バルトリン腺膿瘍(Bartholin gland abscess)とは、女性の外陰部にある分泌腺の一種であるバルトリン腺に炎症が生じ膿がたまった状態で、主に20代から40代の女性に見られる疾患です。
細菌感染が原因となることが多く、外陰部の片側に痛みを伴う腫れが現れ、歩行や座位での不快感を引き起こします。
また、発熱や倦怠感といった全身症状も伴います。
バルトリン腺膿瘍の主な症状
バルトリン腺膿瘍の主な症状には、局所的な痛みや腫れ、発熱、歩行困難などがあり、症状の程度や組み合わせは個人によって異なります。
外陰部の痛みと腫れ
バルトリン腺膿瘍の最も一般的な症状は、外陰部の痛みと腫れです。
通常、片側の外陰部に現れますが両側に生じることもあり、痛みの程度は軽度の不快感から激しい痛みまでさまざまで、患者さんの日常生活に大きな支障をきたすことがあります。
痛みの特徴 | 説明 |
局所的 | 外陰部の特定の箇所に限局 |
持続的 | 常に痛みを感じる |
拍動性 | 脈打つような痛み |
腫れは小さなしこりのような感じから大きな腫瘤まであり、腫れは時間とともに大きくなり痛みも増強します。
腫れの進行 | 特徴 |
初期 | 小さなしこり |
中期 | 明確な腫瘤 |
後期 | 大きな腫瘤、強い痛み |
歩行や座位の困難
バルトリン腺膿瘍は歩行や座位をとる際に不快感や痛みを感じ、患者さんの行動を著しく制限します。
- 歩行時の摩擦による痛みの増強
- 座位をとる際の圧迫感
- 長時間の立位や座位の困難さ
- 運動や激しい動作の制限
発熱と全身症状
バルトリン腺膿瘍が進行すると局所的な症状だけでなく、全身症状が現れることがあり、発熱は膿瘍形成に伴う炎症反応の結果です。
全身症状 | 説明 |
発熱 | 37.5℃以上の体温上昇 |
倦怠感 | 全身のだるさ |
食欲不振 | 食事量の減少 |
発熱は通常38℃前後ですが、個人差があります。
症状の重症度 | 特徴 |
軽度 | 微熱、軽い倦怠感 |
中等度 | 38℃前後の発熱、明確な倦怠感 |
重度 | 高熱、強い倦怠感、食欲不振 |
排尿時の不快感
バルトリン腺膿瘍が尿道口付近に位置と排尿時に不快感や痛みを感じ、膿瘍による圧迫や炎症が尿道に影響を与えることで起きます。
排尿関連症状 | 特徴 |
痛み | 排尿時のヒリヒリ感 |
頻尿 | 排尿回数の増加 |
残尿感 | 排尿後の不快感 |
また、膿瘍が大きくなると尿の流れを物理的に妨げ、排尿困難を引き起こします。
分泌物の変化
通常のバルトリン腺からの分泌物は無色透明ですが、バルトリン腺膿瘍に伴い、外陰部からの分泌物に変化が見られます。
分泌物の特徴 | 説明 |
色 | 黄色や緑色 |
量 | 増加 |
臭い | 異臭を伴う |
分泌物の変化は感染による膿の形成を示唆します。異常な分泌物は、他の性感染症の症状と似ていることもあるため、正確な診断が重要です。
バルトリン腺膿瘍の原因
バルトリン腺膿瘍の主な原因は細菌感染ですが、解剖学的な特徴や生活習慣なども関与します。
細菌感染による発症
バルトリン腺膿瘍の主な原因は細菌感染です。
バルトリン腺は外陰部に位置する分泌腺であり、解剖学的な特徴から細菌が侵入しやすい環境にあります。
通常は自浄作用により問題ありませんが、何らかの理由で細菌が増殖すると炎症を起こし膿瘍を形成します。
感染の経路としては、性行為による細菌の持ち込みが最も多いです。
主な起因菌 | 特徴 |
大腸菌 | 腸内細菌の一種 |
淋菌 | 性感染症の原因菌 |
クラミジア | 無症状感染が多い |
嫌気性菌 | 酸素のない環境で増殖 |
解剖学的要因
バルトリン腺の構造自体も、膿瘍形成の一因です。
バリトン腺は長い排出管を持ち、出口は外陰部の狭い領域に開いています。
