抗リン脂質抗体症候群(APS) – 婦人科

抗リン脂質抗体症候群(APS)(antiphospholipid syndrome)とは、血液内に自己抗体が現れる自己免疫疾で、若年層の女性に多く見られます。

体内で不要な血栓が形成されやすくなり、妊娠中の女性では流産や早産のリスクが上昇するので注意が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

抗リン脂質抗体症候群(APS)の主な症状

抗リン脂質抗体症候群(APS)の症状は、血栓形成、妊娠関連の問題、皮膚の変化、循環器系への影響など、広範囲にわたります。

血栓形成

APSの最も顕著な特徴は、体内の異常な血栓の形成で、静脈や動脈を問わず、身体のあらゆる部位で血栓が発生します。

血栓の好発部位臨床症状
脳血管一過性脳虚血発作、脳梗塞
冠動脈心筋梗塞、狭心症
肺動脈肺塞栓症
下肢静脈深部静脈血栓症

下肢の深部静脈に血栓が形成された場合、深部静脈血栓症を起こし、足部のに腫脹や疼痛が現れます。

肺動脈に血栓が移動すると肺塞栓症を誘発し、突然激しい呼吸困難や胸部痛が起こります。

妊娠に関連する合併症

APSは、妊娠期間中にさまざまな合併症を起こす原因です。

注意を要する症状

  • 反復性流産(習慣流産)
  • 早期産
  • 胎児発育不全
  • 妊娠高血圧腎症(旧称:妊娠中毒症)

胎盤の血流が障害されることによって生じ、APSを有する方の中には、妊娠初期から中期にかけて連続して流産を経験する方も珍しくありません。

皮膚に現れる兆候

APSに関連する皮膚症状は他の症状と比べると見落とされやすいですが、診断の重要な手がかりです。

皮膚症状名所見
網状皮斑皮膚表面に現れる網目状の青紫色の変色
皮膚潰瘍皮膚組織の一部が欠損した状態の傷
結節性紅斑赤く腫れ上がり、圧痛を伴う皮下の結節

皮膚症状は、皮膚の微小血管における血流障害によって生じます。

全身症状

APSは全身性の疾患であるため、他にも症状が見られます。

  • 血小板減少:出血傾向の亢進や皮下出血(紫斑)
  • 心臓弁膜症:特に僧帽弁や大動脈弁における異常
  • 腎機能障害:高血圧や尿蛋白の出現
  • 神経系の異常:持続する頭痛、てんかん発作、認知機能の低下
症状の分類症状例
血液学的異常血小板数の減少、貧血の進行
循環器系症状不整脈の出現、心不全の進行
消化器系症状持続する腹痛、嘔気・嘔吐
筋骨格系症状関節痛、筋肉痛

抗リン脂質抗体症候群(APS)の原因

抗リン脂質抗体症候群(APS)の発症には、遺伝的背景や環境要因が関与しています。

自己抗体形成の背景

体内で生成される異常な自己抗体は、通常は問題のないリン脂質や血漿タンパク質と結合し、血栓形成を促進する一因です。

自己抗体の形成プロセスは未だ全容解明には至っていませんが、遺伝的素因と環境要因の相互作用が関係すると考えられています。

遺伝的要因

遺伝的要因は、APSの発症リスクを増大させます。

遺伝子関連する機能
HLA-DR4免疫応答の制御
β2-GPI抗リン脂質抗体の標的分子
STAT4免疫細胞の活性化
IRF5インターフェロン産生調節

遺伝的要因は単独でAPSを起こすわけではないものの、発症リスクを高める要素です。

環境因子

感染症、ホルモンバランスの変化、精神的ストレス、特定の薬物も自己抗体の産生を誘発します。

  • ウイルス感染(特に単純ヘルペスウイルスやサイトメガロウイルス)
  • 細菌感染(マイコプラズマやレジオネラなど)
  • 喫煙
  • 紫外線への過度の曝露
  • 特定の薬物(プロカインアミドやヒドララジンなど)
  • 妊娠や出産に伴うホルモン変動

これらの因子が免疫系を刺激し、自己抗体の産生を増やします。

免疫調節機構の異常

APSの発症には、免疫系の調節機構の乱れにも関与しています。

免疫調節因子APSにおける変化
制御性T細胞機能低下
サイトカインバランス炎症性サイトカインの優位
B細胞活性化因子過剰産生
Toll様受容体異常活性化

血管内皮細胞の機能異常

APSでは抗リン脂質抗体が内皮細胞に作用することで、細胞の活性化や損傷が発生し、血栓形成のリスクが高まります。

内皮細胞の変化結果
炎症性サイトカインの産生増加血栓形成の促進
血管収縮物質の分泌亢進血流障害の誘発
細胞接着分子の発現増加白血球の接着促進
組織因子の発現上昇凝固カスケードの活性化

