バルトリン腺炎(Bartholin gland inflammation)とは、女性の外陰部にあるバルトリン腺に炎症が生じる状態のことです。
バルトリン腺は通常は腟の潤滑を助ける分泌液を産生していますが、何らかの原因で腺の開口部が塞がれると、分泌液が腺内にたまり炎症を引き起こします。
症状は外陰部の片側または両側に痛みを伴う腫れです。
バルトリン腺炎の主な症状
バルトリン腺炎は、外陰部の痛みや腫れを主な症状とする婦人科疾患です。
外陰部の痛みと腫れ
バルトリン腺炎の最も代表的な症状は外陰部の痛みと腫れで、通常、片側にのみ現れますがまれに両側に発症することもあり、個人差が大きいです。
腫れは小さな豆粒大からゴルフボール大までさまざまで、痛みの程度も軽度の不快感から激しい痛みまで幅広く見られます。
症状 | 特徴 |
痛み | 軽度から激しいまで |
腫れ | 豆粒大からゴルフボール大 |
歩行や座位の困難
腫れが大きくなると日常生活に支障をきたし、特に歩行時や座っている時に不快感や痛みを感じることが多くなります。
ズボンやきつい下着を着用すると症状が悪化する場合もあるため、衣服の選択には注意が必要です。
日常生活への影響 | 対策 |
歩行困難 | ゆったりとした服装 |
座位困難 | クッションの使用 |
発熱と全身症状
バルトリン腺炎が進行すると局所的な症状だけでなく全身症状が現れ、発熱や倦怠感、食欲不振などが見られる場合は、炎症が悪化している状態です。
全身症状 | 対応 |
発熱 | 医療機関の受診 |
倦怠感 | 休息と水分補給 |
分泌物の変化
バルトリン腺炎では通常の腟分泌物とは異なる分泌物が見られることがありまあす。
- 量の増加
- 色の変化(黄色や緑色)
- 異臭
- 濃度の変化(水っぽくなる、または粘稠になる)
分泌物の変化 | 特徴 |
色 | 黄色や緑色 |
臭い | 通常と異なる |
量 | 増加 |
濃度 | 水っぽいまたは粘稠 |
バルトリン腺炎の原因
バルトリン腺炎の主な原因は細菌感染ですが、解剖学的要因や生活習慣も影響します。
細菌感染
バルトリン腺炎の最も一般的な原因は細菌感染です。
通常バルトリン腺は無菌状態を保っていますが、さまざまな要因により細菌が侵入すると炎症を引き起こします。
感染の原因となる主な細菌は、大腸菌、クラミジア、淋菌などです。
細菌は腟内の正常な細菌叢のバランスが崩れた際に過剰に増殖し、バルトリン腺に侵入することでバルトリン腺炎を発症します。
主な起因菌 | 特徴 |
大腸菌 | 腸内常在菌、尿路感染症の原因にもなる |
クラミジア | 性感染症の一つ、無症状のことも多い |
淋菌 | 性感染症の代表的な原因菌 |
解剖学的要因
バルトリン腺は外陰部の奥深くに位置し開口部が小さいために、分泌物が滞留しやすい構造で、分泌物の滞留は細菌の増殖を促進し炎症のリスクを高めます。
また、腺の位置が外部からの刺激や摩擦を受けやすい場所にあることも、炎症の一因です。
解剖学的要因 | 影響 |
小さな開口部 | 分泌物の滞留を促進 |
外陰部の奥深い位置 | 外部からの刺激を受けやすい |
腺の構造 | 細菌の増殖を助長する環境を作る |
生活習慣と衛生状態
日常生活における習慣や衛生状態も、バルトリン腺炎の発症リスクに影響を与えます。
不適切な衛生管理や過度の洗浄は腟内の自然な環境を乱し、細菌感染のリスクを高め、また、きつい下着の着用や長時間の座位姿勢なども、局所の湿度や温度を上昇させ細菌の増殖を促進します。
リスク要因 | 影響 |
不適切な衛生管理 | 細菌の増殖を促進 |
過度の洗浄 | 腟内の正常な細菌叢を乱す |
タイトな下着 | 局所の湿度と温度を上昇させる |
ホルモンバランスの変化
ホルモンバランスの変化もバルトリン腺炎の発症の一因です。
特にエストロゲンレベルの変動は腟内の環境や免疫機能に影響を与え、間接的に炎症のリスクを高めます。
妊娠中や月経周期に伴うホルモン変化、さらには閉経期におけるエストロゲンの低下なども、バルトリン腺炎の発症リスクに影響を与える要因です。
免疫機能の低下
ストレスや疲労、栄養不足、慢性疾患などにより免疫力が低下すると、体内の細菌に対する防御機能が弱まり、感染のリスクが高まります。
また、HIV感染症や糖尿病などの基礎疾患があると免疫機能が低下し、バルトリン腺炎を含む感染症のリスクが増加します。
免疫機能低下につながる主な要因
- 慢性的なストレス
- 睡眠不足
- 不適切な食生活
- 過度の飲酒や喫煙
- 慢性疾患の存在
