腸間膜静脈血栓症(Mesenteric Venous Thrombosis)とは、腸を支える腸間膜の静脈内に血栓が形成され、血液の流れが阻害される病気です。
腸の組織に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなり、腹痛、吐き気、嘔吐などの消化器に関連する症状が現れます。
初期段階では一般的な症状と区別がつきにくいため、診断に時間がかかることがあります。
腸間膜静脈血栓症の種類(病型)
腸間膜静脈血栓症は、急性型、亜急性型、慢性型の3つの病型に分類されます。
病型 | 特徴 |
急性型 | 突発的な発症、急速な進行 |
亜急性型 | 緩やかな進行、症状が不明瞭 |
慢性型 | 緩やかな進行、長期的な影響 |
急性型腸間膜静脈血栓症
急性型腸間膜静脈血栓症は最も緊急性が高く、迅速な対応が必要です。
急性型では、腸間膜静脈内に急速に血栓が形成され、腸管への血流が突然遮断されます。
その結果、腸管壁の虚血や壊死が急速に進行し、状態が急激に悪化するため、早期診断と迅速な治療介入が予後を大きく左右します。
亜急性型腸間膜静脈血栓症
亜急性型は、急性型と慢性型の中間に位置する病型であり、症状の進行が比較的緩やかであることが特徴です。
そのらめ診断が遅れがちですが、早期に治療を開始できれば腸管の不可逆的な損傷を防げる可能性があります。
慢性型腸間膜静脈血栓症
慢性型は長期間にわたって徐々に進行するタイプを指します。
腸間膜静脈の血流障害が緩やかに進行するため、側副血行路(本来の血管が詰まった際に血液の迂回路として機能する血管)の発達により症状が軽減されることがあります。
しかし、長期的には腸管の機能障害や栄養障害を引き起こす可能性があるため、定期的な経過観察が重要となります。
病型による治療方法の違い
急性型では、迅速な画像診断(CT検査やMRI検査など)と緊急手術が必要となる一方、慢性型では保存的治療(薬物療法や経過観察など)が選択されることが多くなります。
亜急性型は、症状の進行速度や重症度に応じて、急性型または慢性型に準じて対応していきます。
病型 | 主な治療方法 | 治療の緊急性 |
急性型 | 緊急手術、抗凝固療法 | 非常に高い |
亜急性型 | 症状に応じた対応 | 中程度 |
慢性型 | 保存的治療、経過観察 | 比較的低い |
病型別の合併症リスク
急性型では、腸管壊死や腹膜炎などの重篤な合併症のリスクが高くなります。また、術後の感染症予防にも注意が必要です。
亜急性型と慢性型では、長期的な栄養障害や腸管狭窄などのリスクがあります。
合併症 | リスクの高い病型 |
腸管壊死 | 急性型 |
栄養障害 | 慢性型 |
腸管狭窄 | 亜急性型・慢性型 |
腸間膜静脈血栓症の主な症状
腸間膜静脈血栓症の症状は、急性または慢性の腹痛、吐き気、嘔吐、下痢、便秘などが挙げられ、重症度によって様々な形で現れます。
腹痛の特徴
腸間膜静脈血栓症では、腹部全体または中央部に集中して腹痛が現れます。食事との関連性が低く、鎮痛剤を使用しても効果が乏しいことが特徴です。
消化器症状
症状 | 特徴 |
吐き気・嘔吐 | 持続的で食事摂取が困難になる |
下痢 | 水様性で頻回に生じる |
便秘 | 腸管運動の低下によって引き起こされる |
消化器症状は、腸管の血流障害による機能不全が原因となり起こります。
※個々により症状の組み合わせや程度が異なります。
全身症状
- 発熱
- 倦怠感(だるさ)
- 食欲不振
- 体重減少
高齢者や基礎疾患を持つ方は、全身状態の悪化が急速に進行する傾向があるため、早期発見と迅速な対応が重要となります。
進行時の症状
進行性症状 | 説明 |
腹部膨満 | 腸管壁の浮腫(むくみ)により起こる |
腹水貯留 | 血管透過性亢進の結果として生じる |
血便 | 腸管壁の虚血性変化(血流不足による変化)によって起こる |
ショック症状 | 循環不全の進行によるもの |
このような症状が現れた場合、腸管壁の虚血や壊死が進行していることを示しています。
早期治療を開始できなければ、腸管穿孔(腸に穴が開く状態)や敗血症など、命にかかわる合併症に発展する可能性があります。
その他の症状
慢性的に進行する腸間膜静脈血栓症では、以下のような軽微な症状が見られる場合もあります。
非典型症状 | 特徴 |
軽度の腹部不快感 | 持続的だが軽微な症状 |
間欠的な腹痛 | 食後に増悪する傾向がある |
