絨毛癌 – 婦人科

絨毛癌(choriocarcinoma)とは、妊娠に関連して発生する悪性腫瘍です。

胎盤を形成する細胞が、正常な制御を逸脱して増殖することで起こり、妊娠後や流産後に発症するケースが多く見られます。

症状は不正出血や腹痛があるものの、初期段階では無症状で進行することもあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

絨毛癌の種類(病型)

絨毛癌は発生起源により、妊娠性絨毛癌と非妊娠性絨毛癌の2つの病型に分類されます。

妊娠性絨毛癌

妊娠性絨毛癌は妊娠に関連して発生する絨毛癌の一形態で、正常妊娠後、流産後、あるいは胞状奇胎後に発生します。

全絨毛癌症例の大多数を占めるこの病型は、胞状奇胎後での発生頻度が高めです。

発生起源発生頻度
正常妊娠後1/40,000
流産後1/40,000
胞状奇胎後1/40

妊娠性絨毛癌は、急速に進行し早期の血行性転移があります。

非妊娠性絨毛癌

非妊娠性絨毛癌は妊娠とは無関係に、卵巣の胚細胞腫瘍から発生します。

全絨毛癌症例の中でもごく少数を占めるにすぎませんが、診断が遅れることがあるので注意が必要です。

絨毛癌の主な症状

絨毛癌は妊娠に関連して発生するケースと、非妊娠性に発生するケースがあり、それぞれに異なる症状が現れます。

妊娠性絨毛癌の症状

妊娠性絨毛癌は、妊娠後や流産後に発症する絨毛癌です。

妊娠性絨毛癌の症状

  • 持続的または断続的な不正性器出血
  • 軽度から重度までの下腹部痛
  • 妊娠悪阻と区別が難しい悪心・嘔吐
  • 日常生活に支障をきたす息切れ
  • 立ちくらみやふらつきを伴うめまい
症状特徴注意点
不正性器出血持続的または断続的な出血が続く量や色、持続期間に注目
下腹部痛鈍痛から激痛まで様々な痛みを伴う痛みの部位や強さの変化に注意
悪心・嘔吐妊娠悪阻との区別が困難な場合あり症状の持続期間や程度を観察

非妊娠性絨毛癌の症状

非妊娠性絨毛癌は閉経後の女性にも発生し、症状が顕在化するまでに長い時間を要します。

非妊娠性絨毛癌の症状

  • 明確な理由が見当たらない体重の減少
  • 日常生活に支障をきたすほどの持続的な疲労感
  • 呼吸器系の異常を示唆する胸痛や慢性的な咳
  • 中枢神経系の問題を示唆する頭痛やめまいなどの神経症状
症状発生部位関連する合併症
胸痛・持続的な咳肺転移
頭痛・反復性のめまい脳転移
持続的な腹痛消化器系肝転移や腹腔内転移

絨毛癌における症状の進行と注意すべきポイント

絨毛癌は進行速度が速い悪性腫瘍ですが、発症初期の段階では少しの症状しか現れないため、定期的な健康チェックを心がけることが大切です。

次のような状況が認められたときには、すぐに医療機関を受診してください。

  • 妊娠後や流産後に、通常の経過では説明がつかないような異常出血が持続する。
  • 妊娠反応検査で陽性結果が出ているにもかかわらず、妊娠に伴う典型的な兆候が一切観察されない。
  • 明確な原因が特定できないのに、急激な体重減少や慢性的な疲労感が長期間にわたって持続する。

絨毛癌の原因

絨毛癌の原因には遺伝的要因、環境因子、免疫学的要素、ホルモンバランスの乱れがあります。

遺伝的要因

腫瘍抑制遺伝子の機能不全や癌遺伝子の活性化が、発症リスクを上昇させます。

遺伝子機能異常時の影響
p53アポトーシス誘導細胞死抑制
BRCA1/2DNA修復ゲノム不安定性

環境因子

妊娠に関連して起こる胞状奇胎、高年齢出産、多産が、絨毛癌に関係しています。

環境因子リスク程度注意点
胞状奇胎極めて高い厳重な経過観察が必須
高年齢妊娠中程度定期的な検診が望ましい
多産やや高い産後のフォローアップが重要

さらに、喫煙や過度の飲酒、栄養バランスの偏りなどの生活習慣も、絨毛癌の発症リスクを増大させる要因です。

免疫学的要因

母体の免疫システムと胎児組織との相互作用もまた、絨毛癌の発生に関係あります。

正常な妊娠過程においては、母体の免疫系が胎児を異物として拒絶しないよう制御メカニズムが働いているところ、繊細なバランスが崩れると、異常な細胞増殖が誘発される危険性が高まります。