免疫低下要因 | 影響 |
ストレス | 免疫細胞の機能を抑制 |
睡眠不足 | 免疫システムの回復を阻害 |
不適切な食生活 | 必要な栄養素の不足を招く |
診察(検査)と診断
バルトリン腺炎の診断では、患者の症状や身体所見、検査結果を総合的に評価します。
問診と視診
診断はまず詳細な問診から始まり、患者さんの症状の経過、持続期間、程度などを聞き取ります。
次に外陰部の視診を行い、腫れや発赤の有無や程度を確認します。
問診項目 | 確認内容 |
症状の経過 | 発症時期、進行速度 |
痛みの程度 | 軽度から重度まで |
日常生活への影響 | 歩行や座位の困難さ |
触診と圧痛の確認
視診に続いて腫れの大きさ、硬さ、可動性などを評価し、圧痛の有無も確認します。
触診での確認事項 | 評価内容 |
腫れの特徴 | 大きさ、硬さ、可動性 |
圧痛 | 有無と程度 |
臨床診断と鑑別診断
問診、視診、触診の結果を総合的に判断し臨床診断を行い、バルトリン腺炎の特徴的な所見がある一方で、他の疾患との鑑別も重要です。
外陰部膿瘍や嚢胞、性感染症などの可能性も考慮に入れる必要があります。
鑑別すべき疾患 | 特徴 |
外陰部膿瘍 | より広範囲の腫れと発赤 |
バルトリン腺嚢胞 | 炎症症状が比較的軽度 |
性感染症 | 全身症状や他の部位の症状 |
確定診断のための検査
臨床診断だけでなく、より確実な診断のために追加の検査を行う場合があります。
確定診断に用いられる主な検査
- 細菌培養検査 膿や分泌物から原因菌を特定
- 超音波検査 腫れの内部構造や大きさを評価
- MRI検査 周囲組織との関係や炎症の範囲を詳細に把握
- 生検 悪性腫瘍との鑑別が必要な場合に実施
検査名 | 目的 |
細菌培養検査 | 原因菌の特定 |
超音波検査 | 腫れの評価 |
バルトリン腺炎の治療法と処方薬、治療期間
バルトリン腺炎の主な治療法には保存的治療、切開排膿、マルスピアリゼーション、抗生物質療法があり、それぞれの状況に応じて選択されます。
保存的治療
軽度のバルトリン腺炎では、まず試みられるのは保存的治療です。
温湿布や座浴が推奨され、温湿布は1日数回15〜20分程度行うことで局所の血流を改善し、炎症を軽減する効果があります。
座浴は1日2〜3回10〜15分程度、局所の清潔を保ち、炎症をやわらげます。
保存的治療の期間は通常1週間程度です。
保存的治療法 | 実施頻度 | 期待される効果 |
温湿布 | 1日数回、15〜20分 | 血流改善、炎症軽減 |
座浴 | 1日2〜3回、10〜15分 | 局所清潔保持、炎症軽減 |
切開排膿
バルトリン腺に膿瘍が形成された場合、切開排膿が選択されます。
切開排膿は即時的な症状緩和をもたらし患者さんの苦痛を大幅に軽減しますが、完全な治癒までには1〜2週間程度かかります。
処置後は抗生物質の投与と定期的な創部の洗浄が必要です。
ただし、切開排膿だけでは再発のリスクがあるため、マルスピアリゼーションが併用されることもあります。
処置 | 所要時間 | 回復期間 | 特徴 |
切開排膿 | 15〜30分 | 1〜2週間 | 即時的な症状緩和、再発リスクあり |
マルスピアリゼーション | 約30分 | 2〜4週間 | 再発率が低い、長期的効果 |
マルスピアリゼーション
マルスピアリゼーションは、バルトリン腺炎の再発を防ぐための外科的手技です。
手術では膿瘍腔に小さな切開を加え、その開口部を縫合して永久的な排液路を作ります。
手術は通常30分程度かかり、局所麻酔下で実施可能です。
マルスピアリゼーション後の回復期間は2〜4週間程度で、この間は座浴や局所の清潔保持が重要となります。
この手術の利点は再発率が低いことで、多くの患者さんで長期的な症状改善が得られます。
手術後のケア | 頻度 | 目的 |
座浴 | 1日2〜3回 | 創部の清潔保持、治癒促進 |
抗生物質服用 | 医師の指示に従う | 二次感染予防 |
経過観察 | 1〜2週間毎 | 治癒過程の確認、合併症の早期発見 |
抗生物質療法
バルトリン腺炎の治療において、抗生物質療法は感染制御に不可欠です。
広域スペクトラムの抗生物質が選択され、経口投与または点滴で施行されます。
抗生物質の種類や投与期間は起因菌や症状の重症度によって異なりますが、通常5〜14日間程度の投与が行われます。
よく使用される抗生物質
- アモキシシリン/クラブラン酸
- セフトリアキソン
- ドキシサイクリン
- メトロニダゾール
治療経過と経過観察