慢性的な下痢 | 原因不明の持続性がある |
微熱 | 長期間続く微熱がみられる |
腸間膜静脈血栓症の原因
腸間膜静脈血栓症の原因は、血液凝固異常や循環器疾患、炎症性腸疾患、悪性腫瘍、外傷、手術後の合併症など多岐にわたります。
血液凝固異常による発症
血液凝固系のバランスが崩れると、血栓形成のリスクが著しく高まり、腸間膜静脈内に血栓が生じやすくなります。
先天性の血栓性素因や後天性の凝固異常が関与することが多く、このような要因が単独または複合的に作用して発症に至ります。
先天性血栓性素因 | 後天性凝固異常 |
プロテインC欠損症 | 抗リン脂質抗体症候群 |
プロテインS欠損症 | 悪性腫瘍 |
アンチトロンビン欠損症 | 妊娠・出産 |
第V因子ライデン変異 | 経口避妊薬の使用 |
循環器疾患
心房細動や心不全などの心疾患は、血流のうっ滞を引き起こし、血栓形成のリスクが上がる病気です。
また、動脈硬化や高血圧も、血管壁の損傷を通じて血栓形成に寄与することがあります。
炎症性腸疾患
クローン病や潰瘍性大腸炎などの慢性炎症性腸疾患では、腸管の持続的な炎症が血管壁に波及し、血栓形成を促進する可能性が高いことが分かっています。
炎症性腸疾患 | 血栓形成リスク | 特徴 |
クローン病 | 高い | 全層性炎症、狭窄、瘻孔形成 |
潰瘍性大腸炎 | 中程度 | 粘膜限局性炎症、びらん、潰瘍 |
腸結核 | 低い | 肉芽腫性炎症、潰瘍形成 |
ベーチェット病 | 中程度 | 多発性潰瘍、血管炎 |
悪性腫瘍
悪性腫瘍も腸間膜静脈血栓症の原因となることがあり、特に消化器系の悪性腫瘍との関連が指摘されています。
また、悪性腫瘍に伴う凝固亢進状態(トルソー症候群)も血栓形成のリスクを著しく高めることが知られており、注意が必要です。
悪性腫瘍の種類 | 血栓形成リスク | 主な機序 |
膵臓がん | 非常に高い | 直接浸潤、凝固亢進 |
大腸がん | 高い | 炎症、凝固亢進 |
胃がん | 中程度 | 凝固亢進 |
肝臓がん | 高い | 門脈圧亢進、凝固異常 |
外傷・手術後に発生する腸間膜静脈血栓症
腹部外傷や腹部手術後には、血管の損傷や炎症反応により血栓形成のリスクが上昇します。
特に、腹腔鏡下手術後に発症するケースが報告されており、術後の慎重な経過観察が求められます。
その他の原因
要因 | リスク |
経口避妊薬 | 中程度 |
長期臥床 | 高い |
脱水 | 中程度 |
腹腔内感染症 | 高い |
診察(検査)と診断
腸間膜静脈血栓症の診断では、腹部造影CTが診断の確定に有用であり、血管造影や試験開腹が最も感度が高いです。
ただ、腸間膜静脈血栓症は他の病気でも見られる症状が多く、早期診断が難しい病気とされています。
血液検査
血液検査では、以下の項目を特に確認します。
検査項目 | 正常値 | 腸間膜静脈血栓症の特徴 |
白血球数 | 3500-9000/μL | 上昇 |
CRP | 0.3mg/dL以下 | 上昇 |
D-ダイマー | 1.0μg/mL未満 | 上昇 |
PT-INR | 0.85-1.15 | 正常または軽度上昇 |
画像診断
腸間膜静脈血栓症と確定するにあたり、現在は造影CT検査が最も有効な診断方法となります。
造影CTでは、腸間膜静脈内の血栓や腸管壁の肥厚、腸管の拡張などの所見を確認していきます。
MRI検査も補助的な役割を果たし、特にMRアンギオグラフィー(磁気共鳴血管造影法)は血管の詳細な評価に有用です。
この検査は造影剤を使用せずに血管の状態を可視化できるため、腎機能障害のある患者さんにも実施できます。
超音波検査はベッドサイドで迅速に行える利点がありますが、腸管ガスの影響で評価が難しい場合があります。
画像検査 | 特徴 | 診断的価値 | 所要時間 |
造影CT | 血栓の直接確認が可能 | 高い | 15-30分 |
MRI | 軟部組織の詳細な評価が可能 | 中程度 | 30-60分 |
超音波 | ベッドサイドで迅速に実施可能 | 低い | 10-20分 |
血管造影 | 血流動態の詳細な評価が可能 | 高い | 60-90分 |
鑑別診断
腸間膜静脈血栓症の症状は他の腹部疾患と似ているため、鑑別診断を行うことが診断の精度を高める上で大切になります。
鑑別すべき疾患 | 主な特徴 | 鑑別のポイント |
急性虫垂炎 | 右下腹部痛、発熱 | 痛みの部位が限局的 |
急性胆嚢炎 | 右上腹部痛、Murphy徴候 | 超音波での胆嚢壁肥厚 |
