腸間膜静脈血栓症 – 消化器の疾患

腸間膜静脈血栓症(Mesenteric Venous Thrombosis)とは、腸を支える腸間膜の静脈内に血栓が形成され、血液の流れが阻害される病気です。

腸の組織に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなり、腹痛、吐き気、嘔吐などの消化器に関連する症状が現れます。

初期段階では一般的な症状と区別がつきにくいため、診断に時間がかかることがあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腸間膜静脈血栓症の種類(病型)

腸間膜静脈血栓症は、急性型、亜急性型、慢性型の3つの病型に分類されます。

病型特徴
急性型突発的な発症、急速な進行
亜急性型緩やかな進行、症状が不明瞭
慢性型緩やかな進行、長期的な影響

急性型腸間膜静脈血栓症

急性型腸間膜静脈血栓症は最も緊急性が高く、迅速な対応が必要です。

急性型では、腸間膜静脈内に急速に血栓が形成され、腸管への血流が突然遮断されます。

その結果、腸管壁の虚血や壊死が急速に進行し、状態が急激に悪化するため、早期診断と迅速な治療介入が予後を大きく左右します。

亜急性型腸間膜静脈血栓症

亜急性型は、急性型と慢性型の中間に位置する病型であり、症状の進行が比較的緩やかであることが特徴です。

そのらめ診断が遅れがちですが、早期に治療を開始できれば腸管の不可逆的な損傷を防げる可能性があります。

慢性型腸間膜静脈血栓症

慢性型は長期間にわたって徐々に進行するタイプを指します。

腸間膜静脈の血流障害が緩やかに進行するため、側副血行路(本来の血管が詰まった際に血液の迂回路として機能する血管)の発達により症状が軽減されることがあります。

しかし、長期的には腸管の機能障害や栄養障害を引き起こす可能性があるため、定期的な経過観察が重要となります。

病型による治療方法の違い

急性型では、迅速な画像診断(CT検査やMRI検査など)と緊急手術が必要となる一方、慢性型では保存的治療(薬物療法や経過観察など)が選択されることが多くなります。

亜急性型は、症状の進行速度や重症度に応じて、急性型または慢性型に準じて対応していきます。

病型主な治療方法治療の緊急性
急性型緊急手術、抗凝固療法非常に高い
亜急性型症状に応じた対応中程度
慢性型保存的治療、経過観察比較的低い

病型別の合併症リスク

急性型では、腸管壊死や腹膜炎などの重篤な合併症のリスクが高くなります。また、術後の感染症予防にも注意が必要です。

亜急性型と慢性型では、長期的な栄養障害や腸管狭窄などのリスクがあります。

合併症リスクの高い病型
腸管壊死急性型
栄養障害慢性型
腸管狭窄亜急性型・慢性型

腸間膜静脈血栓症の主な症状

腸間膜静脈血栓症の症状は、急性または慢性の腹痛、吐き気、嘔吐、下痢、便秘などが挙げられ、重症度によって様々な形で現れます。

腹痛の特徴

腸間膜静脈血栓症では、腹部全体または中央部に集中して腹痛が現れます。食事との関連性が低く、鎮痛剤を使用しても効果が乏しいことが特徴です。

消化器症状

症状特徴
吐き気・嘔吐持続的で食事摂取が困難になる
下痢水様性で頻回に生じる
便秘腸管運動の低下によって引き起こされる

消化器症状は、腸管の血流障害による機能不全が原因となり起こります。

※個々により症状の組み合わせや程度が異なります。

全身症状

  • 発熱
  • 倦怠感(だるさ)
  • 食欲不振
  • 体重減少

高齢者や基礎疾患を持つ方は、全身状態の悪化が急速に進行する傾向があるため、早期発見と迅速な対応が重要となります。

進行時の症状

進行性症状説明
腹部膨満腸管壁の浮腫(むくみ)により起こる
腹水貯留血管透過性亢進の結果として生じる
血便腸管壁の虚血性変化(血流不足による変化)によって起こる
ショック症状循環不全の進行によるもの

このような症状が現れた場合、腸管壁の虚血や壊死が進行していることを示しています。

早期治療を開始できなければ、腸管穿孔(腸に穴が開く状態)や敗血症など、命にかかわる合併症に発展する可能性があります。

その他の症状

慢性的に進行する腸間膜静脈血栓症では、以下のような軽微な症状が見られる場合もあります。

非典型症状特徴
軽度の腹部不快感持続的だが軽微な症状
間欠的な腹痛食後に増悪する傾向がある
慢性的な下痢原因不明の持続性がある
微熱長期間続く微熱がみられる

腸間膜静脈血栓症の原因

腸間膜静脈血栓症の原因は、血液凝固異常や循環器疾患、炎症性腸疾患、悪性腫瘍、外傷、手術後の合併症など多岐にわたります。

血液凝固異常による発症

血液凝固系のバランスが崩れると、血栓形成のリスクが著しく高まり、腸間膜静脈内に血栓が生じやすくなります。

先天性の血栓性素因や後天性の凝固異常が関与することが多く、このような要因が単独または複合的に作用して発症に至ります。

先天性血栓性素因後天性凝固異常
プロテインC欠損症抗リン脂質抗体症候群
プロテインS欠損症悪性腫瘍
アンチトロンビン欠損症妊娠・出産
第V因子ライデン変異経口避妊薬の使用

