることが大切です。

症状の変化と進行

初期症状進行期症状
軽度の胸やけ持続的な胸やけ
時々のつかえ感頻繁なつかえ感
軽度の嚥下困難顕著な嚥下困難

初期段階では軽微な症状のみを呈することが多いですが、進行すると症状が悪化していきます。

症状を見逃しやすい

バレット食道の症状は他の消化器疾患と類似しているため、単なる消化不良や一時的なストレスによるものだと思い込んでしまうケースも少なくありません。

症状バレット食道類似疾患
胸やけ持続的、頻繁一過性(胃食道逆流症)
つかえ感進行性一時的(食道炎)
嚥下困難徐々に悪化急性(食道異物)

持続する症状がある場合は、自己判断せずに専門医に相談するようにしてください。

バレット食道(Barrett食道)の原因

バレット食道(Barrett食道)は、長期間にわたる胃酸の逆流と、それに伴う食道粘膜への慢性的な刺激が原因となります。

胃酸逆流による影響

胃酸が継続的に食道に逆流すると、食道の粘膜に慢性的な刺激や炎症が起こります。

この状態が長く続くと、食道の細胞が変化し始めます。これは本来、食道を胃酸から守るための適応反応です。

しかし、この変化が進みすぎると、食道の細胞が胃や小腸の細胞に似た性質を持つようになります。これがバレット食道の特徴的な状態です。

つまり、バレット食道は体が胃酸から食道を守ろうとする過程で起こる変化なのですが、同時にこの変化自体が、将来的に食道がんに進展するリスクを高めてしまうのです。

生活習慣による影響

危険因子具体的な影響
肥満腹圧上昇による胃食道逆流の増加
喫煙下部食道括約筋の機能低下
過度の飲酒食道粘膜の直接的な刺激と胃酸分泌の促進
不規則な食事胃酸分泌パターンの乱れ

特に、内臓脂肪の蓄積は横隔膜と胃の間に過度の圧力をかけ、胃酸の逆流を助長します。

また、喫煙は下部食道括約筋の緊張を低下させてしまうため、胃酸の逆流を容易にしてしまう作用があります。

年齢と性別の影響

要因具体的な影響
加齢食道機能の全般的な低下
性別男性に多い傾向(ホルモンバランスや体格差の影響)

加齢に伴い、食道の粘膜防御機能や蠕動運動が低下し、胃酸逆流のリスクが徐々に高まります。

また、男性ホルモンの影響や体格の違いにより、男性の方が女性よりもバレット食道を発症しやすいと考えられています。

胃酸以外の刺激因子

刺激因子食道への影響
胆汁食道粘膜の化学的損傷
膵液消化酵素による粘膜刺激
十二指腸液アルカリ性による粘膜irritation

特に、胆汁酸は食道粘膜に対して強い刺激性を持ち、長期的な暴露は細胞の異常な増殖や変化を促進する恐れがあります。

診察(検査)と診断

バレット食道(Barrett食道)の診察では、内視鏡検査により食道粘膜を調べ、必要に応じて組織を採取して病理検査を行います。

内視鏡検査

内視鏡検査では、食道下部の粘膜の色調変化や表面の凹凸を観察していきます。

通常の食道粘膜は淡いピンク色を呈しますが、バレット食道では赤みを帯びたサーモンピンク色の粘膜が確認されます。

また、正常な食道粘膜との境界線(スクワモコラムナー接合部:扁平上皮と円柱上皮の境界)の位置も診断上、重要な所見となります。

内視鏡所見特徴
色調サーモンピンク色
表面ビロード状
血管透見増加

生検の実施と病理診断

内視鏡検査でバレット食道が疑われる所見が認められた際には、生検(組織を採取して調べる検査)を実施します。

病理診断では、円柱上皮化生(本来扁平上皮である部位が円柱上皮に置き換わること)の有無や、異型(細胞の形や配列の異常)の程度を評価します。

画像強調観察法

画像強調観察法を用いた精密診断では、微細な粘膜構造や血管パターンの変化を調べることができます。

  • 狭帯域光観察(NBI:特殊な光を用いて粘膜の微細構造を観察する方法)
  • 酢酸散布法(酢酸を散布して粘膜の変化を調べる)
  • 拡大内視鏡観察(内視鏡画像を拡大して観察する)