診察(検査)と診断

抗リン脂質抗体症候群(APS)の診断は、臨床症状の評価と血液検査結果を総合して行われます。

初期診察

APSの問診では患者さんの過去の病歴、家族の疾患歴、現在ある症状について聴取していきます。

重点的に聞くのは、過去の血栓症の発症歴や妊娠に関連した合併症の有無です。

問診で重点的に聴取する項目例示
過去の血栓症発症歴深部静脈血栓症、肺塞栓症、脳血管障害
妊娠関連の問題事象反復性流産、早産、胎児発育不全
自己免疫疾患の家族歴全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、シェーグレン症候群
皮膚症状の有無網状皮斑、皮膚潰瘍、結節性紅斑

問診に続いて身体診察を実施し、皮膚の状態変化、四肢の浮腫の程度、神経学的異常の有無を、評価していきます。

血液検査

APSの診断過程においては、血液検査が重要です。

検査対象となる抗体

  • ループスアンチコアグラント(LA):凝固系に影響を与える抗体
  • 抗カルジオリピン抗体(aCL):細胞膜成分に対する抗体
  • 抗β2グリコプロテインI抗体(aβ2GPI):血漿タンパク質に対する抗体

抗体検査は少なくとも12週間の間隔を空けて2回実施し、陽性結果が持続することを確認します。

抗体の種類検査方法臨床的意義
LA凝固時間を測定する機能的検査血栓形成リスクの評価
aCLELISA法による抗体量の定量血小板活性化の指標
aβ2GPIELISA法による抗体量の定量血栓形成メカニズムの評価
抗プロトロンビン抗体ELISA法補助的診断指標

初回検査で陽性反応を示した患者さんが、2回目の検査で陰性に転じるケースも珍しくありません。

画像診断

APSに起因する血栓の存在や範囲を評価するために、画像診断を活用します。

  • 超音波検査:下肢深部静脈血栓症の評価に用いられる
  • CT検査:肺塞栓症や脳血管障害の診断に優れ、三次元的な血管構造の評価が可能
  • MRI検査:脳の微小血管障害や軟部組織の変化を高解像度で捉える
  • 心エコー検査:心臓弁膜症や心腔内血栓の評価に有用

国際的に認知された臨床診断基準

APSの臨床診断において、世界的に広く採用されているのが「改訂シドニー基準」です。

臨床基準(以下のいずれか1項目以上を満たすこと)

  • 血栓症:画像診断や組織学的検査で確認された動脈、静脈、または微小血管における血栓症
  • 妊娠合併症: a) 3回以上の連続する10週未満の初期流産(染色体異常や解剖学的異常を除外) b) 重症妊娠高血圧腎症または子癇による34週未満の早産 c) 形態学的に正常な胎児の10週以降の原因不明の子宮内胎児死亡

検査基準(以下のいずれか1項目以上を、12週間以上の間隔を空けて2回陽性であること)

  • 国際血栓止血学会のガイドラインに基づくループスアンチコアグラント陽性
  • 中等度以上の力価(40GPL単位以上)の IgG型またはIgM型抗カルジオリピン抗体陽性
  • 99パーセンタイル以上の抗β2グリコプロテインI抗体(IgG型またはIgM型)陽性
臨床基準検査基準診断
1項目以上1項目以上確定診断
なし1項目以上無症候性APS
1項目以上なしAPS疑い
なしなしAPS否定

抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療法と処方薬、治療期間

抗リン脂質抗体症候群(APS)に対する治療は、血栓形成の予防と既存の血栓を抑えることが目標です。

抗凝固療法

血栓形成のリスクを軽減するため、ワルファリンや低分子ヘパリンなどの抗凝固薬が第一選択薬として広く用いられています。

血液凝固カスケードに介入することで、過剰な凝固反応を抑制する働きを持っています。

ワルファリンを使用する際には、定期的な血液検査によるINR(国際標準比)の経過観察が不可欠です。

抗凝固薬特徴
ワルファリン経口薬、長期使用可能、INRモニタリングが必要
ヘパリン注射薬、即効性あり、入院時や周術期に使用
低分子量ヘパリン皮下注射、妊娠中や腎機能低下時に有用
直接経口抗凝固薬(DOAC)新世代の経口薬、一部のAPS患者に使用可能

抗凝固療法は、長期間にわたって継続されます。

抗血小板療法

抗凝固療法に加えて、抗血小板薬の併用が行われます。

アスピリンやクロピドグレルが使用され、血小板の凝集を抑制することで、動脈血栓症の予防が可能です。

抗血小板薬作用
アスピリンシクロオキシゲナーゼ阻害による血小板凝集抑制
クロピドグレルADP受容体阻害による血小板活性化抑制
プラスグレルより強力なADP受容体阻害作用
チカグレロル可逆的なP2Y12阻害薬

抗血小板療法は、患者さんの臨床像や血栓リスクに応じて、単剤または複数の薬剤を組み合わせて使用します。

免疫調節療法

重症例や従来の治療に十分な反応が得られない症例では、ヒドロキシクロロキンやステロイド薬などの免疫調節療法の導入を検討します。

これらの薬は自己抗体の産生を抑制するとともに全身の炎症反応を減らし、妊娠合併症のリスク軽減に有効です。

免疫調節薬効果
ヒドロキシクロロキン抗炎症作用、抗血栓作用、免疫調節作用
ステロイド強力な抗炎症作用、免疫抑制作用
免疫グロブリン静注療法重症例や妊娠合併症に対する補助療法
リツキシマブB細胞枯渇療法、難治例に使用

