梨状陥凹癌(Piriform sinus carcinoma)とは、のどの奥深くにある梨状陥凹(りじょうかんおう)と呼ばれる部位に発生する悪性腫瘍です。
40歳以降の年齢で見られ、初期の段階では目立った症状が現れにくいため、早い時期での発見は難しい病気です。
梨状陥凹癌の主な症状
梨状陥凹癌は、初期段階では自覚症状がほとんどありません。病状の進行に伴い、喉の痛みや嚥下困難などの症状が現れてきます。
初期症状 | 進行期症状 |
軽度の喉の違和感 | 持続的な喉の痛み |
一時的な声のかすれ | 嗄声(声がかれる) |
軽微な嚥下困難 | 重度の嚥下障害 |
よくある症状
初期では軽度の違和感程度ですが、進行すると常に痛みを感じるようになります。
食事や水を飲むとき違和感や痛みがあり、徐々に食べ物を飲み込むのが困難になっていきます。
さらに進行すると、固形物だけでなく液体の飲み込みも難しくなります。
声がかすれたり、出にくくなったりします。 進行すると、嗄声(しわがれ声)が持続的に現れます。
腫瘍が神経を圧迫し、耳に痛みが生じることがあります。
見逃しやすい症状
- 頸部のしこり
- 体重減少
- 慢性的な咳
- 口臭の悪化
60代の男性患者さんが「最近、喉が少し痛いかな」と軽く考えていたところ、3か月後には嚥下困難が顕著になり、診断時にはすでに進行期であったケースがありました。
軽微な症状でも継続する場合は、早めに専門医を受診することが大切です。
梨状陥凹癌の原因
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)は、主に喫煙や飲酒などの生活習慣が大きな原因です。
生活習慣とがん発生の関連性
タバコに含まれる発がん物質は、咽頭粘膜を直接的に刺激し、DNA損傷を起こします。
また、アルコールも同様に粘膜を荒らし、発がん物質の吸収を促進する働きがあります。
タバコを吸っている人でさらにお酒を飲みすぎるような習慣がある場合、そのリスクは相乗的に高まり、梨状陥凹癌の発生率も上昇します。
リスク因子 | 相対リスク |
喫煙 | 5-25倍 |
飲酒 | 3-5倍 |
喫煙+飲酒 | 35倍以上 |
遺伝的要因と家族歴の影響
頭頸部癌の家族歴がある人は、そうでない人と比較して梨状陥凹癌を含む咽頭癌のリスクが高くなります。
※ただし、遺伝的要因単独で梨状陥凹癌を発症するわけではありません。
職業や環境
建設業や製造業などで扱われるアスベストやニッケル、木粉などの粉塵への日常的な曝露がある方は、がん化のリスクが上がります。
職業性リスク因子 | 関連業種 |
アスベスト | 建設業、造船業 |
ニッケル | 金属加工業、電気めっき |
木粉 | 木材加工業、家具製造 |
ウイルス感染との関連性
近年の研究により、ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染が梨状陥凹癌を含む咽頭癌の発生に関与していることが分かってきています。HPVは主に性行為を通じて感染します。
ただし、梨状陥凹癌におけるHPVの関与は、他の咽頭癌と比較すると限定的であると考えられています。
その他の原因
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 不適切な食生活
- 慢性的な逆流性食道炎
- 口腔衛生が悪い
診察(検査)と診断
梨状陥凹がんの診察では、内視鏡検査による直接観察や生検、CTやMRIなどの画像検査を行います。
問診・身体診察
診察項目 | 確認ポイント |
問診 | 症状の経過、生活習慣、家族歴 |
触診 | 頸部腫瘤の有無と特徴 |
視診 | 咽頭・喉頭の異常病変 |
身体診察では、頸部を触診して腫瘤がないかどうかを確認します。また、喉頭鏡という特殊な器具を使い、咽頭や喉頭の視診を行います。
画像診断
- CT検査:腫瘍の範囲や周囲組織への浸潤、リンパ節転移の評価を行います
- MRI検査:軟部組織の評価をします
- PET-CT検査:遠隔転移の検索や治療効果の判定に用います
画像検査では、腫瘍がどの程度進展しているか、周囲の組織とどのような関係にあるかを調べていきます。
内視鏡検査・生検
内視鏡検査では、喉頭ファイバースコープや硬性内視鏡を使い、病変部位を直接診ます。また、必要に応じて生検(組織を採取すること)を行います。
内視鏡の種類 | 特徴 |
喉頭ファイバースコープ | 柔軟性が高く、外来でも実施できます |
硬性内視鏡 | 高解像度の観察が可能で、全身麻酔下で実施します |
内視鏡検査で調べること
- 腫瘍の大きさはどのくらいか
- 表面の性状はどうか
- 周囲の正常な粘膜との境界はどうなっているか、など
NBI(Narrow Band Imaging:狭帯域光観察)などの特殊な光を用いた観察方法を併用することで、より精密な診断が可能です。
病理診断(確定診断)
病理診断では、腫瘍の組織型(どのような種類の癌か)や分化度(癌細胞がどの程度正常細胞に似ているか)、浸潤の程度(どのくらい深くまで広がっているか)などを評価していきます。
