腹膜偽粘液腫 – 消化器の疾患

腹膜偽粘液腫(ふくまくぎねんえきしゅ, Pseudomyxoma Peritonei)とは、腹腔内にゼリー状の粘液が貯留し、腫瘍が発生・進行する非常にまれな疾患です。

虫垂や卵巣の腫瘍が主な原因となり、腹部が次第に膨満してくるのが特徴的な症状ですが、初期には自覚症状に乏しいことが多いため発見が遅れがちです。

粘液の貯留が進行すると、腸閉塞や呼吸困難などの合併症につながる恐れがあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腹膜偽粘液腫の種類(病型)

腹膜偽粘液腫(ふくまくぎねんえきしゅ)には、播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)と腹膜粘液性癌腫症(PMCA)の2つのタイプがあり、病態や予後が異なります。

病型予後
播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)比較的良好
腹膜粘液性癌腫症(PMCA)不良

播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)

播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)では、腹腔内に散在する粘液産生性の腫瘍細胞が大量の粘液を産生することにより、腹腔内に粘液が蓄積します。

腸管の蠕動運動を妨げ腸閉塞を引き起こす危険性があるほか、腹腔内の臓器を圧迫し、臓器の機能障害を引き起こすこともあります。

特徴説明
粘液の貯留腹腔内に大量の粘液が蓄積する
腹部膨満粘液の貯留により腹部が膨れ上がる
合併症説明
腸閉塞の危険性粘液が腸管の蠕動運動を妨げる
臓器の圧迫粘液が腹腔内の臓器を圧迫する

DPAMは、腹膜偽粘液腫の中では比較的予後が良好な病型とされています。

ただい、治療を行わない場合は病状が進行し命にかかわることもあるため、早期発見・早期治療介入が重要となります。

腹膜粘液性癌腫症(PMCA)

腹膜粘液性癌腫症(PMCA)はDPAMよりも悪性度が高い病態であり、腹腔内に播種した腫瘍細胞が浸潤性に増殖し、周囲の組織に浸潤します。

腫瘍細胞が産生する粘液はDPAMと比較して粘稠度が高く、腹腔内に広範囲に広がります。

予後不良な病型であり、積極的な治療を必要とします。

  • 悪性度が高い
  • 腫瘍細胞が浸潤性に増殖する
  • 周囲の組織に浸潤する
  • 粘液の粘稠度が高い
  • 粘液が腹腔内に広範囲に広がる

上皮増殖因子受容体(EGF受容体)の発現

腹膜偽粘液腫の悪性病型である腹膜粘液性癌腫症(PMCA)において、上皮増殖因子受容体(EGF受容体)が発現していることが分かってきました。

EGF受容体は細胞の増殖や分化に関与するタンパク質であり、多くの悪性腫瘍で過剰発現が認められています。

PMCAにおけるEGF受容体の発現は、腫瘍細胞の増殖能の亢進と関連していると考えられています。

病型EGF受容体の発現
播種性腹膜粘液腺腫症(DPAM)発現なし
腹膜粘液性癌腫症(PMCA)発現あり
EGF受容体の役割説明
細胞増殖の促進EGF受容体の活性化により、腫瘍細胞の増殖が促進される
浸潤・転移の促進EGF受容体の活性化により、腫瘍細胞の浸潤・転移能が亢進する

