バルトリン腺嚢胞(Bartholin gland cysts)とは、女性の外陰部にある小さな腺が詰まることで発生する良性の腫れのことです。
バルトリン腺は通常潤滑液を分泌して腟の入り口を湿らせる役割を果たしていますが、時として分泌物が詰まってしまい、液体が溜まって嚢胞(のうほう)を形成します。
多くの場合症状はごく軽微で気づきませんが、大きくなると歩行や座位、性行為の際に痛みや不快感を伴います。
バルトリン腺嚢胞の主な症状
バルトリン腺嚢胞の主な症状には、外陰部の腫れや痛み、歩行困難、性交痛などがあり、感染を伴うと発熱や膿の排出も見られます。
無症状の場合
バルトリン腺嚢胞は小さな段階では無症状のことが多く、定期的な婦人科検診で偶然発見されるケースも少なくありません。
ただし、無症状であっても嚢胞の存在自体は確認されており、経過観察が必要となります。
腫れと痛み
嚢胞が大きくなると外陰部に腫れが生じ、腫れは片側または両側の陰唇に現れ、サイズは豆粒大から鶏卵大までさまざまです。
腫れに伴い痛みや不快感を感じる方も多く、特に歩行時や座位時に顕著になります。
腫れの特徴 | 痛みの特徴 |
片側または両側 | 歩行時に増強 |
サイズは様々 | 座位時に不快感 |
触れると柔らかい | 圧迫で痛み増加 |
徐々に増大 | 持続的または間欠的 |
痛みの程度は個人差が大きく、軽度の不快感から激しい痛みまであります。
歩行困難
嚢胞が大きくなると腫れや痛みによって脚を広げにくくなったり、摩擦が増えたりするため、歩行に支障をきたします。
性交痛
バルトリン腺嚢胞は嚢胞が腟口付近に位置しているため、性交時に圧迫されることで痛みが生じ、性交時の痛みの原因となります。
性交痛の特徴 | 影響 |
挿入時の痛み | 性生活の質低下 |
圧迫による不快感 | パートナーとの関係性変化 |
痛みによる緊張 | 心理的ストレス |
出血を伴うことも | リビドーの低下 |
感染症状
バルトリン腺嚢胞に細菌感染が起こると、発熱、外陰部の発赤や腫脹、膿の排出、強い痛み、全身倦怠感などの症状が現れます。
感染症状 | 特徴 |
発熱 | 38度以上の高熱も |
外陰部の発赤 | 触れると熱感あり |
膿の排出 | 悪臭を伴うことも |
強い痛み | 拍動性の痛みも |
バルトリン腺嚢胞の原因
バルトリン腺膿疱は、外陰部にある分泌腺の出口が塞がることで発生します。主な原因は、分泌物の粘稠化(ねんちゅうか)、感染、炎症、ホルモンバランスの変化などです。
バルトリン腺の基本構造と機能
バルトリン腺は女性の外陰部に左右一対ある分泌腺で、腟の潤滑を助ける粘液を分泌し、バルトリン腺から分泌された液体は、小さな管を通って腟口付近に排出されます。
バルトリン腺の特徴 | 機能 |
位置 | 外陰部の左右 |
大きさ | 豆粒大 |
分泌物 | 透明な粘液 |
排出口 | 腟口付近 |
バルトリン腺の正常な構造と機能が阻害されることで、バルトリン腺嚢胞が形成されます。
分泌物の粘稠化
バルトリン腺嚢胞の主要な原因の一つは、分泌物の粘稠化です。
通常バルトリン腺から分泌される液体は適度な粘性を持っていますが、粘稠度が増すことがあります。
粘稠化した分泌物は排出管を通過しにくくなり管の閉塞を引き起こし、分泌物が腺内に蓄積し、嚢胞が形成されます。
分泌物の粘稠化を引き起こす要因
- 脱水症状
- 特定の薬物の使用
- 全身的な疾患
- 局所的な炎症
感染と炎症
バルトリン腺嚢胞のもう一つの主要な原因は、感染と炎症です。
外陰部は細菌にさらされやすい環境にあり、細菌がバルトリン腺に侵入することで感染が起こります。
感染の原因となる細菌 | 特徴 |
大腸菌 | 尿路感染症の原因菌 |
黄色ブドウ球菌 | 皮膚常在菌 |
淋菌 | 性感染症の原因菌 |
嫌気性菌 | 酸素のない環境で増殖 |
細菌による感染は単独で起こることもあれば、複数の菌種が関与することもあります。
ホルモンバランスの変化
女性の体内では月経周期に合わせてエストロゲンやプロゲステロンなどのホルモンレベルが変動し、バルトリン腺の分泌機能にも影響を与えます。
ホルモン | バルトリン腺への影響 |
エストロゲン | 分泌促進 |
プロゲステロン | 分泌抑制 |
アンドロゲン | 分泌物の性状変化 |
甲状腺ホルモン | 代謝調節 |
その他の要因
バルトリン腺嚢胞の形成には、上記以外にもいくつかの要因が関与しています。
- 外傷や手術による解剖学的な変化 バルトリン腺の排出管を損傷または変位させる。
- 過度の衛生管理や化学物質への曝露 局所的な刺激や炎症を引き起こし、嚢胞形成のリスクを高める。
