臍ヘルニア – 消化器の疾患

消化器疾患の一種である臍ヘルニアとは、おへその部分の筋肉や筋膜に生じた隙間から、腹腔内の臓器や組織が 突出してしまう状態のことです。

この症状は、日常生活における腹圧の上昇が主な原因となっており、出産を経験された方や、体重が気になる方、 また職業上で重量物を扱う機会の多い方々に特に見られる傾向にあります。

特徴的な症状として、おへその部分の膨らみや違和感、場合によっては痛みを伴うことがあり、日常生活に さまざまな影響を与える可能性のある疾患となっています。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

臍ヘルニアの主な症状

臍ヘルニアは、外観の明確な変化から内部での不快感まで、多岐にわたる症状を呈する疾患です。

患者さまごとに症状の強さや現れ方には個人差があり、日常生活での活動内容によって症状が変動します。

外観上の特徴と変化

臍ヘルニアの第一の特徴として、臍部(おへその部分)における明確な膨隆が挙げられます。

この膨隆は、体位や活動状態によって形状が変化し、直径1センチメートルから3センチメートル程度の範囲で観察されます。

立位での作業や重量物の挙上時には膨隆が顕著となり、特に腹圧が上昇する動作では突出がより明確になります。

反対に、仰臥位(あおむけの状態)では自然と陥没することが多く、この特徴は本疾患の重要な診断指標となっています。

体位膨隆の程度特記事項
立位中程度〜強活動時に増強
座位軽度〜中程度姿勢により変動
臥位軽微〜消失自然還納が多い

痛みと不快感の種類

臍ヘルニアにおける痛みや違和感は、その性質において多様性を示します。

一般的な痛みのパターンとして、持続的な鈍痛から間欠的な刺激痛まで、幅広い様相を呈します。

腹圧上昇時には牽引感や圧迫感が増強し、長時間の立位作業後には疲労感を伴う不快感が出現します。就寝時や安静時には症状が軽減することが特徴的です。

  • 持続的な鈍痛(腹部全体にわたる痛み)
  • 間欠的な刺激痛(突発的に起こる鋭い痛み)
  • 牽引感(引っ張られるような感覚)
  • 圧迫感(つっぱるような感覚)

日常生活における影響

臍ヘルニアの存在は、日常生活の様々な場面で活動制限をもたらします。

特に、腹圧上昇を伴う動作時には症状が顕著となり、職業生活や家事活動に支障をきたすことがしばしばです。

活動内容症状の程度注意点
デスクワーク軽度姿勢への配慮
家事全般中程度動作の工夫
スポーツ活動重度運動強度の調整

症状の日内変動

臍ヘルニアの症状は、一日の活動パターンに応じて明確な変動を示します。朝方は比較的軽度であるのに対し、夕刻にかけて徐々に増強する傾向があります。

時間帯活動内容症状の強さ
早朝起床直後最小
午前中軽作業軽度
午後通常活動中等度
夜間活動後最大

二次的な症状

臍ヘルニアに随伴して、消化器症状や姿勢変化に伴う諸症状が出現します。

これらの症状は主症状である膨隆や疼痛と密接に関連し、患者さまのQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。

  • 消化器症状(食後のもたれ感、胸焼けなど)
  • 姿勢性の腰背部痛
  • 活動制限に伴う筋力低下
  • 疲労感の増大

臍ヘルニアの症状は、個々の患者さまの生活習慣や活動内容によって異なる経過をたどります。

日常生活での工夫と適切な活動量の調整により、症状のコントロールを図ることが重要です。

臍ヘルニアの原因

臍ヘルニアは、解剖学的な特徴と様々な環境因子が組み合わさって発症する疾患です。

腹壁の構造的な脆弱性を基盤として、日常生活における物理的な負荷や身体的な変化が引き金となって発症に至ります。

解剖学的な特徴と発症メカニズム

臍部(へその部分)は、胎児期に臍帯が通過していた開口部が閉じた跡であり、直径約1.5〜2.0センチメートルの線維性輪(臍輪)として残存します。

この部位では、腹壁を構成する組織が他の部位と比べて約30%程度薄くなっています。

腹壁は、表層から深層にかけて、腹直筋(厚さ約10ミリメートル)、腹横筋(厚さ約5ミリメートル)、および それらを包む筋膜という3層構造で形成されており、これらが協調して内臓を支えています。

