子宮内膜症(endometriosis)とは、本来子宮の内側を覆うはずの子宮内膜が、何らかの原因で子宮外の場所に付着し増える疾患です。
この状態では、月経周期の度に子宮外にある内膜組織も通常の子宮内膜と同様に、肥厚と剥離を繰り返します。
腹腔内で炎症反応や組織の癒着が生じ、月経痛の増強や骨盤部の持続的な痛みが起こります。
子宮内膜症の主な症状
子宮内膜症は、月経痛の増悪や慢性的な骨盤痛、妊娠困難を起こします。
増悪する月経痛
子宮内膜症において最も頻繁に見られる症状は、従来の月経痛よりも強い痛みです。
普通の月経痛とは異なり市販の鎮痛薬では十分な効果が得られにくく、日常生活に支障をきたすほどの激痛を伴うケースも珍しくありません。
痛みの背景には、子宮内膜症によって生じる骨盤内の炎症や組織の癒着が関与しています。
月経痛 | 子宮内膜症に伴う月経痛 |
市販薬で緩和可能 | 鎮痛薬の効果が限定的 |
1-2日程度で軽快 | 長期間持続する傾向あり |
主に下腹部に限局 | 腰部や背部にまで波及 |
生活への影響は軽度 | 日常活動に大きな支障 |
持続的な骨盤部痛
子宮内膜症患者の多くが経験する症状は、月経期間外にも続く慢性的な骨盤部の痛みです。
骨盤内で続く炎症や組織の癒着が、絶え間ない痛みをたらします。
妊娠困難
子宮内膜症に起因する慢性的な炎症や組織の癒着が、卵巣機能や卵管の状態に影響を及ぼし、受精過程や胚の着床を阻害することがあります。
不妊治療を受診する女性の約3〜5割に子宮内膜症が認められるとの統計もあり、妊娠に与える影響の大きさは見過ごせません。
子宮内膜症と妊孕性低下の関連要因 |
卵巣予備能の低下 |
卵管周囲の癒着 |
子宮内膜環境の変化 |
慢性炎症による卵子質への影響 |
ホルモンバランスの乱れ |
その他の症状
子宮内膜症は骨盤内に影響を及ぼすため、その他にもいろいろな症状が起こります。
- 排便時の痛み・不快感
- 性交渉時の疼痛
- 腰部から下肢にかけての痛み
- 排尿時の違和感や痛み
- 慢性的な疲労感や倦怠感
子宮内膜症の原因
子宮内膜症の発症には、遺伝的要因、環境因子、免疫系の異常など、複数の要素が絡み合っています。
逆流月経
逆流月経では、月経時に子宮内膜組織の一部が卵管を通じて腹腔内に逆流し、そこで生着・増殖することで病変が形成されます。
逆流月経自体は多くの女性に起こる現象ですが、子宮内膜症の患者さんでは頻度や量が多いです。
また、子宮奇形や子宮頸管狭窄など、逆流を促す解剖学的な要因を持つ女性で発症リスクが高まります。
免疫系の影響
正常な状態では、腹腔内に逆流した子宮内膜組織は免疫系によって排除できますが、子宮内膜症患者さんでは、免疫応答がきちんと機能していない可能性があります。
免疫系の異常 | 子宮内膜症への影響 |
NK細胞活性低下 | 異所性内膜組織の排除不全 |
マクロファージ機能異常 | 炎症反応の持続 |
自己抗体産生 | 組織障害と癒着形成 |
T細胞バランスの乱れ | 局所免疫応答の変調 |
ホルモン環境
子宮内膜症の発症と進行には、エストロゲンが関与しています。
エストロゲンは子宮内膜組織を増やす作用があり、子宮内膜症病変の成長にも欠かせないホルモンです。
子宮内膜症患者さんでは、次のようなホルモン環境の異常が見られます。
- 局所的なエストロゲン産生の増加
- エストロゲン受容体の発現亢進
- プロゲステロン抵抗性の獲得
- アロマターゼ活性の上昇
このような要因があると、子宮内膜症病変が持続的にエストロゲンの影響を受け、増えたり大きくなります。
ホルモン因子 | 子宮内膜症への影響 |
局所エストロゲン産生↑ | 病変の増殖促進 |
エストロゲン受容体↑ | ホルモン感受性亢進 |
プロゲステロン抵抗性 | 増殖抑制作用の低下 |
アロマターゼ活性↑ | エストロゲン産生増加 |
遺伝的要因
子宮内膜症の家族歴のある女性では子宮内膜症の発症リスクが高く、子宮内膜症の遺伝率は約50%です。
遺伝的要因 | 子宮内膜症との関連 |
第一度近親者での発症 | リスク3-7倍増加 |
双子での一致率 | 一卵性で顕著に高い |
感受性遺伝子座 | 複数同定されている |
エピジェネティック変化 | DNA メチル化異常など |
環境因子
子宮内膜症の発症に関して、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)であるダイオキシン類や多塩化ビフェニル(PCB)が関係している可能性があります。
また、過度の飲酒や喫煙、運動不足、高脂肪食も、ホルモンバランスの乱れや慢性炎症の原因です。
診察(検査)と診断
子宮内膜症の診断は、問診、身体診察、各種画像検査を通して行われます。