急性膵炎 | 上腹部痛、背部への放散痛 | 血清アミラーゼ上昇 |
腸閉塞 | 腹部膨満、嘔吐 | 腹部X線での鏡面像 |
大動脈解離 | 突然の激しい胸背部痛 | CT上の大動脈の解離腔 |
腸間膜静脈血栓症の治療法と処方薬、治療期間
腸間膜静脈血栓症の治療は、血液を固まりにくくする抗凝固療法を主軸とし、状態に応じて外科手術や血栓を溶かす治療を行います。
通常3〜6ヶ月の治療期間となりますが、個々の症例によって異なります。
抗凝固療法による血栓進行
抗凝固療法は血の塊(血栓)の拡大を防ぎ、新たな血栓形成を抑える効果があります。
治療初期には、ヘパリンや低分子量ヘパリンという注射薬を使用し、その後ワルファリンなどの飲み薬に切り替えるのが一般的な方法です。
治療開始時は、入院して医療スタッフの管理下で注射による抗凝固薬の投与を行います。
抗凝固薬の種類 | 投与方法 | 特徴 |
ヘパリン | 静脈に注射 | 即効性がある |
低分子量ヘパリン | 皮下に注射 | 出血リスクが低い |
ワルファリン | 内服 | 長期使用に適している |
重症例に対する血栓溶解療法
症状が重い患者さんや発症から間もない急性期の方には、血栓溶解療法を検討します。
この治療法は、細い管(カテーテル)を用いて直接血栓に薬を送り込み、血の塊を溶かす方法です。
血栓溶解療法に使用する薬には、ウロキナーゼやt-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)などがあります。
これらの薬は強力に血栓を溶かす作用がありますが、同時に出血のリスクも高めるため、厳重な管理下でのみ使用します。
合併症発生時の外科的介入
腸管の壊死や穴があく(穿孔)などの深刻な合併症が疑われる際には、外科的治療が選択肢となります。
外科的治療では、お腹に小さな穴を開けて行う腹腔鏡手術や、おなかを大きく切開する開腹手術により、壊死した腸管の切除や血栓の除去を行います。
治療期間
腸間膜静脈血栓症の治療期間は通常3〜6ヶ月程度ですが、状態や血栓が再び形成されるリスクに応じて、長期の治療が必要となる場合もあります。
治療中は定期的に血液検査や画像検査を実施し、血栓の状態や治療の効果を評価します。
検査項目 | 目的 | 頻度 |
D-ダイマー | 血栓の活動性評価 | 1-2週間ごと |
PT-INR | 抗凝固療法の効果確認 | 1-2週間ごと |
CT検査 | 血栓の状態確認 | 1-3ヶ月ごと |
超音波検査 | 腸管の血流評価 | 必要に応じて |
経過観察中の注意点
- おなかの痛みや熱などの症状再発がないか
- 抗凝固薬による出血しやすい状態(出血傾向)が生じていないか
- 食事の摂取状況と栄養状態に変化がないか
- 腸の働き(腸管機能)がどの程度回復しているか
栄養管理
急性期には腸を休ませる必要があるため、点滴による栄養補給(経静脈栄養)や鼻から腸に管を入れて栄養を送る方法(経腸栄養)を行うことがあります。
症状が落ち着き、口から食事が取れるようになった後も、消化しやすい食事から徐々に通常の食事に移行していくことが大切です。
病気の段階 | 栄養管理方法 | 特徴 |
急性期 | 経静脈栄養 | 腸を完全に休ませる |
回復期初期 | 経腸栄養 | 腸の機能を徐々に回復させる |
回復期後期 | 経口摂取 | 通常の食事に戻していく |
維持期 | バランスの良い食事 | 再発予防に努める |
腸間膜静脈血栓症の治療における副作用やリスク
腸間膜静脈血栓症の治療における抗凝固療法や手術には、出血や感染症などの副作用やリスクが伴います。
抗凝固療法の副作用
抗凝固療法は出血のリスクが高まるため、投与量や投与期間の調整が必要です。
主な抗凝固薬と副作用
抗凝固薬 | 主な副作用 |
ワルファリン | 出血、皮膚壊死 |
ヘパリン | 出血、血小板減少症 |
直接経口抗凝固薬 | 出血、消化器症状 |
手術療法のリスク
重症例や薬物療法が効果を示さない場合の手術には、以下のようなリスクが伴います。
- 麻酔に関連する合併症
- 術後感染
- 腸管の損傷
- 再血栓形成
治療後の合併症
治療後は合併症が生じる可能性があるため、長期的な経過観察が必要となります。
合併症 | 説明 |
短腸症候群 | 広範囲の腸切除後に発症 |
慢性腹痛 | 腸管の癒着や虚血による |
栄養吸収障害 | 腸管機能の低下による |
長期的な影響
