横隔膜へルニア(Diaphragmatic hernia)とは、胸部と腹部を隔てる筋肉である横隔膜(おうかくまく)に穴や裂け目ができ、胃や腸などの消化器官が胸腔に入り込んでしまう状態を指します。
先天性(生まれつき)と後天性(生後に発症)の2種類があり、症状や重症度は個人差が大きいのが特徴です。
横隔膜へルニアの種類(病型)
横隔膜ヘルニアには、主にMorgagni(モルガニ)孔ヘルニア、Larrey(ラリー)孔ヘルニア、食道裂孔ヘルニア、外傷性ヘルニア、Bochdalek(ボホダレク)孔ヘルニアなどがあります。
病型 | 先天性/後天性 | 主な診断時期 | 特徴的な所見 | 代表的な症状 |
ボホダレク孔ヘルニア | 先天性 | 新生児期 | 横隔膜後外側部の欠損 | 重度の呼吸障害 |
モルガニ孔ヘルニア | 先天性 | 乳児期~成人期 | 胸骨後部の横隔膜欠損 | 無症状~呼吸器症状 |
ラリー孔ヘルニア | 先天性 | 乳児期~成人期 | モルガニ孔の左側に発生 | モルガニ孔ヘルニアに類似 |
食道裂孔ヘルニア | 主に後天性 | 中高年 | 食道裂孔の拡大 | 胸やけ、逆流感 |
外傷性ヘルニア | 後天性 | 全年齢(外傷後) | 外傷歴あり | 呼吸困難、腹痛 |
モルガニ孔ヘルニア・ラリー孔ヘルニア
モルガニ孔ヘルニア・ラリー孔ヘルニアは、いずれも先天性で、横隔膜の前方部に生じるヘルニアです。
モルガニ孔ヘルニアは、胸骨(きょうこつ)後部の横隔膜に先天的な欠損があり、そこから腹部臓器が胸腔内に脱出します。
一方、ラリー孔ヘルニアは、モルガニ孔ヘルニアの左側に発生するまれな病型となります。
症状が軽微であるため、乳児期から成人期まで幅広い年齢で診断されます。
病型 | 発生部位 | 診断時期 | 特徴 |
モルガニ孔ヘルニア | 胸骨後部 | 乳児期~成人期 | 比較的稀な先天性ヘルニア |
ラリー孔ヘルニア | モルガニ孔の左側 | 乳児期~成人期 | モルガニ孔ヘルニアよりさらに稀 |
食道裂孔ヘルニア
食道裂孔ヘルニアは横隔膜ヘルニアの中でも頻度が高く、食道と胃の接合部や、胃の一部が横隔膜にある食道裂孔(しょくどうれっこう)を通って胸腔内に脱出する後天性の病型です。
主に中高年に多く、加齢や肥満、妊娠などによる腹圧の上昇が主な原因となります。
食道裂孔ヘルニアの分類
- 滑脱型:食道胃接合部が胸腔内に脱出する最も一般的なタイプ
- 傍食道型:胃底部が食道の横を通って脱出する比較的まれなタイプ
- 混合型:滑脱型と傍食道型の特徴を併せ持つタイプ
外傷性ヘルニア
外傷性ヘルニアは、事故や手術などの外的要因によって横隔膜に損傷が生じ、それが原因となって発症するものです。
交通事故や高所からの転落事故などによる外傷後に発見されることが多く、場合によっては緊急処置が必要です。
外傷の種類 | 特徴 | 発症年齢 | 診断のポイント |
鈍的外傷 | 横隔膜の裂傷や断裂 | 全年齢 | 外傷歴の確認と画像検査 |
鋭的外傷 | 刺創や銃創による穿孔 | 全年齢 | 創部の位置と深さの評価 |
ボホダレク孔ヘルニア
ボホダレク孔ヘルニアは、横隔膜後外側部(ボホダレク孔)の先天的な閉鎖不全により、腹部臓器が胸腔内に脱出したものです。
多くの場合、胎児期の超音波検査で発見され、出生直後から重篤な呼吸障害として発症します。
横隔膜へルニアの主な症状
横隔膜ヘルニアでは、胸やけや嚥下困難、胸痛などの症状が現れます。
代表的な症状
横隔膜ヘルニアの主要な症状は胸やけや逆流感であり、胃酸が本来あるべき場所から食道へと逆流することで起こります。
食事の後や、横になって休む時に症状を自覚することが多いようです。
症状 | 特徴 |
胸やけ | 胸の中央部や喉の付近に灼けるような感覚を覚える |
逆流感 | 胃の中身が食道を逆流し、喉元まで上がってくる感覚がある |
嚥下に関連する症状
横隔膜ヘルニアの患者さんの多くで、食事中にむせるなど、嚥下困難(飲み込みにくさ)がみられます。
固形物の摂取を避けがちになってしまうため、長期的に見ると栄養状態の悪化につながる可能性があり、早い段階での対応が必要です。
胸部に現れる症状
