卵巣過剰刺激症候群(OHSS) – 婦人科

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)(ovarian hyperstimulation syndrome)とは、不妊治療の際に発生する合併症です。

通常の卵巣機能を超えた過剰な刺激により卵巣が急速に腫大し、さまざまな身体症状が起きます。

腹部の張りや痛み、吐き気、重症化すると呼吸困難や血液濃縮などの深刻な問題に発展します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の主な症状

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、腹部症状と全身症状が現れます。

腹部の症状

OHSSにおいて最よく見られるのは、腹部の違和感や膨満感といった腹部症状です。

卵巣の腫大が原因で、患者さんの多くが下腹部の張りや痛みを訴えます。

中には激しい腹痛を伴うこともあり、腹囲の増大も所見の一つです。

消化器系の症状

OHSSに随伴し吐き気や嘔吐が現れ、食事摂取が困難となるケースも見受けられます。

加えて、便秘や下痢などの排便異常が出ることも。

症状発現頻度影響度
吐き気高い中~高
嘔吐中程度高い
便秘中程度中程度
下痢低い中程度

呼吸器系の症状

OHSSの病態が進行すると、呼吸器系にも症状が波及することがあります。

腹水の貯留に伴い横隔膜が圧迫されることで、呼吸困難感や息切れといった症状が起こるのです。

軽度の場合は階段の昇降や歩行時に息切れを自覚する程度ですが、重症例では安静時であっても呼吸が苦しくなります。

また、胸水の貯留も珍しくなく、咳嗽や胸痛が現れることも。

循環器系の症状

OHSSにおける循環器系の症状は全身状態の悪化を示すもので、血管内脱水に起因して、めまいや立ちくらみなが起きやすくなり、頻脈や血圧低下も見られます。

さらに、血栓症のリスクも上昇するため、下肢の腫脹や疼痛には注意が必要です。

症状重症度注意点
めまい軽度~中等度脱水の指標
頻脈中等度~重度循環動態の変化
血圧低下中等度~重度ショックの前兆
下肢腫脹要注意血栓症のリスク

全身症状

OHSSは全身に影響を及ぼし、多様な全身症状を起こします。

  • 倦怠感
  • 体重増加
  • むくみ(下肢に顕著)
  • 発熱
  • 頭痛
症状臨床的意義対応の必要性
倦怠感QOLの低下中程度
体重増加体液貯留の指標高い
むくみ循環動態の変化高い
発熱感染症合併の可能性高い

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の原因

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は生殖補助医療の過程で発生する症状で、原因は卵巣への過度な刺激と、それに伴う生理学的な変化です。

排卵誘発剤がもたらす影響

OHSSの原因は、不妊治療で使用される排卵誘発剤の影響です。

ゴナドトロピン製剤の投与が卵巣を過剰に刺激することで、月経周期では1つの卵胞が成熟するところ、排卵誘発剤の使用により複数の卵胞が同時に成熟することがあります。

この刺激が卵巣の腫大を招き、生理学的な変化の引き金となります。

排卵誘発剤の種類OHSS発症リスク使用目的
クロミフェン低い排卵誘発
ゴナドトロピン中~高卵胞発育促進
GnRHアゴニスト中程度排卵抑制
hCG高い排卵トリガー

血管内皮増殖因子(VEGF)

OHSSの発症メカニズムには、卵巣で産生される因子で血管の透過性を進める作用がある血管内皮増殖因子(VEGF)が関わっています。

排卵誘発剤によりVEGFの産生量が増えると、血管からの体液漏出が促され、腹水や胸水の貯留、血液濃縮を起こすのです。

個体差を生む卵巣の反応性

若年女性や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を有する患者さんは、卵巣が過剰に反応しやすく、また、過去にOHSSの既往がある方や、低体重の方もリスクが高いです。

リスク因子影響度考慮すべき点
若年高いホルモン感受性が高い
PCOS高い卵巣の過剰反応性
低体重中程度薬物動態の変化
OHSS既往高い再発リスクの上昇

ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の持続的影響

hCGは排卵を促すことを目的として使用されますが、活性が長時間にわたって持続し、この持続的な刺激が卵巣の腫大や血管透過性を起こし、OHSSの症状を悪化させます。

妊娠が成立した際に産生される内因性hCGの影響により、OHSSが重症化するリスクが高まることも。

遺伝的要因

OHSSの発症にはFSH受容体やVEGF遺伝子の変異が、排卵誘発剤への反応性や血管透過性の変化に影響を及ぼします。

OHSS発症リスクに関連する遺伝子

  • FSH受容体遺伝子:卵巣の感受性に影響
  • VEGF遺伝子:血管透過性の調節に関与
  • LH/hCG受容体遺伝子:ホルモン応答性を左右
  • エストロゲン受容体遺伝子:卵巣機能に影響
  • サイトカイン関連遺伝子:炎症反応の制御に関与
遺伝子関連性臨床的意義
FSH受容体高い卵巣刺激への反応性
VEGF高い血管透過性の変化
LH/hCG受容体中程度hCGへの感受性
エストロゲン受容体中程度ホルモンバランス

