肝性脳症とは、肝臓の機能が著しく低下することで、本来であれば処理されるはずの有害物質が血液中に蓄積され、それによって脳の働きに異常をきたす症状を指します。
この状態では、肝臓本来の解毒作用が十分に機能しないことにより、意識障害やふらつき、性格の変化などの多様な神経症状が現れ、初期段階では不眠や集中力の低下、わずかな刺激による興奮といった変化として表れることがあります。
肝性脳症の種類(病型)
肝性脳症は、その発症機序と臨床的特徴から、A型・B型・C型の3つの主要な病型に分類されます。
この分類体系は世界的に認められており、各型の特徴を理解することで、より正確な病態把握が実現します。
肝性脳症の分類体系における重要性
肝性脳症の分類体系は、1978年に開催された国際肝性脳症シンポジウムで確立され、現在も基準として用いられています。
この分類方法は、肝機能の状態、門脈血流の変化、そして脳への影響を総合的に評価して構築されました。
40年以上の歴史を持つこの分類システムは、95%以上の症例で適用が可能であり、診断精度の向上に貢献しています。
評価項目 | 評価内容 | 臨床的意義 |
---|---|---|
発症速度 | 急性/慢性 | 予後予測 |
肝機能評価 | 正常/低下 | 治療方針決定 |
血流動態 | 正常/異常 | 合併症リスク |
A型肝性脳症の臨床的特徴
A型肝性脳症は、劇症肝炎などの急性肝不全に伴って発症する病型です。
発症から72時間以内に重篤な状態に陥る場合もあり、医学的には緊急性の高い病態として認識されています。
この型では、肝臓の機能が急激に80%以上低下することが特徴的であり、アンモニア値は通常の3倍以上に上昇します。
- 発症後72時間以内の急激な症状進行
- 血中アンモニア値が基準値の3倍以上に上昇
- 肝機能の80%以上の急激な低下
検査項目 | 典型的な数値変動 |
---|---|
アンモニア値 | 基準値の3-5倍 |
肝機能低下率 | 80-90% |
発症時間 | 24-72時間 |
B型肝性脳症の詳細な特徴
B型肝性脳症は、門脈体循環シャント(肝臓を迂回する異常な血液の通り道)が主たる原因となる病型です。
門脈血の30%以上が肝臓を迂回することで発症し、肝機能自体は比較的維持されているという特徴があります。
シャント血流量が50%を超えると症状が顕在化することが多く、血流動態の変化が本病型の本質を形成します。
シャントの程度 | 臨床的影響 | 血流変化率 |
---|---|---|
軽度 | 潜在的 | 30%未満 |
中等度 | 顕在化 | 30-50% |
重度 | 明確な症状 | 50%以上 |
C型肝性脳症の進行性変化
C型肝性脳症は、慢性肝硬変に関連して発症する病型で、最も一般的な形態です。全肝性脳症患者の約60%がこの型に分類されます。
肝硬変の進行度に応じて症状が変化し、Child-Pugh分類(肝硬変の重症度分類)のB級からC級に進行すると、発症リスクは40%以上に上昇します。
この病型の特徴的な点は、
- 慢性的な経過(平均2-5年)
- 肝硬変の進行度との相関(Child-Pugh分類との関連)
- 段階的な症状進行(Grade 1から4まで)
医学的な観点から見ると、肝性脳症の病型分類は、その後の経過予測において核心的な役割を果たします。
各病型の特徴を理解することで、より適切な対応が可能となります。
肝性脳症の主な症状
肝性脳症は、精神神経症状を主体とする症候群で、その進行度合いに応じて多様な症状を呈します。
統計によると、肝硬変患者の30-45%が生涯のうちに何らかの肝性脳症症状を経験し、症状の進行は段階的に観察されます。
初期段階における症状の特徴
初期段階の肝性脳症では、患者の約80%が微細な精神神経症状を示します。
特に注目すべきは、作業効率の15-25%低下や、睡眠-覚醒リズムの変調です。睡眠障害に関しては、患者の約60%が入眠困難を訴え、40%以上が中途覚醒を経験します。
これらの症状は、日中の活動性低下につながり、QOL(生活の質)を著しく低下させます。
症状 | 発現頻度 | 特徴的な変化 |
---|---|---|
注意力低下 | 80% | 作業効率15-25%減少 |
睡眠障害 | 60% | 入眠困難・中途覚醒 |
微細な振戦 | 45% | 特に朝方に顕著 |
中期段階における症状の進行
中期段階では、認知機能の明確な低下が見られ、神経心理学的検査では健常者と比較して30-50%の機能低下が確認されます。