食道に炎症が起きたり、食道裂孔ヘルニアによる圧迫が原因で、胸痛が起こる場合も多いです。
狭心症と混同されることもあるため、医療機関での鑑別診断を行う必要があります。
胸部症状 | 説明 |
胸痛 | 胸の中央部や左側に感じられる痛み |
圧迫感 | 胸に重量感のあるものが乗っているような感覚 |
その他に見られる症状
- 咳や喘鳴(ゼーゼーやヒューヒューという音)
- 嗄声(声がかすれる症状)
- 吐き気や嘔吐
- 食欲が低下する
このような症状が持続する場合には、できるだけ早く医療機関を受診することが大切です。
横隔膜へルニアの原因
横隔膜ヘルニアの主な原因は、横隔膜の筋肉や結合組織の弱化や損傷です。
先天性横隔膜ヘルニアの原因
先天性の横隔膜ヘルニアは、胎児期の発達過程において、横隔膜の形成が不完全なことが原因です。
出生時または生後まもなく見つかり、呼吸機能に影響を与えます。
遺伝的要因や環境要因が関与していると考えられていますが、正確な原因はまだ完全には解明されていません。
先天性横隔膜ヘルニアの主な特徴 | 発生部位 | 関連する可能性のある因子 |
出生時から存在 | 左側が多い | 遺伝子変異 |
呼吸困難を伴うことが多い | 右側は稀 | 妊娠中の環境要因 |
後天性横隔膜ヘルニア
- 加齢による横隔膜の筋力低下、弾力性の減少
- 慢性的な咳、重い物の持ち上げによる腹圧の上昇
- 交通事故などの外傷、手術による横隔膜の直接的な損傷
- 肥満による持続的な腹部臓器への圧迫
特に、年齢を重ねるにつれて横隔膜の筋肉や結合組織が徐々に弱くなり、ヘルニアの発生リスクが上昇します。
後天性横隔膜ヘルニアの主な原因 | リスク因子 | 影響の程度 |
加齢 | 60歳以上 | 高 |
外傷 | 交通事故など | 中~高 |
慢性的な腹圧上昇 | 肥満、妊娠 | 中 |
その他の原因
生活習慣とヘルニアリスク | 影響の程度 | 関連する症状や影響 |
喫煙 | 高 | 筋力低下、慢性咳嗽 |
不適切な姿勢 | 中 | 横隔膜への持続的負荷 |
過度の運動 | 中~高 | 急激な腹圧上昇 |
診察(検査)と診断
横隔膜ヘルニアの診断では、画像診断や内視鏡検査などの精密検査を行っていきます。
臨床診断
- 食事摂取後の症状増悪傾向
- 体位変換に伴う症状の変化
- 胸部聴診時の異常音の有無、特徴
- 腹部触診における違和感や圧痛の位置
このような所見を分析し、横隔膜ヘルニアの存在を疑う根拠とします。
診察項目 | 注目すべき所見と特徴 |
問診 | 食後の症状悪化パターン、姿勢による症状変化 |
聴診 | 胸部下部における異常音の性質と範囲 |
触診 | 上腹部の違和感の位置、圧痛の程度と分布 |
画像診断による精密評価
検査方法 | 特徴と診断的意義 |
胸部X線撮影 | 初期スクリーニングとして有効、横隔膜の輪郭変化を捉える |
CT検査 | 精密な解剖学的評価が可能、ヘルニアの大きさや内容物を明確化 |
上部消化管造影検査 | 食道胃接合部の位置異常を動的に観察、逆流の程度も評価 |
画像診断では、横隔膜ヘルニアの存在、程度、周囲組織への影響を調べていきます。
内視鏡検査
上部消化管内視鏡検査では、食道胃接合部の位置異常や粘膜の変化を診ます。
内視鏡検査でのポイント
- 食道胃接合部の解剖学的位置とその変化
- 食道および胃粘膜の炎症性変化や形態異常
- 食道裂孔(食道が通る横隔膜の開口部)の開大状態
- 胃底部(胃の上部)の滑脱(ずり落ち)の程度
確定診断と重症度の判定
横隔膜ヘルニアの診断が確定した後は、ヘルニアの程度や合併症の有無を評価し、重症度を判定します。
重症度 | 臨床的特徴と評価基準 |
軽度 | 症状が軽微で日常生活への影響が少なく、明らかな合併症を認めない |
中等度 | 明確な症状があり生活の質に影響、軽度の合併症(例:軽度の食道炎)を伴う |
重度 | 顕著な症状により日常生活に支障、重大な合併症(例:高度な食道炎、食道狭窄)を併発 |
横隔膜へルニアの治療法と処方薬、治療期間
横隔膜ヘルニアの治療では、生活習慣の改善をはじめ、薬物療法、手術療法を行います。
治療法の選択
