子宮内膜増殖症(endometrial hyperplasia)とは、子宮内部を覆う子宮内膜が異常に厚くなる疾患です。
子宮内膜は月経周期に合わせて変化しますが、この病態では正常な周期的変化が妨げられ過剰な増殖が起こります。
更年期前後の女性に多く見られますが、他の年齢層でも発症し、不規則な出血や月経量の増加が現れます。
子宮内膜増殖症の種類(病型)
子宮内膜増殖症は細胞の異常の程度によって区別され、「(異形のない)子宮内膜増殖症」と「子宮内膜異形増殖症」の2つの病型に分類されます。
(異形のない)子宮内膜増殖症
(異形のない)子宮内膜増殖症は、子宮内膜の細胞が過剰に増えているものの、細胞自体の形態には大きな異常が見られない状態です。
子宮内膜の腺間質の比率が変化し、腺が密に配列しますが、細胞の核の大きさや形状は正常範囲内にとどまっています。
(異形のない)子宮内膜増殖症の亜種
- 単純型子宮内膜増殖症
- 複雑型子宮内膜増殖症
これらの亜型は腺の構造や配列パターンによって区別され、 単純型は均一な腺構造を示すのに対し、複雑型では入り組んだ腺構造が観察されます。
子宮内膜異形増殖症
子宮内膜異形増殖症は、細胞レベルで異常が認められる病型です。
個々の細胞に明らかな形態学的な異常が見られ、核の肥大や不規則な形状、クロマチンの増加などがあります。
子宮内膜異形増殖症は、悪性腫瘍への進展リスクが高いです。
評価項目 | (異形のない)子宮内膜増殖症 | 子宮内膜異形増殖症 |
細胞の異常 | 軽度 | 顕著 |
核の形態 | ほぼ正常 | 肥大・不整形 |
悪性化リスク | 比較的低い | 相対的に高い |
子宮内膜増殖症の主な症状
子宮内膜増殖症では無症状のこともありますが、頻繁に現れる徴候は不規則な出血です。
不規則な出血
子宮内膜増殖症において最もよく見られるのは、予期せぬタイミングでの出血です。
通常の月経周期とは異なる時期に出血が生じ、これは子宮内膜の過剰な増殖により正常な周期的変化が崩れることによります。
出血の特徴 | 詳細 |
頻度 | 予測困難なタイミングで発生 |
量 | 微量から多量まで個人差が顕著 |
持続時間 | 数日から数週間と幅広い範囲で変動 |
色調 | 鮮紅色から暗赤色まで様々 |
月経量の増加
月経時の出血量が著しく多くなることも、子宮内膜増殖症の症状です。
過剰に肥厚した子宮内膜が剥離する際に、通常を上回る出血量が見られ、貧血のリスクを高めます。
月経周期の乱れ
子宮内膜増殖症により月経周期が大きく乱れ、28日前後とされる周期が、短くなったり長くなったりします。
この症状は、体内のホルモンバランスの乱れが原因です。
月経周期の変化 | 特徴 |
顕著な短縮 | 21日未満の周期が頻発 |
著しい延長 | 35日以上の周期が継続 |
不規則性 | 予測不能な周期の大幅な変動 |
無月経 | 数ヶ月にわたる月経の欠如 |
月経期間の延長
子宮内膜増殖症では通常3〜7日程度の月経期間が、10日以上時には2週間近く続くことがあり、これは過剰に肥厚した子宮内膜が完全に剥離するのに長い時間かかるためです。
帯下の変化
子宮内膜増殖症に伴い、帯下(おりもの)の性状や量が変化します。
- 量の顕著な増加
- 色調の変化(褐色や赤みを強く帯びる)
- においの顕著な変化
- 粘稠度の著しい変化
- 持続的な不快感や強い掻痒感の出現
帯下の変化 | 詳細 |
量 | 通常の2倍以上に増加 |
色調 | 褐色や赤みを強く帯びる |
におい | 通常とは異なる臭気 |
粘稠度 | 水様性から粘稠性まで変化 |
随伴症状 | 不快感、掻痒感の出現 |
下腹部の不快感
子宮内膜増殖症では、下腹部に持続的な不快感や痛みを感じることがあります。
