卵巣境界悪性腫瘍 – 婦人科

卵巣境界悪性腫瘍(borderline ovarian tumors)とは、卵巣に生じる独特な性質を持つ腫瘍のことです。

この腫瘍は良性と悪性の間に位置し、卵巣がんと比べると進行が緩やかで、他の臓器への広がりも起こりにくいですが、完全に無害ではありません。

20代から40代の女性に多く見られ、自覚症状がないことも多いです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

卵巣境界悪性腫瘍の種類(病型)

卵巣境界悪性腫瘍には5つの病型があり、それぞれ特有の組織像を呈します。

漿液性境界悪性腫瘍

漿液性境界悪性腫瘍は、卵巣境界悪性腫瘍の中で最も頻繁にある病型です。

乳頭状の構造を特ち、上皮細胞の軽度から中等度の異型性を示し、多くの症例で両側性に発生し腹膜播種を伴うケースも珍しくありません。

粘液性境界悪性腫瘍

粘液性境界悪性腫瘍は、片側に見られ大型の嚢胞性腫瘍です。

粘液産生細胞が重層化し軽度の核異型があり、付属器捻転の原因になります。

腫瘍型主な特徴
漿液性両側性、乳頭状構造
粘液性片側性、大型嚢胞性

類内膜境界悪性腫瘍

類内膜境界悪性腫瘍はまれな病型で、子宮内膜症と関連しています。

腺腫のような構造をし、軽度から中等度の細胞異型を伴います。

明細胞境界悪性腫瘍

明細胞境界悪性腫瘍は、グリコーゲンを含む細胞質を持つ腫瘍細胞です。

この腫瘍型も子宮内膜症とつながりがあり、悪性に転化するリスクが高いです。

ブレンナー境界悪性腫瘍

ブレンナー境界悪性腫瘍は、最も珍しい病型です。

移行上皮のような腫瘍細胞が増殖します。

以下に、各病型の特徴をまとめました。

  • 漿液性:複雑な乳頭状構造、両側性
  • 粘液性:大型嚢胞性、片側性
  • 類内膜:子宮内膜症関連、腺腫様構造
  • 明細胞:グリコーゲン豊富な細胞質、悪性化リスク
  • ブレンナー:移行上皮様細胞、線維性間質
病型発生頻度主な関連因子
漿液性最多不明
粘液性多い不明
類内膜やや稀子宮内膜症
明細胞子宮内膜症
ブレンナー最も稀不明

卵巣境界悪性腫瘍の主な症状

卵巣境界悪性腫瘍の症状は多様で、どの病型かによって大きく異なります。

漿液性境界悪性腫瘍の症状

漿液性境界悪性腫瘍の症状は、お腹が張ったような感覚や違和感、不快感です。

また、下腹部に軽い痛みを感じる方もいます。

症状頻度特徴
お腹の張り高い持続的な違和感
下腹部の痛み中程度軽度から中等度
便秘傾向低い腫瘍による圧迫が原因

粘液性境界悪性腫瘍の症状

粘液性境界悪性腫瘍は、かなり大きくなるまで目立った症状が現れにくいです。

腫瘍が成長するとお腹が膨らんでいるような感覚や、内臓が押されているような圧迫感を覚え、急激な腹痛が起こることもあります。

類内膜境界悪性腫瘍の症状

類内膜境界悪性腫瘍は他のタイプと比較すると症状が出にくく、月経周期の乱れや、月経以外の時期に出血が見られ、骨盤の内側に何か違和感を感じると訴える患者さんもいます。

症状特徴注意点
月経不順周期の乱れが顕著3ヶ月以上続く場合は要注意
不正出血月経以外の出血量や頻度に注意
骨盤内違和感持続的な不快感長期間続く場合は受診を

明細胞境界悪性腫瘍の症状

明細胞境界悪性腫瘍は、お腹に水がたまる腹水による膨満感や、急激な体重の増加が見られます。

全身的な症状として、疲れやすさや食欲が落ちるといった変化を感じる方も。

ブレンナー境界悪性腫瘍の症状

ブレンナー境界悪性腫瘍は症状が現れにくいものの、腫瘍が大きくなってくると、以下のような症状が現れます。

  • 骨盤の内側が押されているような圧迫感
  • トイレに行く回数が増える頻尿
  • 腰の辺りに感じる痛み

40代の女性患者さんが「最近、いつも履いているズボンのウエストがきつくなった」という些細な変化を気にして来院されたことがあります。

精密な検査を行った結果、卵巣境界悪性腫瘍と診断されましたが、他の症状はほとんど見られませんでした。

腫瘍タイプ主な症状特徴的な兆候
漿液性お腹の張り、下腹部痛持続的な不快感
粘液性腹部膨満、圧迫感腫瘍の増大に伴う症状
類内膜月経不順、不正出血生理周期の乱れ
明細胞腹水貯留、体重増加全身症状を伴うことも
ブレンナー骨盤内圧迫感、頻尿症状が現れにくい