軽度から中等度の症状の場合、まず保存的治療(生活習慣の改善と薬物療法)を行います。
一方、重度の症状や合併症がある場合、外科的治療を検討します。
手術療法は、保存的治療で十分な効果が得られない場合や、患者さんの生活の質が著しく低下している場合に選択します。
治療法 | 適応 | 特徴 | 主な利点 |
保存的治療 | 軽度から中等度の症状 | 生活改善と薬物療法を組み合わせる | 低侵襲で副作用が少ない |
外科的治療 | 重度の症状、合併症あり | 根本的な改善を目指す | 長期的な症状改善が期待できる |
薬物療法
薬物療法で主に使用する薬剤には、以下のようなものがあります。
- 制酸剤(プロトンポンプ阻害薬、H2受容体拮抗薬):胃酸の分泌を抑え、食道への逆流による症状を軽減します。
- 消化管運動改善薬:食道と胃の境目にある括約筋の機能を改善し、胃内容物の逆流を防ぎます。
- 粘膜保護薬:食道の粘膜を保護し、逆流した胃酸による損傷を防ぎます。
薬物療法の効果は個人差が大きいため、定期的な経過観察を行い、必要に応じて薬剤の種類や用量を調整します。
長期的な薬物療法が必要な場合もありますが、症状が安定したら、徐々に薬剤の減量を試みていきます。
薬剤分類 | 主な作用 | 代表的な薬剤名 | 主な副作用 |
制酸剤 | 胃酸分泌抑制 | オメプラゾール、ファモチジン | 頭痛、下痢 |
消化管運動改善薬 | 食道括約筋機能改善 | モサプリド、ドンペリドン | 腹痛、吐き気 |
粘膜保護薬 | 食道粘膜保護 | スクラルファート、アルギン酸ナトリウム | 便秘、胃部不快感 |
生活習慣の改善
横隔膜ヘルニアの症状改善には、薬物療法と並行して生活習慣の改善が重要です。
- 一回の食事量を減らし、複数回に分けて食べるようにします。
- 就寝前の食事を避ける(寝る3時間前までに食事を済ませる)。
- アルコールや刺激物(コーヒー、香辛料の多い食品など)の摂取を控える
- 肥満の改善(適正体重の維持)
- 喫煙は食道括約筋の機能を低下させるため、禁煙が望ましいです。
手術療法
保存的治療で十分な効果が得られない場合や、重度の症状がある場合には手術療法を検討します。
手術の主な目的は、ヘルニア門(横隔膜の裂け目)を閉鎖し、胃の内容物が食道に逆流するのを防ぐことです。
手術後は、約1〜2週間の入院期間が必要です。その後、約4〜6週間の自宅療養期間を経て、通常の生活に戻ることができます。
手術方法 | 特徴 | 回復期間 | 適応 |
腹腔鏡下手術 | 低侵襲、回復早い | 約4〜6週間 | 軽度から中等度のヘルニア |
開腹手術 | 大きなヘルニアに対応 | 約6〜8週間 | 重度のヘルニア、再発例 |
治療期間の目安
治療法 | 概ね良好な経過の目安 | 経過観察の頻度 | 長期的な管理 |
薬物療法 | 2〜4週間で改善開始 | 初期は2〜4週間ごと、その後徐々に間隔を広げる | 症状に応じて継続 |
手術療法 | 2〜3ヶ月で日常生活復帰 | 術後1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、その後半年ごと | 定期的な経過観察 |
症状が改善しても、再発予防のために長期的な服薬が必要になる場合もあります。
また、生活習慣の改善は生涯にわたって続ける必要があります。
横隔膜へルニアの治療における副作用やリスク
横隔膜ヘルニアの治療には、手術や薬物療法に伴う副作用やリスクがあります。
手術に関連する副作用とリスク
手術関連リスク | 発生頻度 | 対応策 |
感染症 | 5-10% | 適切な抗生剤投与と創部管理 |
出血 | 1-3% | 術中・術後の慎重な止血確認 |
麻酔合併症 | 1-2% | 術前の詳細な全身評価 |
手術治療には、感染症や出血、麻酔による合併症などが生じることがあります。また、患者さんの体調や年齢によってはリスクが上昇します。
薬物療法に伴う副作用
制酸薬や胃酸分泌抑制薬は、長期使用によって骨密度の低下や腸内細菌叢の変化を起こす可能性があります。
高齢者や既存の骨粗しょう症がある患者さんでは、特に注意が必要です。
薬剤名 | 主な副作用 | モニタリング項目 |