- 遺伝的な要因や免疫系の問題 バルトリン腺嚢胞の発生に関与している可能性。
その他の要因 | 影響 |
外傷 | 排出管の損傷 |
過度の衛生管理 | 局所的な刺激 |
遺伝的要因 | 嚢胞形成の素因 |
免疫系の問題 | 感染リスクの上昇 |
診察(検査)と診断
バルトリン腺嚢胞の診断は初めに問診と視診、触診による臨床診断が行われ、必要に応じて画像検査や細菌培養検査などの精密検査が実施されます。
問診による情報収集
バルトリン腺嚢胞の診断は詳細な問診から始まりす。
- 症状の発現時期と経過
- 痛みの有無とその程度
- 日常生活への影響
- 過去の類似症状の有無
- 婦人科系の既往歴
視診と触診による臨床診断
問診の後視診と触診を行いバルトリン腺嚢胞の有無を確認し、視診では外陰部の腫れや発赤、分泌物の有無などを観察します。
触診では嚢胞の大きさ、硬さ、圧痛の有無を確認し、これらの臨床所見は、バルトリン腺嚢胞の診断において重要な手がかりです。
視診項目 | 触診項目 |
腫脹 | 大きさ |
発赤 | 硬さ |
分泌物 | 圧痛 |
皮膚の変化 | 可動性 |
画像検査による精密診断
臨床診断の結果さらなる精査が必要と判断された場合、画像検査が用いられ、超音波検査では嚢胞の大きさ、内部構造、周囲組織との関係などを詳細に観察できます。
超音波検査の利点 | 得られる情報 |
非侵襲的 | 嚢胞の大きさ |
即時性 | 内部構造 |
繰り返し可能 | 周囲組織との関係 |
放射線被曝なし | 血流の状態 |
細菌培養検査と病理検査
感染を伴うバルトリン腺嚢胞では細菌培養検査が実施され、嚢胞内の液体を採取し原因菌の同定と抗生物質感受性試験を行います。
また、悪性腫瘍の可能性が疑われる場合には病理検査が必要です。
細菌培養検査 | 病理検査 |
原因菌の同定 | 細胞の異型性確認 |
抗生物質感受性 | 組織構造の観察 |
抗菌薬選択 | 悪性度の評価 |
感染の程度評価 | 鑑別診断 |
鑑別診断の重要性
バルトリン腺嚢胞の診断において鑑別診断は大切な過程です。
鑑別すべき主な疾患
- 外陰部膿瘍
- 嚢胞性腫瘍
- 皮脂嚢胞
- 脂肪腫
バルトリン腺嚢胞の治療法と処方薬、治療期間
バルトリン腺嚢胞の治療には保存的治療から外科的治療までいろいろな選択肢があり、症状の程度や嚢胞の大きさに応じて治療法が選択されます。
保存的治療法
バルトリン腺嚢胞の初期段階では、保存的治療が選択されることが多いです。
温熱療法は患部に温かいタオルを当て嚢胞の自然排膿を促進し、抗生物質は感染を伴う場合に処方されます。
保存的治療法 | 効果 |
温熱療法 | 自然排膿の促進 |
抗生物質 | 感染の抑制 |
保存的治療の期間は通常1〜2週間程度です。
切開排膿法
保存的治療で改善が見られなかったり、嚢胞が大きい場合には切開排膿法が選択されます。
処置は局所麻酔下で行われ、嚢胞に小さな切開を加えて内容物を排出。
切開後は再発を防ぐためにマルスピゼーション法という技術が用いられる場合もあります。
切開排膿法の手順 | 内容 |
局所麻酔 | 痛みの軽減 |
切開 | 嚢胞の開放 |
排膿 | 内容物の除去 |
マルスピゼーション | 再発予防 |
切開排膿法後の治療期間は約2〜4週間で、その間は抗生物質の内服や局所的な消毒が必要です。
嚢胞摘出術
再発を繰り返したり大きな嚢胞の場合には嚢胞摘出術が選択されます。
手術は全身麻酔または局所麻酔下で行われ、嚢胞全体を周囲の組織から切除します。
手術後は1〜2週間程度の安静が求められ、完全な回復までは4〜6週間ほどです。
嚢胞摘出術の特徴 | 詳細 |
麻酔方法 | 全身麻酔または局所麻酔 |
手術内容 | 嚢胞全体の切除 |
安静期間 | 1〜2週間 |
完全回復期間 | 4〜6週間 |
治療薬と処方
バルトリン腺嚢胞の治療には、感染の制御や痛みの緩和に以下の薬剤が使用されます。
- 抗生物質(アモキシシリン、セファレキシンなど)
- 鎮痛剤(イブプロフェン、アセトアミノフェンなど)
- 局所麻酔薬(リドカインなど)
抗生物質の投与期間は通常5〜7日間です。
薬剤の種類 | 投与目的 | 一般的な投与期間 |
抗生物質 | 感染制御 | 5〜7日間 |
鎮痛剤 | 痛み緩和 | 必要に応じて |
局所麻酔薬 | 処置時の麻酔 | 処置時のみ |
予後と再発可能性および予防
バルトリン腺嚢胞の予後は多くの患者さんで症状の改善を経験しますが、完全な治癒までには時間がかかる場合もあり、個人差も大きいです。
予後の一般的な傾向