EGF受容体を標的とした分子標的薬の開発など、革新的な治療法の確立が期待されます。

腹膜偽粘液腫の主な症状

腹膜偽粘液腫では、腹部の不快感や膨満感、腹部膨満などの症状がみられます。

腹部の不快感・膨満感

腹膜偽粘液腫では、腹腔内に粘液性の腫瘍が広がることにより、腹部に不快感や膨満感が起こります。

初期症状として現れることが多く、病状の進行とともに徐々に強くなっていく傾向があります。

症状特徴
腹部の不快感腹部に違和感や圧迫感を感じる状態
腹部の膨満感腹部が張った感じがする状態

腹部膨満

腹膜偽粘液腫が進行すると、腹腔内に大量の粘液が貯留し、腹部が目に見えて膨らんでくる症状が現れます。

腹部膨満が進行すると、呼吸困難や食欲不振などの症状も伴うようになります。

消化器症状

  • 便秘
  • 下痢
  • 嘔吐
  • 腹痛

その他の症状

  • 体重減少
  • 全身倦怠感
  • 発熱

このような症状は、腹膜偽粘液腫の進行とともに徐々に強くなっていく傾向があります。

進行症状特徴
腹水貯留腹腔内に液体が貯まる
腸閉塞腸管の通過障害により便が詰まる状態

腹膜偽粘液腫の原因

腹膜偽粘液腫は、主に虫垂や卵巣に発生する粘液を産生する腫瘍が原因となり発症します。

虫垂由来の腹膜偽粘液腫

虫垂由来の腹膜偽粘液腫の多くは、虫垂に生じた粘液嚢胞腺腫(良性の粘液産生腫瘍)や粘液嚢胞腺癌(悪性の粘液産生腫瘍)が原因となります。

これらの腫瘍は虫垂内腔で過剰な粘液を産生し、虫垂の破裂や穿孔を引き起こす危険性があります。

破裂や穿孔が生じると、粘液が腹腔内に漏出し、腹膜表面に広がることで腹膜偽粘液腫を発症します。

卵巣由来の腹膜偽粘液腫

卵巣由来の腹膜偽粘液腫は、卵巣に発生した粘液性腫瘍、特に粘液性腺癌(悪性の粘液産生腫瘍)が原因となることが多いです。

卵巣の粘液性腺癌は粘液を過剰に産生する性質を持っており、腫瘍の破裂や腹膜への播種(がん細胞の散布)によって腹腔内に粘液が広がります。

発症のしくみ内容
粘液の過剰産生腫瘍細胞による大量の粘液産生
腫瘍の破裂・穿孔粘液の腹腔内への漏出
粘液の付着・蓄積腹膜表面への粘液の付着・蓄積
粘液の広がり腹腔内での粘液の拡散

その他の原因

まれではありますが、腸間膜や大網(胃と横行結腸を覆う脂肪組織)に発生した粘液性腫瘍、消化管の粘液産生腫瘍が腹膜に播種した場合、原発部位不明の粘液性腫瘍なども報告されています。

診察(検査)と診断

腹膜偽粘液腫の診断では、画像検査や生検を実施します。

主な身体所見

腹部の膨らみや腹水の貯留、腫瘤(しこり)が触れるなどの所見があった場合、腹膜偽粘液腫を疑います。

所見意味合い
腹部の膨らみ腹水貯留や腫瘍の増大の可能性を示唆
腹水貯留粘液性の腹水が存在する可能性
腫瘤触知原発巣(最初にがんが発生した場所)や播種病変(がんが広がった場所)の存在を示唆
腹部の張り腹膜刺激症状(腹膜の炎症)を反映

画像検査

腹部を超音波、CT、MRIなどの画像検査で詳しく調べます。以下のような特徴的な所見が認められると、腹膜偽粘液腫である可能性が高くなります。

  • お腹の中に大量の腹水がたまっている
  • 腸管が圧迫されて位置がずれている
  • 腹膜が厚くなったり、カルシウムが沈着したりしている
  • 腫瘤のような病変が見られる
画像検査特徴的な所見
腹部超音波検査腹水貯留、腫瘤性病変
CT検査腹水貯留、腸管の圧排・偏位、腹膜の肥厚・石灰化、腫瘤性病変
MRI検査粘液性腹水のT1強調画像での高信号、T2強調画像での低信号
PET-CT検査播種病変への集積亢進

腫瘍マーカー検査

CEA、CA19-9、CA125などの腫瘍マーカー(がんの存在を示唆する血液中の物質)を測定します。マーカーの値が高ければ、腹膜偽粘液腫の存在を裏付ける根拠の一つになります。

しかし、腫瘍マーカーが正常範囲内だからといって、腹膜偽粘液腫の可能性を完全に否定することはできません。

腫瘍マーカー基準値(正常上限)
CEA5.0 ng/mL
CA19-937 U/mL
CA12535 U/mL
CA72-46.9 U/mL

生検

確定診断をつけるために、腹腔鏡や開腹手術で腹膜の一部を採取し、顕微鏡で詳しく調べます。この生検で粘液を産生する腫瘍細胞が見つかれば、腹膜偽粘液腫と診断されます。

腹膜偽粘液腫の治療法と処方薬、治療期間

腹膜偽粘液腫の治療は、手術療法と薬物療法を組み合わせて行います。

手術療法

手術療法の目的は、腫瘍をできる限り切除し、粘液を除去することです。具体的には、以下のような手術が実施されます。

しかしながら、腫瘍を完全に切除することは困難なことが多く、再発のリスクは残ります。

手術名内容
減量手術腫瘍や粘液の可能な限りの切除を行う手術方法
腹膜切除術腹膜の広範囲な切除を行う手術方法
臓器合併切除術腫瘍が浸潤した臓器を一緒に切除する手術方法
人工肛門造設術腸管の切除範囲が広い場合に、一時的または永久的に人工肛門を造設する手術方法

