ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症, Helicobacter pylori infection)とは、胃や十二指腸の粘膜に定着する細菌による感染症です。
感染者の多くは無症状ですが、一部の方では胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍といった消化器系の症状が現れます。
長期にわたる感染は胃がん発症のリスクを高めるため、注意が必要です。
世界規模で蔓延している感染症であり、日本国内でも相当数の方が感染していると推定されています。
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の主な症状
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の症状は個人差が大きく、多くの場合無症状のまま経過しますが、一部でさまざまな消化器症状が現れます。
症状の程度は感染期間や胃粘膜の状態によって変化し、長期間にわたる感染では、より深刻な症状が現れる傾向にあります。
一般的な症状
症状 | 特徴 |
腹痛 | 上腹部の不快感や痛み |
胸焼け | 胸の奥や喉の辺りの灼熱感 |
膨満感 | 食後の胃の膨らみ感 |
吐き気 | 嘔吐を伴うこともある |
食事の前後や空腹時に症状が強く現れる傾向にあり、食生活や日常のストレスなどの影響を受けることもあります。
重度の症状
感染が進行すると、より深刻な症状が現れる場合があります。
- 体重減少
- 食欲不振
- 嘔吐
- 黒色便(消化管出血の兆候)
このような症状は、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の合併を示すサインとなります。
早期の医療介入が必要となるため、該当する症状がある場合は速やかに医療機関を受診するようにしてください。
非典型的な症状
H.pylori感染症は、消化器系以外の症状が現れる場合もあります。
症状 | 関連する可能性のある疾患 |
慢性的な疲労感 | 貧血 |
皮膚の発疹 | 蕁麻疹(じんましん) |
関節痛 | 関節リウマチ |
頭痛 | 片頭痛 |
症状の変化と経過
H.pylori感染症の症状は、時間とともに変化する傾向があります。
初期段階では軽微な症状や無症状であっても、感染が長期化すると症状が徐々に悪化することがあります。
期間 | 症状の特徴 |
初期 | 軽度の胃部不快感や消化不良 |
中期 | 断続的な腹痛や胸焼け |
長期 | 持続的な痛みや体重減少 |
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の原因
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)は、「ヘリコバクター・ピロリ菌」への感染によって起こります。
ヘリコバクター・ピロリ菌の特性
ヘリコバクター・ピロリ菌は、独特のらせん状の形態を有するグラム陰性桿菌(かんきん)です。
胃の粘膜層に棲みつき、強酸性環境下でも生存可能な能力を保持しています。
感染経路
感染経路 | 具体例 | リスク要因 |
経口感染 | 汚染された水や食物の摂取 | 不適切な水質管理 |
糞口感染 | 不衛生な環境での接触 | 衛生知識の欠如 |
垂直感染 | 母親から子どもへの感染 | 母体の感染状態 |
最も頻繁に見られるのが経口感染で、特に発展途上国においては水質管理が不十分な場合が多く、感染のリスクが顕著に高くなります。
一方、先進国であっても、衛生管理が行き届いていない環境下では感染の危険性が依然として存在します。
感染リスクを高める要因
- 不衛生な生活環境(特に水や食品の衛生管理が不十分な場合)
- 栄養状態の悪化
- 慢性的な免疫機能の低下(他の疾患や薬物療法の影響など)
- 過密な生活環境
発展途上国や低所得地域ではこのような要因が重複して存在することが多く、結果として感染率が高くなりやすい状況にあります。
年齢層別の感染率の特徴
年齢層 | 感染率の特徴 | 主な要因 |
小児期 | 感染リスクが高い | 免疫系の未発達 |
成人期 | 感染率は比較的安定 | 既存の感染の持続 |
高齢期 | 感染率が上昇傾向 | 長期曝露と免疫低下 |
