胃癌 – 消化器の疾患

胃癌(Gastric cancer)とは、胃の内側を覆う粘膜から発生する悪性腫瘍です。

初期段階では症状がほとんどないことが多く、進行するにつれて様々な症状が現れます。

日本人に比較的多い癌の一つであり、ヘリコバクター・ピロリ菌への感染や塩分の取りすぎ、喫煙などの生活習慣が関係していると考えられています。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

胃癌の種類(病型)

胃癌は、腫瘍の発生部位、組織型、進行度によって分類されます。

発生部位による分類

胃癌の発生部位による主な分類では、噴門部癌、体部癌、幽門部癌の3つがあります。

発生部位特徴発見の難易度
噴門部食道との境界付近困難
体部胃の中央部比較的容易
幽門部胃の出口付近やや困難

組織型による分類

組織型分類では、腫瘍の性質や進行速度に関連し、主に分化型と未分化型の2つに大別されます。

分化型胃癌は胃の正常な腺組織に類似した構造を持ち、比較的進行が遅い特徴があります。そのため、条件によっては内視鏡的治療の対象となります。

一方、未分化型胃癌は正常組織との類似性が低く、進行が速い傾向であるため、早期の外科的介入が必要となる場合が多いです。

組織型特徴進行速度主な治療法
分化型正常腺組織に類似比較的遅い内視鏡的治療も検討
未分化型正常組織との類似性が低い速い外科的治療が中心

肉眼型による分類

胃癌の肉眼型分類は腫瘍の形態や浸潤の程度を示したもので、診断や治療方針の決定に役立てられています。

早期胃癌と進行胃癌では、異なる分類方法が用いられています。

早期胃癌の肉眼型分類

  • 0-I型(隆起型):胃の粘膜面から盛り上がるように見える型
  • 0-II型(表面型):粘膜面とほぼ同じ高さで、わずかな変化を示す型
  • 0-III型(陥凹型):粘膜面がくぼんで見える型

進行胃癌の肉眼型分類

名称特徴
1型限局隆起型きのこ状に隆起した形態
2型限局潰瘍型明瞭な隆起を伴う潰瘍形成
3型浸潤潰瘍型不明瞭な隆起を伴う潰瘍形成
4型びまん浸潤型粘膜下層を中心に広範囲に浸潤

進行度による分類

胃癌の進行度は、TNM分類システムを用いて評価します。

TNM分類では、腫瘍の大きさや深達度(T)、リンパ節転移の有無と程度(N)、遠隔転移の有無(M)を考慮し、胃癌のステージを0から4までに分けます。

数字が大きくなるほど進行した状態を示します。

ステージ特徴主な治療法
0粘膜内にとどまる内視鏡的治療
1粘膜下層までの浸潤内視鏡的治療または縮小手術
2固有筋層までの浸潤手術療法
3漿膜下層までの浸潤手術療法と補助化学療法
4他臓器への浸潤や遠隔転移化学療法や緩和療法

胃癌の主な症状

胃癌の症状は、初期段階では非特異的で軽微なものが多く、病状が進行するにつれて様々な症状が顕在化してきます。

初期症状の特徴

胃癌の初期段階では、多くの患者さんが無症状であることが特徴です。

一部の方では軽度の消化器症状が現れることがありますが、日常生活で経験する一般的な不調と類似しているため、見過ごされやすいものとなります。

初期症状特徴
胸やけ食後に胸の奥に灼熱感を感じる
食欲不振食べる意欲が減退する
軽度の腹痛胃の辺りに不快感や痛みを感じる
消化不良食べ物がうまく消化されない感覚がある

進行期の症状

進行期の症状には、持続的な腹痛、嘔吐、体重減少、貧血、黒色便(消化管出血の兆候)などがあります。

胃癌の原因

胃がんの原因は、ピロリ菌感染による慢性的な胃粘膜の炎症が主な要因であり、その他に喫煙、塩分の多い食事、野菜や果物の摂取不足、飲酒、遺伝的な要因なども関与していると考えられています。