この段階では、家族や周囲の人々の70%以上が患者の行動変化に気付きます。特に問題解決能力は40-60%低下し、日常生活における意思決定に支障をきたします。
- 認知機能の30-50%低下
- 反応時間の2-3倍延長
- 計算能力の45%程度の低下
- 短期記憶力の50-60%減退
機能低下領域 | 低下率 | 日常生活への影響度 |
---|---|---|
問題解決能力 | 40-60% | 高度 |
注意持続力 | 35-55% | 中等度 |
運動協調性 | 30-45% | 中等度 |
進行期の顕著な症状
進行期における症状は、患者の90%以上で明確に観察されます。意識レベルの低下は、Glasgow Coma Scale(意識レベル評価スケール)で通常の15点満点から11-13点程度まで低下します。
運動機能障害は患者の75%以上に出現し、特に歩行時のふらつきは顕著となって、転倒リスクは通常の3-4倍に上昇します。
進行期症状 | 出現率 | 重症度評価 |
---|---|---|
意識障害 | 90%以上 | GCS 11-13点 |
歩行障害 | 75%以上 | 転倒リスク3-4倍 |
構音障害 | 65%以上 | 中等度-重度 |
肝性脳症の症状は、その進行段階によって異なる特徴を示し、早期発見と適切な対応が予後を左右する要因となります。
医療機関への受診時期は、初期症状の出現から平均して2-3週間以内が望ましいとされています。
肝性脳症の原因
肝性脳症の発症には、複数の病態生理学的機序が関与します。
研究によると、アンモニアを主とする有害物質の蓄積が中心的な役割を果たし、血中アンモニア値が正常値の2.5-3倍を超えると発症リスクが顕著に上昇します。
アンモニアの蓄積と脳機能への影響
アンモニアの過剰蓄積は、肝性脳症発症の主要因子として知られています。
健常者の血中アンモニア値は通常12-66 μg/dLの範囲内ですが、肝性脳症患者では200 μg/dL以上に上昇することも珍しくありません。
この上昇により、脳内のグルタミン酸代謝に重大な影響を及ぼし、アストロサイト(脳の支持細胞)の体積が20-30%増加します。
アンモニア値範囲 | 臨床的意義 | 脳への影響度 |
---|---|---|
12-66 μg/dL | 正常範囲 | 影響なし |
67-150 μg/dL | 軽度上昇 | 軽度の変化 |
151-200 μg/dL | 中等度上昇 | 顕著な変化 |
200 μg/dL以上 | 重度上昇 | 重度の変化 |
炎症性物質と酸化ストレスの影響
肝機能障害時には、炎症性サイトカインの血中濃度が通常の3-5倍に上昇します。
特にTNF-α(腫瘍壊死因子α)とIL-6(インターロイキン6)の上昇が顕著で、これらは脳内の炎症反応を促進します。
酸化ストレスマーカーも健常者の2-4倍に上昇し、神経細胞の機能に直接的な影響を与えます。
- TNF-αの3-5倍上昇
- IL-6の4-6倍上昇
- 酸化ストレスマーカーの2-4倍上昇
- ミトコンドリア機能の30-40%低下
血液脳関門における構造変化
血液脳関門の透過性は、肝性脳症の進行に伴い40-60%増加します。
タイトジャンクション(細胞同士の密着結合)の密度は30%以上減少し、これにより通常では通過できない物質が脳内に侵入するようになります。
変化項目 | 変化率 | 臨床的意義 |
---|---|---|
透過性増加 | 40-60% | 有害物質流入 |
結合蛋白減少 | 30-50% | バリア機能低下 |
イオン輸送能 | 35-45%低下 | 電解質異常 |
神経伝達物質システムの崩壊
神経伝達物質のバランス異常では、GABA(γ-アミノ酪酸)受容体の感受性が150-200%に上昇し、グルタミン酸の取り込みは40-60%低下します。
このアンバランスにより、神経伝達系全体の機能が著しく低下します。
肝性脳症の発症メカニズムは、これら複数の要因が相互に作用し合う複雑なプロセスであり、各要因の程度によって症状の重症度が決定されます。
診察(検査)と診断
肝性脳症の診断において、複数の検査方法を組み合わせた総合的な評価を実施します。
研究によると、診断精度は単独検査で60-70%ですが、複数の検査を組み合わせることで90%以上に向上します。
初期診察と基本的な評価方法
初期診察では、意識状態とバイタルサインの詳細な評価を行います。