子宮の腫大や内膜の肥厚に関連していて、軽度の違和感から強い疼痛まで見られます。
子宮内膜増殖症の原因
子宮内膜増殖症はホルモンバランスの乱れや遺伝的要因、生活習慣の要素が合わさって発症します。
ホルモンバランスの影響
子宮内膜増殖症の一番の原因は、エストロゲンとプロゲステロンのバランスの崩れです。
エストロゲンは子宮内膜を増やす働きがある一方で、プロゲステロンは増殖を抑えるため、バランスが崩れてエストロゲンの作用が優位になると、子宮内膜が過剰に発生しやすくなります。
ホルモン | 作用 |
エストロゲン | 子宮内膜の増殖促進 |
プロゲステロン | 子宮内膜の増殖抑制 |
遺伝的要因
遺伝子の変異がホルモン代謝や細胞増殖を抑える機能に影響を与え、子宮内膜増殖症のリスクを上昇させます。
遺伝的要因 | 影響 |
エストロゲン受容体遺伝子変異 | エストロゲン感受性の増加 |
細胞周期制御遺伝子の異常 | 細胞増殖の制御不全 |
生活習慣と環境要因
生活習慣や周囲の環境要因も、子宮内膜増殖症の発症に少なからず影響を及ぼします。
影響がある要素
- 肥満や過度の体重増加
- 慢性的な運動不足
- 長期にわたる強いストレス
- 不規則な生活リズムや睡眠パターンの乱れ
中でも肥満は脂肪組織でのエストロゲンを増やし、ホルモンバランスの乱れを起こすリスク因子です。
また、日常生活で接する機会のある環境中の内分泌かく乱物質への曝露も、ホルモンバランスに影響を与える要因として研究が進められています。
その他の関連要因
子宮内膜増殖症の発症には、上記以外にもいくつかの要因が関係しています。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)や甲状腺機能障害などの内分泌疾患は、体内のホルモンバランスを大きく乱すことで、子宮内膜増殖症のリスクを上げる可能性があります。
関連疾患 | 子宮内膜増殖症への影響 |
多嚢胞性卵巣症候群 | ホルモンバランスの乱れによるリスク上昇 |
甲状腺機能障害 | 内分泌系全体への影響を通じたリスク増加 |
また、子宮筋腫や子宮内膜症も、子宮内膜の状態やホルモン環境に影響を与えます。
診察(検査)と診断
子宮内膜増殖症の診断は問診から始まり、精密検査を経て確定診断に進みます。
問診と身体診察
子宮内膜増殖症の問診では、月経の状態や不正出血の有無、その他の関連症状について、患者さんにお話を伺います。
身体診察では腹部の触診や双合診を行い、子宮の大きさや硬さ、圧痛を評価します。
問診項目 | 確認内容 |
月経歴 | 周期、持続日数、出血量の経時的変化 |
不正出血 | 発生頻度、出血量、持続期間、出血パターン |
既往歴 | 婦人科疾患、ホルモン療法歴、全身疾患 |
家族歴 | 子宮内膜増殖症、子宮体がん、その他の悪性腫瘍の有無 |
画像診断
問診と身体診察に続いて画像診断を実施し、子宮内膜の状態を調べます。
経腟超音波検査を用い、子宮内膜の厚さや性状、均一性を観察し、必要に応じてMRIやCTを追加することも。
経腟超音波検査では子宮内膜の厚さが指標となり、閉経後の女性では5mm以上、閉経前の女性では月経周期に応じて8mm以上で更なる精査が必要です。
画像検査 | 評価項目 |
経腟超音波 | 内膜厚、内膜の均一性、嚢胞性病変の有無、血流評価 |
MRI | 内膜の詳細構造、筋層浸潤の有無、周囲組織との関係 |
CT | 進行例における転移巣の検索、リンパ節腫大の評価 |
ソノヒステログラフィー | 内膜ポリープや粘膜下筋腫の詳細評価 |
細胞診・組織診
画像診断で異常が疑われたり臨床症状から必要と判断されたときは、細胞診や組織診を実施します。