薬物療法

  • 抗がん剤(シスプラチン、マイトマイシンCなどの細胞毒性を持つ薬剤)
  • 分子標的薬(ベバシズマブなどの血管新生阻害作用を持つ薬剤)

薬剤を組み合わせて使用することで、腫瘍の増殖を抑制する効果が期待できます。

ただし、副作用のリスクもあるため、状態に応じて投与量を調整する必要があります。

薬剤名作用機序
フルオロウラシル(5-FU)DNA合成阻害による抗腫瘍効果
オキサリプラチンDNA鎖間架橋形成による抗腫瘍効果
イリノテカントポイソメラーゼI阻害による抗腫瘍効果
パニツムマブ上皮成長因子受容体(EGFR)阻害による抗腫瘍効果

腹腔内温熱化学療法(HIPEC)

腹腔内温熱化学療法(HIPEC)は、手術で腫瘍を切除した後、温めた抗がん剤を腹腔内に灌流する方法です。

HIPECの利点HIPECの欠点
高い腫瘍制御効果が期待できる侵襲性が高く、患者さんへの負担が大きい
全身への副作用が比較的少ない専門性が求められ、実施できる施設が限られる

HIPECは有望な治療法ではありますが、まだ一般的とは言えず、実施できる施設も限られているのが現状です。

治療期間

腹膜偽粘液腫の治療は手術と薬物療法を繰り返し行うことが多く、治療期間は数か月から数年に及び、長期化します。

難治性の疾患ではありますが、専門的な治療を継続することで、長期生存が可能なケースもあります。

腹膜偽粘液腫の治療における副作用やリスク

腹膜偽粘液腫の治療では、術後の感染、出血、臓器障害などの一般的な手術合併症のリスクがあります。

また、化学療法剤による悪心・嘔吐、脱毛、骨髄抑制などの副作用が生じる可能性があります。

手術療法に伴うリスク

副作用・リスク説明
感染症手術を行った部位に感染症が発生してしまう可能性があります。感染症を防ぐためには、適切な抗菌薬の投与と創部の管理が重要となります。
出血手術中や術後に出血が起こる場合があります。出血が重篤な場合には、輸血や止血処置が必要となることもあります。

化学療法に伴う副作用

副作用・リスク説明
骨髄抑制白血球や血小板が減少してしまい、感染症や出血のリスクが高まってしまうことがあります。
消化器症状悪心、嘔吐、下痢などの消化器症状が現れる場合があります。
脱毛使用する抗がん剤の種類によっては、一時的な脱毛が起こる可能性があります。
神経障害手足のしびれや感覚異常などの末梢神経障害が生じる場合があります。
アレルギー反応まれではありますが、抗がん剤に対するアレルギー反応が起こる可能性もあります。

放射線療法に伴う副作用とリスク

副作用・リスク説明
皮膚炎放射線を照射した部位の皮膚に発赤、かゆみ、乾燥などの皮膚炎が生じる可能性があります。
粘膜炎口内炎や食道炎などの粘膜炎が発生してしまうこともあります。

この他、放射線療法による疲労感や、食欲不振などの全身症状も現れる場合があります。

長期的な合併症のリスク

腹膜偽粘液腫の治療が終了した後も、長期的な合併症のリスクに注意を払う必要があります。

合併症説明
腸閉塞手術による癒着や腫瘍の再発が原因となって、腸閉塞が起こるリスクがあります。
腎機能障害化学療法や放射線療法の影響により、腎機能が低下してしまう可能性があります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

腹膜偽粘液腫の治療費は、手術の種類や併用する治療法(温熱化学療法など)、入院期間、使用する薬剤などによって大きく変動し、高額になるケースも少なくありません。

特に、温熱化学療法は保険適用外であることが多く、全額自己負担となる場合もあります。

治療費の概要

腹膜偽粘液腫の治療費は、手術費用、入院費用、化学療法費用などを含め、総額で1,000万円以上になることもあります。

ただし健康保険が適用されるため、自己負担額は総額の3割程度になります。

項目費用
手術費用800万円以上
入院費用200万円以上
化学療法費用300万円以上

高額療養費制度の利用

高額療養費制度を利用することで、自己負担額を月額約8万7千円に抑えることができます。※所得によって自己負担限度額は異なります。

所得区分自己負担限度額
低所得者約3万5千円
一般所得者約8万7千円
高所得者約25万2千円

以上

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