循環器疾患

心房細動や心不全などの心疾患は、血流のうっ滞を引き起こし、血栓形成のリスクが上がる病気です。

また、動脈硬化や高血圧も、血管壁の損傷を通じて血栓形成に寄与することがあります。

炎症性腸疾患

クローン病や潰瘍性大腸炎などの慢性炎症性腸疾患では、腸管の持続的な炎症が血管壁に波及し、血栓形成を促進する可能性が高いことが分かっています。

炎症性腸疾患血栓形成リスク特徴
クローン病高い全層性炎症、狭窄、瘻孔形成
潰瘍性大腸炎中程度粘膜限局性炎症、びらん、潰瘍
腸結核低い肉芽腫性炎症、潰瘍形成
ベーチェット病中程度多発性潰瘍、血管炎

悪性腫瘍

悪性腫瘍も腸間膜静脈血栓症の原因となることがあり、特に消化器系の悪性腫瘍との関連が指摘されています。

また、悪性腫瘍に伴う凝固亢進状態(トルソー症候群)も血栓形成のリスクを著しく高めることが知られており、注意が必要です。

悪性腫瘍の種類血栓形成リスク主な機序
膵臓がん非常に高い直接浸潤、凝固亢進
大腸がん高い炎症、凝固亢進
胃がん中程度凝固亢進
肝臓がん高い門脈圧亢進、凝固異常

外傷・手術後に発生する腸間膜静脈血栓症

腹部外傷や腹部手術後には、血管の損傷や炎症反応により血栓形成のリスクが上昇します。

特に、腹腔鏡下手術後に発症するケースが報告されており、術後の慎重な経過観察が求められます。

その他の原因

要因リスク
経口避妊薬中程度
長期臥床高い
脱水中程度
腹腔内感染症高い

診察(検査)と診断

腸間膜静脈血栓症の診断では、腹部造影CTが診断の確定に有用であり、血管造影や試験開腹が最も感度が高いです。

ただ、腸間膜静脈血栓症は他の病気でも見られる症状が多く、早期診断が難しい病気とされています。

血液検査

血液検査では、以下の項目を特に確認します。

検査項目正常値腸間膜静脈血栓症の特徴
白血球数3500-9000/μL上昇
CRP0.3mg/dL以下上昇
D-ダイマー1.0μg/mL未満上昇
PT-INR0.85-1.15正常または軽度上昇

画像診断

腸間膜静脈血栓症と確定するにあたり、現在は造影CT検査が最も有効な診断方法となります。

造影CTでは、腸間膜静脈内の血栓や腸管壁の肥厚、腸管の拡張などの所見を確認していきます。

MRI検査も補助的な役割を果たし、特にMRアンギオグラフィー(磁気共鳴血管造影法)は血管の詳細な評価に有用です。

この検査は造影剤を使用せずに血管の状態を可視化できるため、腎機能障害のある患者さんにも実施できます。

超音波検査はベッドサイドで迅速に行える利点がありますが、腸管ガスの影響で評価が難しい場合があります。

画像検査特徴診断的価値所要時間
造影CT血栓の直接確認が可能高い15-30分
MRI軟部組織の詳細な評価が可能中程度30-60分
超音波ベッドサイドで迅速に実施可能低い10-20分
血管造影血流動態の詳細な評価が可能高い60-90分

鑑別診断

腸間膜静脈血栓症の症状は他の腹部疾患と似ているため、鑑別診断を行うことが診断の精度を高める上で大切になります。

鑑別すべき疾患主な特徴鑑別のポイント
急性虫垂炎右下腹部痛、発熱痛みの部位が限局的
急性胆嚢炎右上腹部痛、Murphy徴候超音波での胆嚢壁肥厚
急性膵炎上腹部痛、背部への放散痛血清アミラーゼ上昇
腸閉塞腹部膨満、嘔吐腹部X線での鏡面像
大動脈解離突然の激しい胸背部痛CT上の大動脈の解離腔