免疫関連因子正常時の機能異常時の影響
HLA-G免疫寛容の誘導腫瘍細胞の免疫逃避
NK細胞異常細胞の排除腫瘍監視機構の破綻

ホルモンバランスの乱れ

エストロゲンやプロゲステロンなどの性ホルモン、そしてヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の過剰分泌や不均衡も、絨毛細胞の異常増殖を起こす原因です。

エストロゲン

  • 正常作用 細胞増殖促進
  • 異常時 過剰な細胞増殖、DNA損傷リスク増大

プロゲステロン

  • 正常作用 細胞分化誘導
  • 異常時 分化異常、アポトーシス抑制

hCG (ヒト絨毛性ゴナドトロピン)

  • 正常作用 血管新生促進
  • 異常時 腫瘍血管形成促進、転移リスク増大

診察(検査)と診断

絨毛癌の診断は問診から始まり、検査を経て最終的な確定診断に至ります。

問診と身体診察

問診では既往歴、妊娠・出産に関する経過、最終月経日を聴取し、病歴の全容を把握します。

続いて実施される身体診察では、腹部の触診や内診を通じて、子宮の大きさや硬度、腫瘤の有無を細確認していきます。

血液検査

血液検査は、絨毛癌の診断過程において極めて重要な検査法です。

ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の血中濃度測定は、診断の決め手になります。

検査項目臨床的意義基準値からの逸脱が示唆すること
hCG絨毛癌の腫瘍マーカーとして機能異常高値は絨毛癌を強く示唆
血算貧血の有無や程度を評価高度な貧血は出血の持続を示唆
肝機能肝臓への転移可能性を検討肝機能障害は肝転移を示唆
腎機能腎臓への影響を確認腎機能低下は腎転移や尿路閉塞を示唆

画像診断

画像診断は腫瘍の場所や大きさ、さらには全身への転移の有無を評価するのに使う検査です。

  • 経腟超音波検査:子宮内部の状態を観察し、腫瘍の有無や性状を評価
  • CT検査:全身の臓器を広範囲に撮影し、遠隔転移の有無を確認
  • MRI検査:骨盤内の解剖学的構造を高精度で描出し、腫瘍の進展範囲をに把握
  • 胸部X線検査:肺野の異常陰影を検出し、肺転移を確かめる

組織診断

絨毛癌の確定診断を下すにあたっては、子宮内容物の掻爬や生検によって得られた組織標本を顕微鏡下で観察します。

診断方法特徴長所短所
子宮内膜掻爬子宮内の組織を広範囲に採取診断精度が高い侵襲性がやや高い
針生検転移巣からの組織採取が可能低侵襲で実施可能採取量が限られる
液状細胞診子宮頸部から細胞を採取非侵襲的で簡便偽陰性の可能性あり
術中迅速診断手術中に組織診断を実施即時の結果が得られる診断に時間的制約あり

診断の実際

20代の女性患者さんが数週間にわたる不正性器出血を主訴として受診され問診を行ったところ、約半年前に自然流産の既往があり、続いて実施した血液検査でhCG値が10万mIU/mLを超える異常高値を示しました。

経腟超音波検査で子宮内に不整形で血流豊富な腫瘤性病変を認め、全身CT検査では両肺野に複数の小結節陰影を確認。

所見を総合的に評価した結果絨毛癌の可能性が極めて高いと判断し、子宮内容物の掻爬を実施し、組織診断により絨毛癌との確定診断に至りました。

検査項目結果臨床的意義
hCG>100,000 mIU/mL絨毛癌を強く示唆
経腟超音波子宮内に不整形腫瘤腫瘍性病変の存在を確認
胸部CT両肺野に小結節陰影肺転移の可能性を示唆
組織診断絨毛癌と一致する所見確定診断の根拠

絨毛癌の治療法と処方薬、治療期間

絨毛癌の治療は化学療法を中心に、手術療法や放射線療法を組み合わせます。

化学療法

初期治療では、複数の抗癌剤を組み合わせた多剤併用療法が選択されることが多いです。

EMA/CO療法(エトポシド、メトトレキサート、アクチノマイシンD、シクロフォスファミド、ビンクリスチン)が広く採用されています。

薬剤名作用機序投与スケジュール
エトポシドトポイソメラーゼII阻害Day 1, 2
メトトレキサート葉酸代謝拮抗Day 1, 5
アクチノマイシンDDNA転写阻害Day 1, 2
シクロフォスファミドDNAアルキル化Day 8
ビンクリスチン微小管重合阻害Day 8

