卵胞嚢胞(follicular cysts)とは、卵巣内に液体が溜まって形成される袋状のものです。
卵巣では毎月卵子を内包した卵胞が成長し、排卵時に破裂して卵子を放出するという周期的な変化がありますが、この過程が正常に進行せず卵胞が破裂しないで肥大を続けることがあります。
多くの場合症状は現れず、嚢胞(のうほう)は自然に消失します。
卵胞嚢胞の主な症状
卵胞嚢胞は多くの場合無症状で経過しますが、腹痛や骨盤痛が起こる方もいます。
無症状で進行
卵胞嚢胞の大半は無症状で経過し、患者さん自身が気づかないことも少なくありません。
定期健診や他の目的で行われた超音波検査で偶然発見されることが多いです。
腹部の不快感や痛み
症状が出る場合、最も頻繁に見られるのが腹部の不快感や痛みです。
症状 | 特徴 |
鈍痛 | 持続的で軽度の痛み |
鋭痛 | 突発的で強い痛み |
間欠痛 | 断続的に現れる痛み |
圧痛 | 押すと痛む症状 |
月経周期の変調
卵胞嚢胞はホルモンバランスに影響を及ぼし、月経周期が乱れます。
- 月経不順(周期の乱れ)
- 月経痛の増強
- 月経量の変化(増加または減少)
- 不正出血
これらの症状は、卵胞嚢胞による卵巣機能の一時的な変化が要因です。
骨盤部の膨満感と圧迫感
大きな卵胞嚢胞は周囲の臓器を圧迫し、骨盤部に膨満感や圧迫感を自覚することがあります。
嚢胞の大きさ | 症状の程度 | 周囲への影響 |
小(3cm未満) | ほとんど感じない | 影響はほぼなし |
中(3-5cm) | 軽度の膨満感 | 周囲臓器への軽度の圧迫 |
大(5cm以上) | 明確な圧迫感 | 周囲臓器の変位や機能障害の可能性 |
巨大(10cm以上) | 顕著な腹部膨満 | 重大な合併症のリスク増加 |
排尿や排便に関する問題
卵胞嚢胞が増大すると膀胱や直腸を圧迫し、排尿や排便に関連する症状が起こります。
よく見られるのは、頻尿や排尿時の不快感、便秘です。
症状 | 原因 | 特徴 |
頻尿 | 膀胱容量の減少 | 尿意をより頻繁に感じる |
排尿時痛 | 尿道への圧迫 | 排尿時に痛みや不快感がある |
便秘 | 直腸への圧迫 | 排便が困難になる |
下痢 | 腸管への刺激 | 軟便や下痢が続く |
症状は、嚢胞のが縮小すれば自然に軽快します。
卵胞嚢胞の原因
卵胞嚢胞は、排卵障害や内分泌系の乱れが原因で発生します。
卵胞嚢胞形成の根幹
通常の月経周期では、卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)が連携し卵胞の成熟と排卵を促進しますが、ホルモンのバランスが崩れると卵胞が発育せず、排卵が起こらない状態になります。
排卵が起こらず卵胞内に液体が蓄積すると、嚢胞が形成される生じる可能性が高まるのです。
ホルモン | 正常時の機能 | 異常時の影響 |
FSH | 卵胞の成長を促進 | 過剰分泌により多数の未熟卵胞が形成される |
LH | 排卵を誘発する | 分泌不足により排卵障害が起こる |
排卵プロセスの異常
排卵プロセスの異常も、卵胞嚢胞の形成に関与しています。
正常な排卵では十分に成熟した卵胞が破裂し卵子が放出されますが、排卵が妨げられると卵胞が破裂せずに残り、嚢胞化する現象が起こります。
この現象は「未破裂黄体化卵胞症候群」で、不妊の一因です。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と卵胞嚢胞
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、複数の小さな卵胞嚢胞が形成される内分泌疾患で卵巣機能に異常をきたす症候群です。
PCOSではアンドロゲン(男性ホルモン)の過剰産生やインスリン抵抗性が高頻度で見られ、卵胞の正常な発育を阻害する要素となっていることが明らかになっています。
PCOS の特徴 | 卵胞嚢胞との関連性 |
アンドロゲンの過剰産生 | 卵胞の発育を阻害する |
インスリン抵抗性の上昇 | ホルモンバランスの乱れを引き起こす |
慢性的な排卵障害 | 卵胞嚢胞形成のリスクを高める |
環境因子と生活習慣
環境因子や生活習慣もホルモンバランスの乱れや排卵障害を起こし、卵胞嚢胞のリスクを上げます。
- 長期にわたる精神的ストレス
- 急激な体重の増減
- 不規則な生活リズムの継続
- 過度に激しい運動の習慣化
- 環境中のホルモン様物質への慢性的な曝露
遺伝的背景
