胃アニサキス症(Gastric anisakiasis)とは、生の魚介類に寄生しているアニサキス幼虫の摂取により起こる疾患です。
寄生虫が胃壁に侵入することで、激しい腹痛や吐き気、嘔吐などの症状が現れます。
刺身やすしなど、生の魚介類を食べる文化がある日本では、胃アニサキス症の発症率が高くなります。
胃アニサキス症の種類(病型)
胃アニサキス症は、症状の程度により劇症型(急性)と緩和型(慢性)に分類します。
両病型とも、治療により良好な予後が期待できます。
劇症型(急性)アニサキス症
劇症型は急激な発症と重篤な症状を特徴とし、激しい腹痛や嘔吐、発熱などの症状が急速に現れるものを指します。
アニサキス虫体(寄生虫の一種)の胃壁への侵入により強い炎症反応が起こり、この炎症により胃粘膜の損傷や浮腫(むくみ)が生じ、出血を伴うこともあります。
劇症型の特徴 | 症状の程度 |
発症速度 | 急激 |
腹痛の強さ | 激しい |
嘔吐 | 頻繁 |
発熱 | 高熱 |
緩和型(慢性)アニサキス症
緩和型では、アニサキス虫体が胃壁に浅く付着し、慢性的な炎症を引き起こします。
比較的穏やかな経過をたどり、症状は軽度で長期間にわたって持続することが特徴です。
軽度の腹痛や消化不良、吐き気などの症状が現れますが、日常生活に大きな支障をきたすほどではありません。
そのため初期の症状を軽視しがちで、慢性化してから受診するケースが多く見られます。
胃アニサキス症の主な症状
胃アニサキス症の症状の特徴は、激しい腹痛や吐き気、嘔吐などの急性症状です。
急性腹症
胃アニサキス症ではアニサキス幼虫が胃壁に侵入することにより、突然の激しい腹痛が起こります。
痛みの程度は症例によって異なりますが、鋭い刺すような感覚や、持続的な鈍痛、場合によっては、まるで胃の中が引き裂かれるような耐え難い痛みが特徴となります。
痛みの種類 | 特徴 | 発生メカニズム |
鋭痛 | 刺すような痛み | アニサキス幼虫の胃壁への直接的な侵入 |
鈍痛 | 持続的な痛み | 胃壁の炎症反応や組織損傷 |
消化器症状
腹痛のほか、吐き気や嘔吐も多くのケースで共通して見られる症状であり、これは体が異物(アニサキス幼虫)を排除しようとする防御反応の一部と考えられます。
また、食欲不振や腹部膨満感なども頻繁に報告される症状です。
アレルギー反応
胃アニサキス症は、全身性のアレルギー反応を引き起こすことがあります。
アレルギー症状には蕁麻疹(じんましん)、呼吸困難、めまいなどがあり、状態が急速に悪化する場合もあります。
特に、重度のアレルギー反応であるアナフィラキシーは命にかかわることもあるため、即座の医療介入が必要です。
アレルギー症状 | 重症度 | 主な特徴 |
蕁麻疹 | 軽度~中度 | 皮膚の発赤、かゆみ |
呼吸困難 | 中度~重度 | 息苦しさ、喘鳴(ぜんめい) |
アナフィラキシー | 重度 | 血圧低下、意識障害 |
症状の経過と変化
胃アニサキス症の症状は、通常、感染後数時間以内に現れ始め、その進行は急速です。
多くの場合、汚染された魚介類を摂取してから2~8時間後に症状が出現します。
症状の持続時間は個人差が大きく、数日間続くこともありますが、治療によって比較的早く改善する場合が多いです。
ただし、治療が遅れると、慢性的な胃腸の問題に発展するリスクもあります。
症状の一般的な経過
- 初期段階:突然の激しい腹痛、吐き気、冷や汗
- 中期:嘔吐、腹部膨満感の増加、全身倦怠感
- 後期:症状の緩和、まれに慢性化(持続的な胃部不快感)
全身症状への影響
発熱や倦怠感、頭痛などの全身症状が現れることもあります。
また、重症例では脱水症状を引き起こす場合もあるため、十分な水分補給が重要です。
全身症状 | 頻度 | 推定される原因 |
発熱 | 中程度 | 免疫反応、炎症 |
倦怠感 | 高い | 体力消耗、免疫反応 |
頭痛 | 低い | 脱水、全身性炎症反応 |
胃アニサキス症の原因
胃アニサキス症の主な原因は、生の魚介類に寄生するアニサキス幼虫を摂取することです。
アニサキス幼虫の生態
アニサキス幼虫は、主に海産哺乳類の胃に寄生し、その糞便とともに海中に排出されます。