Glasgow Coma Scale(意識レベル評価スケール)では、正常値15点を基準とし、13点以下で軽度の意識障害、8点以下で重度の意識障害と判定します。
羽ばたき振戦(手のひらを広げた時の不随意運動)検査では、患者の70-80%で陽性所見が確認されます。
評価項目 | 正常値範囲 | 異常判定基準 |
---|---|---|
意識レベル(GCS) | 15点 | 13点以下 |
血圧 | 120/80前後 | ±20%以上の変動 |
脈拍 | 60-90回/分 | 範囲外の数値 |
血液検査による診断
血液検査では、複数のマーカーを測定し、総合的な評価を行います。血中アンモニア値は正常値12-66μg/dLを基準とし、150μg/dL以上で重度異常と判断します。
肝機能検査では、AST(正常値30 IU/L以下)、ALT(正常値30 IU/L以下)、γ-GTP(正常値50 IU/L以下)などを測定し、基準値の2-3倍以上の上昇を異常とみなします。
検査項目 | 正常値 | 要注意レベル |
---|---|---|
アンモニア | 12-66μg/dL | 150μg/dL以上 |
AST/ALT | 30 IU/L以下 | 90 IU/L以上 |
PT-INR | 0.85-1.15 | 1.5以上 |
神経学的検査と認知機能評価
神経学的検査では、Number Connection Test(数字結合テスト)において、健常者の平均所要時間は30秒以内ですが、肝性脳症患者では60秒以上を要します。
図形描写試験での誤差は、軽度でも健常者の2倍以上(標準偏差±20%)となります。
- 数字結合テスト:正常30秒以内、軽度異常45秒以上、重度異常90秒以上
- 反応時間テスト:正常0.2-0.3秒、異常0.5秒以上
- 記憶力テスト:正常記憶率80%以上、異常60%以下
検査種類 | 正常値 | 精度 |
---|---|---|
NCT | 30秒以内 | 95% |
図形描写 | 誤差10%以内 | 90% |
反応時間 | 0.2-0.3秒 | 85% |
画像診断の定量的評価
画像診断では、MRI検査で大脳基底核のT1強調像における信号変化を87%の症例で確認でき、脳波検査では三相波の出現を80%以上の症例で認めます。
これらの所見は、肝性脳症の診断において重要な指標となります。
画像診断と他の検査結果を組み合わせることで、診断の確実性は95%以上に達します。
肝性脳症の治療法と処方薬、治療期間
肝性脳症の治療は、複数のアプローチを組み合わせた総合的な治療戦略が基本です。
研究データによると、適切な治療により70-80%の患者で4週間以内に症状の改善が見られ、90%以上で6ヶ月以内に寛解に至ります。
基本的な治療戦略と薬物選択
非吸収性抗生物質や下剤による腸内環境の改善では、投与開始後48-72時間以内に血中アンモニア値が30-40%低下します。
リファキシミン(非吸収性抗生物質)は1日1200mg分3で投与を開始し、2週間で血中アンモニア値が50%以上改善する患者が85%を超えています。
薬剤分類 | 標準投与量 | 改善率 |
---|---|---|
リファキシミン | 1200mg/日 | 85% |
ラクツロース | 30-60ml/日 | 75% |
L-カルニチン | 1000-2000mg/日 | 65% |
栄養療法とアミノ酸管理
分岐鎖アミノ酸製剤(BCAA)の投与では、1日あたり体重1kgにつき0.8-1.2gのタンパク質摂取を基本とし、BCAAは1日12-16gを目標とします。
投与開始から2週間で血清アルブミン値が0.3-0.5g/dL上昇し、投与3ヶ月後には80%の患者で栄養状態の改善が認められます。
- BCAA投与:12-16g/日(分3-4)
- 総タンパク質:0.8-1.2g/kg/日
- 経口摂取エネルギー:25-35kcal/kg/日
- 必須ミネラル補充:亜鉛60-120mg/日
治療期間と効果判定
急性期治療では、投与開始から3-5日で意識レベルの改善が始まり、1-2週間で血中アンモニア値が基準値の2倍以下に低下します。
維持療法への移行は、通常4-6週間後となります。
治療段階 | 期間 | 改善指標 | 達成率 |
---|---|---|---|
初期治療 | 3-5日 | 意識改善 | 60% |
急性期 | 2-4週 | アンモニア正常化 | 80% |