バルトリン腺嚢胞では完全な治癒までに、数週間から数ヶ月かかることもあります。
予後に影響を与える要因は多岐にわたり、個々の患者さんに合わせた経過観察が必要です。
予後の要因 | 影響 |
嚢胞の大きさ | 回復期間に影響 |
感染の有無 | 合併症のリスク |
患者の年齢 | 治癒力に影響 |
全身状態 | 回復速度に影響 |
再発のリスクと頻度
バルトリン腺嚢胞は一度対応しても再発する可能性があり、おおよそ10〜30%程度です。
再発のリスクは初回の嚢胞の大きさや対応方法、患者さんの体質などによって変わってきます。
再発リスク要因 | 影響度 |
初回嚢胞の大きさ | 高い |
対応方法 | 中程度 |
患者の体質 | 中程度 |
生活習慣 | 低い |
再発予防のための生活習慣
外陰部の清潔を保つことでバルトリン腺嚢胞の再発のリスクを低減できますが、過度の洗浄は避け刺激の少ない方法で行います。
また、通気性の良い下着の着用も有効です。
推奨される習慣 | 避けるべき習慣 |
適度な清潔保持 | 過度の洗浄 |
通気性の良い下着 | きつい下着 |
十分な水分摂取 | 長時間の座位 |
ストレス管理 | 不衛生な環境 |
定期的な経過観察の重要性
バルトリン腺嚢胞の再発を早期に発見し対応するためには、定期的な経過観察が不可欠です。
時期 | 観察頻度 |
初回対応後3ヶ月 | 月1回 |
3ヶ月〜1年 | 2〜3ヶ月に1回 |
1年以降 | 半年に1回 |
バルトリン腺嚢胞の治療における副作用やリスク
バルトリン腺嚢胞の治療には抗生物質による副作用、切開排膿や手術に伴う合併症、再発のリスクなどがあります。
抗生物質による副作用
バルトリン腺嚢胞の治療で使用される抗生物質の使用には副作用のリスクが伴います。
一般的な副作用は、消化器症状や皮膚症状などです。
副作用 | 症状 |
消化器症状 | 吐き気、下痢 |
皮膚症状 | 発疹、かゆみ |
まれにアレルギー反応も起こります。
切開排膿法のリスク
切開排膿法は局所麻酔下で行われる比較的低侵襲な方法ですが、出血や感染のリスクがあり、まれに周囲の組織を損傷することもあります。
リスク | 対応策 |
出血 | 圧迫止血 |
感染 | 抗生物質投与 |
組織損傷 | 慎重な手技 |
手術に伴うリスク
嚢胞摘出術などの外科的治療には麻酔に関連するものだけでなく、より重大なリスクが伴う可能性があります。
手術後の合併症
- 創部感染
- 出血
- 周囲組織の損傷
- 神経障害
手術リスク | 頻度 | 対策 |
創部感染 | 比較的多い | 術後の抗生物質投与 |
出血 | まれ | 慎重な止血処置 |
神経障害 | 非常にまれ | 熟練した術者による手術 |
再発のリスク
バルトリン腺嚢胞は、治療後も再発するリスクがあります。
再発率は治療法によって異なり、切開排膿法では比較的高く、嚢胞摘出術では低いです。
治療法 | 再発リスク |
切開排膿法 | 中〜高 |
嚢胞摘出術 | 低 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
保険診療での治療費
外来での処置や小手術は、3割負担で5,000円から20,000円程度です。
ただし、症状の程度や治療法によって費用は変動します。
治療内容 | 概算費用(3割負担) |
切開排膿 | 5,000円〜10,000円 |
嚢胞摘出術 | 15,000円〜30,000円 |
マルスピアリゼーション | 20,000円〜40,000円 |
入院が必要な場合入院費用が追加で発生し、総額が50,000円から100,000円程になることもあります。
自由診療での治療費
自由診療を選択した場合、治療費用は保険診療よりも高額です。
- 嚢胞摘出術(自由診療) 50,000円〜150,000円
- CO2レーザー治療 80,000円〜200,000円
- 再建術 100,000円〜300,000円
費用は医療機関によって大きく異なるため、事前に確認が必要です。
追加で発生する可能性のある費用
治療の過程で、追加の検査や薬剤が必要になることがあります。
追加項目 | 概算費用(3割負担) |
MRI検査 | 10,000円〜15,000円 |
CT検査 | 8,000円〜12,000円 |
細菌培養検査 | 3,000円〜5,000円 |
病理組織検査 | 4,000円〜7,000円 |
また、抗生物質などの薬剤費用も別途かかり、1週間分で2,000円から5,000円程度です。
以上
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