その後、海水中で孵化した幼虫は小型のプランクトンに取り込まれ、魚類や頭足類(タコやイカなどの軟体動物)に捕食されることで、これらの体内で成長します。
この過程を経て、幼虫は人間が摂取する可能性のある状態まで発達します。
生活環の段階 | 宿主 | 特徴 |
成虫 | 海産哺乳類 | 胃内で産卵 |
卵 | 海水中 | 糞便と共に排出 |
第1期幼虫 | プランクトン | 微小サイズ |
第3期幼虫 | 魚類・頭足類 | 人体感染可能 |
ヒトへの感染経路
ヒトがアニサキス幼虫に感染するのは、主に第3期幼虫が寄生した魚介類を生で摂取した時です。
特に、サバ、アジ、イワシ、サケ、イカなどの海産物を十分に加熱せずに食べると、感染のリスクが高まるとされています。
アニサキス幼虫は非常に耐性が強く、酢や塩、醤油などの調味料では死滅しないため、生食用の魚介類には十分な注意が必要です。
感染リスクの要因
- 生の魚介類の頻繁な摂取
- 魚の内臓の生食
- 不適切な冷凍処理
- 調理時の不十分な加熱
リスク要因 | 対策 | 効果 |
生食 | 十分な加熱 | 幼虫の死滅 |
内臓摂取 | 内臓の除去 | 寄生リスクの低減 |
不適切な冷凍 | -20℃で24時間以上の冷凍 | 幼虫の不活化 |
不十分な加熱 | 中心温度70℃以上で1分以上加熱 | 確実な殺虫 |
生食を避けること、加熱処理が最も効果的な予防法です。
生食文化が根付いている日本では完全にリスクを避けることは困難ですが、信頼できる店舗での食事や、自家調理時の徹底した衛生管理(十分な加熱や適切な冷凍処理、内臓の除去など)が予防のために有効となります。
診察(検査)と診断
胃アニサキス症の診断では、内視鏡検査(胃カメラ)で胃壁に寄生したアニサキスを観察し、その場で摘出します。
診察の基本
まずは症状やその経過、特に生の魚を食べた履歴について確認します。
典型的な症状としては、生魚を食べてから数時間後に突然激しい腹痛が起こることです。
身体診察では、お腹を押したときの痛みや、腹筋の緊張(筋性防御)があるかどうかを診ます。
問診項目 | 確認するポイント |
症状が始まった時期 | 生魚を食べてからどのくらい経ったか |
お腹の痛みの特徴 | 痛む場所、痛みの強さ、どのくらい続いているか |
食事の内容 | 食べた生魚の種類、量、どのように調理されていたか |
検査方法
内視鏡検査では、胃の粘膜に刺さっているアニサキスの虫体を直接確認でき、同時に除去が可能です。
また、血液検査では、白血球や好酸球の数が増えているか、CRP(炎症反応を示す指標)の値が上がっているかなどを調べ、体の中で炎症が起きているかどうかを確認します。
このほか、画像検査で、胃の壁が厚くなっていないか、胃の周りの脂肪組織に変化がないかなどを診ていきます。
検査の種類 | 調べること |
内視鏡検査 | アニサキスの虫体を直接見て取り除く |
血液検査 | 体の中で炎症が起きているかを確認する |
画像検査 | 胃の壁や周りの組織の変化を見る |
確定診断の基準
次のいずれかの条件を満たした場合に、胃アニサキス症と診断します。
- 内視鏡検査でアニサキスの虫体を直接見つけ、取り除く。
- 取り出した虫体を顕微鏡で観察し、アニサキスの幼虫であることを確認する。
- 血液検査でアニサキスに対する特別な抗体(IgEやIgG抗体)が増えているのを確認する。
胃アニサキス症の治療法と処方薬、治療期間
胃アニサキス症の治療は、内視鏡的摘出術を主とし、症状緩和のための薬物療法を併用します。通常は、1〜2週間で完治に至ります。
内視鏡的摘出術
内視鏡的摘出術では、内視鏡で胃内のアニサキス虫体を直接観察し、専用の鉗子(かんし:つかむための医療器具)で虫体を捕捉し取り除きます。
内視鏡的摘出術の利点 | 詳細 |
迅速性 | 短時間で虫体を除去可能 |
確実性 | 直接観察下での摘出が可能 |
低侵襲性 | 患者への身体的負担が少ない |
即効性 | 虫体除去後、速やかに症状が改善 |
薬物療法
内視鏡的摘出術と並行して胃酸分泌抑制薬と鎮痛剤の2種類を使用し、胃粘膜の炎症を抑え、痛みや不快感を軽減します。