腹壁層厚さ(mm)主な機能
腹直筋10-12体幹安定化
腹横筋4-6側方支持
筋膜層2-3補強・連結

先天的要因による発症

先天的な臍ヘルニアの発症率は、新生児の約10〜15%に認められ、特に低出生体重児(2,500g未満)では その割合が20〜25%まで上昇します。

胎児期における腹壁形成過程の異常は、出生後の臍輪径に大きく影響します。

正常な臍輪径が2.0cm以下 であるのに対し、臍ヘルニアでは平均して2.5〜3.0cm程度に拡大しています。

  • コラーゲン形成異常(エーラス・ダンロス症候群など)
  • 腹壁筋の形成不全(プルーンベリー症候群)
  • 染色体異常(13番染色体トリソミーなど)
  • 結合組織の先天的脆弱性

後天的要因と生活習慣

後天的な臍ヘルニアの主要因として、腹圧上昇が挙げられます。標準的な腹腔内圧が5〜7mmHgであるのに 対し、重量物挙上時には最大で40〜50mmHgまで上昇します。

行動・状態腹腔内圧上昇(mmHg)リスク度
安静時5-7
立位15-20
咳嗽時30-40
重量挙上時40-50極高

年齢による発症リスクの変化

加齢に伴う組織強度の低下は、40歳以降に顕著となり、60歳以上では筋力が平均して20〜30%減少します。

年齢層筋力低下率(%)組織弾力性低下(%)
40-50歳10-1515-20
51-60歳15-2020-25
61歳以上20-3025-35

職業性要因と環境因子

職業性の臍ヘルニア発症リスクは、作業内容と勤務時間に密接に関連します。

重量物(15kg以上)の 取り扱いが日常的にある職種では、一般的な事務職と比較して発症リスクが約2.5倍に上昇します。

  • 建設作業(1日平均持ち上げ重量20-30kg)
  • 介護職(患者移乗時の負荷15-25kg)
  • 倉庫作業(荷物取り扱い重量10-40kg)
  • 農作業(収穫物運搬時15-35kg)

臍ヘルニアの発症メカニズムを理解することは、日常生活における予防的な配慮を行う上で重要な意味を持ちます。

診察(検査)と診断

臍ヘルニアの診断は、段階的なプロトコルに従って実施します。

まず問診で患者さまの状態を詳しく把握し、続いて視診・触診による身体所見の評価を行い、必要に応じて画像検査を追加します。

これらの結果を組み合わせることで、高い精度の診断が実現できます。

問診による情報収集

問診では、臍部(へその部分)の状態変化について時系列に沿って詳しく確認します。特に発症時期や状態変化の パターン、日常生活との関連性に焦点を当てます。

医師は問診票に基づいて、症状の進行速度や悪化要因を特定します。一般的な問診では15分程度の時間をかけ、 患者さまの生活背景まで含めた包括的な情報収集を行います。

確認事項具体的な質問内容診断的意義
発症時期いつから気付いたか進行速度の評価
状態変化どんな時に目立つか誘因の特定
生活影響普段の活動制限重症度判定

視診による評価

視診では、臍部の形状変化を複数の体位で観察します。標準的な観察時間は5分程度で、この間に立位・座位・ 臥位での変化を記録します。

臍輪(へその部分の輪状構造)の直径は通常1.5〜2.0センチメートルですが、ヘルニアでは2.5センチ メートル以上に拡大します。突出の程度は、正常な腹壁面からの距離で評価します。

