胃悪性リンパ腫 – 消化器の疾患

胃悪性リンパ腫(Gastric malignant lymphoma)とは、胃に発生する悪性腫瘍の一種で、通常の胃がんとは異なる特徴を持つ疾患です。

胃の粘膜下層に存在するリンパ組織から発生することが多く、初期段階では自覚症状がほとんど現れないため、気づかないうちに進行してしまうことがあります。

病状が進行すると、胃痛や食欲不振、体重減少などの症状が現れます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

胃悪性リンパ腫の種類(病型)

胃悪性リンパ腫は、「MALTリンパ腫」と「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)」が多く、それぞれ特徴的な内視鏡所見を呈します。

病型頻度進行速度主な内視鏡所見
MALTリンパ腫高い緩徐表層型
DLBCL高い速い潰瘍型、隆起型

MALTリンパ腫の特徴と内視鏡所見

MALTリンパ腫は緩やかな経過をたどることが多く、内視鏡検査では表層型の病変として、粘膜の発赤や軽度の隆起、びらんなどの所見が見られます。

複数の小さな隆起が集まって現れることもあり、早期胃がんとの鑑別が難しい病型です。

びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の特徴

DLBCLはMALTリンパ腫と比較してより進行が速く、攻撃的な性質を持ちます。

内視鏡検査では潰瘍型や隆起型の病変として観察されることが多く、時に巨大な潰瘍や腫瘤を形成します。

病変が粘膜下層以深に浸潤していることが多いため、生検での診断が困難な場合があります。

稀少な病型

発生頻度は低いものの、濾胞性リンパ腫、マントル細胞リンパ腫、T細胞リンパ腫といった病型もあります。

病型特徴頻度予後
濾胞性リンパ腫リンパ濾胞由来の腫瘍で、緩徐な経過をたどることが多い非常に稀比較的良好
マントル細胞リンパ腫攻撃性が高く、早期診断が重要不良
T細胞リンパ腫B細胞リンパ腫と比べて稀で、診断が困難な場合がある極めて稀一般に不良

内視鏡分類

胃悪性リンパ腫の内視鏡分類には、佐野分類と八尾分類が広く用いられています。

佐野分類は主に病変の形態学的特徴を、八尾分類は病変の深達度を推定する分類方法です。

分類特徴主な用途
佐野分類表層型、潰瘍型、隆起型などに分類病変の形態学的特徴の記述
八尾分類粘膜型、混合型、腫瘤型などに分類病変の深達度の推定

胃悪性リンパ腫の主な症状

胃悪性リンパ腫は初期段階では無症状であることが多く、進行するにつれて様々な消化器症状が現れます。

一般的な症状

胃悪性リンパ腫の一般的な症状には、持続的な腹痛や不快感、食欲不振、体重減少、吐き気や嘔吐、胃部の膨満感などがあります。

いずれも他の消化器疾患でも見られる症状であり、単独では胃悪性リンパ腫の診断が困難な場合もあります。

特徴的な症状

胃悪性リンパ腫で特徴的な症状は、食事と関係なく持続する上腹部痛、暗赤色や黒色の吐血、タール便や鮮血便といった下血です。

症状特徴
上腹部痛食事と関係なく持続する
吐血暗赤色や黒色の吐物
下血タール便や鮮血便

このような症状が現れた際には、速やかに医療機関を受診するようにしてください。

全身症状

胃悪性リンパ腫が進行すると、原因不明の微熱や高熱、夜間の過度の発汗、全身のだるさや疲労感、首や脇の下のしこりなどのリンパ節腫脹が現れてきます。

リンパ腫特有の「B症状」と呼ばれるもので、病気の進行を表す指標となります。

全身症状説明
発熱原因不明の微熱や高熱
寝汗夜間の過度の発汗
倦怠感全身のだるさや疲労感
リンパ節腫脹首や脇の下のしこり

胃悪性リンパ腫の原因

胃悪性リンパ腫の原因はヘリコバクター・ピロリ菌感染が最も多く、その他にも免疫の異常や遺伝的な要因などが考えられていますが、まだ完全には解明されていません。

ヘリコバクター・ピロリ菌感染の影響

ヘリコバクター・ピロリ菌が胃粘膜に長期間定着すると、持続的な炎症反応を引き起こし、胃の内壁に深刻な損傷を与えます。

それだけでなく、胃粘膜に存在するリンパ組織を持続的に刺激し、異常な細胞増殖を促進することで最終的に悪性リンパ腫の発症へとつながります。

実際に、胃悪性リンパ腫と診断された患者さんの多くがヘリコバクター・ピロリ菌に感染していることが分かっています。

ヘリコバクター・ピロリ菌の影響胃悪性リンパ腫との関連性
慢性炎症の誘発リスク増大
リンパ組織の持続的刺激異常細胞増殖の促進
胃粘膜の損傷防御機能の低下
免疫系の攪乱リンパ球の異常増殖