診察(検査)と診断

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の診断は患者さんの症状の把握から始まり、身体診察、各種血液検査、画像診断を行います。

症状の把握と初期評価

OHSSの診断では、腹部膨満感や呼吸困難、急激な体重増加などの典型的な症状の有無を確認します。

さらに、不妊治療の既往歴や排卵誘発剤の使用状況、投与量、投与期間などの情報も、診断の重要な手がかりです。

主要症状発現頻度臨床的重要度
腹部膨満感非常に高い
呼吸困難中程度非常に高
急激な体重増加高い
尿量減少中程度

身体診察の重要ポイント

身体診察では、腹部の膨満度や圧痛の有無、呼吸音の変化、全身の浮腫状態などを観察します。

特に、腹囲測定は患者さんの有用な指標です。

一見すると軽症に見える患者さんであっても、腹囲の急激な増加が認められた事例では、その後急速に症状が悪化したケースがありました。

血液検査

血液検査は、OHSSの重症度を評価するうえで欠かせません。

検査項目

  • ヘマトクリット値(血液濃縮の程度を示す重要な指標)
  • 電解質バランス(特にナトリウムとカリウムの値に注目)
  • 肝機能検査(AST、ALT、ビリルビンなど)
  • 腎機能検査(クレアチニン、BUNなど)
  • 凝固系検査(D-ダイマー、FDPなど)

画像診断

超音波検査は、卵巣の腫大の程度や腹水、その量的評価を経時的に行うことが可能です。

また、CTやMRIなどの追加画像検査を実施し、胸水や血栓症が起こっていないかを確認します。

画像検査法主要評価項目検査の特徴
経腟超音波卵巣サイズ、卵胞数、腹水量非侵襲的、繰り返し評価可能
腹部CT胸水、腹水、血栓症広範囲の評価が可能、被ばくに注意
骨盤MRI骨盤内臓器の詳細評価軟部組織の描出に優れる、長時間を要する

確定診断と重症度分類

検査結果を総合的に分析することでOHSSの確定診断をし、重症度分類は、患者さんの自覚症状、他覚的所見、検査結果、合併症の有無などを考慮して決定します。

重症度臨床所見管理方針の概要
軽症軽度の腹部膨満感、卵巣腫大外来での経過観察
中等症明確な腹水、呼吸困難入院管理の検討
重症大量の腹水、胸水、電解質異常集中治療の必要性

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療法と処方薬、治療期間

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療は、重症度によって経過観察から入院まであります。

外来での経過観察

軽度から中等度のOHSS患者さんに対しては、外来での管理が基本的なアプローチです。

  • 安静:過度の身体活動を控えることで、症状の悪化を効果的に予防。
  • 水分摂取:電解質バランスが整えられた経口補水液や適切な飲料を十分に摂取。
  • 体重モニタリング:日々の体重変化を追跡し、急激な増加が見られた場合は腹水貯留の指標。
  • 尿量チェック:排尿量の減少は体内の水分バランス崩壊を示唆する重要なサイン。
観察項目推奨頻度臨床的意義
体重測定毎日体液貯留の評価
尿量チェック1日3回以上脱水状態の把握
腹囲測定隔日腹水貯留の指標

薬物療法

OHSSの治療過程では、症状の緩和と合併症の予防を目的とした薬物療法が行われます。

処方薬と効果

  1. 利尿剤:軽度から中等度の腹水貯留に対して効果があり、ループ利尿薬を使い体液バランスの是正。
  2. 鎮痛剤:腹部不快感や疼痛の緩和に用いられ、アセトアミノフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬を選択。
  3. 抗凝固薬:血栓症のリスクが高いと判断される症例において、予防的に低分子量ヘパリンを投与し、深部静脈血栓症や肺塞栓症の発症リスクを低減。
  4. アルブミン製剤:重症例で血管内脱水が認められる際に、投与の検討がなされ、膠質浸透圧の維持に寄与し、循環動態の安定化を図る。