- 細胞診 子宮内膜細胞診を行い、異型細胞の有無や特徴的な細胞集塊の出現を詳細に観察。
- 組織診 子宮内膜生検や子宮内膜全面掻爬術を行い、病理学的診断を通じて組織学的特徴を詳細に評価。
病理学的診断
子宮内膜増殖症の最終的な確定診断は、病理学的診断が必要です。
世界保健機関(WHO)の分類(2014年)に基づき、以下の4つのカテゴリーに分けられます。
- 単純型子宮内膜増殖症 腺管の軽度増生が特徴
- 複雑型子宮内膜増殖症 腺管の著明な増生と形状不整が特徴
- 異型を伴う単純型子宮内膜増殖症 軽度の細胞異型を伴う
- 異型を伴う複雑型子宮内膜増殖症 著明な細胞異型を伴い、悪性化リスクが最も高い
病理分類 | 特徴 | 悪性化リスク |
単純型 | 腺管の軽度増生 | 低い |
複雑型 | 腺管の著明な増生と形状不整 | やや高い |
異型を伴う単純型 | 軽度の細胞異型 | 高い |
異型を伴う複雑型 | 著明な細胞異型 | 非常に高い |
鑑別診断
子宮内膜増殖症の診断に際しては、似ている症状のある他の婦人科疾患との鑑別が大切です。
- 子宮筋腫 良性の平滑筋腫瘍で、超音波検査で特徴的な像を示す 。
- 子宮腺筋症 子宮筋層内に子宮内膜組織が侵入する疾患で、MRIが診断に有用。
- 子宮体がん 悪性腫瘍で、早期発見が極めて重要。
- 子宮ポリープ 内膜から突出する良性腫瘤で、ソノヒステログラフィーが診断に役立つ。
子宮内膜増殖症の治療法と処方薬、治療期間
子宮内膜増殖症の治療法には、ホルモン療法と手術療法があります。
ホルモン療法
ホルモン療法は子宮内膜増殖症の最初に選択される治療法で、エストロゲンとプロゲステロンのバランスを調整することで、子宮内膜の過剰な増殖を抑える効果があります。
使用されるホルモン剤
- プロゲスチン製剤(メドロキシプロゲステロン酢酸エステルなど)
- 経口避妊薬(エストロゲンとプロゲスチンの複合剤)
- GnRHアゴニスト(ゴナドトロピン放出ホルモン作動薬)
薬剤 | 効果 |
プロゲスチン製剤 | 子宮内膜の増殖抑制 |
経口避妊薬 | ホルモンバランスの調整 |
手術療法
手術療法はホルモン療法が十分な効果を示さなかったり子宮内膜異型増殖症など、前がん病変が強く疑われるときに検討します。
手術法 | 適応 |
子宮全摘術 | 重度の病変、妊孕性温存不要の場合 |
子宮内膜全面掻爬術 | 軽度〜中等度の病変 |
処方薬の選択
プロゲスチン製剤の代表的なものにはメドロキシプロゲステロン酢酸エステルがあり、1日5〜10mgを6〜12週間投与します。
薬剤名 | 投与量 | 投与期間 |
メドロキシプロゲステロン酢酸エステル | 1日5〜10mg | 6〜12週間 |
経口避妊薬 | 1日1錠 | 3〜6ヶ月 |
治療期間と経過観察
ホルモン療法は、3〜6ヶ月の治療期間が設定されることが多いです。
子宮温存手術では、再発リスクを考慮して長期的な経過観察が欠かせません。
経過観察項目 | 実施頻度 |
超音波検査 | 3〜6ヶ月ごと |
子宮内膜細胞診 | 6〜12ヶ月ごと |
子宮内膜増殖症の治療における副作用やリスク
子宮内膜増殖症の治療にはホルモン療法や手術療法があり、それぞれの治療法には特有の副作用やリスクがあります。
ホルモン療法に伴う副作用
プロゲステロン製剤を使用する際には、以下のような副作用が比較的高い頻度で報告されています。
- 不正出血 月経周期とは無関係に起こる出血
- 体重増加 ホルモンバランスの変化による代謝への影響
- 乳房痛 乳腺組織の変化による不快感
- 頭痛 ホルモンの変動に伴う血管拡張などが原因
- 悪心 消化器系への影響による不快感
副作用 | 発生頻度 | 推奨される対処法 |
