スキルス胃癌(Scirrhous gastric cancer)とは、胃の壁に広範囲にわたって浸潤し、胃壁を著しく肥厚させる特殊な形態の胃癌です。
胃壁の中で癌細胞が急速に増殖し、周囲の健康な組織を巻き込みながら進展していく特徴があります。
この独特な性質から、「皮革胃癌」や「リンパ管症型胃癌」という別名で呼ばれることもあります。
スキルス胃癌は他の胃癌と比較して進行速度が速く、初期段階での発見が困難な病気です。
スキルス胃癌の種類(病型)
スキルス胃癌は、胃がんの肉眼分類であるBorrmann分類(1~5型)において、4型に分類されるものとなります。
Borrmann分類とスキルス胃癌の位置づけ
Borrmann分類は、1926年にドイツの病理学者R. Borrmannによって提唱された進行胃癌の肉眼分類法です。
この中で、スキルス胃癌はBorrmann 4型(びまん浸潤型)に該当します。
Borrmann分類 | 特徴 |
1型 | 隆起型(胃の内側に向かって盛り上がるタイプ) |
2型 | 限局潰瘍型(境界明瞭な潰瘍を形成するタイプ) |
3型 | 浸潤潰瘍型(潰瘍を伴い、周囲に浸潤するタイプ) |
4型 | びまん浸潤型(スキルス胃癌) |
5型 | 分類不能型(上記のどれにも当てはまらないタイプ) |
Borrmann 4型胃癌は胃壁の広い範囲に渡って浸潤性に増殖し、胃壁を厚く硬くする特徴により、胃の機能が著しく低下します。
スキルス胃癌(Borrmann 4型胃癌)の病理学的特徴
スキルス胃癌は、以下のような病理学的特徴を持ちます。
- 癌細胞が個々に、または小さな集団で間質内に散らばっている
- 著しい線維化を伴う間質反応が見られる
- 胃壁全層にわたって浸潤性に増殖する
- 粘膜面での変化が乏しい(そのため、内視鏡検査での発見が難しい)
スキルス胃癌の浸潤パターンによる細分類
Borrmann 4型に分類されるスキルス胃癌は、さらにその浸潤パターン(癌細胞が広がる様子)によって3つの病型に細分類されます。
病型 | 主な特徴 | 診断・治療上の注意点 |
びまん浸潤型 | 胃壁全層への広範囲な浸潤 | 早期発見が困難、広範囲の切除が必要 |
限局型 | 境界明瞭な腫瘤形成 | 比較的早期発見の可能性あり、局所治療の可能性 |
混合型 | びまん浸潤と限局性腫瘤の共存 | 複雑な治療戦略が必要 |
早期診断が困難であり、予後不良
Borrmann 4型胃癌は粘膜面の変化が乏しいため、通常の内視鏡検査では発見が難しいです。
また、胃壁全層に広がる浸潤性の増殖パターンのため、手術による完全切除が困難な場合があります。
さらに他の型の胃癌に比べて化学療法や放射線療法に対する感受性が低く、早期発見の難しさから診断時にはすでに進行していることが多いため、一般的に予後不良とされています。
スキルス胃癌の主な症状
スキルス胃癌の症状は、初期段階では非特異的で軽微なものが多く、病状の進行に伴って腹部不快感や食欲不振、体重減少などが顕著になっていきます。
初期段階における症状の特徴
スキルス胃癌の初期段階では、患者さんが自覚できる明確な症状がほとんど現れないことが多いのが特徴です。
ただ、一部では以下のような軽微な症状が現れることがあります。
- 軽度の胃部不快感
- 食後のもたれ感
- 胸やけ
- 吐き気
一般的な胃炎や消化不良と症状が類似しているため見過ごされやすく、早期発見を困難にする要因となっています。
病状進行時の症状
スキルス胃癌の病状が進行すると、腹部痛や食欲不振など、より明確な症状が現れ始めます。
症状 | 特徴 |
腹部痛 | 持続的で鈍い痛み |
食欲不振 | 食事量の減少 |
体重減少 | 急激な体重の減少 |
嘔吐 | 食事の度に起こることも |
特に持続的な体重減少は重要な警告サインであると考えられるため、気になる症状がある場合はすぐに医療機関を受診するようにしてください。
消化管閉塞に起因する症状
スキルス胃癌が進行すると、胃壁の硬化や肥厚により消化管の通過障害が生じ、以下のような症状が出現します。
症状 | 説明 |
嚥下困難 | 食べ物を飲み込みにくくなる |
早期満腹感 | 少量の食事でも満腹感を感じる |
腹部膨満感 | お腹が張った感じがする |
転移に伴う多様な症状
スキルス胃癌は他の臓器に転移しやすい特徴を持っており、転移先の臓器によって様々な症状が現れます。
転移部位 | 主な症状 |
肝臓 | 黄疸、右上腹部痛 |
肺 | 咳、呼吸困難 |
骨 | 骨痛、病的骨折 |
腹膜 | 腹水貯留、腹部膨満 |
このような症状が出現した場合はすでに進行した状態である可能性が高く、迅速な医療介入が必要です。
早期発見が重要
スキルス胃癌は進行が速く、早期発見が困難な癌の一つとして知られています。