このような構造は細菌が侵入した際に排出されにくく、感染が広がりやすい環境を作り出します。
さらに、腺の周囲には豊富な血管網があり炎症が起こると腫脹しやすく、腫脹により排出管がさらに閉塞し、膿瘍形成のリスクが高まるのです。
ホルモンバランスの影響
女性ホルモンの変動も、バルトリン腺膿瘍の発症に関与する要因の一つです。
特にエストロゲンレベルの変化は腺の分泌活動に影響を与え、分泌量が増加すると、腺内に細菌が増殖しやすい環境が生まれます。
ホルモン変動期 | リスク |
月経前 | 中 |
妊娠中 | 高 |
閉経期 | 中 |
通常期 | 低 |
生活習慣と環境要因
日々の生活習慣や環境も、バルトリン腺膿瘍の発症リスクに影響を与えます。
きつい下着や通気性の悪い素材の使用は局所の湿度を上げ、細菌の繁殖を助長します。
また、過度の清潔習慣、例えば頻繁な洗浄や強力な石鹸の使用は、外陰部の自然な防御機能を低下させる原因です。
リスクを高める生活習慣
- きつい下着や通気性の悪い衣類の着用
- 過度な清潔習慣(頻繁な洗浄、強力な石鹸の使用)
- 不十分な栄養摂取
- 慢性的なストレスや睡眠不足
- 喫煙
生活習慣要因 | リスク度 |
きつい下着 | 高 |
過度な洗浄 | 中 |
栄養不足 | 中 |
ストレス | 中 |
診察(検査)と診断
バルトリン腺膿瘍の診断は、患者さんの症状の聴取、視診、触診、および必要に応じて追加の検査を組み合わせて行われます。
問診と症状の聴取
バルトリン腺膿瘍の診断は詳細な問診から始まり、患者さんの症状、経過、持続期間、痛みの程度などについて聞き取りを行います。
注意を払う点
- 症状の発症時期と進行状況
- 痛みの性質(持続的か間欠的か)
- 日常生活への影響の程度
- 過去の同様の症状の有無
- 性生活や衛生習慣に関する情報
また、患者さんの全身状態や既往歴、現在服用している薬剤についても確認を行います。
問診項目 | 確認内容 |
症状の詳細 | 痛み、腫れ、分泌物の性状 |
既往歴 | 過去の婦人科疾患、手術歴 |
生活習慣 | 衛生状態、性生活 |
視診と触診による評価
問診の後外陰部の視診と触診を行い、外陰部の腫れや発赤、分泌物の有無などを観察し、触診では腫瘤の大きさ、硬さ、圧痛の程度を評価します。
視診項目 | 観察ポイント |
外陰部の腫脹 | 片側性か両側性か |
皮膚の状態 | 発赤、熱感の有無 |
分泌物 | 量、色、性状 |
触診項目 | 評価ポイント |
腫瘤の大きさ | 直径、深さ |
硬さ | 弾性、波動 |
圧痛 | 程度、範囲 |
追加検査による確定診断
臨床診断でバルトリン腺膿瘍が疑われる場合追加の検査が行われ、診断の確実性を高め、他の疾患との鑑別にも役立ちます。
主な追加検査
検査名 | 目的 |
超音波検査 | 膿瘍の大きさ、位置の確認 |
細菌培養検査 | 起炎菌の同定 |
生検 | 悪性腫瘍の除外 |
- 超音波検査 非侵襲的で患者さんへの負担が少なく、膿瘍の内部構造や周囲組織との関係を詳細に観察できる。
- 細菌培養検査 膿瘍内容物を採取して行われ、抗菌薬の選択に役立つ。
- 生検 長期間持続する腫瘤や再発を繰り返す場合に考慮され、悪性腫瘍の可能性を排除するために行われる。
鑑別診断の重要性
バルトリン腺膿瘍の診断において、他の類似した症状を呈する疾患との鑑別が不可欠です。
鑑別すべき主な疾患
- 外陰部膿瘍(バルトリン腺以外の膿瘍)
- 嚢胞性腫瘤
- 性感染症による炎症
- 悪性腫瘍
これらの疾患はバルトリン腺膿瘍と似た症状を呈することがあるため、慎重な診断が必要です。
鑑別疾患 | 特徴 |
外陰部膿瘍 | バルトリン腺以外の部位に発生 |
嚢胞性腫瘤 | 痛みが少なく、内容物が透明 |
性感染症 | 全身症状を伴うことが多い |
