卵巣過剰刺激症候群(OHSS)(ovarian hyperstimulation syndrome)とは、不妊治療の際に発生する合併症です。
通常の卵巣機能を超えた過剰な刺激により卵巣が急速に腫大し、さまざまな身体症状が起きます。
腹部の張りや痛み、吐き気、重症化すると呼吸困難や血液濃縮などの深刻な問題に発展します。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の主な症状
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、腹部症状と全身症状が現れます。
腹部の症状
OHSSにおいて最よく見られるのは、腹部の違和感や膨満感といった腹部症状です。
卵巣の腫大が原因で、患者さんの多くが下腹部の張りや痛みを訴えます。
中には激しい腹痛を伴うこともあり、腹囲の増大も所見の一つです。
消化器系の症状
OHSSに随伴し吐き気や嘔吐が現れ、食事摂取が困難となるケースも見受けられます。
加えて、便秘や下痢などの排便異常が出ることも。
症状 | 発現頻度 | 影響度 |
吐き気 | 高い | 中~高 |
嘔吐 | 中程度 | 高い |
便秘 | 中程度 | 中程度 |
下痢 | 低い | 中程度 |
呼吸器系の症状
OHSSの病態が進行すると、呼吸器系にも症状が波及することがあります。
腹水の貯留に伴い横隔膜が圧迫されることで、呼吸困難感や息切れといった症状が起こるのです。
軽度の場合は階段の昇降や歩行時に息切れを自覚する程度ですが、重症例では安静時であっても呼吸が苦しくなります。
また、胸水の貯留も珍しくなく、咳嗽や胸痛が現れることも。
循環器系の症状
OHSSにおける循環器系の症状は全身状態の悪化を示すもので、血管内脱水に起因して、めまいや立ちくらみなが起きやすくなり、頻脈や血圧低下も見られます。
さらに、血栓症のリスクも上昇するため、下肢の腫脹や疼痛には注意が必要です。
症状 | 重症度 | 注意点 |
めまい | 軽度~中等度 | 脱水の指標 |
頻脈 | 中等度~重度 | 循環動態の変化 |
血圧低下 | 中等度~重度 | ショックの前兆 |
下肢腫脹 | 要注意 | 血栓症のリスク |
全身症状
OHSSは全身に影響を及ぼし、多様な全身症状を起こします。
- 倦怠感
- 体重増加
- むくみ(下肢に顕著)
- 発熱
- 頭痛
症状 | 臨床的意義 | 対応の必要性 |
倦怠感 | QOLの低下 | 中程度 |
体重増加 | 体液貯留の指標 | 高い |
むくみ | 循環動態の変化 | 高い |
発熱 | 感染症合併の可能性 | 高い |
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の原因
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は生殖補助医療の過程で発生する症状で、原因は卵巣への過度な刺激と、それに伴う生理学的な変化です。
排卵誘発剤がもたらす影響
OHSSの原因は、不妊治療で使用される排卵誘発剤の影響です。
ゴナドトロピン製剤の投与が卵巣を過剰に刺激することで、月経周期では1つの卵胞が成熟するところ、排卵誘発剤の使用により複数の卵胞が同時に成熟することがあります。
この刺激が卵巣の腫大を招き、生理学的な変化の引き金となります。
排卵誘発剤の種類 | OHSS発症リスク | 使用目的 |
クロミフェン | 低い | 排卵誘発 |
ゴナドトロピン | 中~高 | 卵胞発育促進 |
GnRHアゴニスト | 中程度 | 排卵抑制 |
hCG | 高い | 排卵トリガー |
血管内皮増殖因子(VEGF)
OHSSの発症メカニズムには、卵巣で産生される因子で血管の透過性を進める作用がある血管内皮増殖因子(VEGF)が関わっています。
排卵誘発剤によりVEGFの産生量が増えると、血管からの体液漏出が促され、腹水や胸水の貯留、血液濃縮を起こすのです。