問診と身体診察
子宮内膜症の問診では患者さんが経験している症状、持続期間、月経周期との関連性、日常生活への影響度を聞き取り、子宮内膜症の可能性を評価します。
身体診察では、骨盤内の触診や双合診を通じて、圧痛の有無、子宮や卵巣の腫大、骨盤内の腫瘤形成などを確認していきます。
症状聴取のポイント | 身体診察のチェック項目 |
疼痛の性質と発生部位 | 骨盤内の圧痛箇所と程度 |
月経周期との関連性 | 子宮の大きさと可動性 |
症状の経時的変化 | 付属器領域の腫瘤の有無 |
家族歴の確認 | ダグラス窩の硬結や圧痛 |
既往歴(特に婦人科手術歴) | 子宮頸部の視診所見 |
画像診断
問診と身体診察の後に画像検査を実施し、病変の位置や大きさ、周囲組織への影響などを調べます。
経腟超音波検査は患者さんの負担が少なく繰り返し行えるため、初期の段階で広く用いられる方法です。
MRI検査は深部子宮内膜症の評価や、他の骨盤内疾患との鑑別に優れています。
血液検査と腫瘍マーカー
血液検査や腫瘍マーカーの測定は、子宮内膜症の診断のために補助的に使われます。
ただし、CA125は子宮内膜症に関連する腫瘍マーカーであるものの、値の上昇は子宮内膜症に特異的ではありません。
他の婦人科疾患や炎症性疾患でも上昇するので、CA125の値は他の臨床所見や検査結果と併せて総合的に評価することが不可欠です。
検査項目 | 臨床的意義 |
CA125 | 子宮内膜症の活動性評価と経過観察 |
CRP | 骨盤内炎症の程度の客観的評価 |
血算 | 慢性的な出血による貧血の有無の確認 |
女性ホルモン値 | 内分泌環境の評価と治療方針の決定 |
HE4 | 卵巣癌との鑑別に有用な新規マーカー |
腹腔鏡検査と病理組織診断
子宮内膜症の最終的な確定診断には腹腔鏡検査が使われます。
直接骨盤内の病変を観察し、同時に組織を採取することで病理学的な確定診断が可能です。
腹腔鏡検査の実施を積極的に検討すべきケース
- 非侵襲的な画像検査では診断の確定が困難
- 症状が重度で、早急な治療方針の決定が求められる
- 不妊治療の一環として、詳細な病変の評価が必要
- 悪性腫瘍との鑑別が必要
- 保存的治療に抵抗性を示し、外科的治療の検討が必要
子宮内膜症の治療法と処方薬、治療期間
子宮内膜症の治療は薬物療法と手術療法に大別され、患者さんの年齢、症状の程度、妊娠希望などを総合的に考慮して選択します。
薬物療法
薬物療法は子宮内膜症の第一選択肢で、ホルモン療法が中心です。
ホルモン治療法は、エストロゲンの分泌を抑制することで症状の改善を目指します。
使われる薬剤
- 低用量ピル(経口避妊薬):排卵を抑制し、症状の軽減を図る。
- ジエノゲスト(プロゲステロン製剤):子宮内膜の増殖を抑え、痛みを軽減。
- GnRHアゴニスト:卵巣機能を一時的に停止させ、症状の改善を目指す。
- レボノルゲストレル放出子宮内システム(LNG-IUS):子宮内に直接ホルモンを放出し、局所的に作用。
薬剤名 | 作用 | 治療期間の目安 | 特徴 |
低用量ピル | 排卵抑制 | 3-6ヶ月以上 | 避妊効果も期待できる |
ジエノゲスト | 子宮内膜増殖抑制 | 6-12ヶ月 | 痛み軽減効果が高い |
GnRHアゴニスト | 卵巣機能の一時的停止 | 最長6ヶ月 | 閉経様状態を誘導 |
LNG-IUS | 局所的なホルモン作用 | 5年間留置可能 | 長期的な症状管理に有効 |
手術療法
薬物療法で十分な効果が得られなかったり大きな嚢胞があるときには、手術療法を検討します。
患者さんの負担を軽減するため、低侵襲な腹腔鏡下手術が主流です。
手術の種類
- 保存手術:子宮や卵巣を温存しながら病変を除去し、妊孕性を維持。
- 根治手術:重症例で子宮や卵巣の摘出を行い、症状の完全な改善を目指す。
手術法 | 特徴 | 入院期間の目安 | 回復期間 |
腹腔鏡下手術 | 低侵襲・早期回復 | 3-5日 | 1-2週間 |
開腹手術 | 広範囲の処置が可能 | 7-10日 | 4-6週間 |
ロボット支援手術 | 精密な操作が可能 | 3-5日 | 1-2週間 |
子宮鏡下手術 | 子宮内病変に対応 | 日帰り-2日 | 数日-1週間 |
手術後は再発予防のため薬物療法を併用し、治療期間は数ヶ月から数年です。
痛み止め
子宮内膜症に伴う痛みの管理には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が使用されます。
薬剤名 | 使用のタイミング | 注意点 | 特性 |
ロキソプロフェン | 痛み発現時 | 胃腸障害に注意 | 即効性がある |