卵巣境界悪性腫瘍の原因

卵巣境界悪性腫瘍がどのように発生するかは、 遺伝子、生活環境、体内のホルモンバランスの変化がかかわっています。

遺伝子の影響

BRAFやKRASという遺伝子に変化が起きると、漿液性境界悪性腫瘍ができやすくなります。

遺伝子の名前関係が深い腫瘍の種類
BRAF漿液性境界悪性腫瘍
KRAS漿液性境界悪性腫瘍

生活環境

長い間特定の化学物質にさらされ続けることや、特定の仕事も卵巣境界悪性腫瘍の原因です。

農薬や虫を退治する薬に長い間触れ続けると、卵巣境界悪性腫瘍を含む卵巣の腫瘍全般ができるリスクが高まります。

ホルモンバランスの乱れ

閉経後にホルモンを補充する治療を受けたり、長い間ピルを飲み続けることで、卵巣境界悪性腫瘍ができるリスクを上げる可能性がありますが、まだはっきりとした結論は出ていません。

ホルモンに関係する要因リスクへの影響
閉経後のホルモン補充まだ研究中
ピルの長期使用まだ研究中

体の中の炎症

子宮内膜症があると卵巣の表面で長い間炎症が続き、それが原因で細胞が普通とは違う増え方をします。

長く続く炎症は、類内膜型と明細胞型の卵巣境界悪性腫瘍ができるリスクを高めます。

年齢や妊娠・出産の経験

年齢や妊娠・出産の経験、不妊治療も卵巣境界悪性腫瘍の発症に関係しています。

年齢層卵巣境界悪性腫瘍の発生頻度
30歳未満比較的少ない
30-50歳最も多い
50歳以上やや減少傾向

診察(検査)と診断

卵巣境界悪性腫瘍の診断は、最初の診察での問診や体の診察から始まり、画像を使った検査、血液検査での腫瘍マーカーのチェック、そして最後に組織を顕微鏡で調べる病理診断へと進んでいきます。

初めての診察で行うこと

初診ではは、詳しい症状の聞き取りと体の診察を行います。

患者さんがどのような症状を感じているか、いつ頃から始まったのか、ご家族に同じような病気の方がいないかなどを聞き、お腹や骨盤の部分を触って異常がないかを調べます。

画像を使った検査

画像検査は、腫瘍があるかどうかを画像で見て確認する大切な段階です。

用いられる検査

  • 腟から超音波を当てる検査(経腟超音波検査)
  • 骨盤のMRI検査
  • お腹全体のCT検査
検査方法特徴メリット
経腟超音波体への負担が少なく、何度でも繰り返せるリアルタイムで観察可能
骨盤MRI柔らかい組織の様子がよく分かる詳細な腫瘍の構造が見える
腹部CTお腹全体の状況を把握できる短時間で広範囲を撮影可能

血液検査で腫瘍マーカーを調べる

血液検査で腫瘍マーカーを測ることで、腫瘍の性質や進み具合を推測します。

卵巣境界悪性腫瘍はCA125やCA19-9といった腫瘍マーカーの値が参考になりますが、最終的な診断は下せません。

臨床的な診断

画像検査で見えた腫瘍の様子と血液検査での腫瘍マーカーの結果を総合的に判断して、臨床的な診断を行います。

臨床所見境界悪性を疑う特徴注意点
腫瘍の大きさ一般に大きめの傾向がある小さくても境界悪性の可能性あり
腫瘍の中身固い部分と液体がたまった部分が混ざっている超音波やMRIで確認
腫瘍マーカーやや高めから中程度の上昇が見られる正常値でも境界悪性の可能性あり

手術と顕微鏡での組織検査

手術前の予想と手術後の診断が異なることもあるので、最終的な確定診断を行うには手術で腫瘍を取り出し、組織を顕微鏡で詳しく調べます。

40代の女性患者さんで、画像検査では良性の卵巣腫瘍だろうと考えられていた症例が、手術後の病理検査で境界悪性腫瘍だったことがありました。

診断段階主な検査・処置目的
初診時問診・触診初期症状の把握
画像診断超音波・MRI・CT腫瘍の視覚的確認
血液検査腫瘍マーカー測定腫瘍の性質推測
手術腫瘍摘出組織採取
病理診断顕微鏡検査最終確定診断