バルトリン腺膿瘍の治療法と処方薬、治療期間
バルトリン腺膿瘍の治療には保存的治療と外科的治療があり、症状の程度や患者さんの状態に応じて選択されます。
保存的治療法
保存的治療は軽度の症例や初期段階で効果的です。
主な方法として、温熱療法や抗生物質の投与があります。
保存的治療法 | 効果 |
温熱療法 | 血流改善、自然排膿促進 |
抗生物質投与 | 細菌感染の制御 |
外科的治療法
症状が重度の場合や保存的治療で改善が見られない際は、外科的治療が選択されます。
主な手術法は、切開排膿術とマルスピアリゼーション法です。
切開排膿術は膿瘍を切開して排膿する比較的簡単な手術で、局所麻酔下で行われ、即時的な症状緩和が得られる利点があります。
切開排膿術の手順
- 局所麻酔の施術
- 膿瘍の切開
- 膿の排出
- 洗浄
- ドレーン挿入(必要に応じて)
マルスピアリゼーション法は、再発防止に効果的な手術法です。
膿瘍壁を外陰部の皮膚に縫合し開放創とすることで、分泌物の排出を促します。
長期的な再発予防効果が高いため、再発を繰り返す患者さんに特に有効です。
外科的治療法 | 特徴 |
切開排膿術 | 即時的な症状緩和 |
マルスピアリゼーション法 | 再発予防に効果的 |
外科的治療は即効性があり重症例での効果が高いですが、侵襲的な処置のため、術後の管理や経過観察が必要となります。
処方薬
バルトリン腺膿瘍の治療では主に抗生物質が処方され、使用される抗生物質は、セファロスポリン系やペニシリン系などです。
抗生物質の種類 | 特徴 |
セファロスポリン系 | 広域スペクトル |
ペニシリン系 | 一般的な細菌に有効 |
クリンダマイシン | 嫌気性菌に効果的 |
メトロニダゾール | トリコモナス感染に有効 |
また、痛みが強い場合には非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や、症状に応じて強力な鎮痛剤が使用されます。
治療期間
バルトリン腺膿瘍の治療期間は保存的治療の場合、通常1〜2週間程度です。
抗生物質の投与は通常5〜7日間続けられますが、症状の改善が見られない場合は治療法の再検討が必要になります。
外科的治療後は、創部の治癒に2〜4週間ほどかかることが多いです。
マルスピアリゼーション法を受けた場合、完全な治癒まで4〜6週間を要することがあります。
治療法 | 一般的な治療期間 |
保存的治療 | 1〜2週間 |
外科的治療(切開排膿術) | 2〜4週間 |
マルスピアリゼーション法 | 4〜6週間 |
予後と再発可能性および予防
バルトリン腺膿瘍の予後は治療法や個人の状態によって異なりますが、多くの場合完治が可能です。
再発を防ぐためには日常生活における予防策が重要で、衛生管理や定期的な医療チェックが推奨されます。
バルトリン腺膿瘍の一般的な予後
バルトリン腺膿瘍の予後は一般的に良好で、多くの患者さんは医療介入により症状の改善を経験し、日常生活に支障なく戻れます。
予後を左右する主な要因
要因 | 影響 |
治療の迅速さ | 早期治療ほど予後良好 |
膿瘍の大きさ | 小さいほど回復が早い |
患者の全身状態 | 健康状態が良いほど回復が早い |
多くの場合処置後1〜2週間程度で症状が改善し日常生活への復帰が可能となりますが、完全な回復までには数週間から数ヶ月かかります。
再発のリスクと要因
バルトリン腺膿瘍は一度治療を受けた後も再発のリスクがあります。
再発のリスクを高める主な要因
- 不完全な膿瘍の除去
- 繰り返される細菌感染
- 個人の解剖学的特徴
- 免疫機能の低下
- 不適切な衛生管理
再発リスク | 特徴 |
低リスク | 完全な膿瘍除去、良好な衛生管理 |
中リスク | 部分的な膿瘍除去、平均的な衛生管理 |