個体差を生む卵巣の反応性
若年女性や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を有する患者さんは、卵巣が過剰に反応しやすく、また、過去にOHSSの既往がある方や、低体重の方もリスクが高いです。
リスク因子 | 影響度 | 考慮すべき点 |
若年 | 高い | ホルモン感受性が高い |
PCOS | 高い | 卵巣の過剰反応性 |
低体重 | 中程度 | 薬物動態の変化 |
OHSS既往 | 高い | 再発リスクの上昇 |
ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の持続的影響
hCGは排卵を促すことを目的として使用されますが、活性が長時間にわたって持続し、この持続的な刺激が卵巣の腫大や血管透過性を起こし、OHSSの症状を悪化させます。
妊娠が成立した際に産生される内因性hCGの影響により、OHSSが重症化するリスクが高まることも。
遺伝的要因
OHSSの発症にはFSH受容体やVEGF遺伝子の変異が、排卵誘発剤への反応性や血管透過性の変化に影響を及ぼします。
OHSS発症リスクに関連する遺伝子
- FSH受容体遺伝子:卵巣の感受性に影響
- VEGF遺伝子:血管透過性の調節に関与
- LH/hCG受容体遺伝子:ホルモン応答性を左右
- エストロゲン受容体遺伝子:卵巣機能に影響
- サイトカイン関連遺伝子:炎症反応の制御に関与
遺伝子 | 関連性 | 臨床的意義 |
FSH受容体 | 高い | 卵巣刺激への反応性 |
VEGF | 高い | 血管透過性の変化 |
LH/hCG受容体 | 中程度 | hCGへの感受性 |
エストロゲン受容体 | 中程度 | ホルモンバランス |
診察(検査)と診断
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の診断は患者さんの症状の把握から始まり、身体診察、各種血液検査、画像診断を行います。
症状の把握と初期評価
OHSSの診断では、腹部膨満感や呼吸困難、急激な体重増加などの典型的な症状の有無を確認します。
さらに、不妊治療の既往歴や排卵誘発剤の使用状況、投与量、投与期間などの情報も、診断の重要な手がかりです。
主要症状 | 発現頻度 | 臨床的重要度 |
腹部膨満感 | 非常に高い | 高 |
呼吸困難 | 中程度 | 非常に高 |
急激な体重増加 | 高い | 高 |
尿量減少 | 中程度 | 中 |
身体診察の重要ポイント
身体診察では、腹部の膨満度や圧痛の有無、呼吸音の変化、全身の浮腫状態などを観察します。
特に、腹囲測定は患者さんの有用な指標です。
一見すると軽症に見える患者さんであっても、腹囲の急激な増加が認められた事例では、その後急速に症状が悪化したケースがありました。
血液検査
血液検査は、OHSSの重症度を評価するうえで欠かせません。
検査項目
- ヘマトクリット値(血液濃縮の程度を示す重要な指標)
- 電解質バランス(特にナトリウムとカリウムの値に注目)
- 肝機能検査(AST、ALT、ビリルビンなど)
- 腎機能検査(クレアチニン、BUNなど)
- 凝固系検査(D-ダイマー、FDPなど)
画像診断
超音波検査は、卵巣の腫大の程度や腹水、その量的評価を経時的に行うことが可能です。
また、CTやMRIなどの追加画像検査を実施し、胸水や血栓症が起こっていないかを確認します。
画像検査法 | 主要評価項目 | 検査の特徴 |
経腟超音波 | 卵巣サイズ、卵胞数、腹水量 | 非侵襲的、繰り返し評価可能 |
腹部CT | 胸水、腹水、血栓症 | 広範囲の評価が可能、被ばくに注意 |
骨盤MRI | 骨盤内臓器の詳細評価 | 軟部組織の描出に優れる、長時間を要する |
確定診断と重症度分類
検査結果を総合的に分析することでOHSSの確定診断をし、重症度分類は、患者さんの自覚症状、他覚的所見、検査結果、合併症の有無などを考慮して決定します。
