上咽頭癌(Epipharyngeal cancer, nasopharyngeal cancer)とは、鼻腔の後ろと咽頭の上部に位置する上咽頭(じょういんとう)という領域に発生する悪性の腫瘍を指します。
上咽頭は人体の中でも特に入り組んだ構造をしているため、病気の初期段階では自覚症状がほとんど現れません。
発生頻度が低い癌ですが、早期発見が困難であるため、多くの場合は進行した状態で見つかります。
上咽頭癌の種類(病型)
上咽頭癌は、特徴や発生部位によって分類できます。
病型 | 主な治療アプローチ |
非角化癌(未分化型) | 放射線療法中心 |
角化扁平上皮癌 | 手術療法を含む複数の治療法の組み合わせ |
基底細胞様扁平上皮癌 | がんの広がりを抑えることを重視した治療 |
WHO分類に基づく上咽頭癌の主要病型
世界保健機関(WHO)が定めた分類では、がん細胞の顕微鏡的な特徴や、がんの発生源により、角化扁平上皮癌、非角化癌、そして基底細胞様扁平上皮癌に分けられています。
病型 | 特徴 |
角化扁平上皮癌 | 角化(細胞が固くなる現象)が強い |
非角化癌 | 未分化または分化型(細胞の成熟度による分類) |
基底細胞様扁平上皮癌 | 基底細胞(皮膚や粘膜の最下層にある細胞)に似ている |
角化扁平上皮癌の特徴
角化扁平上皮癌はあまり多くはない病型で、正常な扁平上皮細胞(体の表面を覆う平らな細胞)とよく似た性質を持ち、角化する傾向が強いものです。
角化というのは細胞が成熟して死んでいく過程で起こる現象で、私たちの皮膚の表面に見られるのと同じような変化です。
非角化癌の分類と特徴
非角化癌は上咽頭癌の中で最も多く見られるタイプで、分化型と未分化型の2つに分けられます。
分化型は扁平上皮(体の表面を覆う平らな細胞層)に似た性質を示しますが、はっきりとした角化は見られません。
非角化癌の細分類 | 主な特徴 |
分化型 | 扁平上皮に似た性質がある |
未分化型 | 細胞の成熟度が低い |
未分化型は、細胞の形が未熟で、成熟度が低いのが特徴です。
未分化型は分化型と比べて増殖のスピードが速く、早い段階で他の部位に広がります(転移します)。
しかし、放射線治療や抗がん剤治療の効果が高い点も特徴となります。
基底細胞様扁平上皮癌の特性
基底細胞様扁平上皮癌は、正常な扁平上皮の一番下の層にある基底細胞によく似た形をしています。
- 細胞の大きさがほぼ同じ
- 細胞の中で核が占める割合が高い
- 細胞が柵のように並ぶことがある
- 角化する傾向が弱い
他の上咽頭癌の病型と比べて、周りの組織に広がりやすいタイプです。
上咽頭癌の主な症状
上咽頭癌は初期段階では自覚症状に乏しく、進行するまで気づかれないことが多いです。
現れやすい症状には、喉の違和感や鼻づまり、リンパ節の腫れや耳が聞こえにくくなることなどがあります。
耳鼻咽喉部の症状
症状 | 特徴 |
喉の違和感 | 長く続く、片側だけに感じる |
鼻づまり | 片側だけ、なかなか良くならない |
耳が詰まった感じ | 時々起こる、片側だけ |
上咽頭癌の初期症状として、喉の奥に何かが引っかかっているような感覚や、鼻づまり、耳が詰まったような感じがする場合があります。
風邪や花粉症と症状が似ていますが、長期間続く場合は病院で診察を受けることが大切です。
「たかが風邪だろう」と軽く考えてしまい、病院に来るのが遅れるケースをよく目にします。
首のリンパ節の腫れ
上咽頭癌が進行すると、首のリンパ節(体内を巡る体液の通り道にある豆のような形の組織)に腫れが出てきます。
がん細胞がリンパ節に広がったことを示していて、腫れたリンパ節は痛みがなく、硬く、動かしにくいのが特徴です。
首や耳の後ろ、鎖骨の上などにしこりのような塊を触れた時は、すぐに病院を受診するようにしてください。
聞こえが悪くなる・耳鳴り
上咽頭は耳管(耳と鼻をつなぐ管)の入り口に近いため、腫瘍が大きくなると耳管の働きに影響が出ます。
耳の症状 | 特徴 |
聞こえの悪さ | 片側だけ、だんだん悪くなる |
耳鳴り | ずっと続く、片側だけ |
片側の耳だけに起こることが多く、徐々に症状が悪化していきます。
鼻血
上咽頭癌が進行した場合には、腫瘍から出血して鼻血が出ることもあります。
この鼻血は普通の鼻血と違って、何度も繰り返し出たり、大量に出たりします。
また、出血が鼻の奥から喉に流れ込み、血の混じった「痰(たん)」として気づく場合もあります。
神経の症状
上咽頭癌が周りの神経に広がると、神経に関する症状が現れます。
