侵入奇胎 – 婦人科

侵入奇胎(invasive mole)とは、妊娠初期に発生する合併症で、受精卵が正常な発育経路から逸脱し、子宮筋層へ深く侵入してしまう状態のことです。

この病態では胎児の形成は見られず、代わりに胎盤組織が過剰に増殖していきます。

侵入奇胎は妊娠性絨毛性腫瘍の分類に含まれ、多様な症状が起こります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

侵入奇胎の種類(病型)

侵入奇胎には全奇胎と部分奇胎があり、それぞれ特徴的な遺伝子構成と臨床経過を有します。

侵入全奇胎

侵入全奇胎とは、全奇胎が子宮筋層に浸潤した状態です。

この型では全ての染色体が父親由来であり、母体の遺伝情報は含まれていません。

全奇胎の約15-20%が侵入全奇胎へと進展し、早期発見が極めて大切です。

侵入全奇胎では異常な栄養膜細胞が子宮筋層に深く侵入し、時として子宮外にまで拡大することもあります。

特徴侵入全奇胎
染色体構成全て父親由来
胎児組織欠如
子宮筋層への浸潤度顕著
悪性転化のリスク相対的に高い

侵入部分奇胎

侵入部分奇胎は、部分奇胎が子宮筋層に浸潤した状態です。

部分奇胎では1セットの父親由来の染色体と、1セットの母親由来の染色体が存在し、胎児組織が部分的に観察されます。

侵入部分奇胎の発生頻度は低く、部分奇胎の約2-4%が侵入部分奇胎へと進展します。

異常な栄養膜細胞の増殖が認められますが、全奇胎と比べると浸潤の程度は軽度です。

特徴侵入部分奇胎
染色体構成父親由来と母親由来の混合型
胎児組織部分的に存在
子宮筋層への浸潤度全奇胎より軽度
悪性転化のリスク全奇胎と比較して低い

侵入奇胎の主な症状

侵入奇胎は、普通の妊娠とは異なる独特の症状があります。

侵入奇胎に共通して見られる症状

侵入奇胎に共通して観察される症状には、以下のようなものが挙げられます。

  • 不定期な出血や茶色がかったおりもの
  • 下腹部の違和感や痛み
  • つわりの症状が通常以上に強くなる
  • 子宮が急速に大きくなる

症状は妊娠初期から中期にかけて現れます。

侵入全奇胎の症状

侵入全奇胎では絨毛組織全体が異常に増殖するため、急激な症状が見られます。

症状特徴
子宮の急激な膨張妊娠週数から予想される大きさを大幅に上回る
嘔吐症状の悪化通常の妊娠時と比較して、より頻繁かつ激しくなる
甲状腺機能亢進に似た症状心拍数の上昇や多汗などが観察されることがある
高血圧の発症妊娠高血圧症候群に類似した症状が現れることがある

侵入部分奇胎の症状

侵入部分奇胎は正常な絨毛組織と異常な組織が混在しているため、症状が軽微であったり、気づきにくいことがあります。

・不規則な出血や茶褐色のおりものが長期間続く。

・子宮の大きさが妊娠週数から予想されるものよりも小さめに留まる。

・つわりの症状は、普通の妊娠と同程度か、やや強めに現れる。

・妊娠反応検査で強い陽性反応が出る。

侵入奇胎の進行に伴う合併症と症状

侵入奇胎が進行すると、さまざまな合併症の危険があります。

合併症関連する症状
貧血めまい感、全身倦怠感、息切れ、動悸
卵巣過剰刺激症候群下腹部の膨満感や痛み、呼吸困難
肺塞栓症突発的な呼吸困難、胸痛、冷や汗
子宮穿孔急激な腹痛、出血量の増加、ショック症状

合併症に関連する症状が現れたときは、一刻も早く医療機関を受診してください。

30代半ばの患者さんが妊娠12週頃から持続する不規則な出血と、強いつわり症状を主訴に来院され、超音波検査を行ったところ、子宮の急速な拡大と特徴的な「雪嵐」様の所見が確認され、侵入全奇胎と診断された例がありました。

侵入奇胎の原因

侵入奇胎は、胞状奇胎という特殊な妊娠異常から進展することで発生し、背景には、遺伝子の異常や環境要因、母体の免疫システムの変調が絡み合っています。

胞状奇胎からの進展

侵入奇胎の発生を理解するうえで、胞状奇胎の存在を理解することが重要です。

胞状奇胎は受精卵の異常な発育によって起きる疾患であり、完全胞状奇胎と部分胞状奇胎という2つのタイプに分類されます。

胞状奇胎の種類遺伝的特徴侵入奇胎への進展リスク
完全胞状奇胎父親由来の染色体のみで構成比較的高い
部分胞状奇胎父親由来の染色体が過剰に存在比較的低い

完全胞状奇胎は、侵入奇胎へと進展するリスクが高いです。

部分胞状奇胎からの進展例も報告されていますが、頻度は完全胞状奇胎と比べるとかなり低くなっています。

遺伝的要因

侵入奇胎の発生メカニズムには遺伝子レベルでの異常が関与しており、注目されているのは、父親由来の遺伝情報が過剰に発現することで起こる遺伝子バランスの崩れです。

遺伝的な不均衡は、細胞の成長や分裂に関わる機能に影響を及ぼし、次のような変化をもたらします。

  • 細胞増殖を制御する仕組みの機能不全
  • 通常であれば起こるはずの細胞死(アポトーシス)の抑制
  • 新しい血管を作り出す能力(血管新生)の異常な亢進
  • 周囲の組織に侵入していく能力の増強