胃酸分泌抑制薬としては、プロトンポンプ阻害薬(PPI)や H2受容体拮抗薬が選択される場合が多いです。
鎮痛剤については、主に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用します。
症状の改善具合を見ながら、1〜2週間程度継続することが一般的です。
治療期間と経過観察
胃アニサキス症の治療期間は、一般的に1〜2週間程度となります。
内視鏡的摘出術により虫体を除去した後、薬物療法を継続しながら症状の改善を観察していきます。
多くの場合、虫体除去後数日で症状は改善しますが、完治の判断は慎重に行う必要があります。
経過観察中の注意点
完治の判断は、症状の消失と内視鏡検査による胃粘膜の回復状態を総合的に確認して行います。
- 腹痛や吐き気などの症状の変化
- 食事摂取状況の改善
- 炎症マーカー(血液検査で炎症の程度を示す指標)の推移
- 再感染の兆候がないか
経過観察のポイント | 確認内容 |
自覚症状 | 腹痛、吐き気、食欲不振の改善 |
他覚所見 | 腹部の圧痛や違和感の消失 |
血液検査 | 炎症マーカーの正常化 |
内視鏡検査 | 胃粘膜の炎症や傷の治癒 |
合併症への対応
まれに、アニサキス虫体が胃壁に深く侵入し、潰瘍(かいよう:胃の粘膜に傷ができた状態)や穿孔(せんこう:胃に穴が開いた状態)などの合併症が起こることがあります。
このような場合、より長期的な治療と経過観察が必要です。
合併症が発生した際の対応策
- 胃潰瘍:胃酸分泌抑制療法や粘膜保護剤の使用を行います。
- 胃穿孔:緊急手術の検討や抗生物質投与が必要となる場合があります。
また、アレルギー反応が起きた場合は、抗ヒスタミン薬やステロイド薬を使用して症状を抑えます。
胃アニサキス症の治療における副作用やリスク
内視鏡によるアニサキス摘出は一般的に安全な治療法ですが、出血や穿孔といった合併症が生じる可能性がごく稀に存在します。
治療法 | 主なリスク |
内視鏡的摘出 | 喉の痛み、まれに穿孔や出血 |
薬物療法 | 頭痛、吐き気、まれに肝機能障害 |
内視鏡的摘出に伴うリスク
内視鏡的摘出では、内視鏡を入れる際に喉の違和感や痛みがあります。
また、非常にまれではありますが、内視鏡を操作する際に胃や食道に穴が開いたり(消化管穿孔)、出血したりすることがあります。
薬による治療に関連するリスク
アニサキスを内視鏡で取り除くのが難しい場合、アルベンダゾールなどの駆虫薬(寄生虫を退治する薬)を使用する場合があります。
駆虫薬の副作用
- 頭痛
- 吐き気
- お腹の痛み
- 肝臓の機能低下
アレルギー反応のリスク
アニサキスを取り除いたり、駆虫薬を使用したりした後、まれにアレルギー反応が起こることがあります。
アレルギーの症状
- じんましん
- 息苦しさ
- アナフィラキシー(重度のアレルギー反応)
アレルギー反応は命に関わる場合もあるため、素早い対応が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
胃アニサキス症の治療費は、内視鏡治療を要する場合3万円から10万円程度が目安となります。
健康保険が適用されるため、実際の自己負担額はこれより低くなります。
治療費の目安
項目 | 概算費用 |
血液検査 | 5,000円〜10,000円 |
X線検査 | 5,000円〜8,000円 |
内視鏡検査 | 15,000円〜30,000円 |
虫体除去処置 | 10,000円〜20,000円 |
薬剤費 | 3,000円〜5,000円 |
※費用は医療機関ごとに異なります。
重症化した場合の追加費用
症状が重度の場合や合併症が発生した際には、追加の検査や治療が必要です。
- 入院費用(1日あたり10,000円〜20,000円)
- 追加の検査費用(CT検査15,000円〜30,000円)
- 手術費用(腹腔鏡手術の場合、50,000円〜100,000円)
以上
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