嚥下障害(えんげしょうがい) – 消化器の疾患

嚥下障害(えんげしょうがい, Dysphagia)とは、食べ物を飲み込む一連の動作に障害が生じ、スムーズに飲み込むことができなくなる状態を指します。

食道や喉の筋肉、あるいは神経系の機能不全によって起こり、加齢に伴い発症リスクが上昇します。

食事中にむせる、飲み込みづらさを感じる、食べ物が喉に引っかかったような違和感を覚えるなどが代表的な症状です。

単に食事が困難になるだけでなく、栄養摂取不足や水分不足につながり、さらには誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:食べ物や唾液が気管に入ることで起こる肺炎)のリスクも高くなります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

嚥下障害(えんげしょうがい)の種類(病型)

嚥下障害(えんげしょうがい)は、主に器質的嚥下障害、運動機能性嚥下障害、機能性嚥下障害の3つに分類されます。

病型主な特徴代表的な診断方法
器質的嚥下障害解剖学的構造の変化内視鏡検査、造影検査
運動機能性嚥下障害筋肉・神経の機能障害嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査
機能性嚥下障害器質的・神経学的異常なし除外診断、心理評価

器質的嚥下障害(静的障害)

器質的嚥下障害は、食道や咽頭などの解剖学的構造に変化が生じることで起こる障害です。

主な原因として、腫瘍、狭窄(きょうさく)、外傷などが挙げられます。

原因
腫瘍食道がん、咽頭がん
狭窄食道狭窄、輪状咽頭筋アカラシア
外傷頭頸部手術後、放射線治療後

運動機能性嚥下障害(動的障害)

運動機能性嚥下障害は、嚥下に関わる筋肉や神経の機能障害によって起こるものを指します。

さまざまな神経疾患や筋疾患が関係しており、食べ物や飲み物を運ぶ能力が低下します。

  • 脳卒中(のうそっちゅう)
  • パーキンソン病
  • 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)(ALS)
  • 重症筋無力症

機能性嚥下障害

機能性嚥下障害は、器質的な問題や明らかな神経学的異常が認められないにもかかわらず、嚥下困難を訴える状態を指します。

このタイプの嚥下障害では、ストレスやうつ病、拒食症などの心理的要因や不安などが関与していると考えられています。

特徴説明
原因不明器質的・神経学的な異常が見られない
心理的要因ストレスや不安が影響している場合がある
診断の難しさ他の嚥下障害との鑑別が求められる

嚥下障害(えんげしょうがい)の主な症状

嚥下障害(えんげしょうがい)の症状は、食べ物や飲み物を飲み込む際の困難さや、咳込み、むせ、喉の違和感など、多岐にわたります。

嚥下障害の代表的な症状

嚥下障害では、食べ物や飲み物を飲み込むことが困難になり、喉に食べ物が詰まった感覚や、飲み込もうとしても上手くいかない症状がみられます。

症状説明
飲み込みづらさ食べ物や飲み物がスムーズに食道を通過しない
むせ食べ物や飲み物が気管に入り込む
喉の違和感食べ物が喉に残っているような感覚
食事時間の延長通常より長い時間をかけて食事をする

嚥下障害は、直接的な症状だけでなく、二次的な症状も引き起こします。例えば、食事中や食後の咳込みやむせは、嚥下障害の典型的な二次症状です。

また、喉の違和感や痛みを感じることもあります。

嚥下障害の進行に伴う症状

嚥下障害が進行すると、食事量の減少や体重減少によって、全身の筋力低下や免疫機能の低下が起こる可能性があります。

また、食べ物や飲み物が気管に入り込む「誤嚥(ごえん)」が頻繁に起こると、肺炎のリスクが上昇します。

特に高齢者の場合、誤嚥性肺炎は命にかかわることもあります。

進行症状関連する問題考えられる影響
食事量減少栄養不足体力低下、免疫力低下
体重減少筋力低下日常生活動作の制限
繰り返す肺炎呼吸器合併症全身状態の悪化、入院リスク増加
脱水電解質バランスの乱れめまい、意識障害のリスク