観察体位観察時間評価項目
立位2分突出度・対称性
座位2分還納性・皮膚色
臥位1分基本形態

触診による精査

触診では、指先の感覚を頼りに臍輪の開大具合や周囲組織の性状を評価します。

臍輪径は示指(人差し指)を 用いて測定し、1横指(約1.5cm)、2横指(約3.0cm)といった具体的な数値で記録します。

触診項目正常値異常判定基準
臍輪径〜2.0cm2.5cm以上
還納抵抗なし中等度以上
圧痛なし明確な痛み

画像診断の実施

画像検査では、超音波検査を第一選択として実施します。検査時間は通常15〜20分程度です。

超音波では、 ヘルニア門の大きさや内容物の性状を詳細に観察できます。CT検査やMRI検査は、複雑な症例や手術前評価 として追加することがあります。

鑑別診断の実施

臍部膨隆をきたす疾患の鑑別では、特に以下の項目について注意深く評価します。

  • 臍部腫瘤(脂肪腫、嚢胞性病変など)
  • 腹水貯留による臍部突出
  • 腹壁瘢痕ヘルニア
  • 腹直筋離開

正確な診断のためには、これらの検査結果を総合的に分析することが重要です。

臍ヘルニアの治療法と処方薬、治療期間

臍ヘルニアに対する治療方針は、患者さまの年齢、症状の程度、生活環境などを総合的に判断して決定します。

治療選択肢には、経過観察を含む保存療法と手術による根治療法があり、それぞれの特徴を理解した上で、最適な方法を選択します。

保存療法の実際と期間

保存療法では、腹帯による圧迫固定を基本として、3〜6か月の期間をかけて経過を観察します。腹帯は臍部 (へその部分)を均一に圧迫し、内臓の突出を防ぐ役割を担います。

腹帯の装着時間は、活動時を中心に1日12〜16時間が標準的です。就寝時は、体位による自然還納を期待 して、原則として装着を控えます。

腹帯の種類圧迫力装着時間
弾性包帯型弱〜中8-12時間
ベルト型中〜強12-16時間
オーダーメイド個別調整指示による

外科的治療の種類と手術時間

手術方法は、ヘルニア門(へその部分の開口部)の大きさによって選択します。

直径2cm未満の小型では 直接縫合、2cm以上の中〜大型ではメッシュ(補強用の人工網)を使用した修復を行います。

手術方式手術時間麻酔方法入院期間
直接縫合40-60分局所麻酔1-2日
メッシュ修復60-90分全身麻酔3-5日
腹腔鏡90-120分全身麻酔2-4日

手術後の経過と具体的な回復期間

術後の回復過程は、手術方法と患者さまの状態によって個別に異なります。

一般的な目安として、創部の痛みは 5〜7日で軽減し、日常生活動作の制限は2〜3週間で緩和していきます。

回復段階達成目標所要期間
早期離床病室内歩行術後6-12時間
基本動作トイレ動作自立術後1-2日
日常生活入浴・家事術後7-10日
社会復帰デスクワーク術後2-3週間

術後の具体的な生活指導

術後の回復期間中は、腹圧上昇を避けるための具体的な動作制限が必要です。重量物の挙上は、段階的に 制限を緩和していきます。

  • 1週目:2kg以下の軽作業のみ
  • 2週目:5kg未満の物の取り扱い可能
  • 3週目:10kg未満まで許容
  • 4週目以降:制限を段階的に解除

長期的な経過観察と管理指標

手術後の定期検診は、術後1週間、1か月、3か月、6か月、1年と段階的に実施します。

創部の状態、腹壁の 強度、日常生活動作の回復度合いなどを評価指標として用います。

評価時期確認項目判定基準
1週間後創部治癒浸出液なし
1か月後腹壁強度圧痛消失
3か月後運動範囲制限解除

臍ヘルニアの治療では、手術方法の選択と術後の生活管理が大切です。

臍ヘルニアの治療における副作用やリスク

臍ヘルニアの治療に際しては、適切なリスク管理と慎重な経過観察が欠かせません。本稿では治療に伴う副作用とリスクについて、具体的な発生頻度や対処法を含めて詳しく解説いたします。医学的根拠に基づいた情報をもとに、患者さまにご理解いただきたい重要な点を説明します。

保存療法における懸念事項

保存療法の中心となる腹帯による圧迫固定では、装着部位の皮膚トラブルが一定の割合で発生します。統計的 なデータによると、1日8時間以上の装着で約15%の患者さまに何らかの皮膚症状が出現するとされています。

圧迫による循環障害や皮膚の発赤は、装着開始から48-72時間以内に確認されることが多く、特に夏季は 発生率が1.5倍程度に上昇します。

皮膚トラブル好発時期発生率(%)
かぶれ・発赤1-3日目15-20
掻痒感3-7日目25-30
蒸れ即日-2週間35-40

手術に伴う一般的なリスク

手術療法における一般的なリスクは、手術時間や麻酔方法によって異なります。局所麻酔下での手術(60分 以内)では、重篤な合併症の発生率は0.1%未満ですが、全身麻酔を要する症例では約0.5%に上昇します。