腸間膜静脈血栓症の治療後も、慢性的な腹痛や消化器症状などの長期的な影響が残ることがあります。
長期的影響 | 対応策 |
慢性腹痛 | 疼痛管理、生活指導 |
消化器症状 | 食事療法、薬物療法 |
再発リスク | 定期検査、抗凝固療法の継続 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
腸間膜静脈血栓症では入院期間が長くなる傾向があり、数十万円から数百万円と高額な医療費がかかる可能性があります。
診断に関する費用の目安
腸間膜静脈血栓症では、血液検査、造影CT検査、MRI検査などが主な診断方法です。
検査項目 | 自己負担額(3割負担の場合) |
血液検査 | 1,500円〜3,000円 |
造影CT検査 | 10,000円〜15,000円 |
MRI検査 | 15,000円〜20,000円 |
入院費用・手術費用
腸間膜静脈血栓症の治療には、通常2週間から1ヶ月程度の入院が必要です。入院費用は、病室のタイプや入院日数によって変動します。
症状が重度の場合は緊急手術が必要となり、手術費用は術式や手術時間によって大きく異なりますが、一般的に高額になります。
治療内容 | 概算費用(3割負担の場合) |
入院費用(1日あたり) | 5,000円〜10,000円 |
抗凝固薬(1ヶ月分) | 10,000円〜20,000円 |
緊急手術 | 300,000円〜500,000円 |
以上
RHEE, Robert Y.; GLOVICZKI, Peter. Mesenteric venous thrombosis. Surgical Clinics of North America, 1997, 77.2: 327-338.
GRENDELL, James H.; OCKNER, Robert K. Mesenteric venous thrombosis. Gastroenterology, 1982, 82.2: 358-372.
SINGAL, Ashwani K.; KAMATH, Patrick S.; TEFFERI, Ayalew. Mesenteric venous thrombosis. In: Mayo Clinic Proceedings. Elsevier, 2013. p. 285-294.
HARWARD, Timothy RS, et al. Mesenteric venous thrombosis. Journal of vascular surgery, 1989, 9.2: 328-333.
BOLEY, Scott J.; KALEYA, Ronald N.; BRANDT, Lawrence J. Mesenteric venous thrombosis. The Surgical clinics of North America, 1992, 72.1: 183-201.
ACOSTA, Stefan, et al. Epidemiology, risk and prognostic factors in mesenteric venous thrombosis. Journal of British Surgery, 2008, 95.10: 1245-1251.
RHEE, Robert Y., et al. Mesenteric venous thrombosis: still a lethal disease in the 1990s. Journal of vascular surgery, 1994, 20.5: 688-697.
ABDU, R_A; ZAKHOUR, B. J.; DALLIS, D. J. Mesenteric venous thrombosis–1911 to 1984. Surgery, 1987, 101.4: 383-388.
HARNIK, Ian G.; BRANDT, Lawrence J. Mesenteric venous thrombosis. Vascular Medicine, 2010, 15.5: 407-418.
BRUNAUD, Laurent, et al. Acute mesenteric venous thrombosis: case for nonoperative management. Journal of vascular surgery, 2001, 34.4: 673-679.