また、免疫組織化学染色やFISH法(蛍光in situハイブリダイゼーション法)といった分子生物学的な検査では、腫瘍の特性を把握することができます。
病理診断項目 | 評価内容 |
組織型 | 扁平上皮癌、腺癌など |
分化度 | 高分化、中分化、低分化 |
浸潤程度 | 粘膜内、粘膜下層、筋層など |
梨状陥凹癌の治療法と処方薬、治療期間
梨状陥凹癌の治療は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせて行います。
手術
がんを完全に取り除くことを目指して手術を行い、周りのリンパ節も一緒に取り除きます。
初期のがんでは口の中から切除できる場合もありますが、進行がんでは喉頭(こうとう、のどの声帯がある部分)全体を取り除く必要が出てくることもあります。
手術の後、どのように体の機能を保つか、また失った部分をどう再建するかも大事な検討事項です。
放射線を使って治す方法
放射線療法の種類 | どんな特徴があるか |
外部照射 | 体の外から腫瘍に向けて放射線を当てる |
小線源治療 | 腫瘍の中やその周りに放射線を出す物質を置く |
基本的に、1日に1回、週に5回のペースで6〜7週間にわたって治療を続けます。
副作用として口の中が荒れたり、皮膚が赤くなったりすることがありますが、治療が終わると少しずつ良くなっていきます。
薬を使って治す方法(化学療法)
化学療法は進行したがんや他の場所に広がったがんの治療、また放射線療法と一緒に使います。
よく使われる抗がん剤
- シスプラチン
- フルオロウラシル
- ドセタキセル
- パクリタキセル
通常3〜4週間を一区切りとして、何回か繰り返し投与します。
免疫チェックポイント阻害薬
最近では、体の免疫システムを活性化させる薬(免疫チェックポイント阻害薬)も使われるようになってきました。
薬の名前 | どのように働くか |
ニボルマブ | PD-1(がん細胞が免疫から逃れるのを助ける物質)を阻止する |
ペムブロリズマブ | PD-1を阻止する |
デュルバルマブ | PD-L1(PD-1と結びつく物質)を阻止する |
免疫チェックポイント阻害薬は2〜3週間ごとに点滴で投与し、効果が続く限り治療を続けます。
治療にかかる期間
治療法 | だいたいどのくらいの期間がかかるか |
手術 | 2〜4週間(入院している期間) |
放射線療法 | 6〜7週間 |
化学療法 | 3〜6ヶ月 |
初期治療が終わった後も、定期的に経過を見ていく必要があります。
がんの再発リスクは治療後2年以内が高いため、この期間は2〜3ヶ月ごとに診察を受け、検査を行います。
その後は徐々に間隔を空けていき、5年経ってからも年に1回程度は検査を行います。
治療後は、飲み込みや声を出す機能を回復させるためのリハビリも大切な要素であり、言語聴覚士や理学療法士といった専門家と協力して進めていきます。
梨状陥凹癌の治療における副作用やリスク
梨状陥凹癌の治療の副作用は、声の変化、嚥下困難、呼吸困難、味覚障害、脱毛、倦怠感、感染リスクなどが挙げられます。
放射線療法に関連する副作用
放射線治療による急性期の副作用には、口腔内の痛みや乾燥、嚥下困難(えんげこんなん:飲み込みにくくなること)、味覚の変化などがあります。
長期的な副作用としては、唾液腺の機能低下による口腔乾燥症や、顎関節の硬直、甲状腺機能低下などが挙げられます。
急性期副作用 | 長期的副作用 |
口腔内痛 | 口腔乾燥症 |
嚥下困難 | 顎関節硬直 |
味覚変化 | 甲状腺機能低下 |
化学療法に伴うリスク
化学療法の副作用で代表的なものは、吐き気や嘔吐、食欲不振、倦怠感などです。
免疫系にも影響を与えるため、感染症のリスクが高まります。特に白血球減少症は重要な副作用の一つとなっています。
手術に関連するリスク
手術による合併症には、出血や感染、神経損傷などがあり、特に頸部郭清術(けいぶかくせいじゅつ:首のリンパ節を広範囲に取り除く手術)を行う場合は、肩の機能障害や感覚異常が生じることがあります。
また、手術の範囲によっては、飲み込む機能や声を出す機能に影響があります。
合併症 | 機能障害 |
出血 | 嚥下障害 |
感染 | 発声障害 |
神経損傷 | 肩機能障害 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
梨状陥凹癌の治療費は、治療方法や病期によって大きく変わります。手術療法、放射線療法、化学療法などを組み合わせた集学的治療を行いますので、総額は高額となります。
治療方法による費用の違い
治療法 | 概算費用 |
手術療法 | 200万円〜300万円 |
放射線療法 | 50万円〜150万円 |
化学療法 | 100万円〜300万円 |
治療費は保険適用となりますが、一部の先進医療や自由診療は保険適用外となります。
追加的な費用
- 定期的な検査費用
- リハビリテーション費用
- 栄養指導費用
以上
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