重症例に対する入院加療

重症OHSSや合併症のリスクが高いと判断される患者さんには、入院による集中的な治療が必要です。

入院中の集中的な治療介入

  1. 厳密な水分出納管理:輸液療法を使い、循環血液量の維持と体液バランスの最適化を図る。
  2. 電解質補正:低ナトリウム血症や高カリウム血症などの電解質異常を是正。
  3. 腹水・胸水ドレナージ:呼吸困難や腹部膨満感が認められる場合、ドレナージを実施し、苦痛軽減と呼吸・循環動態の改善。
  4. 血栓予防策:早期離床の促進と抗凝固療法を組み合わせ、血栓症のリスク軽減。
治療介入目的期待される効果
輸液療法循環血液量維持ショック予防、臓器灌流の改善
電解質補正代謝異常の是正心機能安定化、神経症状の予防
ドレナージ呼吸・循環動態改善呼吸困難感の軽減、心負荷の軽減
血栓予防血栓塞栓症の予防重篤な合併症の回避

治療期間

OHSSの治療期間の目安

  • 軽症OHSS:1~2週間程度で症状の改善が見られることが多い。
  • 中等症OHSS:2~3週間程度の治療期間を要する。
  • 重症OHSS:3~4週間以上の集中的な治療が必要。

回復後のフォローアップ

OHSSの治療において、急性期の症状改善後も継続的なフォローアップが重要です。

  • 超音波検査:卵巣サイズの正常化過程を追跡。
  • 血液検査:電解質バランスや凝固能の変動を継続的に評価。
  • 症状再燃の監視:腹部膨満感や呼吸困難感などの症状再出現がないか調べる。
フォローアップ項目推奨頻度臨床的意義
超音波検査1~2週間毎卵巣腫大の経過観察
血液検査症状に応じて適宜体内環境の評価
症状チェック毎回の診察時再燃リスクの早期把握

薬物療法と支持療法を組み合わせることで、多くの患者さんが1~4週間程度で回復します。

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療における副作用やリスク

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療は状態改善を目指す一方で、いろいろな副作用やリスクがあります。

血栓塞栓症のリスク管理

OHSS治療において最も気を付けるべき合併症の一つが、血栓塞栓症です。

血液濃縮や凝固因子が増えるのに伴い、静脈血栓塞栓症や動脈血栓症のリスクが上がります。

血栓塞栓症に対処するため、早期離床や抗凝固療法の導入などの予防策を講じることが不可欠です。

リスク因子予防策監視項目
脱水水分補給尿量、体重変化
長期臥床早期離床の推奨下肢浮腫、疼痛
肥満体重管理の指導BMI、腹囲
高エストロゲン状態ホルモン値モニタリングエストラジオール値

腎機能障害への対策

OHSS治療中、腹水貯留に伴う腹腔内圧の上昇や循環血液量の減少が原因となり、重症化すると急性腎不全に至ることもあります。

このリスクに対しては、定期的な腎機能検査の実施と尿量のモニタリングが大切です。

腎機能評価項目正常値異常時の対応
血清クレアチニン0.6-1.2 mg/dL腎臓専門医との連携
eGFR>90 mL/min/1.73m²輸液管理の見直し
尿量>0.5 mL/kg/時利尿剤の検討
尿中Na濃度>20 mEq/L水分制限の検討

電解質異常への対応

過剰な水の摂取や輸液管理が原因の低ナトリウム血症にも、注意が必要です。

電解質異常症状緊急度対処法
低Na血症嘔気、頭痛、意識障害Na補正、水分制限
低K血症筋力低下、不整脈K補充、原因薬剤の見直し
高K血症不整脈、心停止非常に高グルコース・インスリン療法、透析考慮
低Ca血症テタニー、QT延長Ca補充、Mg補充も考慮

卵巣捻転の早期発見と対応

OHSSでは、卵巣の著しい腫大に伴い卵巣捻転のリスクが増します。

突然の激しい下腹部痛や嘔吐が現れ、迅速な外科的介入が重要です。

感染症リスクへの対策

免疫機能の低下や侵襲的処置の頻度増加により、感染症のリスクが高まります。

腹水穿刺後の腹膜炎発症には特に注意が必要です。

感染部位リスク因子予防策モニタリング項目
腹腔内腹水穿刺無菌操作の徹底腹痛、発熱
尿路尿カテーテル留置早期抜去、間欠導尿排尿痛、尿混濁
血流感染中心静脈カテーテル挿入部位の消毒カテーテル刺入部の発赤
呼吸器胸水貯留早期離床、呼吸リハビリ呼吸困難、痰の性状

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来治療の費用

軽症から中等症のOHSSは外来での管理が行われ、治療費には、診察料、検査費用、薬剤費が含まれます。

項目概算費用
超音波検査5,000~8,000円
血液検査3,000~6,000円

入院治療の費用

重症OHSSでは入院加療が必要です。

治療内容概算費用
点滴治療(1日)10,000~20,000円
腹水穿刺20,000~30,000円

薬剤費

OHSSの治療に使用される薬剤と概算費用

  • 利尿剤:1,000~3,000円/日
  • 鎮痛剤:500~2,000円/日
  • 抗凝固薬:2,000~5,000円/日

以上

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