高リスク | 不完全な膿瘍除去、不適切な衛生管理 |
長期的な健康管理と定期チェック
バルトリン腺膿瘍の治療後は、長期的な健康管理が大切です。
長期的な管理における主なポイント
管理項目 | 内容 |
定期検診 | 6ヶ月〜1年ごとの婦人科検診 |
自己観察 | 日常的な外陰部の状態確認 |
生活習慣改善 | 衛生管理の徹底、ストレス管理 |
検診では視診や触診、必要に応じて超音波検査などが実施され、自己観察は患者さん自身が日々の変化に気づくための大切な習慣です。
予防策と生活習慣の改善
バルトリン腺膿瘍の再発を防ぐためには、日常生活における予防策が不可欠です。
効果的な予防策
- 外陰部の洗浄(過度の洗浄を避ける)
- 綿素材の下着の着用
- 適度な運動と健康的な食生活
- ストレス管理
- 喫煙の回避
予防策はバルトリン腺膿瘍だけでなく、他の婦人科疾患の予防にも役立ちます。
予防策 | 効果 |
適切な洗浄 | 細菌の過剰増殖を防ぐ |
綿素材の下着 | 通気性を保ち、湿潤を防ぐ |
健康的な生活 | 免疫機能を高める |
バルトリン腺膿瘍の治療における副作用やリスク
バルトリン腺膿瘍の治療に関する副作用は、抗生物質による消化器症状や耐性菌の問題、手術に伴う出血や感染のリスクなどがあります。
抗生物質治療に関する副作用
抗生物質治療はバルトリン腺膿瘍の主要な治療法の一つですが、いくつかの副作用が報告されています。
最も一般的な副作用は、消化器症状です。
副作用 | 頻度 | 対処法 |
下痢 | 高頻度 | 水分補給、整腸剤 |
腹痛 | 中程度 | 温罨法、鎮痛剤 |
吐き気 | 低頻度 | 制吐剤、食事調整 |
まれに抗生物質によるアレルギー反応が起き、発疹、かゆみ、呼吸困難などの症状が現れた場合は、緊急の医療介入が必要です。
耐性菌のリスク
抗生物質の使用には耐性菌の出現というリスクが伴います。
耐性菌リスク要因 | 影響 | 予防策 |
不適切な使用 | 高リスク | 医師の指示厳守 |
長期使用 | 中リスク | 定期的な評価 |
耐性菌のリスクを最小限に抑えるためには、医師の指示に従って抗生物質を正しく使用することが重要です。
外科的治療のリスク
外科的治療には、いくつかのリスクが伴います。
主なリスク
- 出血 手術中や術後に発生し、時に追加の処置が必要。
- 感染 創部の感染は治癒を遅らせ、追加の抗生物質治療が必要に。
- 疼痛 術後の痛みは一時的ですが、日常生活に影響を与えることも。
- 瘢痕形成 美容的な懸念や、まれに機能的な問題を引き起こす可能性。
- 再発 完全な治癒が得られない場合、再発のリスク。
手術法 | 主なリスク | リスク度 |
切開排膿術 | 感染 | 中程度 |
マルスピアリゼーション法 | 瘢痕形成 | 高度 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来治療の費用
バルトリン腺膿瘍の多くは外来で治療可能で、健康保険が適用されます。
切開排膿術を行う場合、局所麻酔代や処置料を含めて5,000円から8,000円程度です。
項目 | 費用(概算) |
局所麻酔 | 1,000円~2,000円 |
切開排膿術 | 3,000円~5,000円 |
抗生物質処方 | 1,000円~3,000円 |
入院治療の費用
症状が重度だったり繰り返し再発する場合は入院治療が必要です。
入院治療費(保険適用前)
- 入院基本料(1日あたり) 10,000円~30,000円
- 手術料 50,000円~100,000円
- 薬剤費 5,000円~10,000円
- 検査料 10,000円~20,000円
以上
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