免疫系の異常・遺伝的素因

免疫系の機能不全も胃悪性リンパ腫の発症に関係しています。

健全な免疫機能は体内で発生した異常細胞を識別し、排除する重要な役割を担っています。免疫系に問題がある場合はこの監視機能が低下し、リンパ球の異常増殖を許容してしまうため、悪性リンパ腫の発症リスクが高まります。

また、特定の遺伝子変異や染色体異常が胃悪性リンパ腫発症リスクを高めることも分かってきています。

環境要因・生活習慣

環境要因や喫煙、飲酒なども間接的に胃悪性リンパ腫のリスクを上昇させる要因となります。

環境要因・ライフスタイル胃悪性リンパ腫への影響
放射線被曝DNA損傷リスクの増加
有害化学物質への曝露細胞の悪性化促進
喫煙胃粘膜の慢性的刺激
過度の飲酒胃の防御機能低下
不適切な食生活栄養不足による免疫力低下

年齢と性別による影響

一般的に高齢になるほど発症リスクが上昇する傾向が見られ、加齢に伴う免疫機能の低下や、長年にわたる環境要因の蓄積効果が影響していると考えられています。

また、統計的に男性の方が女性よりもやや発症率が高いという報告があり、ホルモンバランスや生活習慣の違いがその背景にあると推測されています。

年齢層別の胃悪性リンパ腫の相対的な発症リスク

年齢層相対的発症リスク主な要因
30歳未満若年層での発症は稀
30-50歳環境要因の蓄積が始まる時期
50-70歳免疫機能の低下、長期的リスク因子
70歳以上非常に高複合的要因の長期的影響が顕著

診察(検査)と診断

胃悪性リンパ腫の診断では、内視鏡検査による生検で組織を採取し、病理検査でリンパ腫細胞を確認します。

また、CTやPET-CTなどの画像検査で腫瘍の広がりを調べ、血液検査や骨髄検査でリンパ腫の種類や病期を評価していきます。

画像診断

胃悪性リンパ腫の診断で主に用いられる画像検査方法には、以下のようなものがあります。

検査方法特徴利点
上部消化管内視鏡胃粘膜の直接観察と生検が可能病変の詳細な観察と組織採取ができる
CT検査腫瘍の範囲や周囲臓器への浸潤を評価全身の状態を一度に把握できる
PET-CT全身のリンパ腫病変を検出代謝活性の高い病変を特定できる
超音波内視鏡胃壁の層構造や周囲リンパ節を詳細に観察病変の深達度を正確に評価できる

複数の画像検査を組み合わせることで、腫瘍の局在や進展度を把握していきます。

生検・病理診断

胃悪性リンパ腫の確定診断には、生検(組織を採取して調べる検査)による組織診断が必要です。

上部消化管内視鏡検査中に病変部位から複数の組織片を採取し、病理医が分析を行います。

評価項目内容意義
細胞形態リンパ腫細胞の特徴的な形態を確認リンパ腫の種類を特定する手がかりとなる
免疫染色腫瘍細胞の表面マーカーを同定リンパ腫の起源細胞を特定する
遺伝子検査特定の遺伝子異常の有無を確認予後予測や治療選択に役立つ

病期分類

診断後は病期分類を行い、治療方針を決定します。病期分類には主にLugano分類を使用します。

評価項目内容意義
病変の広がり胃内での腫瘍の範囲局所治療の可能性を判断
リンパ節転移周囲リンパ節への転移の有無全身治療の必要性を判断
他臓器浸潤胃以外の臓器への浸潤状況治療の複雑さを予測
全身症状発熱、寝汗、体重減少の有無予後予測の参考となる

胃悪性リンパ腫の治療法と処方薬、治療期間

胃悪性リンパ腫の治療は化学療法を中心に、放射線療法や外科的切除を検討します。

治療法主な特徴
化学療法全身に薬剤を投与し、がん細胞を攻撃
放射線療法局所的に高エネルギー線を照射
外科的治療特定の状況下で腫瘍を切除

化学療法による治療

化学療法では、がん細胞を攻撃し、増殖を抑制する薬剤を全身に投与します。

R-CHOP療法と呼ばれる多剤併用化学療法が一般的で、5種類の薬剤を組み合わせて使用します。

薬剤名主な作用
リツキシマブB細胞表面のCD20抗原に結合し、細胞を破壊
シクロホスファミドDNAの複製を阻害し、細胞分裂を抑制
ドキソルビシンDNAに作用し、がん細胞の増殖を抑制
ビンクリスチン細胞分裂を阻害し、がん細胞の増殖を抑制
プレドニゾロン抗炎症作用と免疫抑制作用を持つ

