腹膜炎(Peritonitis)とは、腹膜に炎症が生じた状態を指します。
腹膜炎の主な原因は、虫垂炎や胃潰瘍、腸閉塞などにより腹腔内の臓器に損傷や感染が生じ、細菌が腹腔内に流出することです。
激しい腹痛、発熱、嘔吐、腹部の張りなどの症状が特徴で、多臓器不全を引き起こし、死に至ることもあるため、早期発見・早期治療が非常に重要となります。
腹膜炎の種類(病型)
腹膜炎は、急性腹膜炎、慢性腹膜炎、癌性腹膜炎の3つに分類されます。
病型 | 主な治療方法 |
---|---|
急性腹膜炎 | 緊急手術、抗生物質投与 |
慢性腹膜炎 | 長期管理、原因治療 |
癌性腹膜炎 | 原発巣治療、対症療法 |
急性腹膜炎
急性腹膜炎は、腹膜の急激な炎症を特徴とし、突然の発症と急速な進行を伴います。
主な原因は消化管穿孔(胃や腸に穴が開くこと)や虫垂炎の破裂などであり、腹腔内に細菌が侵入し、強い炎症反応が起こります。
急性腹膜炎の特徴 | 説明 |
---|---|
発症速度 | 急激 |
進行 | 速い |
主な原因 | 消化管穿孔、虫垂炎破裂 |
主な症状 | 激しい腹痛、発熱 |
慢性腹膜炎
長期間にわたって持続する、腹膜の炎症状態を指します。急性腹膜炎と比較して緩やかに進行し、長期的な影響を与えます。
慢性腹膜炎の代表的なものは、腹膜透析に関連する腹膜炎です。長期の腹膜透析により腹膜が徐々に損傷を受け、炎症が持続することがあります。
慢性腹膜炎の特徴 | 説明 |
---|---|
進行速度 | 緩やか |
持続期間 | 長期 |
代表例 | 腹膜透析関連腹膜炎 |
管理のポイント | 定期検査、感染予防 |
癌性腹膜炎
癌性腹膜炎は、腹腔内の臓器から発生した癌が腹膜に転移することで生じる病態です。進行癌の一形態となり、予後に大きく影響します。
胃癌、大腸癌、卵巣癌などでみられることが多く、癌細胞が腹腔内に播種し、腹膜全体に広がることで発症します。
癌性腹膜炎の原因となる主な癌 | 特徴 |
---|---|
胃癌 | 腹膜播種が比較的多い |
大腸癌 | 進行例で腹膜転移の可能性あり |
卵巣癌 | 腹腔内播種が特徴的 |
腹膜炎の主な症状
腹膜炎では、腹部の激烈な痛みや高熱、嘔吐などの症状が起こります。治療を行わない場合には、生命を脅かす危険性もあります。
急性腹痛・腹部膨満感
急性腹膜炎では、突如として激烈な腹痛が起こります。持続的な痛みであり、腹部全域に広がることが多く、身動きすることさえ困難になります。
また、腹部の膨満感も頻繁に見られ、腹膜の炎症が進行していることを示すサインとなります。
消化器系の症状
症状 | 特徴 |
---|---|
嘔吐 | 頻繁に発生し、持続的 |
食欲不振 | 長期間継続 |
便秘 | 腸の蠕動運動が著しく低下 |
下痢 | 炎症による腸管刺激で発生 |
腹膜の炎症に起因する腸管機能の著しい低下が原因で、食事を摂取することが困難になります。
全身症状
- 高熱(38.5度以上の持続的な発熱)
- 悪寒戦慄(体が震えるほどの寒気)
- 著しい倦怠感
- 重度の脱水症状
- 頻脈(心拍数の増加)
特に高齢者や基礎疾患を持つ方、免疫機能が低下している患者さんは、症状が急速に悪化するリスクが高いため、細心の注意が必要です。
腹部の触診所見
所見 | 説明 |
---|---|
腹部硬直 | 腹壁が板のように硬く緊張する |
反跳痛 | 押した手を急に離すと激しい痛みが生じる |
筋性防御 | 腹筋が不随意に緊張し、腹部を守るような状態になる |
打診痛 | 腹部を軽く叩くだけでも痛みを感じる |
その他の随伴症状
症状 | 詳細 |
---|---|
乏尿 | 重度の脱水による腎機能低下が原因 |
呼吸困難 | 横隔膜の挙上による肺の圧迫が要因 |
意識障害 | 敗血症などの重症例で発生する危険な徴候 |
