食道静脈瘤破裂 – 消化器の疾患

食道静脈瘤破裂(Rupture of esophageal varices)とは、食道の壁にある静脈が異常に拡張し、その静脈が破れて大量出血を起こす重篤な状態です。

主に、肝硬変などの慢性肝疾患を抱える患者さんで発症します。

一旦破裂すると、大量出血により命にかかわる緊急事態となり、即座の医療介入が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

食道静脈瘤破裂の種類(病型)

食道静脈瘤破裂は、出血中の所見に基づき、湧出性出血、噴出性出血、滲出性出血の3つに分類されます。

出血パターン特徴主な対応方針
湧出性出血大量・急速な出血緊急止血と全身管理
噴出性出血局所的・高圧の出血内視鏡的治療の迅速な実施
滲出性出血持続的・緩徐な出血経過観察と保存的治療の併用

湧出性出血(gushing bleeding)

湧出性出血は、破裂部が大きく、血液が勢いよく湧き出るような特徴を持つ出血パターンです。

大きな静脈瘤の破裂によって起こることが多く、急速な血液喪失につながる可能性があるため、迅速な対応が必要です。

特徴対応
大量の血液流出迅速な輸液・輸血
広範囲の破裂部位緊急内視鏡治療

噴出性出血(spurting bleeding)

噴出性出血は、破裂部が比較的小さく、血液がジェット状に噴き出す特徴があります。

高圧の静脈瘤が破裂した場合に見られるもので、局所的ではありますが激しい出血が起こります。

滲出性出血(oozing bleeding)

滲出性出血は、勢いがなく、じわじわと血液がにじみ出る特徴を持つ出血パターンです。

小さな静脈瘤の破裂や、すでに形成された潰瘍からの持続的な出血によって起こります。

一見して軽度に見えますが、持続的な出血により徐々に状態が悪化する可能性があるため、慎重な対応が必要です。

病型に応じた対応の違い

  • 湧出性出血:迅速な大量輸液と血液製剤の準備、緊急内視鏡的治療の検討、場合によっては外科的介入の準備
  • 噴出性出血:局所止血処置の優先、内視鏡的静脈瘤結紮術の準備、血管造影下塞栓術(TAE)の考慮
  • 滲出性出血:慎重な経過観察、保存的治療と内視鏡的治療の併用検討、基礎疾患の管理強化