重症度 | 臨床所見 | 管理方針の概要 |
軽症 | 軽度の腹部膨満感、卵巣腫大 | 外来での経過観察 |
中等症 | 明確な腹水、呼吸困難 | 入院管理の検討 |
重症 | 大量の腹水、胸水、電解質異常 | 集中治療の必要性 |
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療法と処方薬、治療期間
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療は、重症度によって経過観察から入院まであります。
外来での経過観察
軽度から中等度のOHSS患者さんに対しては、外来での管理が基本的なアプローチです。
- 安静:過度の身体活動を控えることで、症状の悪化を効果的に予防。
- 水分摂取:電解質バランスが整えられた経口補水液や適切な飲料を十分に摂取。
- 体重モニタリング:日々の体重変化を追跡し、急激な増加が見られた場合は腹水貯留の指標。
- 尿量チェック:排尿量の減少は体内の水分バランス崩壊を示唆する重要なサイン。
観察項目 | 推奨頻度 | 臨床的意義 |
体重測定 | 毎日 | 体液貯留の評価 |
尿量チェック | 1日3回以上 | 脱水状態の把握 |
腹囲測定 | 隔日 | 腹水貯留の指標 |
薬物療法
OHSSの治療過程では、症状の緩和と合併症の予防を目的とした薬物療法が行われます。
処方薬と効果
- 利尿剤:軽度から中等度の腹水貯留に対して効果があり、ループ利尿薬を使い体液バランスの是正。
- 鎮痛剤:腹部不快感や疼痛の緩和に用いられ、アセトアミノフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬を選択。
- 抗凝固薬:血栓症のリスクが高いと判断される症例において、予防的に低分子量ヘパリンを投与し、深部静脈血栓症や肺塞栓症の発症リスクを低減。
- アルブミン製剤:重症例で血管内脱水が認められる際に、投与の検討がなされ、膠質浸透圧の維持に寄与し、循環動態の安定化を図る。
重症例に対する入院加療
重症OHSSや合併症のリスクが高いと判断される患者さんには、入院による集中的な治療が必要です。
入院中の集中的な治療介入
- 厳密な水分出納管理:輸液療法を使い、循環血液量の維持と体液バランスの最適化を図る。
- 電解質補正:低ナトリウム血症や高カリウム血症などの電解質異常を是正。
- 腹水・胸水ドレナージ:呼吸困難や腹部膨満感が認められる場合、ドレナージを実施し、苦痛軽減と呼吸・循環動態の改善。
- 血栓予防策:早期離床の促進と抗凝固療法を組み合わせ、血栓症のリスク軽減。
治療介入 | 目的 | 期待される効果 |
輸液療法 | 循環血液量維持 | ショック予防、臓器灌流の改善 |
電解質補正 | 代謝異常の是正 | 心機能安定化、神経症状の予防 |
ドレナージ | 呼吸・循環動態改善 | 呼吸困難感の軽減、心負荷の軽減 |
血栓予防 | 血栓塞栓症の予防 | 重篤な合併症の回避 |
治療期間
OHSSの治療期間の目安
- 軽症OHSS:1~2週間程度で症状の改善が見られることが多い。
- 中等症OHSS:2~3週間程度の治療期間を要する。
- 重症OHSS:3~4週間以上の集中的な治療が必要。
回復後のフォローアップ
OHSSの治療において、急性期の症状改善後も継続的なフォローアップが重要です。
- 超音波検査:卵巣サイズの正常化過程を追跡。
- 血液検査:電解質バランスや凝固能の変動を継続的に評価。
- 症状再燃の監視:腹部膨満感や呼吸困難感などの症状再出現がないか調べる。
フォローアップ項目 | 推奨頻度 | 臨床的意義 |
超音波検査 | 1~2週間毎 | 卵巣腫大の経過観察 |
血液検査 | 症状に応じて適宜 | 体内環境の評価 |
症状チェック | 毎回の診察時 | 再燃リスクの早期把握 |