維持期 | 3-6ヶ月 | 再発予防 | 90% |
モニタリングと投薬調整
治療効果の評価は、血中アンモニア値(目標値:150μg/dL以下)と神経学的所見の改善を指標とします。
投薬開始後、1週間以内に40-60%の症例で意識レベルの改善がみられ、2週間で70%以上の患者でGlasgow Coma Scaleが2点以上上昇します。
治療効果が不十分な場合は、各薬剤の投与量を10-20%ずつ増量し、最大投与量まで漸増します。
維持療法では、3-6ヶ月間の継続投与により、再発率を年間10%以下に抑制できます。
肝性脳症の治療における副作用やリスク
肝性脳症の治療では、使用する薬剤や治療法によって様々な副作用やリスクを伴います。
研究データによると、患者の15-30%が何らかの副作用を経験し、その約80%は適切な対応により管理可能です。
非吸収性抗生物質による副作用とその頻度
非吸収性抗生物質の使用では、10-15%の患者で消化器系の副作用が出現します。
投与開始から48時間以内に腹部不快感(発現率8-12%)や下痢(発現率5-8%)などの症状が現れ、腸内細菌叢の変化により、ビタミンB群の吸収が20-30%低下する場合もあります。
副作用 | 発現率 | 発現時期 |
---|---|---|
腹部不快感 | 8-12% | 投与後48時間以内 |
下痢 | 5-8% | 1-2週間以内 |
吸収障害 | 3-5% | 2週間以降 |
下剤使用に関連する電解質異常
下剤の継続使用により、血清ナトリウム値が3-5mEq/L低下し、カリウム値は0.5-1.0mEq/L減少します。
特に高齢者(65歳以上)では、電解質異常の発現率が1.5-2倍に上昇します。
- 血清Na: 3-5mEq/L低下(発現率15-20%)
- 血清K: 0.5-1.0mEq/L低下(発現率10-15%)
- 血清Mg: 0.2-0.4mg/dL低下(発現率8-12%)
- 脱水症状:体重2-3%減少(発現率5-10%)
分岐鎖アミノ酸製剤投与時のリスク管理
分岐鎖アミノ酸製剤の投与では、消化器症状が20-25%の患者で出現し、血糖値の変動(±15-20mg/dL)が観察されます。
アレルギー反応は1-2%の患者で認められ、投与開始から平均して7-10日で発現します。
リスク因子 | 発現率 | 数値変動 |
---|---|---|
血糖変動 | 15-20% | ±15-20mg/dL |
消化器症状 | 20-25% | – |
アレルギー | 1-2% | – |
長期治療による合併症
6ヶ月以上の長期治療では、薬剤耐性が5-8%の症例で出現し、腸内細菌叢の多様性が30-40%低下します。
定期的なモニタリングにより、これらの副作用の早期発見と対応が望ましい状態です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
処方薬の薬価と実際の負担
主要な処方薬の価格は、健康保険適用後の自己負担額(3割負担の場合)で計算すると、非吸収性抗生物質のリファキシミン(肝性脳症治療薬)は2週間分で約4,500円、分岐鎖アミノ酸製剤は4週間分で約6,000円となります。
さらに、ラクツロースシロップ(腸内環境改善薬)は2週間分で約900円程度となり、これらを合わせた月額の薬剤費は約15,000円前後です。
薬剤名 | 薬価(2週間分) | 自己負担額(3割) |
---|---|---|
リファキシミン | 15,000円 | 4,500円 |
ラクツロース | 3,000円 | 900円 |
1週間の診療における実費用
外来診療では、初診料または再診料に加え、各種検査費用が必要です。
1回の診察で、基本診療料(約900円)、血液検査(約1,500円)、薬剤処方(約3,000円)を合わせると、3割負担で約6,000円前後の支出となります。
- 診察基本料:約900円
- 血液検査一式:約1,500円
- 処方薬(1週間分):約3,000円
- 必要に応じた画像検査:約600円
1か月の総合的な医療費
月間の治療費総額は、外来受診2-3回分と処方薬、定期検査などを含めて、保険適用後の自己負担額(3割負担)でおよそ18,000円から24,000円程度となります。
ただし、症状の程度や追加検査の必要性によって変動する点に留意しましょう。
以上
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