ヘリコバクター・ピロリ菌感染の影響

ヘリコバクター・ピロリ菌の感染は、胃癌発症で最も多い要因の一つです。

ピロリ菌は胃粘膜に定着し、持続的な炎症を引き起こします。

長期間にわたって胃が慢性的な炎症状態となっているような場合は、がん化のリスクが上昇します。

食生活・環境による影響

食生活や日々の環境で特に注意が必要なのは、以下のような要因です。

リスク要因胃への影響長期的な結果
塩分の過剰摂取胃粘膜の損傷慢性炎症の誘発
喫煙発がん物質の蓄積DNA損傷の増加
アルコールの多量摂取粘膜の炎症細胞再生の異常
加工肉の過剰摂取発がん物質の摂取遺伝子変異の促進

喫煙者が塩分の多い食事を好む場合や、たばこを吸いながら過度の飲酒をする習慣があるような場合など、複数の要因が重なるとさらにリスクは上昇します。

遺伝的要因

特定の遺伝子変異を持つ人は、胃癌のリスクが高くなることがわかっています。

胃癌と関連する主な遺伝子と症候群

遺伝子関連する症候群特徴
CDH1遺伝性びまん性胃癌若年での発症、びまん性の広がり
TP53Li-Fraumeni症候群多臓器でのがん発症リスク増加
MLH1, MSH2Lynch症候群大腸癌や子宮体癌のリスクも上昇

年齢と性別による影響

一般的に、胃癌は高齢者に多く見られ、50歳以上の方で発症リスクが顕著に高くなります。

また、統計的に見ると、男性は女性よりも胃癌になるリスクが高いことがわかっています。

年齢層胃癌発症リスク注意点
50歳未満比較的低い遺伝的要因がある場合は注意
50-70歳中程度定期的な検診が重要
70歳以上高いより頻繁な検診が必要

慢性胃炎と他の胃疾患の影響

慢性胃炎や胃潰瘍などの既往歴がある方は、胃癌のリスクが高くなる傾向があります。

特に注意が必要なのは、萎縮性胃炎や腸上皮化生(胃の粘膜が腸の粘膜に似た状態に変化すること)で、これらは胃癌の前駆状態であると考えられています。

診察(検査)と診断

胃癌の診断では、内視鏡検査で胃の内部を直接観察し、必要に応じて生検を行ってがん細胞の有無や種類を調べます。

初期診察・問診

問診では、主訴、既往歴、家族歴などを確認し、胃癌のリスク因子や関連症状の有無を確認していきます。

問診で確認するポイント

問診項目確認内容
食事関連食欲不振、体重変化
腹部症状不快感、痛み、嘔吐
排泄関連便の性状、血便の有無
生活習慣喫煙、飲酒の頻度

身体診察では腹部の触診や聴診を行い、腫瘤の有無や腹水の存在のほか、リンパ節腫脹や貧血の兆候なども観察します。

画像診断

次に画像診断を実施し、胃の状態を詳しく調べます。

主な画像診断法には、上部消化管内視鏡検査、上部消化管造影検査、CT検査、超音波検査などがあります。

画像診断法主な特徴
内視鏡検査胃粘膜を直接観察し、必要に応じて生検(組織採取)を行う
造影検査造影剤を用いて胃の形態異常を確認する
CT検査胃壁の肥厚や周囲リンパ節腫大の評価
超音波検査腹部臓器の状態を調べる

生検・病理診断

上部消化管内視鏡検査時に、疑わしい部位から組織を採取し、病理検査を実施します。

病理診断には、通常のHE染色(ヘマトキシリン・エオジン染色)による組織型の判定、免疫組織化学染色による特定のタンパク質発現の確認、さらに遺伝子検査による特定の遺伝子変異の有無の調査などがあります。

病理診断では癌細胞の有無だけでなく、組織型や分化度も判定します。

臨床病期の評価と治療方針の決定

癌の進行度(臨床病期)評価では、国際的に標準化されたTNM分類システムを用います。

※病型分類の項で述べた通り、T(腫瘍の深達度)、N(リンパ節転移の程度)、M(遠隔転移の有無)の3つの要素を総合的に判断し病期を決定します。

臨床病期の正確な評価には、内視鏡的超音波検査(EUS)、PET-CT検査、腹腔鏡検査などの検査技術を用います。

臨床病期評価法評価内容
TNM分類腫獼深達度、リンパ節転移、遠隔転移
EUS胃壁深達度の詳細評価
PET-CT全身転移巣の検索
腹腔鏡腹膜播種の確認

胃癌の治療法と処方薬、治療期間

胃癌の治療には手術、化学療法、放射線療法などがあり、抗がん剤や分子標的薬を使用します。

治療期間は早期がんで数か月、進行がんでは半年から1年以上に及ぶこともあります。

手術療法

胃癌の主要な治療法である手術療法の目的は、がん組織を完全に取り除くことです。

早期胃癌の場合は内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を検討します(内視鏡を用いて胃の内側からがんを切除する技術です)。