薬物療法と支持療法を組み合わせることで、多くの患者さんが1~4週間程度で回復します。
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療における副作用やリスク
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の治療は状態改善を目指す一方で、いろいろな副作用やリスクがあります。
血栓塞栓症のリスク管理
OHSS治療において最も気を付けるべき合併症の一つが、血栓塞栓症です。
血液濃縮や凝固因子が増えるのに伴い、静脈血栓塞栓症や動脈血栓症のリスクが上がります。
血栓塞栓症に対処するため、早期離床や抗凝固療法の導入などの予防策を講じることが不可欠です。
リスク因子 | 予防策 | 監視項目 |
脱水 | 水分補給 | 尿量、体重変化 |
長期臥床 | 早期離床の推奨 | 下肢浮腫、疼痛 |
肥満 | 体重管理の指導 | BMI、腹囲 |
高エストロゲン状態 | ホルモン値モニタリング | エストラジオール値 |
腎機能障害への対策
OHSS治療中、腹水貯留に伴う腹腔内圧の上昇や循環血液量の減少が原因となり、重症化すると急性腎不全に至ることもあります。
このリスクに対しては、定期的な腎機能検査の実施と尿量のモニタリングが大切です。
腎機能評価項目 | 正常値 | 異常時の対応 |
血清クレアチニン | 0.6-1.2 mg/dL | 腎臓専門医との連携 |
eGFR | >90 mL/min/1.73m² | 輸液管理の見直し |
尿量 | >0.5 mL/kg/時 | 利尿剤の検討 |
尿中Na濃度 | >20 mEq/L | 水分制限の検討 |
電解質異常への対応
過剰な水の摂取や輸液管理が原因の低ナトリウム血症にも、注意が必要です。
電解質異常 | 症状 | 緊急度 | 対処法 |
低Na血症 | 嘔気、頭痛、意識障害 | 高 | Na補正、水分制限 |
低K血症 | 筋力低下、不整脈 | 中 | K補充、原因薬剤の見直し |
高K血症 | 不整脈、心停止 | 非常に高 | グルコース・インスリン療法、透析考慮 |
低Ca血症 | テタニー、QT延長 | 中 | Ca補充、Mg補充も考慮 |
卵巣捻転の早期発見と対応
OHSSでは、卵巣の著しい腫大に伴い卵巣捻転のリスクが増します。
突然の激しい下腹部痛や嘔吐が現れ、迅速な外科的介入が重要です。
感染症リスクへの対策
免疫機能の低下や侵襲的処置の頻度増加により、感染症のリスクが高まります。
腹水穿刺後の腹膜炎発症には特に注意が必要です。
感染部位 | リスク因子 | 予防策 | モニタリング項目 |
腹腔内 | 腹水穿刺 | 無菌操作の徹底 | 腹痛、発熱 |
尿路 | 尿カテーテル留置 | 早期抜去、間欠導尿 | 排尿痛、尿混濁 |
血流感染 | 中心静脈カテーテル | 挿入部位の消毒 | カテーテル刺入部の発赤 |
呼吸器 | 胸水貯留 | 早期離床、呼吸リハビリ | 呼吸困難、痰の性状 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来治療の費用
軽症から中等症のOHSSは外来での管理が行われ、治療費には、診察料、検査費用、薬剤費が含まれます。
項目 | 概算費用 |
超音波検査 | 5,000~8,000円 |
血液検査 | 3,000~6,000円 |
入院治療の費用
重症OHSSでは入院加療が必要です。
治療内容 | 概算費用 |
点滴治療(1日) | 10,000~20,000円 |
腹水穿刺 | 20,000~30,000円 |
薬剤費
OHSSの治療に使用される薬剤と概算費用
- 利尿剤:1,000~3,000円/日
- 鎮痛剤:500~2,000円/日
- 抗凝固薬:2,000~5,000円/日
以上
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