黄疸 | 肝機能障害による皮膚や眼球の黄染 |
腹膜炎の原因
腹膜炎の原因は、急性腹膜炎、慢性腹膜炎、癌性腹膜炎それぞれの病型によって異なります。
急性腹膜炎の原因
急性腹膜炎は、主に細菌感染や化学物質による刺激、外傷などが原因となり発症します。
急速に悪化するため、早期の医療介入が重要です。
- 消化管穿孔(胃潰瘍、虫垂炎など)
- 腹腔内臓器の感染(胆嚢炎、憩室炎など)
- 外傷による腹腔内臓器の損傷
- 手術後の合併症(縫合不全、術後感染など)
慢性腹膜炎の原因
慢性腹膜炎は結核や真菌感染、自己免疫疾患などが原因となることが多く、原因不明の場合もあります。
- 結核性腹膜炎
- 真菌性腹膜炎
- 自己免疫疾患(全身性エリテマトーデスなど)
- 長期腹膜透析に伴う腹膜炎
癌性腹膜炎の原因
癌性腹膜炎は、進行した消化器癌や婦人科癌などで発症することが多く、予後不良な病態となります。
腹水貯留が特徴的で、時に大量の腹水により呼吸困難を来すこともあります。
- 胃癌
- 大腸癌
- 卵巣癌
- 膵臓癌
診察(検査)と診断
腹膜炎の診断ではCT検査を主に使用し、腹痛の程度や場所、発熱、吐き気などの症状、血液検査の結果などを総合的に判断していきます。
診察の基本
まずは腹痛の性質、持続時間、関連症状などを確認し、症状の経過や特徴を把握します。
身体診察では、腹部の視診、聴診、触診、打診を行い、腹膜刺激症状(腹膜に炎症が及んでいることを示す症状)の有無を診ていきます。
診察項目 | 確認ポイント | 意義 |
---|---|---|
視診 | 腹部膨満、皮膚の変色 | 腹腔内の異常を示唆 |
聴診 | 腸蠕動音(ちょうぜんどうおん)の変化 | 腸管機能の評価 |
触診 | 圧痛、反跳痛、筋性防御 | 腹膜炎の重要な徴候 |
打診 | 腹水の有無、鼓音 | 腹腔内の状態を把握 |
血液検査と炎症マーカー
血液検査では、白血球数や好中球比率の上昇、CRP(C反応性タンパク)値の上昇などが炎症の指標となります。
また、電解質バランスや肝機能、腎機能のチェックも同時に行い、全身状態を評価します。
検査項目 | 主な意義 | 腹膜炎での変化 |
---|---|---|
白血球数 | 炎症の有無 | 上昇 |
CRP | 炎症の程度 | 上昇 |
電解質 | 体液バランス | 異常を示すことがある |
肝機能 | 肝臓への影響 | 異常値を示す可能性 |
画像診断
腹部X線検査、超音波検査、CTスキャンなどの検査により、腹腔内の異常所見や腹水の有無、消化管穿孔の有無などを調べます。
特にCTスキャンは、腹膜炎の原因特定や合併症の評価に有用な検査となります。
画像検査 | 主な所見 | 診断的意義 |
---|---|---|
X線検査 | 遊離ガス像、イレウス像 | 消化管穿孔やイレウスの診断 |
超音波 | 腹水、腸管壁肥厚 | 腹水や腸管の状態評価 |
CT | 腹腔内膿瘍、臓器穿孔 | 詳細な病変の特定と評価 |
腹水検査・細菌培養
腹水が認められる場合、腹水穿刺(腹腔に針を刺して腹水を採取する検査)を行い、炎症の程度や原因を推測します。
また、腹水の細菌培養検査も実施し、起炎菌の同定と感受性試験を行います。
腹膜炎の治療法と処方薬、治療期間
急性腹膜炎、慢性腹膜炎、癌性腹膜炎とそれぞれの病態により、治療方法や治療期間が異なります。
急性腹膜炎の治療と期間
急性腹膜炎は、突発的に発症し、迅速な対応が求められる緊急性の高い疾患です。治療の主眼は、感染源の除去と全身状態の安定化となります。
まずは広域スペクトラムの抗生物質を投与し、同時に外科的介入の必要性を評価します。多くの場合、緊急手術が必要となります。
手術では、腹腔内の洗浄、感染源の除去、必要に応じて消化管の修復や切除を行います。