卵胞嚢胞の発生に関係のあるPCOSには遺伝的な傾向が認められており、家族内で発症リスクが高いです。
遺伝的要因 | 卵胞嚢胞との関連性 |
PCOSの家族歴 | 発症リスクの上昇につながる |
ホルモン受容体遺伝子の変異 | ホルモンに対する感受性の異常を引き起こす |
診察(検査)と診断
卵胞嚢胞の診断は、症状の評価、身体診察、画像検査、そして必要に応じて実施される血液検査を組み合わせて行われます。
初診時における問診と身体診察
初診では患者さんの症状、月経歴、関連する既往歴、家族の病歴を聞き取ります。
続いて腹部全体の触診や内診を実施し、卵巣の腫大の程度や圧痛を確認します。
診察項目 | 確認内容 | 診断的意義 |
問診 | 症状、月経歴、既往歴 | 嚢胞発生の背景把握 |
触診 | 腹部の腫瘤、圧痛 | 嚢胞の大きさと位置の推定 |
内診 | 卵巣の腫大、可動性 | 嚢胞の性状と周囲組織への影響評価 |
双合診 | 骨盤内臓器の位置関係 | 嚢胞と周辺臓器との関係性把握 |
画像検査
経腟超音波検査は非侵襲性と高い解像度から、最も有用な検査方法です。
超音波検査では嚢胞の大きさ、内部構造、血流動態などを観察できます。
- 嚢胞の正確な大きさと数の測定:ミリメートル単位での評価
- 内部エコーの詳細評価:単純性か複雑性か、壁の厚さや隔壁の有無
- カラードップラー法による血流評価:嚢胞周囲の血流増加の有無
- 周囲組織との関係性の精密な確認:子宮や卵管との位置関係
必要であれば、MRIやCTなどのより高度な画像診断を用いた追加検査を行うケースもあります。
血液検査
血液検査ではホルモン検査や特定の腫瘍マーカーの測定が主要な項目で、嚢胞の活動性や悪性化の可能性を探る重要な手がかりです。
検査項目 | 意義 | 正常値範囲 | 異常値の解釈 |
FSH、LH | 卵巣機能の評価 | 月経周期により変動 | 高値:卵巣機能低下の可能性 |
エストラジオール | 嚢胞の活動性評価 | 30-400 pg/mL | 高値:エストロゲン産生嚢胞の可能性 |
CA125 | 悪性腫瘍の除外 | 35 U/mL以下 | 高値:悪性腫瘍の可能性要検討 |
AMH | 卵巣予備能の評価 | 1-3 ng/mL | 低値:卵巣予備能低下の可能性 |
経過観察
卵胞嚢胞は自然消退することが多いので、初回診断後1〜3ヶ月の間隔で超音波検査を継続的に実施し、嚢胞の大きさや内部性状の変化を観察します。
観察期間 | 確認事項 | 判断基準 |
1ヶ月後 | 大きさの変化 | 縮小傾向:経過観察継続 |
3ヶ月後 | 内部性状の変化 | 複雑化:追加検査検討 |
6ヶ月後 | 周囲組織への影響 | 圧迫所見:介入検討 |
卵胞嚢胞の治療法と処方薬、治療期間
卵胞嚢胞は経過観察から薬物療法、さらに外科的処置まであります。
経過観察
小さな卵胞嚢胞の多くは医療介入を必要とせず自然に消失していくので、定期的な超音波検査を通じて経過を観察します。
観察期間の検診は、1~2カ月ごとです。
経過観察の項目 | 実施頻度 |
超音波検査 | 1〜2ヶ月ごと |
血液検査 | 医師の判断による |
ホルモン療法
卵胞嚢胞の発生メカニズムはホルモンバランスの乱れが関与していることから、ホルモン療法が治療選択肢として考慮されることがあります。
低用量ピルや黄体ホルモン製剤が用いられ、一時的に排卵を抑制することで嚢胞の縮小や消失が目的です。
治療期間は3〜6ヶ月程度です。
20代後半の患者さんで過度の仕事ストレスから生理不順が起こり卵胞嚢胞を形成したケースでは、低用量ピルを3ヶ月間服用した結果嚢胞が完全に消失し、同時に生理周期も正常化しました。
外科的処置
大きな嚢胞や経過観察およびホルモン療法による改善が見られない方には、外科的処置を検討します。
低侵襲な腹腔鏡下手術が主流で、小さな切開創から嚢胞を摘出する手法です。
手術時間は1〜2時間程度で入院期間は約3〜5日、術後の回復期間を含めると日常生活に完全に復帰するまでに2〜3週間程度の時間を要します。
手術の種類 | 特徴 |
腹腔鏡下手術 | 低侵襲性、早期回復が特長 |
開腹手術 | 大型嚢胞や高度癒着症例に対応 |
薬物療法
卵胞嚢胞に随伴する疼痛や不快感には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を処方します。
ただし、長期にわたる使用は副作用があるので注意が必要です。
治療期間