小児期に感染する確率が高いのは、免疫システムがまだ完全には発達していないことが大きな要因となっています。
一方、高齢者の感染率が高くなる背景には、長年にわたる曝露機会の蓄積と加齢に伴う免疫機能の低下が関係しています。
地域差と生活環境の影響
ヘリコバクター・ピロリ菌の感染率には、顕著な地域差が存在します。
発展途上国では感染率が80%を超えることも珍しくありませんが、先進国では概ね30%前後にとどまることが多いのが現状です。
ただし、日本においてピロリ菌感染率は非常に高く、特に50歳以上の世代では60%以上が感染していると言われています。
診察(検査)と診断
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の診断では、呼気検査や血液検査、内視鏡検査などを用いてピロリ菌の有無を調べ、胃炎や潰瘍などの症状との関連性を確認します。
主な検査法
検査名 | 特徴 | 適応 |
尿素呼気試験 | 高精度、短時間で結果判明 | 成人、初回診断 |
糞便抗原検査 | 簡便、採取が容易 | 小児、高齢者 |
血清抗体検査 | 過去の感染も検出可能 | スクリーニング |
尿素呼気試験は感度と特異度が高く、多くの医療機関で第一選択とされています。
患者さんに13C標識尿素を飲んでいただき、呼気中の13CO2を測定します。H.pyloriが存在する場合、菌が産生するウレアーゼという酵素により尿素が分解され、13CO2が増加します。
小さなお子様や高齢の方など、呼気試験が難しい患者さんの場合に行う検査です。
H.pyloriの特異的な抗原を便中から検出する方法で、感染の有無を直接確認できます。
血清抗体検査は、H.pyloriに対する抗体を血液中から検出します。
過去の感染歴も含めて判定するため、現在の感染状態の評価には注意が必要です。
集団検診などのスクリーニングに適していますが、確定診断には他の検査法と組み合わせて判断します。
内視鏡検査
より確実な診断や他の胃疾患の除外のために、内視鏡検査を行うことがあります。
内視鏡検査では、胃粘膜の状態を直接観察し、必要に応じて小さな組織片(生検)を採取します。
生検組織を用いた検査
- 迅速ウレアーゼ試験:短時間で結果が得られますが、偽陰性の可能性があります。
- 培養検査:時間はかかりますが、薬剤感受性試験が可能です。
- 病理組織学的検査:胃粘膜の状態も含めて総合的に評価できます。
検査法 | 利点 | 欠点 | 特記事項 |
迅速ウレアーゼ試験 | 即日結果判明 | 感度やや低い | 内視鏡中に実施可能 |
培養検査 | 薬剤耐性確認可能 | 時間を要する | 専門施設で実施 |
病理組織学的検査 | 詳細な粘膜評価可能 | 判定に専門性必要 | 他疾患の除外にも有用 |
確定診断
H.pylori感染症の確定診断は、単一の検査結果だけでなく、臨床症状や内視鏡所見なども考慮に入れて診断を進めます。
日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、以下の基準で診断を行うことを推奨しています。
- 内視鏡的検査法のうち1つ以上の検査が陽性
- 非内視鏡的検査法のうち2つ以上の検査が陽性
基準を満たした場合、H.pylori感染症と確定診断します。
ただし、小児や高齢者では、体への負担が少ない非侵襲的検査を優先的に選択することがあります。
また、除菌治療後の判定には、尿素呼気試験や糞便抗原検査が推奨されます。
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療法と処方薬、治療期間
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療は除菌療法を主体とし、通常3種類の薬剤を1〜2週間服用していきます。
除菌療法の基本
除菌療法では、複数の薬剤を組み合わせて使用することで、胃内のH.pylori菌を排除します。
標準的な除菌療法では、プロトンポンプ阻害薬(PPI)と2種類の抗菌薬を併用します。
薬剤分類 | 主な作用 | 具体例 |
プロトンポンプ阻害薬 | 胃酸分泌抑制 | ランソプラゾール |
抗菌薬A | 細菌増殖抑制 | クラリスロマイシン |
抗菌薬B | 細菌壁合成阻害 | アモキシシリン |
プロトンポンプ阻害薬は胃酸の分泌を抑え、抗菌薬がより効果的に作用できる環境を整えます。