嚥下障害(えんげしょうがい)の原因

嚥下障害(えんげしょうがい)は、神経系の問題、筋肉の機能低下、構造的異常などが絡み合って発症すると考えられています。

要因影響結果
神経系異常筋肉制御不全嚥下困難
筋力低下食塊形成不全誤嚥リスク増
構造異常食道通過障害窒息リスク増

嚥下障害の多様な原因

嚥下障害の原因は実に多様で、単一の要因に帰結することはまれです。

脳卒中や神経変性疾患が主要な原因となることが多いとされていますが、加齢に伴う筋肉の機能低下も原因のひとつとなっています。

また、食道の狭窄や腫瘍などが食物の通過を物理的に妨げている可能性もあります。

神経系の問題筋肉の機能低下
脳卒中加齢
パーキンソン病長期の不使用
脳腫瘍筋ジストロフィー

嚥下障害の原因となる疾患

神経疾患
  • 脳卒中
  • パーキンソン病
  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)など
筋肉の問題
  • 筋ジストロフィー
  • 重症筋無力症 など
構造的な問題
  • 食道がん
  • 食道裂孔ヘルニア など

加齢と嚥下障害の関係

高齢者の嚥下機能低下は、筋力の低下、神経系の反応速度の遅延、唾液分泌量の減少などが関係しています。

加齢による変化嚥下への影響
筋力低下食塊形成困難
神経反応遅延嚥下反射遅延
唾液分泌減少食塊輸送困難

このような変化に気づかないうちに、徐々に嚥下機能が低下していることがあるため、定期的な健康チェックが重要となります。

嚥下障害の潜在的リスク因子

  • 長期の喫煙
  • 過度の飲酒
  • 不適切な食事姿勢
  • 早食い
  • ストレス

診察(検査)と診断

嚥下障害(えんげしょうがい)の診断では、身体診察や嚥下機能評価、画像検査などを実施します。

嚥下障害の診察の基本

まずは、どのような食べ物で飲み込みにくさを感じるか、症状がいつ頃から始まったか、進行の速さなどについて確認していきます。

身体診察では、口の中の状態、舌の動き、のどの反射(咽頭反射)などを確認し、神経系に異常がないかも調べます。

診察項目確認する内容
症状の聴取具体的な症状、発症時期、進行の早さ
身体の診察口腔内の様子、舌の動き、のどの反射

嚥下機能の評価方法

嚥下機能(飲み込む能力)の評価方法には、いくつかの簡単なテストがあります。

水飲みテスト

少量の水を飲んでいただき、むせや声の変化を観察します。

食事テスト(フードテスト)

実際の食事を摂取していただき、飲み込みの状態を確認します。

首の聴診(頸部聴診法)