卵胞嚢胞の治療期間の目安
- 経過観察アプローチ 2〜3ヶ月の観察期間を設定
- ホルモン療法による内分泌環境調整 3〜6ヶ月の継続が標準的
- 外科的処置後の回復期間 術後2〜3週間程度で日常生活への復帰が可能
- 薬物療法(疼痛管理) 症状の程度に応じて1〜2週間程度の使用
治療終了後の半年間は2ヶ月ごと、その後は半年に1回程度の頻度で検診を受けてください。
フォローアップスケジュール | 推奨頻度 |
治療終了後半年間 | 2ヶ月ごとの受診 |
それ以降の期間 | 半年ごとの定期検診 |
卵胞嚢胞の治療における副作用やリスク
卵胞嚢胞の治療は経過観察から侵襲的な手術まであり、それぞれの方法に副作用やリスクがあります。
経過観察に伴う潜在的リスク
経過観察は多くの卵胞嚢胞症例で第一選択として採用される対応方法ですが、完全にリスクがないわけではありません。
リスク | 発生頻度 | 緊急度 | 対処法 |
嚢胞破裂 | 5-10% | 中~高 | 経過観察または緊急手術 |
茎捻転 | 2-3% | 高 | 即時の緊急手術 |
出血 | 1-2% | 中 | 経過観察または手術 |
感染 | <1% | 中~高 | 抗生剤投与または手術 |
嚢胞破裂や茎捻転といった急性合併症は、突如として激しい腹痛が現れ、緊急な医療介入が必要です。
薬物療法に伴う副作用
卵胞嚢胞に対する薬物療法ではホルモン調整剤が使用されますが、高い効果が期待できる反面副作用もあります。
- 体重増加:平均2-3kg程度の増加
- 消化器症状:吐き気や嘔吐、食欲不振
- 頭痛:軽度から中等度の頭痛
- 乳房の張り:不快感を伴う乳房の腫脹
- 不正出血:予期せぬ出血や点状出血
副作用の多くは一過性のものであり、投薬終了後には自然に消失することが多いです。
手術療法に関連するリスク
手術療法は大きな嚢胞や合併症を伴う嚢胞に対して選択される治療法で、一般的な手術のリスクに加え、卵胞嚢胞手術特有のリスクもあります。
リスク | 発生頻度 | 重症度 | 長期的影響 | 予防策 |
術中出血 | 1-2% | 中~高 | 貧血、再手術の可能性 | 慎重な手術操作、出血制御技術の向上 |
術後感染 | 3-5% | 中 | 抗生剤治療、入院期間延長 | 術前術後の抗生剤投与 |
周辺臓器損傷 | <1% | 高 | 追加手術、機能障害 | 解剖学的知識、手術操作 |
癒着形成 | 5-10% | 低~中 | 慢性疼痛、不妊 | 低侵襲手術技術の採用、癒着防止剤の使用 |
妊孕性への影響
大きな嚢胞や複雑な形態を持つ嚢胞の場合、卵巣組織の一部を切除せざるを得ないケースがあります。
治療法 | 妊孕性への影響 | 回復可能性 | 対策 |
経過観察 | 最小限 | 高い | 定期的なモニタリング |
薬物療法 | 一時的な影響 | 比較的高い | 治療後の卵巣機能評価 |
保存的手術 | 中程度の影響 | 中程度 | 卵巣組織の最大限の温存 |
根治的手術 | 重大な影響 | 低い | 生殖補助医療の検討 |
長期的なフォローアップ
卵胞嚢胞に対する治療を終えた後も、再発のリスクや他の卵巣疾患の新たな発生リスクを考慮し、定期的なフォローアップが不可欠です。
フォローアップ項目 | 頻度 | 目的 | 方法 |
超音波検査 | 3-6ヶ月毎 | 再発・新規病変の早期発見 | 経腟超音波 |
血液検査 | 6-12ヶ月毎 | ホルモンバランスの評価 | FSH, LH, E2測定 |
症状評価 | 毎回の受診時 | 潜在的問題の早期把握 | 問診・診察 |
生活指導 | 必要に応じて | QOL維持・向上 | カウンセリング |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
経過観察時の費用
経過観察を行う場合、超音波検査の費用が発生し、5,000円から10,000円程度です。
検査項目 | 概算費用 |
超音波検査 | 5,000円〜10,000円 |
血液検査 | 3,000円〜8,000円 |
薬物療法にかかる費用
低用量ピルは、1ヶ月あたり約3,000円から5,000円です。
手術療法の費用
手術療法は種類によって費用が異なります。
手術の種類 | 概算費用 |
腹腔鏡下手術 | 10万円〜30万円 |
開腹手術 | 15万円〜40万円 |
以上
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