腹圧性尿失禁 – 婦人科

腹圧性尿失禁(stress urinary incontinence)とは、咳やくしゃみ、体を動かすときに腹部にかかる圧力が高まった際、尿が漏れ出てしまう症状のことです。

女性に多く見られる尿もれで、出産を経験された方や更年期を迎えた方に発生しやすい傾向があります。

この症状は、骨盤底を支える筋肉群の弱まりや尿道を締める筋肉の働きが低下することが原因です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腹圧性尿失禁の種類(病型)

腹圧性尿失禁には尿道過可動と内因性括約筋不全(ISD)の2つの病型があり、症状が現れる仕組みや症状が異なります。

尿道過可動

尿道過可動は、腹圧性尿失禁の中でもよく見られる病型です。

尿道を支えている組織が弱くなったり傷ついたりして、尿道が安定しにくくなっています。

その結果、おなかに力が入ったときに尿道が必要以上に動いてしまい、尿が漏れやすくなってしまうのです。

尿道過可動の特徴説明
起こる仕組み尿道を支える組織の弱まり
よくある原因出産経験、年齢を重ねること、体重が増えすぎることなど
特徴的な症状咳やくしゃみをしたときに尿が漏れる

内因性括約筋不全(ISD)の特徴と重要性

内因性括約筋不全、略してISDと呼ばれる病型は、尿道の括約筋そのものの働きに問題がある状態です。

尿道を閉じる力が弱くなっているため、少しおなかに力が入っただけでも尿が漏れやすくなっています。

ISDは尿道過可動と比べると、症状がより重いです。

ISDの特徴説明
起こる仕組み尿道の括約筋がうまく働かない
よくある原因神経の障害、手術の影響など
特徴的な症状立っているときや軽い動作でも尿が漏れる

腹圧性尿失禁の主な症状

腹圧性尿失禁が起こるのは、咳やくしゃみ、体を動かした際に、お腹に力が入ることで思わず尿が漏れ出てしまうときです。

腹圧性尿失禁の症状

腹圧性尿失禁ではくしゃみや咳をした瞬間、重たい荷物を持ち上げようとしたとき、走ったりジャンプしたりするときに、自分の意思とは関係なく尿が出てしまいます。

これは、おなかの底にある筋肉(骨盤底筋)が弱くなったり、尿道を締める筋肉の働きが低下することが原因です。

日常の動作尿が漏れる可能性
くしゃみ・咳とても高い
重い物を持つやや高い
走る・跳ぶとても高い
階段の上り下り低い~中程度

症状の程度と頻度はさまざま

腹圧性尿失禁の症状の程度は人それぞれで、軽い場合はほんの数滴程度の尿が漏れる程度ですが、症状が重くなると下着がびっしょり濡れてしまうほどの量になります。

どのくらいの頻度で症状が現れるかも人によって異なり、たまに起こる程度の方もいれば、毎日のように悩まされている方もいます。

症状の進行対応の重要性
初期段階軽視せずに早めの相談が大切
中期生活習慣の改善で進行を抑える可能性あり
進行期専門的な治療が必要になることも
重度日常生活に大きな影響が出る可能性が高い

症状が出やすくなる状況

腹圧性尿失禁の症状は、特定の状況下でよりはっきりと現れます。

  • 尿がたくさんたまっているとき
  • 体が疲れているときや調子が悪いとき
  • 体が冷えているとき
  • 生理の前後

腹圧性尿失禁の原因

腹圧性尿失禁の原因は、骨盤の底にある筋肉が弱くなること、出産、年を重ねること、体重が増えすぎることなどです。

骨盤底筋群が弱くなることの影響

骨盤の底にある筋肉群は膀胱や尿道をしっかり支えていますが、筋肉の力が弱まると、おなかに力が入ったときに尿道をきちんと閉じられなくなり、咳やくしゃみをしたときに尿が漏れてしまいます。