首に聴診器を当て、飲み込む音を聞きます。

画像検査による診断

画像検査では、目で見えない体の内部の状態を確認することができます。

検査の種類検査の特徴
嚥下造影検査X線を使って飲み込みの様子を観察
内視鏡検査カメラでのどや声門を直接観察

嚥下造影検査では、バリウムを含む特殊な液体(造影剤)を飲んでいただき、X線透視装置で飲み込みの様子を観察します。

この検査により、食べ物の通り道や、食べ物が気管に入ってしまう状態(誤嚥)がないかを確認できます。

また、内視鏡検査では細い管状のカメラ(経鼻内視鏡)を鼻から入れて、のどや声門の状態を直接観察し、異常がないかや飲み込む反射の様子を確認します。

他の病気との鑑別

のどに違和感が出る咽喉頭異常感症や、食道と胃のつなぎ目がうまく開かない食道アカラシアなどとの鑑別も重要です。

神経内科や耳鼻いんこう科など他の診療科とも協力し、原因となっている病気を特定することを目指します。

見分けが必要な病気病気の特徴
咽喉頭異常感症のどに何かがつまった感じがするが、実際には異常がない
食道アカラシア食道と胃のつなぎ目がうまく開かない

嚥下障害(えんげしょうがい)の治療法と処方薬、治療期間

嚥下障害(えんげしょうがい)の治療は、多くの場合、リハビリテーションが効果的な選択肢となります。

具体的には、言語聴覚士による専門的な嚥下訓練や、食事をとる際の姿勢の調整、食べやすい食事形態の工夫などがあります。

症状が重い場合には、手術による治療が検討されることもあります。

治療法適応となる状態
リハビリテーション軽度から中等度の症状がある場合
薬物療法炎症や筋肉の痙攣が原因の場合
手術重度の構造的問題がある場合
栄養サポート口から十分な栄養摂取が難しい場合

症状に応じた薬物療法の活用

嚥下障害の原因や症状に合わせ、薬物療法を行います。

原因主な治療薬
炎症抗炎症薬
食道の痙攣(けいれん)筋弛緩薬(きんしかんやく)
胃酸の逆流制酸薬、胃酸の分泌を抑える薬
神経系の問題神経伝達物質に作用する薬剤の使用を検討します。

治療期間

嚥下障害の治療にかかる期間は、症状の重さや原因によって大きく異なります。

軽い症状の場合、数週間から数か月の治療で目に見える改善が得られることもあります。

一方で、症状が重い場合や長期にわたる問題では、継続的な管理が必要です。

嚥下障害(えんげしょうがい)の治療における副作用やリスク

嚥下障害(えんげしょうがい)の治療には副作用やリスクが伴うため、十分な相談のもと、慎重に治療方針を決定する必要があります。

薬物療法に伴うリスク

薬物療法では、使用する薬剤の種類や患者さんの体質によっては副作用が生じる場合があります。

お薬の種類主な副作用
筋弛緩薬(きんしかんやく)誤嚥(ごえん:食べ物や飲み物が気管に入ってしまうこと)
抗コリン薬口腔内の乾燥、便秘

手術療法のリスクと合併症

リスク説明対策
出血手術部位からの予期せぬ出血適切な止血処置と厳重な経過観察
感染創部や周囲組織の細菌感染術前・術後の抗生剤投与と創部管理
神経損傷周辺の神経の損傷による機能障害慎重な手術操作と術後のリハビリテーション
瘢痕形成過度の瘢痕(はんこん)による嚥下機能の低下適切な創傷管理と早期からのリハビリ介入

また、手術後の合併症として、一時的な嚥下機能の悪化や誤嚥性肺炎の発症にも注意が必要です。

リハビリテーションに伴うリスク

  • 過度な負荷による筋肉の疲労、痛み
  • 不適切な姿勢や手技による誤嚥の増加や窒息のリスク

栄養管理におけるリスク

リスク対策注意点
低栄養適切な栄養評価と補助食品の利用定期的な体重測定と血液検査による栄養状態の確認
脱水水分摂取量の管理とゼリー状食品の活用尿量や口渇感の観察、皮膚の乾燥状態のチェック
誤嚥食形態の調整と嚥下機能に応じた食事指導食事中の咳込みや発熱の有無を注意深く観察する
窒息適切な食事環境の整備と見守り一口量の調整や食事姿勢の指導、緊急時の対応準備

このようなリスクを軽減するため、医師、看護師、管理栄養士、言語聴覚士など、多職種による連携を行っていきます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

嚥下障害の治療費は症状の程度や治療法によって大きく異なります。

嚥下障害の治療費の概要

嚥下障害の一般的な検査や治療の費用は以下の通りです。

検査・治療項目概算費用
嚥下造影検査5,000円~10,000円
嚥下内視鏡検査3,000円~8,000円
言語聴覚療法(1回)2,000円~5,000円

入院が必要となる場合の治療費

重度の嚥下障害では入院治療が必要です。入院費用は治療期間や内容によって大きく変わりますが、一般的な目安は以下の通りです。

  • 1日あたりの入院費 10,000円~30,000円
  • 手術費用(経皮内視鏡的胃瘻造設術など)50,000円~150,000円
  • リハビリテーション費用1回あたり 2,000円~5,000円

以上

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