腸間膜静脈血栓症の治療法と処方薬、治療期間

腸間膜静脈血栓症の治療は、血液を固まりにくくする抗凝固療法を主軸とし、状態に応じて外科手術や血栓を溶かす治療を行います。

通常3〜6ヶ月の治療期間となりますが、個々の症例によって異なります。

抗凝固療法による血栓進行

抗凝固療法は血の塊(血栓)の拡大を防ぎ、新たな血栓形成を抑える効果があります。

治療初期には、ヘパリンや低分子量ヘパリンという注射薬を使用し、その後ワルファリンなどの飲み薬に切り替えるのが一般的な方法です。

治療開始時は、入院して医療スタッフの管理下で注射による抗凝固薬の投与を行います。

抗凝固薬の種類投与方法特徴
ヘパリン静脈に注射即効性がある
低分子量ヘパリン皮下に注射出血リスクが低い
ワルファリン内服長期使用に適している

重症例に対する血栓溶解療法

症状が重い患者さんや発症から間もない急性期の方には、血栓溶解療法を検討します。

この治療法は、細い管(カテーテル)を用いて直接血栓に薬を送り込み、血の塊を溶かす方法です。

血栓溶解療法に使用する薬には、ウロキナーゼやt-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)などがあります。

これらの薬は強力に血栓を溶かす作用がありますが、同時に出血のリスクも高めるため、厳重な管理下でのみ使用します。

合併症発生時の外科的介入

腸管の壊死や穴があく(穿孔)などの深刻な合併症が疑われる際には、外科的治療が選択肢となります。

外科的治療では、お腹に小さな穴を開けて行う腹腔鏡手術や、おなかを大きく切開する開腹手術により、壊死した腸管の切除や血栓の除去を行います。

治療期間

腸間膜静脈血栓症の治療期間は通常3〜6ヶ月程度ですが、状態や血栓が再び形成されるリスクに応じて、長期の治療が必要となる場合もあります。

治療中は定期的に血液検査や画像検査を実施し、血栓の状態や治療の効果を評価します。

検査項目目的頻度
D-ダイマー血栓の活動性評価1-2週間ごと
PT-INR抗凝固療法の効果確認1-2週間ごと
CT検査血栓の状態確認1-3ヶ月ごと
超音波検査腸管の血流評価必要に応じて

経過観察中の注意点

  • おなかの痛みや熱などの症状再発がないか
  • 抗凝固薬による出血しやすい状態(出血傾向)が生じていないか
  • 食事の摂取状況と栄養状態に変化がないか
  • 腸の働き(腸管機能)がどの程度回復しているか

栄養管理

急性期には腸を休ませる必要があるため、点滴による栄養補給(経静脈栄養)や鼻から腸に管を入れて栄養を送る方法(経腸栄養)を行うことがあります。

症状が落ち着き、口から食事が取れるようになった後も、消化しやすい食事から徐々に通常の食事に移行していくことが大切です。

病気の段階栄養管理方法特徴
急性期経静脈栄養腸を完全に休ませる
回復期初期経腸栄養腸の機能を徐々に回復させる
回復期後期経口摂取通常の食事に戻していく
維持期バランスの良い食事再発予防に努める

腸間膜静脈血栓症の治療における副作用やリスク

腸間膜静脈血栓症の治療における抗凝固療法や手術には、出血や感染症などの副作用やリスクが伴います。

抗凝固療法の副作用

抗凝固療法は出血のリスクが高まるため、投与量や投与期間の調整が必要です。

主な抗凝固薬と副作用

抗凝固薬主な副作用
ワルファリン出血、皮膚壊死
ヘパリン出血、血小板減少症
直接経口抗凝固薬出血、消化器症状

手術療法のリスク

重症例や薬物療法が効果を示さない場合の手術には、以下のようなリスクが伴います。

  • 麻酔に関連する合併症
  • 術後感染
  • 腸管の損傷
  • 再血栓形成

治療後の合併症

治療後は合併症が生じる可能性があるため、長期的な経過観察が必要となります。

合併症説明
短腸症候群広範囲の腸切除後に発症
慢性腹痛腸管の癒着や虚血による
栄養吸収障害腸管機能の低下による

長期的な影響

腸間膜静脈血栓症の治療後も、慢性的な腹痛や消化器症状などの長期的な影響が残ることがあります。

長期的影響対応策
慢性腹痛疼痛管理、生活指導
消化器症状食事療法、薬物療法
再発リスク定期検査、抗凝固療法の継続

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

腸間膜静脈血栓症では入院期間が長くなる傾向があり、数十万円から数百万円と高額な医療費がかかる可能性があります。

診断に関する費用の目安

腸間膜静脈血栓症では、血液検査、造影CT検査、MRI検査などが主な診断方法です。

検査項目自己負担額(3割負担の場合)
血液検査1,500円〜3,000円
造影CT検査10,000円〜15,000円
MRI検査15,000円〜20,000円

入院費用・手術費用

腸間膜静脈血栓症の治療には、通常2週間から1ヶ月程度の入院が必要です。入院費用は、病室のタイプや入院日数によって変動します。

症状が重度の場合は緊急手術が必要となり、手術費用は術式や手術時間によって大きく異なりますが、一般的に高額になります。

治療内容概算費用(3割負担の場合)
入院費用(1日あたり)5,000円〜10,000円
抗凝固薬(1ヶ月分)10,000円〜20,000円
緊急手術300,000円〜500,000円

以上

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