食道静脈瘤破裂の主な症状

食道静脈瘤破裂の主な症状は、突然の大量吐血や黒色便です。

症状緊急度推奨される行動
突然の吐血最高即時に救急車を要請
黒色便速やかに医療機関を受診
急激な体調不良家族に連絡し受診を検討

急性出血の徴候

食道静脈瘤が破裂すると、突然の大量吐血が起こります。

出血量は数百ミリリットルから数リットルに及ぶ場合もあり、短時間で生命を脅かす状況に陥ります。

出血の特徴臨床的意義対応の緊急度
鮮紅色活動性出血極めて高い
大量重症度が高い即時の対応が必要

消化管出血の続発症状

患者さんによっては、吐血の代わりに黒色便(メレナ)が最初の症状となる場合もあるため、便の色の変化にも注意が必要です。

これは上部消化管からの出血が腸管を通過する際に消化されて黒くなったもので、継続的な出血や過去24〜48時間以内に起こった出血を示しています。

便の性状意味する状態考えられる原因
黒色便上部消化管からの出血食道静脈瘤からの持続的出血
タール便消化された血液の存在24〜48時間前からの出血の痕跡

全身症状と循環不全の兆候

大量出血に伴い、めまいや立ちくらみ、冷や汗、意識レベルの低下などが生じ、状態は急速に悪化していきます。

さらに、身体が失血に対応しようとするため、頻脈(脈拍数の増加)や血圧低下といった循環不全の兆候も現れます。

早期発見・早期対応が重要です

以下の症状がある場合は、躊躇せずに直ちに医療機関を受診してください。

  • 突然の吐血や嘔吐物に血液が混じる
  • 黒色便や血便の出現
  • 急激な体調不良(めまい、冷や汗、意識もうろう)
  • 原因不明の腹痛や胸痛

食道静脈瘤破裂の原因

食道静脈瘤破裂の主な原因は、肝硬変などの慢性肝疾患による門脈圧亢進症です。

門脈圧亢進症が起こるしくみ

門脈圧亢進症は、肝臓の線維化や炎症によって起こります。

肝臓の構造が変化することにより血液の流れが阻害され、門脈系の血圧が上昇していきます。

この状態が持続すると、血液は新たな経路を探して流れようとします。

その結果として食道の静脈が拡張し、静脈瘤を形成するのです。

肝硬変による影響

肝硬変は、食道静脈瘤破裂の最も頻度の高い原因となります。

アルコール性肝障害や慢性ウイルス性肝炎が進行すると、肝臓の細胞が徐々に破壊され、線維組織に置き換わってしまい肝硬変の状態となります。

この肝硬変が進行すると、門脈圧は段階的に上昇していきます。

肝硬変の主な原因割合
アルコール性40%
ウイルス性30%
非アルコール性脂肪肝20%
その他10%

その他の潜在的な原因

肝硬変以外にも、門脈血栓症や肝外門脈閉塞などが食道静脈瘤破裂の原因となることもあります。

  • 門脈血栓症(血栓による門脈の閉塞)
  • 肝外門脈閉塞(肝臓外での門脈の閉塞)
  • 心不全(心臓の機能低下)
  • 肝蛭症(かんきゅうしょう:肝臓に寄生虫が感染する疾患)

破裂を引き起こす要因

静脈瘤が形成されたとしても、即座に破裂するわけではありません。以下のような要因が重なり合うと、破裂のリスクが飛躍的に高まります。

トリガー要因身体への影響
急激な血圧上昇静脈壁への圧力増加をもたらす
咳や嘔吐腹腔内圧の上昇を引き起こす
食道炎静脈壁の脆弱化を進行させる
アルコール摂取血管拡張と凝固機能低下を誘発する

特にアルコールの摂取は、肝機能をさらに悪化させるだけでなく、直接的に破裂のリスクを高める要因となります。

診察(検査)と診断

食道静脈瘤破裂が疑われる患者さんに対しては、迅速な初期評価が極めて重要です。

初期評価

まず vital signs(生命徴候)の確認を行い、血圧、脈拍、呼吸数、体温、意識レベルなどを素早く評価し、全身状態を把握します。

身体診察では、腹部の触診や視診のほか、腹水の有無や肝臓の腫大などを確認します。

また、直腸診を実施し、メレナ(黒色便)の有無を確認することも診断の手がかりとなります。

内視鏡検査

内視鏡検査により、食道静脈瘤と出血部位を直接確認することができます。

内視鏡検査は、状態が安定次第、できるだけ早期に実施することが望ましいです。

内視鏡検査のポイント

  • 食道のどの部位に、どの程度の大きさの静脈瘤があるか
  • 出血の有無と程度(活動性の出血があるか、出血量はどの程度か)
  • 赤色徴候(破裂のリスクを示す指標)の確認

内視鏡検査は診断だけでなく、同時に止血処置を行うこともできます。

血液検査・画像診断

診断精度を高めるため、血液検査と画像診断も併せて実施します。

血液検査の項目

検査項目確認内容臨床的意義
血算貧血の程度出血量の推定
凝固機能出血傾向止血能力の評価
肝機能肝障害の程度背景疾患の重症度判定
電解質体液バランス全身管理の指標

画像診断では腹部超音波検査やCT検査を行い、肝臓の状態や門脈圧亢進の程度を評価します。

また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍による出血との鑑別など、他の出血源の可能性を除外するためにも有用です。