一方、進行胃癌では、胃の一部または全部を切除する開腹手術や腹腔鏡下手術を行います。

手術後の回復期間は状態や手術の種類によって異なりますが、通常2〜4週間程度入院が必要となります。

手術の種類適応回復期間特徴
ESD早期胃癌1週間程度低侵襲、胃の機能温存
胃切除術進行胃癌2〜4週間がんの完全切除、リンパ節郭清

化学療法

化学療法は、抗がん剤を用いてがん細胞の増殖を抑制する治療法です。

手術前後の補助療法として用いられるほか、手術が困難な進行がんに対する治療法としても実施します。

化学療法の期間は通常3〜6か月程度続けますが、がんの進行度や患者さんの体調によって調整します。

治療法主な目的治療期間使用薬剤例
手術療法がん組織の除去2〜4週間(入院)
化学療法がん細胞の増殖抑制3〜6か月5-FU、シスプラチン
放射線療法局所制御5〜6週間

放射線療法

放射線療法は、高エネルギーの放射線を用いてがん細胞を破壊する治療法です。手術が困難な部位のがんや、転移巣の制御に効果を発揮します。

胃癌の場合は単独で用いられることは少なく、化学療法と併用されることが多いです。

治療期間は通常5〜6週間程度で、1日1回、週5日のペースで照射を行います。

治療後の経過観察

胃癌の治療が終了した後も、再発や転移の早期発見、また治療の副作用による長期的な影響を評価するため、定期的な経過観察が必要です。

フォローアップ期間検査頻度主な検査内容
治療後1〜2年3〜4か月ごと血液検査、腫瘍マーカー、CT
治療後3〜5年6か月ごと内視鏡検査、CT、栄養評価
治療後5年以降年1回内視鏡検査、血液検査、栄養指導

胃癌の治療における副作用やリスク

胃癌の治療、特に手術や抗がん剤治療では、切開による痛み、吐き気、脱毛、感染症、貧血などの副作用があります。

手術に伴う副作用とリスク

手術後の早期には、創部の痛みや腹部の不快感を感じることがあります。また、麻酔の影響で一時的に吐き気や嘔吐が生じることもあります。

長期的には胃の一部または全部を切除することによる消化吸収機能の低下が問題となり、食事量の減少や栄養不足、体重減少などが起こる可能性があります。

そのほか、手術の範囲によっては、ダンピング症候群(食後に冷や汗や動悸、めまいなどの不快な症状が生じる状態)と呼ばれる症状が現れることもあります。

手術後の早期の副作用手術後の長期的な影響
創部の痛み消化吸収機能の低下
腹部の不快感食事量の減少
吐き気・嘔吐栄養不足
体重減少
ダンピング症候群

化学療法に関連する副作用

  • 吐き気・嘔吐
  • 食欲不振
  • 白血球減少
  • 脱毛
  • 倦怠感

化学療法の一般的な副作用として、吐き気や嘔吐、食欲不振が挙げられます。

また、抗がん剤の影響で白血球数が減少し、感染症のリスクが高まるため、治療中は感染予防に十分注意を払う必要があります。

脱毛も化学療法の代表的な副作用の一つで、外見の変化が精神的なストレスの原因となる場合もあります。

放射線療法による副作用

放射線療法では、照射部位の皮膚に赤みや痛み、かゆみが現れることがあります。

また、胃や周辺臓器への照射により、吐き気や下痢、腹痛などの消化器症状が生じる場合もあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

胃癌の治療費は、病期や治療方法によって大きく異なります。一般的に、手術や抗がん剤治療など、治療内容が複雑になるほど費用は高額になります。

治療方法による費用の違い

治療方法概算費用(3割負担の場合)
ESD15万円〜25万円
外科手術60万円〜120万円
化学療法月額15万円〜40万円

検査などその他の費用

項目概算費用(3割負担の場合)
CT検査1万5千円〜2万5千円
内視鏡検査8千円〜1万5千円
栄養指導(1回)3千円〜5千円

以上

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