バルトリン腺炎の治療経過は個人差が大きく、定期的な経過観察が大切です。
初期治療開始後通常3〜5日以内に症状の改善が見られますが、完全な治癒までには数週間かかります。
治療効果が不十分な場合や再発を繰り返す際には、より侵襲的な手術法や長期的な抗生物質療法が検討されます。
治療段階 | 期間 | 注意点 |
初期反応 | 3〜5日 | 症状改善の有無を確認 |
完全治癒 | 2〜4週間 | 定期的な経過観察が必要 |
長期フォローアップ | 3〜6ヶ月 | 再発の兆候をチェック |
予後と再発可能性および予防
バルトリン腺炎は治療により良好な予後が期待できますが、再発のリスクもあるため、長期的な健康管理と再発予防が必要です。
予後の一般的な傾向
バルトリン腺炎は個々の患者さんの状況によって回復の速度や程度は異なり、慢性化や再発のリスクもあるため、医師の指示に従った経過観察が大切になってきます。
再発の可能性とリスク因子
バルトリン腺炎は再発する可能性があり、一度発症した方は注意が必要です。
再発のリスク因子
- 不十分な衛生管理
- 慢性的な炎症
- 解剖学的な要因(腺の開口部の狭さなど)
- 免疫系の弱さ
生活習慣の改善による予防
バルトリン腺炎の予防には、特に外陰部の衛生管理が不可欠です。
予防法
予防法 | 具体的な行動 |
衛生管理 | こまめな洗浄 |
正しい下着選び | 通気性の良い素材 |
バルトリン腺炎の治療における副作用やリスク
バルトリン腺炎の治療には保存的療法から外科的処置まで選択肢がありますが、それぞれに特有の副作用やリスクがあります。
抗生物質療法に伴うリスク
抗生物質療法の最も一般的な副作用は、消化器系の不快感で、吐き気、嘔吐、下痢などです。
また、抗生物質の使用によって腟内の正常な細菌叢のバランスが崩れ、カンジダ症などの真菌感染を引き起こすリスクもあります。
さらにまれではありますが、アレルギー反応や薬疹などの皮膚症状が現れることもあります。
副作用 | 頻度 | 対処法 |
消化器症状 | 比較的高い | 食事と一緒に服用、整腸剤の併用 |
真菌感染 | 中程度 | 抗真菌薬の併用、プロバイオティクスの摂取 |
アレルギー反応 | 低い | 即時の服用中止、医師への相談 |
切開排膿術のリスクと合併症
切開排膿術は膿瘍形成時に行われる処置で、まず、局所麻酔に伴うリスクとしてアレルギー反応や神経損傷があります。
また、切開部位の出血や感染、瘢痕形成などが起こったり、切開排膿術後に一時的な排尿困難や性交痛が生じることもあります。
リスク | 発生頻度 | 予防・対処法 |
出血 | 低い | 圧迫止血、必要に応じて縫合 |
感染 | 中程度 | 適切な消毒、抗生物質投与 |
神経損傷 | 非常に低い | 慎重な手技、解剖学的理解 |
再発 | 中程度 | 完全な排膿、術後管理 |
マルスピアリゼーション手術のリスクと注意点
マルスピアリゼーションの手術に伴うリスクは、出血や感染、局所麻酔に関連するものです。
手術後一時的に排尿困難や性交痛が生じたり、まれではありますが瘢痕形成による外陰部の変形や腺機能の永久的な喪失が起こり、長期的な影響を与える場合があります。
リスクを最小限に抑えるためには、術後の経過観察とケアが不可欠です。
リスク | 発生頻度 | 影響 |
出血 | 低い | 通常は軽度で自然止血 |
感染 | 中程度 | 抗生物質投与で対応 |
排尿困難 | 比較的高い | 一時的で自然改善が多い |
瘢痕形成 | 低い | 美容的影響、機能障害の可能性 |
保存的療法におけるリスクと限界
温熱療法や座浴などの保存的療法では熱傷のリスクがあり、また、保存的療法のみでは症状改善が不十分で、治療が遅れることで膿瘍の拡大や周囲組織への炎症波及のリスクが高まることがあります。
保存的療法における主なリスク
- 熱傷のリスク(特に温熱療法時)
- 症状改善の遅延
- 膿瘍の拡大や周囲組織への炎症波及
- 日常生活への長期的影響
- 心理的ストレスの増大
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来での処置費用
軽度のバルトリン腺炎は外来での処置で対応でき、抗生物質の処方や切開排膿などの処置費用は保険診療の範囲内で行われます。
処置内容 | 概算費用(3割負担の場合) |
抗生物質処方 | 1,500円~3,500円 |
切開排膿 | 3,500円~6,000円 |
入院を要する手術の費用
症状が重度の場合や再発を防ぐための根本的な治療として、手術が選択されることがあります。