手術方法平均所要時間合併症率(%)
局所麻酔下手術45-60分0.1未満
脊椎麻酔下手術60-90分0.3-0.5
全身麻酔下手術90-120分0.5-1.0

手術特有の合併症

臍ヘルニア手術後の再発率は、術式の選択と術者の経験により大きく異なります。直接縫合法では5年以内の 再発率が8-12%であるのに対し、メッシュ法では3-5%まで低下します。

腸管損傷などの重大な合併症は、1,000例中1例程度の発生率です。手術手技の標準化により、この20年間で 発生率は約3分の1に減少しています。

合併症の種類早期(1ヶ月以内)晩期(1年以上)
再発1%未満3-8%
感染2-3%0.5%未満
慢性疼痛5-10%1-2%

メッシュ使用に関連するリスク

人工補強材(メッシュ)使用時の合併症は、材質の改良により年々減少傾向にあります。ポリプロピレン製 メッシュの場合、重度の合併症発生率は0.1%未満まで低下しています。

メッシュ周囲の違和感は、術後6ヶ月で約30%の患者さまが自覚しますが、1年後には5%程度まで改善します。 感染のリスクは、予防的抗生剤の使用により1%未満に抑えられています。

術後長期的な影響

手術から5年以上経過した患者さまの追跡調査によると、90%以上が日常生活に支障のない状態まで回復して います。慢性的な違和感の残存は7-8%程度で、そのうち日常生活に影響するものは1%未満とされています。

手術部位の違和感や痛みは、術後のリハビリテーションプログラムの実施により、発生率を半減できることが 明らかになっています。

医療技術の進歩により、臍ヘルニア治療の安全性は着実に向上しています。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

処方薬の薬価

消炎鎮痛剤や外用薬の費用は、医療用医薬品の公定価格である薬価基準に基づいて設定されており、症状の 程度や使用量によって変動します。

薬剤分類1日あたりの価格(3割負担)
消炎鎮痛剤120-180円
外用軟膏80-150円

1週間の治療費

通院による保存療法を選択した場合、診察料と投薬料を合わせた週間の医療費は、おおよそ5,000円前後と なります。

なお、初診時には診察に加えて各種検査を実施するため、通常より費用が高くなります。

  • 初診料と一般的な検査:4,500-6,000円
  • 再診料(2回目以降):730円
  • 処方箋料:680円
  • 投薬料(1週間分):700-1,200円

1か月の治療費

月単位での医療費には、定期的な通院費用に加え、腹帯などの医療用具の費用が含まれます。

症状の経過に よって通院頻度は調整されますが、標準的な通院スケジュールでは以下のような費用配分となります。

費用項目概算金額(3割負担)備考
通院費用8,000-12,000円2-3回/月
医療用具7,000-13,000円腹帯含む

医療費の実費負担を軽減するための各種制度もございますので、医療機関の相談窓口にお気軽にご相談ください。

以上

References

LAU, H.; PATIL, N. G. Umbilical hernia in adults. Surgical Endoscopy and Other Interventional Techniques, 2003, 17: 2016-2020.

VELASCO, M., et al. Current concepts on adult umbilical hernia. Hernia, 1999, 3: 233-239.

VENCLAUSKAS, Linas; ŠILANSKAITĖ, Jolita; KIUDELIS, Mindaugas. Umbilical hernia: factors indicative of recurrence. Medicina, 2008, 44.11: 855.

APPLEBY, Paul W.; MARTIN, Tasha A.; HOPE, William W. Umbilical hernia repair: overview of approaches and review of literature. Surgical Clinics, 2018, 98.3: 561-576.

SHANKAR, Divya A., et al. Factors associated with long-term outcomes of umbilical hernia repair. JAMA surgery, 2017, 152.5: 461-466.

LASSALETTA, Luis, et al. The management of umbilical hernias in infancy and childhood. Journal of pediatric surgery, 1975, 10.3: 405-409.

MARSMAN, Hendrik A., et al. Management in patients with liver cirrhosis and an umbilical hernia. Surgery, 2007, 142.3: 372-375.

MAYO, William J. VI. An operation for the radical cure of umbilical hernia. Annals of surgery, 1901, 34.2: 276.

POLAT, Cafer, et al. Umbilical hernia repair with the prolene hernia system. The American journal of surgery, 2005, 190.1: 61-64.

CHIRDAN, L. B.; UBA, A. F.; KIDMAS, A. T. Incarcerated umbilical hernia in children. European journal of pediatric surgery, 2006, 16.01: 45-48.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。