食道静脈瘤破裂の治療法と処方薬、治療期間

食道静脈瘤破裂の治療は、内視鏡的治療、薬物療法、バルーン圧迫止血法を組み合わせて行います。

急性期は1〜2週間の入院加療が必要となり、その後の経過観察期間を含めると3〜6ヶ月の治療期間が目安となります。

急性期の治療

食道静脈瘤破裂の急性期治療では、患者さんの生命を守るため、迅速な対応が重要となります。

まずは循環動態の安定化を図るために、十分な輸液と輸血を行います。

この際、血圧の維持と組織への酸素供給を確保することが生存率を高める鍵となります。

循環動態が安定したら、内視鏡的治療に移行します。

内視鏡的硬化療法や内視鏡的結紮術が主な選択肢となり、出血部位を直接処置できる利点があります。

治療法特徴
内視鏡的硬化療法静脈瘤内に硬化剤を注入し、血管を閉塞させる
内視鏡的結紮術ゴムバンドで静脈瘤を縛り、血流を遮断する

内視鏡的治療と並行して、薬物療法も開始します。

バソプレシン(抗利尿ホルモン)やソマトスタチンアナログ(消化管ホルモンの一種)などの血管収縮薬を使用し、門脈圧を下げて出血のリスクを軽減します。

また、プロトンポンプ阻害薬(胃酸分泌抑制薬)を投与し、胃酸による食道粘膜の損傷を防いでいきます。

亜急性期から慢性期の管理

急性期を脱した後も、再出血の予防が治療の焦点となります。

この段階では、非選択的βブロッカー(心臓や血管に作用する薬)の投与が中心となります。

βブロッカーは門脈圧を下げ、静脈瘤の破裂リスクを軽減する効果があります。

薬剤名作用機序
プロプラノロール心拍出量と門脈血流量を減少させる
ナドロール長時間作用型で1日1回の投与が可能

加えて、定期的な内視鏡検査を実施し、静脈瘤の状態を評価します。

必要に応じて、予防的な内視鏡的硬化療法や結紮術を追加で行います。

新たな治療法

最近の研究では、経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS:Transjugular Intrahepatic Portosystemic Shunt)が難治性の食道静脈瘤に対して有効であることが示されています。

TIPSは、肝臓内に人工的なシャント(バイパス)を作成し、門脈圧を下げる手術です。

従来の内科的治療に抵抗性の症例において、TIPSは有望な選択肢となる可能性があります。

TIPS の利点TIPS の課題
門脈圧の効果的な低下肝性脳症のリスク増加
低侵襲な手技シャント閉塞の可能性
再出血率の低下技術的な難しさ
腹水コントロールの改善長期的な効果の不確実性

食道静脈瘤破裂の治療における副作用やリスク

食道静脈瘤破裂の治療には、多岐にわたる副作用やリスクが伴います。

内視鏡的治療に付随するリスク

リスク発生頻度
穿孔(せんこう:消化管に穴が開くこと)1-3%
出血5-10%
感染2-5%
誤嚥性肺炎(食物や唾液が気管に入ることで起こる肺炎)1-2%

薬物療法のリスク・副作用

薬剤主な副作用
β遮断薬低血圧、徐脈(じょみゃく:脈が遅くなること)
硝酸薬頭痛、めまい、顔面紅潮
ソマトスタチン誘導体悪心、高血糖、胆石形成
バソプレシン(抗利尿ホルモン)心筋虚血、腸管虚血、水中毒

肝機能への多面的影響

食道静脈瘤破裂に対する治療は、肝臓の機能に大きな負担をかけてしまう場合があります。

特に、大量の輸血や強力な薬物療法の実施は、既存の肝障害をさらに悪化させるリスクがあります。

肝機能の悪化による症状

  • 黄疸(おうだん:皮膚や白目が黄色くなる症状)
  • 腹水貯留(腹腔内に水がたまる状態)
  • 肝性脳症
  • 出血傾向の増悪
  • 低アルブミン血症(血液中のタンパク質が減少する状態)

長期的視点から見た合併症のリスク

食道静脈瘤破裂の治療後、長期的な経過中に合併症が起こることがあります。

合併症管理方法
再出血定期的な内視鏡検査、β遮断薬の継続投与
門脈血栓症抗凝固療法、定期的な画像検査
肝性脳症食事療法(低タンパク食)、薬物療法(ラクツロースなど)
肝癌の発生定期的な腫瘍マーカー検査、画像検査

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

食道静脈瘤破裂の治療は、医療保険が適用されます。ただし、緊急処置から入院、そして術後のケアまで含めると、高額な費用が想定されます。

緊急処置にかかる費用

食道静脈瘤破裂は生命を脅かす緊急事態であり、即座に処置を行う必要があります。

緊急内視鏡検査や止血処置などの初期対応には、およそ20万円から30万円程度の費用がかかります。

入院費用

患者様の状態に応じて、1週間から数週間の入院が必要です。

入院費用は病室のタイプや入院期間によって大きく変動しますが、一般的な目安は以下の通りです。

病室タイプ1日あたりの費用1週間の費用
大部屋2万円〜3万円14万円〜21万円
個室3万円〜5万円21万円〜35万円

治療および検査費用の目安

  • 内視鏡的静脈瘤結紮術 15万円〜25万円
  • CT検査 1回あたり2万円〜3万円
  • 血液検査 1回あたり5,000円〜1万円
  • 投薬治療 1日あたり5,000円〜1万円

以上

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