不正出血 | 高頻度(30-50%) | 経過観察、必要に応じて投与量や投与スケジュールの調整 |
体重増加 | 中程度(10-20%) | 食事指導、適度な運動療法の導入 |
乳房痛 | 中程度(15-25%) | 対症療法(冷却など)、必要に応じて投与量の微調整 |
頭痛 | 比較的低頻度(5-10%) | 対症療法、持続する場合は投与方法の再検討 |
手術療法に伴うリスク
子宮内膜掻爬術や子宮全摘出術などの手術療法には、手術に伴うリスクに加え婦人科手術特有のリスクがあり、十分な注意が必要です。
子宮内膜掻爬術のリスク
- 子宮穿孔 術中の器具操作による子宮壁の損傷
- 感染症 術後の子宮内膜炎や骨盤内感染
- 大量出血 掻爬に伴う異常出血
- 子宮内癒着 掻爬後の修復過程における内膜の癒着
子宮全摘出術では上記のリスクに加えて、重大なリスクもあります。
- 尿路損傷 膀胱や尿管の誤認・損傷
- 腸管損傷 周囲の腸管を誤って傷つける可能性
- 術後癒着性イレウス 腹腔内の癒着による腸閉塞
手術 | リスク | 発生頻度 | 予防・対処法 |
子宮内膜掻爬術 | 子宮穿孔 | 1%未満 | 慎重な操作、超音波ガイド下での実施 |
子宮全摘出術 | 尿路損傷 | 1-2% | 術前の画像評価、慎重な剥離操作 |
子宮全摘出術 | 術後癒着性イレウス | 1-3% | 早期離床、腹腔内洗浄 |
薬物療法の長期的影響
ホルモン療法を長期間継続するときには、短期的な副作用だけでなく長期的な影響もあります。
- 血栓塞栓症のリスク増加 高用量エストロゲン使用時に注意
- 骨密度低下 プロゲステロン長期使用に伴う骨代謝への影響
- 肝機能への影響 薬物代謝に伴う肝酵素上昇
長期的影響 | リスク因子 | 推奨されるモニタリング |
血栓塞栓症 | 高齢、肥満、喫煙 | 定期的な凝固系検査、下肢超音波検査 |
骨密度低下 | 閉経後、低体重 | 定期的な骨密度測定(DEXA法) |
肝機能障害 | 既往歴、アルコール多飲 | 3-6ヶ月ごとの肝機能検査 |
治療後の再発リスク
子宮内膜増殖症の治療後も再発することがあり、異型を伴う症例では、再発や悪性転化のリスクが高いです。
再発リスクを高める因子
- 肥満 体脂肪からのエストロゲン産生増加
- 糖尿病 インスリン抵抗性によるホルモンバランスの乱れ
- 高血圧 血管内皮機能障害との関連
- 閉経後のエストロゲン単独投与 プロゲステロン拮抗作用の欠如
リスク因子 | 再発リスクへの影響 | 対策 |
肥満(BMI≥30) | 2-3倍増加 | 積極的な減量指導、運動療法 |
糖尿病 | 1.5-2倍増加 | 厳格な血糖コントロール |
異型を伴う増殖症 | 5-10倍増加 | より頻回な経過観察、予防的治療の検討 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診療における費用
外来診療では、ホルモン療法が行われます。
治療法 | 月額費用(自己負担3割の場合) |
プロゲスチン製剤 | 3,000円〜5,000円 |
経口避妊薬 | 2,000円〜4,000円 |
入院治療の費用
重度の症状には入院治療が必要です。
- 子宮内膜全面掻爬術 約10万円〜15万円(3〜5日間の入院)
- 子宮全摘出術 約30万円〜50万円(7〜10日間の入院)
検査費用
定期的な経過観察には検査費用がかかります。
検査項目 | 費用(自己負担3割の場合) |
超音波検査 | 1,500円〜3,000円 |
子宮内膜細胞診 | 2,000円〜3,500円 |
以上
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