骨盤底筋群の働き腹圧性尿失禁との関係
骨盤内の臓器を支える弱くなると支える力が落ちる
尿道を閉じる力を保つ弱くなると尿が漏れやすくなる

骨盤底筋群が弱くなる原因には、日頃の運動不足や姿勢の悪さなども関係しています。

出産が与える影響

出産の経験は、腹圧性尿失禁が起こるリスクを高める要因の一つです。

特に、腟を通して出産するすると、骨盤の底にある筋肉や組織に大きな負担がかかり骨盤底の構造が変わり、尿をコントロールする機能が下がります。

出産の影響腹圧性尿失禁との関係
骨盤底の筋肉が傷つく尿道を支える機能が弱まる
神経が傷つく尿道を締める機能が弱まる

年を重ねることによる影響

年齢を重ねるにつれて、骨盤の底にある筋肉や組織も少しずつ弱くなっていき尿道や膀胱を支える力が低下し、腹圧性尿失禁が起こりやすくなります。

また、年齢とともに体内のホルモンバランスが変化することも、腹圧性尿失の原因です。

  • 女性ホルモン(エストロゲン)の減少
  • 骨盤底の筋肉がやせ細っていくこと
  • 組織の弾力性が失われていくこと
  • 神経の働きが鈍くなること

体重が増えすぎることの影響

体重が必要以上に増えてしまうと骨盤の底に常に負担がかかり、腹圧性尿失禁が起こるリスクが高まります。

肥満によってお腹の中の圧力が慢性的に高くなり、骨盤底の筋肉や組織に圧力がかかり続けるためです。

体格指数(BMI)腹圧性尿失禁のリスク
25未満普通
25-30やや高い
30以上高い

診察(検査)と診断

腹圧性尿失禁の診断は患者さんとの問診から始まり、複数の検査を経て判断します。

詳細な問診

腹圧性尿失禁の問診では患者さんがどのような症状に悩んでいるのか、日常生活の様子はどうか、過去の病歴はないかなど、細かいことまで聞き取ります。

問診項目確認内容
症状の特徴いつ、どのような状況で尿漏れが起こるか
頻度と程度どの程度の頻度で、どの程度の量が漏れるか
日常生活への影響尿漏れにより日常生活に支障はないか
既往歴出産経験や手術歴、他の疾患の有無

身体診察

問診の後、まず、骨盤臓器の脱垂がないかチェックし、次に、触診により骨盤底筋群の緊張度や収縮力を評価します。

この際、患者さんにいくつかの動作をしてもらい、尿漏れの様子を直接観察することもあります。

パッドテスト

パッドテストは、実際の尿漏れの量を正確に測定する検査です。

患者さんに一定時間吸収パッドを装着してもらい、重量の変化から尿漏れの量を測定します。

尿流動態検査

尿流動態検査は、膀胱と尿道の機能を詳しく評価する精密検査です。

膀胱内圧測定や尿道内圧測定などを行い、排尿のメカニズムを詳しく調べます。

尿流動態検査の項目

  • 膀胱内圧測定
  • 尿道内圧測定
  • 尿流測定
  • 筋電図

画像診断

骨盤底の構造の異常や他の泌尿器系疾患の確認するために、超音波検査やMRIなどの画像診断を行うことがあります。

症状が重度の方や、他の疾患の合併が疑われるときに必須の検査です。

画像検査の種類得られる情報
超音波検査骨盤底の構造、臓器の位置関係
MRIより詳細な骨盤内の構造
X線検査骨盤の形態や位置関係
CT腹部・骨盤の詳細な断層画像

腹圧性尿失禁の治療法と処方薬、治療期間

腹圧性尿失禁を治すには、保存的療法(手術をしない方法)と外科的療法の2つがあります。

どちらの方法を選ぶかは、症状がどれくらい重いか、患者さんの体の状態や希望によって決めていきます。

保存的療法

手術をしない治療方法は、体に負担をかけずに症状を良くしていく方法です。

骨盤の底にある筋肉を鍛える体操や、日々の生活習慣を見直すこと、薬剤を使うことなどが含まれます。

手術をしない治療法治療内容
骨盤底筋体操骨盤の底の筋肉を鍛えて尿道をしっかり支える
生活習慣の見直し体重を適切に保つ、水分の取り方を工夫するなど
お薬での治療尿道のまわりの筋肉を引き締める薬を使う