通常、3週間を1サイクルとして、6〜8サイクルの治療を行います。

治療効果と副作用を考慮しながら、状態に応じて薬剤の種類や投与量を調整していきます。

放射線療法

化学療法と併用し、放射線療法を行うこともあります。特に、限局期の胃悪性リンパ腫や、化学療法後に残存病変がある症例において効果的な選択肢となります。

放射線療法では高エネルギーのX線や粒子線を用いて、がん細胞にダメージを与え、増殖を抑制します。

通常、数週間にわたって毎日短時間の照射を行い、治療期間はおおよそ3〜5週間程度です。

放射線療法の特徴内容
治療期間3〜5週間程度
照射頻度毎日短時間
主な目的がん細胞の増殖抑制
併用療法化学療法との組み合わせが多い

外科的治療の適応

  • 診断確定のための生検
  • 化学療法や放射線療法に反応しない残存腫瘍の切除
  • 出血や穿孔などの合併症への対応
  • 早期の限局性病変に対する根治的切除 など

治療期間

胃悪性リンパ腫の標準的な治療期間は6〜8ヶ月程度が目安ですが、病状や治療反応性によって変動します。

また、治療終了後も定期的な経過観察が欠かせません。再発のリスクは治療後2年以内が最も高いため、この期間は特に注意深く観察を行います。

経過観察では、血液検査、画像検査(CT、PETなど)、内視鏡検査を定期的に実施します。

経過観察期間検査頻度
治療後1〜2年2〜3ヶ月ごと
3〜5年4〜6ヶ月ごと
5年以降年1回程度

胃悪性リンパ腫の治療における副作用やリスク

胃悪性リンパ腫の治療には、化学療法、放射線療法、手術など様々な方法があり、それぞれに副作用やリスクが伴います。

化学療法に伴う副作用

抗がん剤は正常細胞にも影響を与えるため、吐き気、嘔吐、食欲不振、脱毛、倦怠感などが副作用として起こります。

副作用対処法
吐き気・嘔吐制吐剤の使用、食事の工夫
脱毛ウィッグの使用、スカーフの活用
倦怠感適度な休息、軽い運動
食欲不振少量頻回摂取、栄養補助食品の利用

放射線療法のリスク

放射線療法では、放射線が胃周辺の正常組織にも影響を与えるため、長期的には消化器系の機能障害や二次がん(治療の影響で新たに発生するがん)のリスクが増加します。

短期的な影響長期的なリスク
皮膚炎消化器機能障害
疲労感二次がん
消化器症状慢性的な栄養吸収障害

免疫療法関連の副作用

近年、胃悪性リンパ腫の治療に免疫療法が導入されていますが、免疫関連有害事象(irAE)と呼ばれる副作用が報告されています。

  • 皮膚症状(発疹、かゆみ)
  • 内分泌障害(甲状腺機能異常など)
  • 肺炎
  • 大腸炎
  • 肝機能障害 など

手術に関連するリスク

手術には一般的な手術リスクに加え、胃の機能に関わる特有のリスクがあります。

術後合併症長期的な影響
創部感染ダンピング症候群
腹腔内膿瘍栄養吸収障害
縫合不全胃酸逆流
出血貧血

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

胃悪性リンパ腫の治療費は、一般的に化学療法や放射線療法、手術など複数の治療法を組み合わせるため、総額で100万円から500万円程度が目安となります。

治療法別の費用

治療法概算費用
化学療法30万円~100万円/コース
放射線療法50万円~150万円/クール
手術80万円~200万円

化学療法は通常複数回行うため、総額が高額になります。また、放射線療法も治療期間が長期にわたる際は費用が増加します。

入院費用

治療中は入院が必要となります。入院費用は病院や病室のタイプによって異なりますが、一般的な目安は以下の通りです。

病室タイプ1日あたりの費用
一般病棟1万円~3万円
個室2万円~5万円

検査費用

治療前後には様々な検査が行われます。主な検査とその費用は次のとおりです。

  • CT検査 2万円~4万円
  • MRI検査 3万円~6万円
  • PET-CT検査 8万円~12万円
  • 内視鏡検査 1万円~3万円

以上

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