卵巣境界悪性腫瘍の治療法と処方薬、治療期間

卵巣境界悪性腫瘍の治療は手術で腫瘍を取り除き、悪性の場合は抗がん剤治療を組み合わせて行います。

手術による治療

手術は腫瘍を完全に取り除くことを目指すと同時に、病気がどの程度進行しているかも確認できます。

手術の方法どんな場合に行うか
両側の卵巣と卵管を取る手術閉経後の方や子どもを希望しない方
片側の卵巣と卵管だけを取る手術若い方で将来子どもを希望する場合

若い患者さんで将来子どもを産むことを希望する方は、片側の卵巣と卵管だけを取り除く手術にとどめます。

抗がん剤による治療

抗がん剤による治療は病気が進行していたり再発するリスクが高いときに検討されます。

カルボプラチンとパクリタキセルという2種類の薬を組み合わせて使う方法(TC療法と呼ばれます)です。

3回から6回程度繰り返して投与します。

薬の名前投与法
カルボプラチン点滴で静脈に注射します
パクリタキセル点滴で静脈に注射します

抗がん剤で起こる吐き気を抑える薬や、造血薬なども併せて使用します。

ホルモン療法

エストロゲンという女性ホルモンの影響を受けやすい腫瘍では、タモキシフェンなどの抗エストロゲン薬が使われます。

ホルモン療法は、数年単位の長期間にわたる治療法です。

新しい治療法の研究

最近ではがん細胞の特定の部分だけを狙い撃ちする、「分子標的療法」という新しい治療法の研究が進んでいます。

BRAF阻害剤やMEK阻害剤が、特定の遺伝子変異がある腫瘍に効果がある可能性がありますが、まだ研究段階にあり、標準的な治療法としては確立されていません。

新しい治療法対象となる可能性がある腫瘍
BRAF阻害剤BRAF遺伝子に変異がある腫瘍
MEK阻害剤特定の遺伝子変異がある腫瘍

治療期間と経過観察

手術だけの場合入院期間は約2週間程度で、その後の回復期間を含めると1〜2ヶ月ほどです。

抗がん剤治療を併用する方は3〜6ヶ月の治療期間が必要で、治療が終わった後も長期的に経過を見ていくことが大切です。

  • 1年目は2〜3ヶ月ごと
  • 2〜3年目は3〜4ヶ月ごと
  • 4〜5年目は6ヶ月ごと
  • 6年目以降は年に1回
治療の種類目的
手術療法腫瘍を直接取り除く
抗がん剤療法全身に効果を及ぼす
ホルモン療法特定の腫瘍に効果がある
分子標的療法がん細胞を狙い撃ちする

卵巣境界悪性腫瘍の治療における副作用やリスク

卵巣境界悪性腫瘍の治療には手術や化学療法が用いられ、それぞれに副作用やリスクがあります。

手術の副作用とリスク

手術後の痛みや出血、感染症のリスクはよく見られるものです。

また、腹腔鏡手術や開腹手術では周りの臓器を傷つけてしまったり、手術後に臓器同士がくっついてしまう癒着が起こるリスクもあります。

副作用・リスク発生頻度対処法
手術後の痛み高い痛み止めの使用、適度な安静
出血中程度慎重な手術操作、必要時の輸血
感染症低い抗生物質の予防投与、清潔操作
周辺臓器の損傷非常に低い慎重な手術操作、早期発見と修復

化学療法の副作用

化学療法は、体への負担が大きい治療法です。

化学療法の副作用

  • 吐き気や嘔吐:食事が取りにくくなる
  • 髪の毛が抜けてしまう脱毛:一時的なものが多いですが、心理的な負担も大きい
  • 体がだるく感じる疲労感:日常生活に影響を与える
  • 血液中の細胞(白血球や赤血球、血小板)が減ってしまう血球減少:感染症や貧血の原因

ホルモン療法のリスク

若い患者さんの場合将来子どもを産む可能性を残すために、ホルモン療法が選択されることが多いですが、ホルモン療法後は腫瘍が再び現れるリスクがあるため、慎重に検討します。

体内のホルモンバランスが変化することで、身体の変化や症状が現れることもあるので注意が必要です。

治療法主なリスク注意点
手術出血、感染、臓器損傷術後の経過観察が重要
化学療法吐き気、脱毛、血球減少副作用対策薬の活用
ホルモン療法再発リスク、ホルモン関連症状定期的な経過観察が必須

長期的なリスクと継続的な管理

卵巣境界悪性腫瘍の治療が終わった後も、腫瘍が再び現れる可能性があるため、定期的に病院で検査を受けることが重要です。

また、将来子どもを産むことができるかどうかという問題や、若いうちに閉経を迎えてしまうリスクもあります。

長期的リスク対策フォローアップ期間
再発定期検診5年以上
妊孕性低下生殖医療相談個別に設定
早期閉経ホルモン補充療法の検討閉経まで

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術費用の内訳

腹腔鏡下手術では、以下の費用が発生します。

項目概算費用
手術料40万円〜60万円
入院費10万円〜15万円/週

化学療法の費用

TC療法(パクリタキセル+カルボプラチン)の費用

項目概算費用
薬剤費30万円〜50万円
投与管理料2万円〜3万円

3〜6コース実施されるため、総額は約100万円〜300万円です。

以上

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