特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群) – 消化器の疾患

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)(Spontaneous/Idiopathic esophageal rupture, Boerhaave syndrome)とは、食道に突然亀裂が入る珍しい病気です。

明確な原因がなく急に発症するため、「特発性」という名前がついています。

多くのケースでは、激しい嘔吐や咳が引き金となって発症します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の種類(病型)

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)は、食道の解剖学的位置や破裂の程度、形態、合併症の有無によって分類できます。

解剖学的分類

特発性食道破裂の主な発生部位は下部食道左側壁ですが、まれに他の部位でも発生することがあります。

発生部位頻度
下部食道80%
中部食道15%
上部食道5%

破裂の程度による分類

  • 完全破裂:食道壁全層の破裂し、縦隔や胸腔と交通している状態
  • 不全破裂:粘膜下層までの破裂で、食道外腔との交通がない状態
  • 微小穿孔:粘膜のみの小さな破裂で、食道造影でも検出が難しい状態

破裂の形態による分類

破裂形態特徴
線状破裂食道の長軸方向に沿った直線的な破裂
星芒状破裂中心から放射状に広がる不規則な破裂
裂創状破裂不規則な形状で、組織の損傷が大きい破裂

合併症の有無による分類

  1. 単純型:合併症を伴わない特発性食道破裂
  2. 複雑型:縦隔炎や胸膜炎などの合併症を伴う特発性食道破裂
合併症特徴
縦隔炎胸部の痛みや発熱、呼吸困難を伴う
胸膜炎胸痛や咳、呼吸時の痛みが生じる
敗血症全身性の炎症反応と臓器障害を引き起こす
膿胸胸腔内に膿が貯留し、発熱や胸痛を伴う

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の主な症状

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の症状は、急激な胸痛や背中の痛み、吐き気、息苦しさなどが代表的です。

急に現れる症状

特発性食道破裂の最初の症状は、多くの場合突然始まります。ひどい胸の痛みや背中の痛みが現れ、息をするときや体を動かすときに症状が強くなります。

痛みの原因は、食道の壁が裂けることで起こる炎症反応や、縦隔に空気や消化液が漏れ出すことです。

消化器の症状

症状特徴
吐き気・嘔吐血が混じることがある
飲み込みにくさ食道が傷ついているため
お腹の痛み上腹部に多い

吐き気や嘔吐はよく見られる症状の一つで、胸や背中の痛みの直前、もしくは直後に吐き気を感じたり、実際に吐いたりします。

吐いたものに血が混じっていることもあり、これは食道の内側が傷ついているサインとなります。

呼吸に関する症状

息苦しさや息切れの症状は、病気が進むにつれて悪化していきます。

息苦しさの原因

  • 縦隔(胸の真ん中の空間)に空気がたまって肺を圧迫する
  • 胸に水がたまって肺を圧迫する
  • 痛みのために深く息ができない

体全体に現れる症状

症状なぜ起こるか
熱が出る胸の真ん中に炎症が起きるため
脈が速くなる体に負担がかかっている状態を反映
冷や汗が出る自律神経の反応
唇や爪が紫色になる血液中の酸素が少なくなった結果

唇や爪が紫色になるのは、体の中の酸素が足りなくなっている危険なサインです。

全身症状は、病気の重症度を判断する上での重要な目安となります。

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の原因

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の主な原因は、食道内圧が急激に上昇することです。

食道内圧上昇のメカニズム

食道内圧力の急激な上昇は、激しい嘔吐や強い咳などによって起こることが多いです。

食道内の圧力が上昇すると食道の壁に強い力がかかり、最終的に破裂してしまうことがあります。

原因発生の仕組み
嘔吐胃の中身が逆流することで圧力が上がる
胸の中の圧力が急に変わる

お酒を飲み過ぎた後に激しく吐き続け、突然胸が痛くなり、特発性食道破裂と診断されるような例は、アルコールの取り過ぎが間接的に食道の破裂を引き起こした典型的なケースだと言えるでしょう。

きっかけとなる要素

  • 食べ過ぎ
  • お酒の飲み過ぎ
  • 食道裂孔ヘルニア(食道と胃の境目のヘルニア)
  • 妊娠中であること
  • 長期間の便秘

個人差と体質

生まれつき食道が弱い方や、過去に食道の病気にかかったことがある方は、食道が破れるリスクが高くなります。

体質や履歴危険性
生まれつき食道の壁が弱い高い
食道の病気にかかったことがある中程度から高い

診察(検査)と診断

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の診察では、胸部X線、CT、食道造影といった検査を行います。

皮下気腫や縦隔気腫などの画像所見と、食道造影での造影剤の漏出を確認することで診断に至ります。

臨床診断のための検査

検査項目目的
胸部X線縦隔気腫や胸水の有無を確認
血液検査炎症マーカーの評価と全身状態の把握
心電図心疾患との鑑別や合併症の評価
動脈血ガス分析呼吸状態と代謝状態の評価