制酸薬 | 便秘、下痢 | 排便状況 |
H2ブロッカー | 頭痛、めまい | 自覚症状 |
プロトンポンプ阻害薬 | ビタミンB12欠乏 | 血液検査 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
横隔膜ヘルニアの治療費は、症状の程度や治療法によって変わります。
保存的治療の費用
治療内容 | 概算費用(円) |
胃酸抑制薬(1ヶ月分) | 3,000~10,000 |
制酸薬(1ヶ月分) | 2,000~5,000 |
内視鏡検査の費用
- 上部消化管内視鏡検査 20,000~30,000円
- 生検(必要な場合) 5,000~10,000円追加
- 鎮静剤使用 3,000~5,000円追加
外科的治療の費用
手術方法 | 概算費用(円) |
腹腔鏡下手術 | 500,000~800,000 |
開腹手術 | 600,000~1,000,000 |
手術費用には、入院費、手術室使用料、麻酔料などが含まれます。入院期間は通常5~10日程度で、この間の食事代や個室利用料が別途かかります。
術後の費用
- 術後検査(血液検査、レントゲンなど) 10,000~20,000円/回
- 定期診察 3,000~5,000円/回
医療保険の適用により費用の70~90%が保険でカバーされるため、実際の自己負担額は上記の金額よりも少なくなります。
以上
EREN, Suat; ÇIRIŞ, Fahri. Diaphragmatic hernia: diagnostic approaches with review of the literature. European journal of radiology, 2005, 54.3: 448-459.
TOVAR, Juan A. Congenital diaphragmatic hernia. Orphanet journal of rare diseases, 2012, 7: 1-15.
CONGENITAL DIAPHRAGMATIC HERNIA STUDY GROUP, et al. Late-presenting congenital diaphragmatic hernia. Journal of pediatric surgery, 2005, 40.12: 1839-1843.
CLUGSTON, Robin D.; GREER, John J. Diaphragm development and congenital diaphragmatic hernia. In: Seminars in pediatric surgery. WB Saunders, 2007. p. 94-100.
PAYNE, John H.; YELLIN, Albert E. Traumatic diaphragmatic hernia. Archives of Surgery, 1982, 117.1: 18-24.
HEDBLOM, Carl A. Diaphragmatic hernia: A study of three hundred and seventy-eight cases in which operation was performed. Journal of the American Medical Association, 1925, 85.13: 947-953.
GRIMES, Orville F. Traumatic injuries of the diaphragm: Diaphragmatic hernia. The American Journal of Surgery, 1974, 128.2: 175-181.
HEDBLOM, Carl A. Diaphragmatic hernia. Annals of Internal Medicine, 1934, 8.2: 156-176.
NURSAL, T. Z., et al. Traumatic diaphragmatic hernias: a report of 26 cases. Hernia, 2001, 5: 25-29.