環境因子

遺伝的な背景に加えて、患者さんを取り巻く環境要因も侵入奇胎の発症リスクに影響を与えることが分かっています。

環境要因リスクへの影響詳細
年齢両極端で上昇35歳以上の高齢妊娠、20歳未満の若年妊娠
人種特定の人種で高いアジア系やアフリカ系で発症率が高い傾向
栄養状態栄養不良で上昇ビタミンA欠乏などが指摘されている
既往歴過去の経験で上昇胞状奇胎の既往がある場合はリスクが高まる

中でも、年齢と既往歴は注意が必要な要因です。

35歳を超える高齢妊娠や20歳未満の若年妊娠では、侵入奇胎を含む絨毛性疾患のリスクが高くなり、また、過去に胞状奇胎を経験したことがある方は、再発のリスクが上がります。

ホルモン環境の変化

侵入奇胎の発生メカニズムに関係しているのは、ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)というホルモンの過剰産生です。

hCGは妊娠初期に重要な役割を果たすホルモンで、侵入奇胎では産生量が異常に増加します。

  • 栄養膜細胞(胎盤の元になる細胞)の異常な増殖を促す
  • 新しい血管の形成を過剰に誘導する
  • 母体の免疫系を抑制し、異常細胞の排除を妨げる

免疫系の関与

通常の妊娠では母体の免疫系が胎児を異物として排除しないよう、免疫調整のメカニズムが働いています。

しかし、侵入奇胎の場合、この免疫調整の仕組みに何らかの異常が生じているのです。

免疫学的な変化

  • NK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性低下 異常細胞を排除する能力の減退
  • 制御性T細胞の機能異常 免疫反応を適切にコントロールする能力の低下
  • サイトカイン(免疫細胞間の情報伝達物質)のバランスの乱れ 免疫応答の調整不全

30代後半の患者さんに過去に2回の胞状奇胎を経験した後、3度目の妊娠で侵入奇胎を発症された方がいました。

詳細な遺伝子検査を行ったところ、特定の遺伝子に多型(個人差)が認められ、さらに免疫機能の低下も確認。

このケースは、遺伝的な素因と環境要因、そして免疫系の変調が絡み合って侵入奇胎の発症に至る可能性を示しています。

診察(検査)と診断

侵入奇胎の診断は、初診時における臨床所見の把握から始まり、検査を経て最終的な確定に進みます。

臨床所見の把握と問診

問診で聞き取る情報

  • 不正出血の有無、その性状や持続期間
  • 腹部の膨満感や痛みの程度、出現時期
  • つわり症状の強さ、通常の妊娠と比較した際の特異性
  • 過去の妊娠歴、家族歴、特に絨毛性疾患の既往

身体診察と検査

初診の臨床所見を踏まえ、身体診察と検査を実施します。

検査項目診断的意義と評価ポイント
腹部触診子宮の大きさ、硬さ、圧痛の有無を評価
内診子宮口の状態、出血の量や性状、子宮の大きさを確認
血液検査貧血の程度、炎症反応、肝機能、腎機能、電解質バランスを評価
尿検査hCG定性検査、尿蛋白、尿糖の有無を確認

画像診断技術

経腟超音波検査は、子宮内の状態を詳細に観察するための第一選択となる検査法で、子宮内の異常を視覚化できます。

「蜂の巣」状や「雪あらし」様の所見が認められた場合、侵入奇胎の可能性が高いです。

MRI検査は、超音波検査で得られた情報をさらに詳細に評価し、周囲組織への浸潤の有無や範囲を正確に把握するために用いられます。

血中hCG値の測定

侵入奇胎の診断では、血中hCG値の測定と経時的変化の観察が重要です。

hCG値の特徴診断的意義と臨床的解釈
異常高値侵入奇胎を強く疑う根拠となり、特に全胞状奇胎では顕著
正常範囲内侵入部分奇胎の可能性があり、他の検査結果との総合的判断が必要
経時的上昇疾患の進行を示唆し、より積極的な介入の必要性を示す
低下傾向自然退縮の可能性を示唆するが、慎重な経過観察が必要

組織学的検査

子宮内容物の掻爬術や生検によって得られた組織を病理学的に精査することで、侵入奇胎の特徴的な所見を確認し、確定診断をくだします。

組織学的検査では異常な栄養膜細胞の増殖パターンや、水腫状絨毛の存在、栄養膜細胞の異型性などが評価されます。

さらに、免疫組織化学的検査を併用することで、p57KIP2やKi-67などの特異的マーカーの発現状況を確認し、診断の精度をさらに高めることが可能です。

検査項目評価ポイント
HE染色栄養膜細胞の増殖、水腫状絨毛の確認
p57KIP2染色父親由来遺伝子の発現状況
Ki-67染色細胞増殖活性の評価
ploidy解析染色体数の異常の有無