- 摘出術 約12万円~18万円(3割負担の場合)
- マルスピアリゼーション 約10万円~15万円(3割負担の場合)
- 造袋術 約9万円~13万円(3割負担の場合)
費用には入院費や手術料、麻酔料などが含まれます。
追加検査にかかる費用
診断や治療方針の決定のために、追加の検査が必要になることもあります。
検査項目 | 概算費用(3割負担の場合) |
超音波検査 | 2,500円~4,500円 |
細菌培養検査 | 2,000円~3,500円 |
MRI検査 | 10,000円~15,000円 |
以上
Lee MY, Dalpiaz A, Schwamb R, Miao Y, Waltzer W, Khan A. Clinical pathology of Bartholin’s glands: a review of the literature. Current urology. 2015 May 1;8(1):22-5.
Sosnik H, Sosnik K, Halon A. The pathomorphology of Bartholin’s gland. Analysis of surgical data. Pol J Pathol. 2007;58(2):99-103.
Pundir J, Auld BJ. A review of the management of diseases of the Bartholin’s gland. Journal of Obstetrics and Gynaecology. 2008 Jan 1;28(2):161-5.
MICHLEWITZ H, KENNISON RD, TURKSOY RN, FERTITTA LC. Vulvar vestibulitis—Subgroup with Bartholin gland duct inflammation. Obstetrics & Gynecology. 1989 Mar 1;73(3):410-3.
Kessous R, Aricha-Tamir B, Sheizaf B, Shteiner N, Moran-Gilad J, Weintraub AY. Clinical and microbiological characteristics of Bartholin gland abscesses. Obstetrics & Gynecology. 2013 Oct 1;122(4):794-9.
Koenig C, Tavassoli FA. Nodular hyperplasia, adenoma, and adenomyoma of Bartholin’s gland. International journal of gynecological pathology. 1998 Oct 1;17(4):289-94.
Marzano DA, Haefner HK. The bartholin gland cyst: past, present, and future. Journal of lower genital tract disease. 2004 Jul 1;8(3):195-204.
Honore LH, O’Hara KE. Adenoma of the Bartholin gland: report of three cases. European Journal of Obstetrics & Gynecology and Reproductive Biology. 1978 Dec 1;8(6):335-40.
Kozakiewicz B, Dmoch-Gajzlerska E, Roszkowska-Purska K. Carcinomas and sarcomas of Bartholin gland. A report of nine cases and review of the literature. Eur. J. Gynaec. Oncol.-ISSN. 2014 Jan 1;35(3):2014.
Cho JY, Ahn MO, Cha KS. Window operation: an alternative treatment method for Bartholin gland cysts and abscesses. Obstetrics & Gynecology. 1990 Nov 1;76(5):886-8.