確定診断のための画像検査

  • 造影CT検査:食道周囲の状態を調べます。
  • 食道造影検査:造影剤の漏出を確認します。
  • 上部消化管内視鏡検査:食道内部の状態を観察していきます。

造影CT検査では食道周囲の気腫や縦隔の液体貯留を調べ、病変の範囲や周囲組織への影響を把握していきます。

食道造影検査では破裂部位の特定や漏出の程度を評価し、治療方針の決定に役立てていきます。

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療法と処方薬、治療期間

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療は、外科的介入、抗生物質投与、栄養管理を三本柱とします。治療期間は4〜6週間程度が目安です。

治療の基本方針

特発性食道破裂の治療では、早期に診断をつけて素早く治療を始めることが非常に大切です。

診断がついてから24時間以内に適切な治療を開始できれば、他の病気が併発するリスクを大きく減らし、治療後の経過を良くすることができます。

外科的治療

外科的治療では、食道の裂けた部分を修復します。

裂け目が小さい場合は内視鏡(細い管の先にカメラがついた医療機器)を使い、裂け目が大きかったり、全身状態が不良な患者さんでは、開胸手術による直接縫合が必要となる場合もあります。

治療法どんな時に使うか
内視鏡的クリッピング小さな破裂
食道ステント留置中程度の破裂
開胸手術による直接縫合裂け目が大きい時、全身状態不良の場合

保存的治療

食道の裂け目が軽度であったり、手術リスクが高い患者さんの場合は、手術をしない治療方法を選ぶこともあります。

この場合、絶飲食、経静脈栄養、抗生物質投与を中心に治療を進めます。

胸腔ドレナージを併用し、食道外への漏出物を効果的に排出することで、感染制御と治癒促進を図ります。

抗生物質を使った治療

検査で患者さんの体にどんな細菌がいるかわかったら、それに合わせて抗生物質を調整することで、より効果的な治療ができるようにします。

抗生物質の種類主にどんな細菌に効くか
カルバペネム系広域スペクトラム
セファロスポリン系グラム陽性菌、一部のグラム陰性菌に効く
メトロニダゾール嫌気性菌

栄養管理

最初は点滴で栄養を取り、体の調子が安定してきたら、鼻から胃に管を入れて栄養を取る方法に切り替えます。

食道を休ませるため、普通に口から食べられるようになるまでは、通常2〜4週間ほどかかります。

治療にかかる期間

治療期間は患者さんの状態によって違いますが、多くの場合4〜6週間程度です。

  • 経静脈栄養(初期段階)
  • 経腸栄養(状態安定後)
  • 経口摂取再開(2〜4週間後)
  • リハビリテーション(全身状態改善後)

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療における副作用やリスク

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療には、手術や保存的治療に関連する合併症のリスクが伴います。

感染症リスク

特発性食道破裂の治療で注意すべき合併症は感染症で、食道の内容物が縦隔(肺の間にある空間)や胸腔(肺を取り囲む空間)に漏れ出すことで起こる危険性があります。

感染を起こすと、敗血症(全身性の重篤な感染症)や多臓器不全へと進行する恐れもあります。

抗生物質の投与や、必要に応じて外科的なドレナージ(体内に溜まった液体や膿を排出する処置)を行うことで、感染のリスクを減らすことができます。

しかし、中には感染のコントロールが難しくなるケースも存在します。

感染部位主な起因菌
縦隔嫌気性菌(酸素のない環境で増殖する菌)
胸腔グラム陰性桿菌(特定の染色法で赤く染まる棒状の菌)

手術関連リスク

  • 全身麻酔のリスク
  • 出血
  • 周囲の臓器を傷つけてしまう可能性など

また、手術後の合併症として、縫合不全(縫い合わせた部分がうまくくっつかない状態)や瘻孔形成(本来つながっていない臓器や組織の間に不自然な通り道ができてしまう状態)のリスクもあります。

手術関連リスク発生頻度
縫合不全5-10%
瘻孔形成3-8%

長期的な合併症

  • 食道狭窄(食道が狭くなること)
  • 胃食道逆流症(GERD)

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

特発性食道破裂(ブールハーフェ症候群)の治療費は、入院期間や手術の必要性に応じて費用が増加します。

入院費用の内訳

項目概算費用
入院基本料1日あたり5,000円〜10,000円
食事療養費1日あたり460円〜780円
病衣貸与料1日あたり100円〜300円

手術費用の目安

  • 胸腔鏡下食道縫合術 約50万円〜100万円
  • 開胸手術 約80万円〜150万円
  • 緊急手術加算 基本手術料の50%増し

その他の医療費

検査・処置概算費用
CT検査1回あたり1万円〜3万円
内視鏡検査1回あたり1万円〜2万円
抗生剤投与1日あたり5,000円〜1万円

以上

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