妊娠時の治療

APSを有する妊婦さんの場合、母体と胎児の両方の安全を考慮した治療アプローチが必要です。

低用量アスピリンと低分子量ヘパリンの併用が標準的な治療法で、妊娠初期から分娩後まで継続します。

治療の要点

  • 低用量アスピリン(81-100mg/日):妊娠判明時または計画時から開始
  • 低分子量ヘパリン:体重に応じて用量を調整し、妊娠初期から分娩後まで継続
  • 葉酸サプリメント:神経管閉鎖障害の予防
  • 定期的な超音波検査:胎児の成長と胎盤機能のモニタリング
  • 抗リン脂質抗体価の定期的な測定:疾患活動性の評価

治療期間と長期的な経過観察

APSの治療は多くの患者さんでは、抗凝固療法を生涯にわたって継続することが推奨されます。

検査項目頻度目的
抗リン脂質抗体検査3-6ヶ月ごと抗体価の推移確認
凝固能検査(PT-INRなど)1-4週間ごと抗凝固療法の効果判定
血算1-3ヶ月ごと貧血や血小板数の確認
肝機能・腎機能検査3-6ヶ月ごと薬剤の副作用モニタリング
画像検査(エコーなど)6-12ヶ月ごと血栓の有無や臓器障害の評価

抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療における副作用やリスク

抗リン脂質抗体症候群(APS)の治療で用いられる抗凝固療法や免疫抑制療法には、副作用やリスクが付随します。

抗凝固療法に伴う出血リスク

APSの治療法で行われる抗凝固療法は、出血リスクの上昇があります。

  • 皮下出血や紫斑の形成
  • 消化管からの出血
  • 脳出血(最も深刻な合併症の一つ)
  • 月経量の増加
抗凝固薬の種類副作用リスク軽減策
ワルファリン出血傾向、皮膚壊死PT-INRの定期的モニタリング
ヘパリン出血傾向、ヘパリン起因性血小板減少症血小板数の定期的チェック
直接作用型経口抗凝固薬消化管出血腎機能に応じた用量調整

リスクを最小化するために、定期的な血液検査による経過観察が大事です。

免疫抑制療法に関連するリスク

重症度の高いAPS患者さんに対しては、免疫抑制療法が選択することがありますが、感染症リスクの増大や骨粗鬆症などの副作用が伴います。

  • 感染症(日和見感染の発生)
  • 骨密度の低下による骨粗鬆症
  • 消化器系の症状(悪心、嘔吐、胃潰瘍の発生)
  • 皮膚の脆弱化と創傷治癒の遅延
免疫抑制薬の種類副作用長期使用時の注意点
ステロイド骨粗鬆症、糖代謝異常、高血圧骨密度測定、血糖値モニタリング
シクロホスファミド骨髄抑制、出血性膀胱炎定期的な血球数チェック、尿検査
アザチオプリン肝機能障害、膵炎肝機能検査、血中アミラーゼ測定

妊娠中のAPS治療に伴うリスクと特別な配慮

APSは妊娠合併症のリスクを上昇させるため、妊娠中の治療には特別な配慮が必要です。

抗凝固療法や低用量アスピリン療法のリスク

  • 胎児への悪影響(ワルファリンは胎盤通過性があるため使用不可)
  • 分娩時の出血リスクの増加
  • 硬膜外麻酔の実施困難性の上昇
妊娠中の治療薬リスク対応策
ヘパリン骨密度低下カルシウム・ビタミンD補充
低用量アスピリン胎児への影響妊娠後期での中止検討
ヒドロキシクロロキン網膜症定期的な眼科検査

長期治療に付随するリスク

APSの治療は長期間にわたることが多く、リスクがあります。

  • 骨粗鬆症の進行(長期のステロイド使用例)
  • 腎機能の段階的な低下
  • 肝機能障害の発現
  • 使用薬剤に対する耐性の出現
長期治療のリスクモニタリング項目予防策
骨粗鬆症骨密度測定ビスホスホネート投与
腎機能障害血清クレアチニン、eGFR腎毒性の低い薬剤選択
肝機能障害肝酵素、ビリルビン定期的な肝機能検査
薬剤耐性凝固能検査、抗体価治療効果の定期的評価

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

薬剤費の内訳

APSの治療には、抗凝固薬や抗血小板薬を使用します。

薬剤名1ヶ月あたりの概算費用
ワルファリン1,000円〜3,000円
アスピリン500円〜1,500円

検査費用

治療結果の管理には、定期的な血液検査を行います。

  • 抗リン脂質抗体検査:5,000円〜10,000円(3〜6ヶ月ごと)
  • 凝固機能検査:2,000円〜5,000円(1〜4週間ごと)

入院費用

合併症治療や妊娠管理のために入院が必要となる際は、追加の費用が発生します。

入院内容概算費用(3割負担の場合)
一般病棟(1日)5,000円〜10,000円
ICU(1日)30,000円〜50,000円

以上

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