骨盤底筋体操は、正しいやり方で根気よく続けることが大切です。

効果が分かるようになるまでに約3〜6か月必要なので、あきらめずに続けましょう。

薬剤を使った治療

薬剤を使う治療では、主に尿道のまわりの筋肉を引き締める働きのある薬が使われます。

よく使われるお薬は、ドゥロキセチンやミラベグロンです。

薬剤名薬の働き
ドゥロキセチン尿道を締める筋肉の力を強くする
ミラベグロン膀胱が必要以上に動くのを抑える

薬剤は1〜2か月くらいで効くかどうかが分かりますが、副作用が出ることもあるので、定期的に診察を受けてください。

外科的療法

保存療法で十分な効果が得られない時は、手術による治療を考えます。

よく行われる手術の方法は、TVT手術(腟から特殊なテープを入れる手術)やTOT手術(太ももの付け根から特殊なテープを入れる手術)があります。

いずれの手術も、尿道の下に特殊なテープを入れて、尿道をしっかり支える構造を作り出すものです。

手術の種類特徴
TVT手術(重症例にも効果が高い)腟から尿道の下にテープを入れる
TOT手術(重症例には効果が低い)太ももの付け根からテープを入れる

手術にかかる時間は通常30分〜1時間で、部分麻酔で行われます。入院期間は2〜3日くらいですが、日帰りでできる病院もあります。

治療の効果と経過

手術による治療の成功率は80〜90%とかなり高く、多くの患者さんで症状がよくなります。

手術後は2〜4週間くらいで日常生活に戻れることが多いです。

治療の方法効果が出るまでの期間
手術をしない治療3〜6か月くらい
手術による治療すぐ〜数週間くらい

腹圧性尿失禁の治療における副作用やリスク

腹圧性尿失禁での保存的治療と外科的治療は、それぞれに副作用やリスクがあります。

保存的治療の副作用とリスク

骨盤の底にある筋肉を鍛える体操や、日々の生活習慣を見直すこと、薬剤は比較的安全ですが、副作用やリスクもあります。

治療法主な副作用・リスク
骨盤底筋体操腰が痛くなる、骨盤が痛くなる
お薬を使う治療口が渇く、便秘になる、頭が痛くなる

骨盤底筋体操は正しいやり方で行わないと効果が出ないだけでなく、腰や骨盤に痛みが出ることもあり、専門家の指導のもとで行うことが大切です。

薬剤を使う治療の副作用

腹圧性尿失禁の治療では、抗コリン薬や、SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)という種類の薬が使われます。

薬剤の副作用

お薬の種類主な副作用
抗コリン薬口が渇く、便秘になる、目がかすむ
SNRI吐き気がする、めまいがする、眠れなくなる

抗コリン薬の副作用である口の渇きは特にお年寄りの場合、体の水分が足りなくなるリスクを高め、SNRIは、血圧が上がったり、肝臓の働きに問題が出たりすることもあります。

外科的療法のリスク

よく行われるTVT(腟から特殊なテープを入れる手術)やTOT(太ももの付け根から特殊なテープを入れる手術)という手術のリスクについて説明します。

  • 出血、傷口の化膿
  • 膀胱や尿道を傷つけてしまう
  • 尿が出にくくなったり、まったく出なくなったりする
  • 手術で使った特殊なテープが体の外に出てきたり、周りの組織にめり込んだり
  • 長く続く痛み

リスクは患者さんの体の状態によって、起こりやすさが変わってきます。手術の前にリスクについてよく説明を受けてください。

手術後に起こる可能性がある問題

手術をした後には、ある程度の確率で合併症と呼ばれる問題が起こります。

起こる可能性がある問題起こる割合
尿が出にくくなる100人中5-10人くらい
手術で使ったテープが見えてくる100人中1-3人くらい
長く続く痛み100人中1-5人くらい

長い目で見たときのリスク

腹圧性尿失禁の治療、特に手術による治療には、長い目で見たときのリスクもあります。

特殊なテープを使う手術では、年月が経つにつれてテープが体の外に出てきたり、周りの組織にめり込んだりするリスクが高くなります。

また、年を重ねるにつれて体の組織が変化していくため、治療の効果が少しずつ弱くなっていく問題も。

長期的なリスク説明
テープの問題年月が経つとテープが体の外に出てくる可能性が高まる
効果の減弱年齢とともに治療の効果が弱くなる可能性がある

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

保存的治療の費用

保存的治療は手術を行わない方法なので、比較的低コストです。

骨盤底筋体操や生活指導は、医師の指導を受けながら自宅で行えるため、追加の費用はほとんどかかりません。

電気刺激療法は1回あたり1,500円から2,500円、干渉波療法は1回あたり2,000円から3,500円程度です。

治療法費用(1回あたり)
骨盤底筋体操指導500円~1,500円
電気刺激療法1,500円~2,500円
干渉波療法2,000円~3,500円

薬物療法の費用

薬物療法を選択する場合、処方される薬の種類や量によって費用が変わります。

  • 抗コリン薬 1ヶ月あたり6,000円から12,000円
  • β3作動薬 1ヶ月あたり8,000円から15,000円

手術療法の費用

TVT手術の場合、入院費用を含めて35万円から45万円程度です。

TOT手術は、30万円から40万円程度かかります。

医療保険の適用

腹圧性尿失禁の治療は、多くの場合健康保険が適用されます。

治療法自己負担額(3割負担の場合)
薬物療法(1ヶ月)1,800円~4,500円
TVT手術10.5万円~13.5万円
TOT手術9万円~12万円

以上

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