定期的な健康診断や胃カメラ検査(内視鏡検査)を受けることで早期発見の可能性が高まるため、特に40歳以上の方や胃癌の家族歴がある方は、積極的な検査が推奨されます。
スキルス胃癌の原因
スキルス胃癌はピロリ菌感染が主な要因であり、近年ではほぼ全ての症例でピロリ菌が検出されています。
ただし、ピロリ菌感染以外にも、遺伝的要因や生活習慣(喫煙、飲酒、食生活など)が複合的に関与していると考えられています。
遺伝子変異の影響
スキルス胃癌の発症に関わる代表的な遺伝子変異として、CDH1遺伝子の異常が挙げられます。
CDH1遺伝子は、細胞同士の接着に関わるE-カドヘリンというタンパク質をつくる設計図の役割を果たしています。
この遺伝子に異常が生じると細胞の接着が正常に機能せず、異常な細胞増殖につながります。
また、TP53遺伝子の変異も要因であると考えられています。TP53は「ゲノムの守護者」と呼ばれ、細胞の分裂や死を適切に調整する役割をもちます。
異常が生じた場合には癌細胞の増殖を抑える機能が低下し、スキルス胃癌の発症リスクが高くなります。
遺伝子 | 役割 | 変異の影響 |
CDH1 | 細胞接着 | 異常な細胞増殖 |
TP53 | 細胞周期調節 | 癌抑制機能の低下 |
環境要因・生活習慣による影響
ヘリコバクター・ピロリ菌(胃に感染する細菌)の感染は、胃癌全般のリスク因子として広く知られています。
ピロリ菌は胃の粘膜に慢性的な炎症を引き起こすため、細胞の遺伝子に変異を起こしやすい環境を作り出します。
また、塩分の取りすぎや加工肉の過剰摂取などの食生活も要因の一つと考えられています。
環境要因 | リスク | 予防策 |
ピロリ菌 | 高 | 除菌治療 |
食生活 | 中〜高 | バランスの良い食事 |
喫煙 | 高 | 禁煙 |
年齢・性別による影響
スキルス胃癌は、他の種類の胃癌と比べて若い人や女性に多く見られます。
特徴 | スキルス胃癌 | 他の胃癌 |
発症年齢 | 若年〜中年 | 高齢者が多い |
性別傾向 | 女性に多い | 男性に多い |
遺伝的素因・家族歴
家族性びまん性胃癌症候群という遺伝性の病気では、CDH1遺伝子に生まれつきの変異があり、スキルス胃癌を発症するリスクが非常に高くなります。
家族にスキルス胃癌の患者さんがいる方は、以下のような対策を取ることが大切です。
- 定期的に胃カメラ検査を受ける
- 遺伝カウンセリング(遺伝に関する専門的な相談)を受ける
- 健康的な生活習慣を心がける
- 早期発見・早期治療の重要性を理解する
遺伝的要因 | リスク | 対策 |
CDH1遺伝子変異 | 非常に高い | 定期検査、予防的手術の検討 |
家族歴あり | 高い | 遺伝カウンセリング、生活習慣改善 |
診察(検査)と診断
スキルス胃癌の診断では、胃内視鏡検査や胃バリウム検査などを行い、胃の形状や組織を調べます。
診断段階 | 主な目的 | 実施者 |
問診・身体診察 | 症状の把握と鑑別診断 | 消化器内科医 |
血液検査 | 全身状態の評価と腫獼マーカーの確認 | 臨床検査技師・医師 |
画像診断 | 病変の局在と進展度の評価 | 放射線科医・消化器内科医 |
病理診断 | 組織型の確定と悪性度の評価 | 病理医 |
画像診断
検査方法 | 特徴 | 利点 |
上部消化管造影検査 | 胃壁の硬化や伸展不良を確認 | 広範囲の観察が可能 |
内視鏡検査 | 粘膜の変化や壁の硬さを直接観察 | 詳細な粘膜観察と生検が可能 |
CT検査 | 胃壁の肥厚や周囲組織への浸潤を評価 | 全身の転移検索も同時に可能 |
超音波内視鏡 | 胃壁の層構造や深達度を詳細に観察 | 高解像度での局所評価が可能 |
画像診断では、病変の範囲や進行度を調べていきます。
一見して良性の胃炎に見える症例でも、内視鏡検査時の生検で偶然スキルス胃癌が発見されるようなケースもあります。
このため、疑わしい症例では積極的に生検を行うことが重要です。
生検と病理診断の実施
確定診断には、内視鏡下での生検と病理組織学的検査が欠かせません。
スキルス胃癌は粘膜下層を主座とするため、通常の生検では診断が困難な場合があります。
そのため、以下の点に留意して生検を行います。
生検のポイント | 説明 | 目的 |
複数箇所からの採取 | 病変の広がりを考慮 | 見逃しを防ぐ |
深部からの組織採取 | 粘膜下層まで到達するよう注意 | 病変の主座を捉える |
繰り返しの生検 | 初回で陰性でも再検討 | 偽陰性を減らす |
大きめの生検鉗子の使用 | より多くの組織を採取 | 診断精度を上げる |
病理診断では、低分化腺癌や印環細胞癌の特徴的な所見を確認します。
スキルス胃癌の治療法と処方薬、治療期間