侵入奇胎の治療法と処方薬、治療期間

侵入奇胎の治療には化学療法を用い、中心となるのは葉酸代謝拮抗薬のメトトレキサートという薬剤です。

化学療法

侵入奇胎に対する治療においては、葉酸代謝拮抗薬であるメトトレキサートが、第一選択薬です。

メトトレキサートは腫瘍細胞の増殖を抑え、投与方法には単剤療法と多剤併用療法があります。

療法の種類使用する薬剤適応となる状況
単剤療法メトトレキサート単独比較的軽症の場合
多剤併用療法メトトレキサート+他の抗がん剤重症例や単剤療法が効果不十分な場合

治療期間

侵入奇胎の治療にかかる期間は、数か月から1年程度です。

治療期間に影響を与える要因

  • 病変がどの程度進行しているか
  • 化学療法に対する反応がどの程度良好か
  • 血中hCG値がどのように変化していくか
  • 合併症が生じていないか

治療効果の判定

侵入奇胎の治療効果を正確に判断するためには、血中hCG値を定期的に測定し推移を追跡することが欠かせません。

hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)は、侵入奇胎の状態を反映する腫瘍マーカーとしての機能を持っています。

治療の段階hCG測定の頻度測定の目的
初期週に1回治療への早期反応を確認
中期2週間に1回治療効果の持続を確認
後期月に1回寛解の維持を確認

hCG値が継続的に低下し検出できないレベルまで減少することが、治療が成功したことを示す重要な指標です。

フォローアップ

侵入奇胎の治療が終わった後も、定期的な経過観察を継続することが大切です。

再発のリスクが完全には否定できないため、治療が終了してから少なくとも1年間は、定期的な診察とhCG値の測定を続けていく必要があります。

また、治療が終了してから1年間は妊娠を避けてください。

フォローアップの内容実施の頻度目的
診察3か月ごと全身状態の確認
hCG値測定3か月ごと再発の早期発見
画像検査6か月ごと局所再発の確認

侵入奇胎の治療における副作用やリスク

侵入奇胎の治療過程には、いろいろな副作用やリスクが伴います。

化学療法に関連する副作用

侵入奇胎の治療で用いられる化学療法には、さまざまな副作用があります。

・悪心・嘔吐:食事の工夫や制吐剤の使用で軽減できる

・脱毛:一時的なものが多く、治療終了後に回復する

・倦怠感:適度な休息と軽い運動のバランスが重要

・食欲不振:栄養補助食品の利用や少量頻回の食事が有効

・口内炎:うがいの励行や専用の洗口液の使用で予防・軽減が可能

骨髄抑制がもたらすリスク

化学療法による骨髄抑制は、治療中に注意を要する重大な副作用の一つです。

影響を受ける血球具体的なリスクと臨床的意義
白血球感染症に対する抵抗力の低下、重症化のリスク増大
血小板出血傾向の増加、軽微な外傷でも止血困難になる可能性
赤血球貧血の進行、全身倦怠感や息切れの増悪

骨髄抑制は患者さんの免疫機能を低下させます。

生殖機能への影響

侵入奇胎の治療は、患者さんの生殖機能にも短期的・長期的な影響を与えます。

影響の種類懸念事項
卵巣機能低下一時的または永続的な不妊の可能性、ホルモンバランスの乱れ
早発閉経更年期症状の早期出現、骨粗鬆症のリスク増加
子宮への影響子宮内膜の菲薄化、将来の妊娠維持能力への影響

二次性悪性腫瘍発生のリスク

化学療法や放射線療法は、がん細胞だけでなく正常細胞にもダメージを与えるため、将来別の種類の悪性腫瘍が発生するリスクが高まります。

リスク因子影響と注意点
治療の種類アルキル化剤使用による白血病リスクの上昇
放射線照射照射部位周辺での固形腫瘍発生リスク
患者年齢若年者ほどリスクが高い傾向

リスクを最小限に抑えるよう細心の注意を払いますが、完全に排除することは困難です。そのため、治療終了後も長期的な経過観察が不可欠になります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来治療にかかる費用

外来での侵入奇胎治療は、化学療法を中心に行われます。

項目概算費用(1クールあたり)
抗がん剤10万円~20万円
投薬管理料2万円~3万円
検査費用3万円~7万円

入院治療にかかる費用

症状が重い場合や合併症が生じた際は、入院治療が必要です。

入院時の治療費

項目概算費用(1か月あたり)
入院基本料15万円~20万円
抗がん剤治療20万円~30万円
各種検査5万円~10万円

自己負担額

侵入奇胎治療は保険適用です。

実際の自己負担額

  • 外来治療(1クールあたり) 総額20万円の場合、3割負担で6万円
  • 入院治療(1か月あたり) 総額50万円の場合、3割負担で15万円

以上

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