ジクロフェナク | 予防的投与 | 長期使用は避ける | 持続的な効果 |
セレコキシブ | 定期的な服用 | 心血管リスクに注意 | 胃腸への負担が少ない |
メロキシカム | 長期使用に適する | 肝機能障害に注意 | 1日1回の服用で済む |
痛み止めは短期的な症状緩和には有効ですが、根本的な治療ではないため、他の治療法と組み合わせます。
子宮内膜症の治療における副作用やリスク
子宮内膜症の治療には、ホルモン療法や手術療法があり、それぞれに固有の副作用やリスクがあります。
ホルモン療法に伴う副作用
ホルモン療法は低エストロゲン状態を意図的に起こすため、更年期のような症状が現れることが少なくありません。
また、長期にわたる使用では骨密度の低下が懸念されるため、定期的な骨密度測定が必要です。
副作用 | 発現頻度 | 対処法 |
ホットフラッシュ | 高 | 生活習慣の調整、漢方薬の併用 |
体重増加 | 中 | 食事指導、運動療法 |
気分変動 | 中 | カウンセリング、必要に応じて向精神薬 |
骨密度低下 | 低〜中 | カルシウム摂取、ビタミンD補充 |
不正出血 | 中〜高 | 経過観察、必要時薬剤調整 |
手術療法に伴うリスク
手術療法は即効性が期待できる一方で、侵襲的な治療法であるためリスクは避けられません。
腹腔鏡手術は低侵襲ですが、出血や感染といった手術リスクはあります。
さらに、周辺臓器の損傷や、術後の癒着による新たな症状が現れることにも注意を払うことが必要です。
薬物療法がもたらす全身への影響
ホルモン療法や鎮痛剤は、子宮内膜症に伴う諸症状の緩和に効果を示す一方で、全身へのさまざまな影響もあります。
長期にわたる薬物療法は、肝機能や腎機能に負担をかけるため、定期的な血液検査によるモニタリングが欠かせません。
また、ホルモン製剤使用時には血栓症のリスクがあります。
薬剤 | 全身への影響 | リスク管理策 |
経口避妊薬 | 血栓症リスク上昇 | 禁煙指導、定期的な血液検査 |
GnRHアゴニスト | 骨密度低下、脂質代謝異常 | 骨密度測定、add-back療法 |
NSAIDs | 胃腸障害、腎機能低下 | 胃粘膜保護剤併用、腎機能モニタリング |
ジエノゲスト | 不正出血、脂質異常症 | 鉄剤補充、定期的な血液検査 |
ダナゾール | 男性化徴候、肝機能障害 | 肝機能モニタリング、使用期間の制限 |
妊孕性への影響
手術療法、特に卵巣チョコレート嚢胞に対する嚢胞摘出術は慎重な判断が必要で、一方、ホルモン療法は治療期間中に妊娠を抑えますが、中止後の妊孕性の回復は良好です。
妊孕性温存の観点から注意が必要な点
- 卵巣組織の過剰な切除を避けるための手術技法の選択
- ホルモン療法による一時的な排卵抑制と、治療中止後の妊孕性回復
- 患者さんの年齢による妊孕性低下と、治療介入のタイミングとの兼ね合い
- 治療の遅延による病変進行が妊孕性に及ぼす潜在的リスクの評価
- 卵子凍結の検討
再発リスクと長期的な管理
保存的手術後の5年再発率は約50%で、手術単独では完治が困難です。
ホルモン療法も効果は投与期間中に限定され、中止後に症状が再燃するケースが少なくありません。
治療法 | 5年再発率 | 再発リスク低減策 |
保存的手術単独 | 約50% | 術後ホルモン療法の併用 |
ホルモン療法単独 | 中止後再燃あり | 長期継続投与の検討 |
手術+術後ホルモン療法 | 再発率低下 | 定期的な画像検査による経過観察 |
根治的手術(子宮全摘+両側付属器切除) | 10%未満 | 閉経後HRTのリスク評価 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法にかかる費用
薬物療法は子宮内膜症の主要な治療法で、ホルモン剤や鎮痛剤が使用されます。
薬剤名 | 1ヶ月あたりの概算費用 |
低用量ピル | 3,000円~8,000円 |
ジエノゲスト | 7,000円~12,000円 |
GnRHアゴニスト | 15,000円~25,000円 |
薬剤は保険適用です。
手術療法の費用
症状が重度のときは、手術を選択します。
手術方法 | 概算費用(保険適用前) |
腹腔鏡下手術 | 30万円~50万円 |
開腹手術 | 40万円~60万円 |
費用には入院費も含まれています。
検査費用
子宮内膜症の診断や経過観察には、さまざまな検査が必要です。
- 経腟超音波検査:5,000円~8,000円
- MRI検査:20,000円~30,000円
- 血液検査:5,000円~10,000円
以上
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