抗菌薬は直接H.pylori菌に作用し、その増殖を阻害したり、菌を死滅させたりします。
一般的に使用される抗菌薬には、アモキシシリンやクラリスロマイシンなどがあります。
治療期間
標準的な除菌療法の期間は7日間ですが、症例によっては14日間に延長することもあります。
治療終了後、4〜8週間経過した時点で除菌の成功を確認するためのH.pylori検査を実施します。
この期間を設けるのは、治療直後では偽陰性(実際はH.pylori菌がいるのに、検査で陰性と判定されてしまうこと)の結果が出る可能性があるためです。
- 除菌療法の実施(7〜14日間)
- 休薬期間(薬の服用を中断する期間、4〜8週間)
- 除菌成功の確認検査(尿素呼気試験や便中抗原検査など)
- 結果に基づく追加治療の検討
治療後の経過観察
除菌に成功した後も、H.pylori感染によって生じた胃粘膜の変化や、まれに発生する可能性のある胃がんを早期に発見するため、経過観察を行います。
フォローアップ項目 | 推奨頻度 | 目的 |
内視鏡検査 | 1〜2年に1回 | 胃粘膜の状態確認、がんの早期発見 |
血液検査 | 6ヶ月〜1年に1回 | 貧血や栄養状態のチェック |
症状の確認 | 3〜6ヶ月ごと | 再感染や他の疾患の早期発見 |
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療における副作用やリスク
ヘリコバクター・ピロリ感染症(H.pylori感染症)の治療における抗生物質による除菌治療には、下痢、吐き気、味覚異常などの消化器症状や、発疹などのアレルギー反応といった副作用が起こる可能性があります。
治療に伴う主な副作用
抗生物質や胃酸抑制薬を組み合わせた除菌療法では、下痢や軟便、味覚異常、頭痛、吐き気や嘔吐、腹痛などの副作用が報告されています。
症状は通常一時的なものですが、特に高齢者や基礎疾患(糖尿病や心臓病などの慢性疾患)をお持ちの方は、副作用のリスクが高くなる傾向があります。
抗生物質耐性菌の出現リスク
H.pylori感染症の治療で使用される抗生物質には、耐性菌(抗生物質が効きにくくなった細菌)を生み出すリスクがあります。
抗生物質 | 耐性率(概算) |
クラリスロマイシン | 30-40% |
メトロニダゾール | 5-10% |
これを防ぐため、医師の指示を守り、途中で服用を中断したり、用量を変更したりすることは避けるようにしてください。
アレルギー反応のリスク
治療に使用される薬剤によっては、アレルギー反応を引き起こす可能性があります。
軽度の発疹から、重篤なアナフィラキシーショック(急激で重症のアレルギー反応)まで、様々な症状が報告されています。
過去にペニシリン系抗生物質などでアレルギー反応が起こったことがある方は、特に注意が必要です。
アレルギー反応の症状 | 頻度 |
軽度の発疹 | 比較的多い |
呼吸困難 | まれ |
アナフィラキシーショック | 非常にまれ |
長期的な影響と注意点
H.pylori除菌治療後、胃酸分泌が変化することがあります。
これにより、逆流性食道炎(胃酸が食道に逆流して炎症を起こす症状)などの症状が現れる可能性があります。
また、腸内細菌叢(腸内に存在する細菌の集団)のバランスが崩れ、一時的な消化器症状を引き起こすことがあります。
長期的影響 | 対策 |
逆流性食道炎 | 生活習慣の改善、必要に応じて投薬 |
腸内細菌叢の変化 | プロバイオティクスの摂取 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
ヘリコバクター・ピロリ感染症の一般的な除菌治療の費用は1万円から2万円程度ですが、個々の状況により変動します。
除菌治療の費用の目安
項目 | 概算費用 |
検査費用 | 5,000円〜10,000円 |
薬剤費 | 8,000円〜15,000円 |
除菌治療の成功率・追加費用
初回の除菌治療は、約70〜80%の方が成功するとされています。残りの方々には2次除菌、場合によっては3次除菌が必要となります。
除菌段階 | 成功率 | 追加費用 |
1次除菌 | 70〜80% | – |
2次除菌 | 90〜95% | 約1万円 |
3次除菌 | 95%以上 | 約1.5万円 |
以上
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