- 物が二重に見える
- 顔がしびれたり痛くなったりする
- 飲み込みにくくなる
- 口を開けにくくなる
神経の症状が出てくると、上咽頭癌はかなり進行しています。
神経の症状 | 関係する神経 |
物が二重に見える | 外転神経(がいてんしんけい:目を動かす神経) |
顔の痛み | 三叉神経(さんさしんけい:顔の感覚を伝える神経) |
飲み込みにくさ | 舌咽神経(ぜついんしんけい:喉の感覚や動きを司る神経) |
上咽頭癌の原因
環境因子(喫煙や飲酒)、遺伝的要素、ウイルス感染などが上咽頭癌の発症リスクを高めます。
環境因子による影響
喫煙や過度の飲酒は、上咽頭癌のリスクを上昇させる原因です。
タバコには発癌物質が含まれます。また、アルコールの長期的な摂取も癌リスクを増大させます。
環境因子 | リスク増加率 |
喫煙 | 約2倍 |
過度の飲酒 | 約1.5倍 |
その他、喫煙歴や飲酒の習慣がない場合でも、特定の職業環境で長期間にわたり有害物質に曝露されることで、上咽頭癌のリスクが高まる場合があります。
例えば、木工業や建設業などで発生する粉塵、化学物質などが代表的です。
遺伝的要因
DNA修復遺伝子の異常や特定の癌抑制遺伝子の機能不全がある場合、上咽頭癌の発症リスクが上昇します。(家族内での発症率が高い)
遺伝的要因 | リスクへの影響 |
DNA修復遺伝子異常 | 中程度 |
癌抑制遺伝子異常 | 高度 |
家族歴あり | 2〜3倍増加 |
ウイルス感染
EBウイルス(Epstein-Barr virus、エプスタイン・バーウイルス)が上咽頭の細胞に感染すると、細胞の異常増殖を起こす場合があります。
このウイルスは世界中で広く蔓延していて、多くの人が生涯のうちに感染しますが、一部の感染者でのみ上咽頭癌の発症につながります。
ウイルス感染単独ではなく、他の要因との複合的な作用によって癌化が促進すると考えられています。
栄養と食生活の影響
特に、塩蔵食品や燻製食品の過剰摂取が上咽頭癌のリスクを高める可能性があります。
食品に含まれるニトロソ化合物や多環芳香族炭化水素などの物質が、上咽頭の粘膜を刺激し、DNA損傷を引き起こす可能性があるためです。
上咽頭癌のリスクに影響を与える食品の例
- 塩蔵魚
- 燻製肉
- 保存処理された食品
- 高温調理された肉類
診察(検査)と診断
上咽頭癌は、鼻咽腔内視鏡検査やCT、MRIなどの画像検査で腫瘍を特定し、生検で組織を採取して顕微鏡でがん細胞を確認することで診断されます。
初診時の問診・身体診察
診察項目 | 確認するポイント |
問診 | 症状、過去の病歴、家族の病歴 |
触診 | 首のリンパ節の腫れ |
内視鏡 | 上咽頭の直接的な観察 |
上咽頭癌の診察では、まず症状、症状が現れた時期、その後の経過、過去の病歴、ご家族の病歴などをお聞きします。
上咽頭癌は初期の段階でリンパ節転移(がん細胞がリンパ節に広がること)を起こしやすいため、首の腫れや硬いしこりの有無も確認します。
また、鼻咽頭鏡検査を用いて腫瘍の有無、大きさ、形、周りの組織への広がり具合を評価していきます。
画像診断
CTやMRIを使って、腫瘍がどこまで広がっているか、周りの組織にどの程度入り込んでいるか、リンパ節に転移していないかを調べます。
PET-CTは離れた臓器への転移を早い段階で見つけることができるため、治療方針を決めるために有効な検査です。
血液検査・EBウイルス関連マーカー
一般的な血液検査に加え、EBウイルス関連マーカーの測定を行います。
- EBV-DNA定量検査(ウイルスの遺伝子量を測定)
- EBV抗体価測定(VCA-IgA、EA-IgA)(ウイルスに対する抗体の量を測定)
- 血清中サイトカイン濃度測定(免疫反応に関わる物質の濃度を測定)
生検による確定診断
上咽頭癌の最終的な診断には、生検(組織を少量採取して調べること)による病理組織学的検査が必要です。
検査項目 | 目的 |
HE染色 | 細胞の形や構造を観察する |
免疫組織化学染色 | がんに特有のマーカーを見つける |
EBER-ISH | EBウイルスの有無を調べる |
生検の結果に基づいて、腫瘍の種類や悪性度を判断し、最終的な診断を確定します。
上咽頭癌の治療法と処方薬、治療期間
上咽頭癌の治療は、放射線療法、化学療法、そして手術療法を組み合わせて進めていきます。
早い段階で見つかった場合は主に放射線療法を行い、進行している場合は化学療法と放射線療法を同時に行う場合が多いです。