スキルス胃癌では、化学療法、手術、放射線療法を組み合わせ、総合的な治療を行います。
化学療法による腫瘍制御
化学療法では、がん細胞の増殖を抑え、腫瘍を小さくすることを目指します。
一般的に使われる薬剤としては、フルオロウラシル、シスプラチン、ドセタキセルなどがあり、単独または組み合わせて投与します。
化学療法の期間は患者さんの状態や腫瘍の反応によって異なりますが、通常3〜6か月程度継続します。
手術療法
スキルス胃癌は進行が早く、診断時にはすでに進んでいる例が多いため、手術のタイミングは慎重に見極める必要があります。
化学療法で腫瘍を小さくしてから手術を行う、ネオアジュバント療法が効果を発揮する場合もあります。
手術の範囲は胃全摘出術や胃亜全摘出術が一般的ですが、リンパ節郭清(がんの転移が疑われるリンパ節を取り除く手術)の程度は症例によって判断します。
手術の種類 | 特徴 | 適応 |
胃全摘出術 | 胃全体を切除 | 広範囲に進行した症例 |
胃亜全摘出術 | 胃の一部を残す | 比較的限局した症例 |
腹腔鏡下手術 | 小さな切開で行う | 早期の症例や体力が低下した患者 |
開腹手術 | 大きく切開して行う | 進行症例や複雑な手術が必要な場合 |
放射線療法の併用
腫瘍の縮小や症状の緩和のための放射線療法は、化学療法や手術と組み合わせて実施します。
特に、局所的に進行した症例や、手術後に再発のリスクが高い場合に効果的とされます。
通常は5〜6週間にわたって行い、1日1回の照射を週5日間実施します。
分子標的薬による治療
近年、分子標的薬(がん細胞に特異的に作用する薬剤)の開発が進み、スキルス胃癌の治療にも応用されています。
HER2陽性の症例ではトラスツズマブなどの抗HER2薬が効果を示し、ラムシルマブなどの血管新生阻害薬も、進行・再発例に対して使用されています。
分子標的薬の種類 | 作用機序 | 主な適応 |
抗HER2薬 | HER2タンパク質を標的 | HER2陽性胃がん |
血管新生阻害薬 | がんの血管形成を抑制 | 進行・再発胃がん |
免疫チェックポイント阻害薬 | 免疫システムを活性化 | 特定の進行胃がん |
mTOR阻害薬 | がん細胞の増殖シグナルを抑制 | 一部の進行胃がん |
スキルス胃癌の治療における副作用やリスク
スキルス胃癌の治療には、様々な副作用やリスクが伴います。
手術に関連する副作用とリスク
手術の一般的な副作用として、術後の痛みや不快感が挙げられます。また、手術部位の感染や出血、麻酔に関連する合併症が起こる可能性があります。
副作用・リスク | 対策 |
術後痛 | 適切な鎮痛薬の使用 |
感染 | 抗生物質の予防投与 |
出血 | 慎重な止血処置 |
麻酔合併症 | 術前の詳細な評価 |
化学療法に伴う副作用
化学療法の副作用として頻繁に見られる症状には、吐き気や嘔吐、食欲不振、倦怠感(だるさ)などがあります。
また、脱毛や皮膚の変化、口内炎などがQOL(生活の質)に影響を与える場合もあります。
血液系の副作用として、白血球減少による感染リスクの上昇や、血小板減少による出血傾向も注意が必要です。
放射線療法による副作用とリスク
放射線療法では、照射部位の皮膚炎や粘膜炎、疲労感などの副作用が起こる可能性があります。
副作用 | 短期的影響 | 長期的影響 |
皮膚炎 | 発赤、痛み | 色素沈着、硬化 |
粘膜炎 | 痛み、出血 | 潰瘍形成 |
疲労感 | 日常生活への支障 | 慢性疲労 |
周辺臓器への影響 | 急性炎症 | 機能障害 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
スキルス胃癌の治療は、手術療法、化学療法、放射線療法などを組み合わせた集学的治療が必要となるため、医療費が高額になる傾向です。
手術療法の費用
手術の種類 | 費用の目安(3割負担の場合) |
胃全摘術 | 60万円〜90万円 |
胃亜全摘術 | 50万円〜80万円 |
※手術室使用料、麻酔料、術後の入院費などが含まれます。
化学療法の費用
化学療法の費用は使用する薬剤や治療期間によって大きく異なりますが、一般的な抗がん剤治療の場合、1クール(4〜6週間)あたりの費用は以下のようになります。
治療法 | 費用の目安(3割負担の場合) |
標準的な化学療法 | 15万円〜35万円/クール |
分子標的薬併用 | 40万円〜60万円/クール |
放射線療法の費用の目安
- 外部照射療法1回あたり1.5万円〜2.5万円(3割負担の場合)
- 全体の治療コース(20〜30回)25万円〜75万円(3割負担の場合)
以上
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