確定診断のためのガイドライン

以下の条件を満たす場合、バレット食道と確定診断します。

  1. 内視鏡的に食道胃接合部より口側に円柱上皮を認める
  2. 生検で腸上皮化生(腸の粘膜に似た構造に変化すること)を確認する
診断基準日本欧米
内視鏡所見必須必須
腸上皮化生必須不要

バレット食道(Barrett食道)の治療法と処方薬、治療期間

バレット食道の治療は、症状の軽減と食道腺がんのリスク管理を目的とし、主に薬物療法と内視鏡治療を行います。多くの場合、長期的な経過観察が必要です。

薬物療法

バレット食道の治療では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)(胃酸の分泌を抑える薬)が第一選択薬となります。

PPIの投与は通常、8週間から12週間続けます。

薬剤名主な作用
オメプラゾール胃酸分泌抑制
ランソプラゾール胃酸分泌抑制
エソメプラゾール胃酸分泌抑制

PPIによる治療で十分な効果が得られない患者さんには、H2受容体拮抗薬(胃酸の分泌を抑える別タイプの薬)の併用を検討します。

内視鏡治療

異形成(細胞の形や並び方に異常が見られる状態)や早期がんが見つかった場合、内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を実施します。

内視鏡治療では、病変部位を直接取り除くことで、がんの進行を防ぐ効果があります。

治療後は3か月から6か月ごとに定期的な内視鏡検査を行い、再発していないか確認します。

内視鏡治療法特徴
EMR病変を吸引して切除
ESD病変の下層を剥離して切除

治療期間

薬物療法は症状が落ち着くまで継続し、その後も維持療法として続けることが多いです。

内視鏡治療後も定期的な経過観察が必要となり、通院頻度は病変の進行度や再発リスクに応じて調整します。

観察項目頻度
内視鏡検査6か月~1年ごと
血液検査3~6か月ごと

バレット食道(Barrett食道)の治療における副作用やリスク

バレット食道(Barrett食道)の治療(内視鏡的治療や外科手術)では、出血、感染、穿孔などの合併症が起こる可能性があります。

また、薬物療法では、下痢や頭痛などの一般的な副作用のほか、長期的な服用による骨の強度低下などのリスクがあります。

内視鏡的粘膜切除術のリスク

内視鏡的粘膜切除術には、出血や穿孔(せんこう:組織に穴が開くこと)のリスクがあります。

光線力学療法の副作用

光線力学療法は広範囲の病変に対して効果的ですが、一時的な光過敏症や胸やけなどの症状が副作用として現れることがあります。

治療後数週間は直射日光を避け、皮膚を保護することが大切です。

副作用発生頻度持続期間
光過敏症約80%2〜4週間
胸やけ約30%1〜2週間
嚥下痛約20%数日〜1週間

治療後の狭窄リスク

バレット食道の治療後、食道狭窄が発生することがあります。狭窄が重度の場合、内視鏡的バルーン拡張術などの追加治療が必要です。

狭窄の程度症状推奨される対応
軽度軽い飲み込みづらさ経過観察
中等度食事時の胸部不快感食事指導、薬物療法
重度固形物の通過障害内視鏡的バルーン拡張術

再発のリスク

バレット食道の治療後も、再発のリスクは常に存在します。そのため、定期的な経過観察が必須となります。

再発リスクを低減するための注意点

  • 禁煙する
  • アルコール摂取を控える
  • 適正体重を維持する
  • 就寝前の食事を避ける

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

バレット食道の治療費は、内視鏡治療や手術療法など、より高度な治療が必要な場合は高額になります。

治療法による費用の違い

軽度の場合は薬物療法が主となりますが、重度の場合は内視鏡的粘膜切除術(EMR)や外科的手術が必要です。治療法によって費用は変わります。

治療法概算費用(3割負担の場合)
薬物療法月額5,000円〜15,000円
内視鏡的粘膜切除術(EMR)15万円〜25万円
外科的手術40万円〜60万円

検査費用の目安

  • 上部消化管内視鏡検査 約10,000円〜18,000円
  • 生検(組織検査) 約6,000円〜12,000円
  • pH測定検査 約12,000円〜22,000円
  • 食道内圧検査 約15,000円〜25,000円

以上

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