薬剤を組み合わせることで、それぞれ異なる作用機序による相乗効果が発揮されます。

手術療法

化学療法後の残存腫瘍の摘出、制御困難な出血への対処、あるいは化学療法抵抗性を示す転移巣には手術療法を選びます。

手術の種類適応留意点
子宮全摘術局所制御が必要な場合妊孕性温存の検討
転移巣切除化学療法抵抗性の転移巣手術リスクの評価
救急手術腫瘍出血のコントロール迅速な判断が必要

放射線療法

絨毛癌の治療において放射線療法の役割は限定的ですが、特定の状況下では有用な治療選択肢となります。

脳転移や骨転移などの特定の転移巣に対する局所制御が目的です。

  • 全脳照射:多発性脳転移に対して適用され、神経症状の改善や進行抑制を図る。
  • 定位放射線治療(SRT):単発性の小さな脳転移に対して高精度な照射を行い、周囲の正常脳組織への影響を最小限に抑えつつ、高い局所制御率を得られる。
  • 骨転移部位への局所照射:疼痛緩和や病的骨折の予防を目的として実施され、患者さんのADL(日常生活動作)維持に貢献。

治療期間と長期的な経過観察

絨毛癌の治療期間の目安は以下の通りです。

病期平均治療期間特記事項
I期2〜3ヶ月比較的早期に寛解が得られることが多い
II〜III期3〜6ヶ月転移巣の状況により延長の可能性あり
IV期6ヶ月以上個別化された長期治療が必要となる場合がある

初期治療としての化学療法は2〜3ヶ月程度継続され、血中hCG値が正常化した後も再発予防の観点から数クールの追加治療を実施します。

治療終了後も少なくとも1年間は、定期的な血中hCG値のモニタリングと画像検査による経過観察が必要です。

絨毛癌の治療における副作用やリスク

絨毛癌に対する治療は高い効果を示す一方で、患者さんの身体にさまざまな負担をかけます。

化学療法に伴う急性期副作用

絨毛癌治療の中核を担う化学療法は、腫瘍細胞に対して強力な攻撃を行う一方で、正常細胞にも影響を及ぼします。

  • 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少):感染リスクの上昇や倦怠感、出血傾向
  • 消化器症状(悪心・嘔吐、食欲不振):栄養状態の悪化や脱水
  • 脱毛:外見の変化による心理的ストレス
  • 口内炎:食事摂取の障害や感染リスクの上昇
  • 全身倦怠感:日常生活の質を著しく低下させる
副作用好発時期持続期間対策
骨髄抑制投与後7-14日2-3週間G-CSF製剤投与、輸血
悪心・嘔吐投与直後-数日数日-1週間制吐剤投与、食事指導
脱毛投与後2-3週間治療終了後回復ウィッグの使用
口内炎投与後5-10日1-2週間含嗽剤使用、口腔ケア指導

長期的な合併症リスク

化学療法による急性期の副作用に加えて、長期的な合併症もあります。

卵巣機能不全や早発閉経のリスクがあるため、治療開始前の段階で妊孕性温存に関する十分な説明と、必要に応じた対策の実施が大切です。

また、二次性悪性腫瘍の発生のリスクもあります。

長期合併症発生リスク対策
卵巣機能不全20-30%卵子・胚凍結保存
早発閉経10-15%ホルモン補充療法
二次性悪性腫瘍1-2%定期的な全身検査
心血管系疾患5-10%生活習慣指導、定期検診

手術療法に関連するリスク

手術に伴うリスクには、出血、感染、周辺臓器の損傷があります。

手術関連リスク発生頻度対処法
大量出血5-10%輸血、止血処置、術中 IVR
術後感染3-5%予防的抗生剤投与、創部管理
周辺臓器損傷1-3%術中修復、術後集中管理
術後イレウス2-4%早期離床、適切な栄養管理

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

化学療法にかかる費用

絨毛癌の標準治療であるEMA/CO療法では、複数の抗がん剤を使用します。

薬剤名1コースあたりの概算費用
エトポシド30,000円〜50,000円
メトトレキサート20,000円〜40,000円

入院費用の内訳

化学療法は入院して行われます。

入院期間概算費用
1週間20万円〜30万円
2週間40万円〜60万円

手術療法の費用

化学療法に加えて手術が必要になるケースもあります。

  • 子宮全摘出術 約30万円〜50万円
  • 卵巣摘出術 約20万円〜40万円
  • 転移巣切除術 部位により10万円〜100万円

以上

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