治療方法 | 目的 | 具体例 | 期間 |
---|---|---|---|
抗生物質療法 | 感染制御 | カルバペネム系、セフェム系 | 7-14日 |
緊急手術 | 感染源除去 | 腹腔洗浄、穿孔部位の縫合 | 1-3時間 |
集中治療 | 全身管理 | 輸液、昇圧剤、人工呼吸器管理 | 3-7日 |
術後は、集中治療室での厳重な全身管理が必要です。状態が安定するまで、継続的な抗生物質投与と支持療法を行います。
全体の治療期間は通常2-4週間程度ですが、合併症の有無や重症度によって変動します。
慢性腹膜炎の治療と期間
慢性腹膜炎の治療は、原因の除去と長期的な管理に重点を置きます。基本的に抗生物質療法が中心となりますが、急性腹膜炎ほど緊急性は高くありません。
腹膜透析関連の腹膜炎の場合、カテーテルの一時的な使用中止や交換が必要となることがあります。
治療方法 | 目的 | 具体例 | 期間 |
---|---|---|---|
抗生物質療法 | 感染制御 | 経口または静注抗生物質 | 2-6週間 |
カテーテル管理 | 感染源対策 | 一時的中止、交換 | 1-2週間 |
透析方法の変更 | 腹膜の休息 | 血液透析への一時的変更 | 2-4週間 |
癌性腹膜炎の治療と期間
癌性腹膜炎は根治が難しいケースが多く、治療は主に症状緩和と生活の質(QOL)の維持を目指します。
化学療法や腹腔内への抗癌剤投与が主な治療法となりますが、症状緩和のための処置も重要となります。
治療方法 | 目的 | 具体例 |
---|---|---|
全身化学療法 | 癌の進行抑制 | プラチナ製剤、タキサン系薬剤 |
腹腔内化学療法 | 局所制御 | シスプラチン腹腔内投与 |
腹水ドレナージ | 症状緩和 | 腹腔穿刺、持続的ドレナージ |
緩和ケア | QOL維持 | 疼痛管理、栄養サポート |
癌性腹膜炎の治療は、生存期間中継続して続けます。
腹膜炎の治療における副作用やリスク
腹膜炎の治療には、感染症の悪化、出血、臓器への損傷、麻酔による副作用などのリスクがあります。
抗生物質療法に伴うリスク
抗生物質を長期間使用すると、腸内細菌叢のバランスを崩し、消化器系の問題が起こることがあります。
また、耐性菌(抗生物質が効きにくい細菌)の出現リスクも考慮する必要があります。
副作用 | 発生頻度 |
---|---|
下痢 | 高 |
吐き気 | 中 |
発疹 | 低 |
外科的介入のリスク
手術に伴うリスクには、麻酔関連の合併症や術後感染などが挙げられます。また、腹腔内の癒着形成により、将来的に腸閉塞が起こる可能性があります。
合併症 | 発生率 |
---|---|
術後感染 | 5-10% |
腸閉塞 | 2-5% |
麻酔関連 | 1-2% |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
腹膜炎の治療は、一般的に入院治療が必要となるため、医療費が高額になります。
治療費の目安
項目 | 費用範囲 |
---|---|
入院費 | 1日あたり2万5千円〜6万円 |
手術費 | 30万円〜120万円 |
薬剤費 | 1日あたり8千円〜3万円 |
検査費 | 8万円〜25万円 |
入院期間の目安
期間 | 総費用の目安 |
---|---|
1週間 | 70万円〜180万円 |
2週間 | 130万円〜350万円 |
4週間 | 250万円〜700万円 |
その他の費用
- リハビリテーション費用(1回あたり3千円〜1万円)
- 栄養指導料(1回あたり5千円〜1万5千円)
- 退院後の外来診療費(1回あたり3千円〜1万円)
- 在宅医療費(月額2万円〜10万円)
以上
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