治療にかかる期間は通常2〜3ヶ月程度ですが、患者さんによって変わることもあります。
放射線療法
放射線療法は高いエネルギーのX線やガンマ線を使いがん細胞をなくしていく方法で、5〜7週間くらいの間、週に5日照射します。
最近では、IMRT(強度変調放射線治療)という新しい技術により、がんの周りにある正常な組織への影響を少なくしながら、がんに対して強い放射線を当てることができるようになりました。
治療方法 | 特徴 |
通常の照射 | 5〜7週間、週に5日行う |
IMRT | 正常な組織への影響を減らせる |
化学療法
化学療法は、主に放射線療法と一緒に行います。シスプラチンという抗がん剤を中心に使用し、放射線療法の効果をより高めます。
薬の名前 | 投与の方法 |
シスプラチン | 点滴で静脈に入れる |
5-FU(フルオロウラシル) | 継続して点滴し続ける |
治療のスケジュール例
- 初期の化学療法:2〜3回繰り返します(1回3週間)
- 化学療法と放射線療法を同時に行う:6〜7週間
- 追加の化学療法:必要に応じて2〜3回
手術療法
上咽頭癌は体の中でも特殊な場所にできるため、手術で治療できる場合は限られています。
主に、放射線療法を行った後にまだ残っているがんや、一度治ったあとに再発してきたがんを切り取るのに使われます。
最近では内視鏡(体の中を見る細い管)を使った手術が発達し、昔よりも体への負担が少ない手術ができるようになりました。
分子標的療法
近年、上咽頭癌の治療において、分子標的療法(がん細胞の特定の部分だけを狙い撃ちする治療)の研究が進んでいます。
セツキシマブというEGFR(がん細胞の増殖に関わる物質)を抑える薬や、免疫を調整する薬が、化学療法と一緒に使うと効果があることがわかってきました。
薬の名前 | どのように働くか |
セツキシマブ | EGFRの働きを抑える |
ニボルマブ | 免疫の働きを高める |
治療後の定期検診
治療が終わった後も、定期的に通院し状態を確認することが大切です。
がんの再発や転移を早めに見つけるため、MRI検査や全身のPET-CT検査を行います。
定期検診のスケジュールの例
- 治療後1年目:2〜3ヶ月ごと
- 2〜3年目:3〜4ヶ月ごと
- 4〜5年目:4〜6ヶ月ごと
- 6年目以降:6〜12ヶ月ごと
上咽頭癌の治療における副作用やリスク
上咽頭癌の治療、特に放射線療法や化学療法では、唾液の分泌減少、口内炎、むせやすい、味覚の変化、聴力低下、疲労感などといった副作用や、二次がんのリスクなどがあります。
副作用の中には治療が終わった後も長く続くものがあるため、治療後も定期的に病院に通い、体調を確認することが大切です。
放射線治療で起こる可能性のある副作用
放射線治療中や治療直後には、口の中が痛くなる(口内炎)、皮膚が赤くなる(皮膚炎)、唾液が出にくくなるなどの副作用が起こる可能性があります。
長期的には、あごの関節が動きにくくなったり、甲状腺(こうじょうせん)の働きが悪くなったり、聞こえにくさが出る場合もあります。
抗がん剤治療のリスク
抗がん剤治療では、吐き気や嘔吐(おうと)、髪の毛が抜ける、体がだるくなるなどの副作用がよく起こります。
また、血液を作る力が弱くなるため、抵抗力が落ち、貧血になりやすくなります。
手術を受けた後に起こる可能性のあるリスク
上咽頭は複雑な構造をしているため、手術によって周りの組織に影響が出ることがあります。
- 神経への影響(飲み込みにくい、言葉が聞き取りにくい)
- 顔の形の変化
- 手術後の出血
- 感染症
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
上咽頭癌の治療費は、手術、放射線療法、化学療法などを組み合わせた集学的治療が行われるため、高額になります。
治療法別の概算費用
治療法 | 概算費用 |
放射線療法 | 150万円〜400万円 |
化学療法 | 80万円〜300万円/クール |
手術 | 100万円〜300万円 |
上咽頭癌の治療には医療保険が適用されるため、自己負担額は医療費の10~30%となります。
高額療養費制度を利用すると、所得に応じて月々の自己負担額に上限が設定されます。
その他の費用
- 定期的な検査費用(CT、MRI、血液検査など)
- 入院時の食事療養費(1食460円程度)
- 補助具や医療機器の購入費(必要に応じて)
以上
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