腟癌 – 婦人科

腟癌(vaginal cancer)とは、腟に発生する悪性腫瘍で、年齢を重ねた方により多く見られる疾患です。

初期段階では自覚症状があまりないので、定期的な婦人科検診を受けることが重要となります。

腟癌の原因はヒトパピローマウイルス(HPV)感染です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腟癌の主な症状

腟癌は初めのころは症状がないものの、進行に伴い身体的変化が現れます。

腟癌に見られる症状

腟癌の症状は全ての方に共通して現れるわけではありませんが、以下のような変化を感じたときは婦人科の診察を受けてください。

  • 通常とは異なる腟からの出血(性行為の後、閉経後、または月経周期外)
  • 骨盤領域における疼痛や違和感
  • 排尿時の痛み
  • 腟分泌物の異変(量の増加、異臭、血液の混入)

症状の推移と変化

腟癌の進行度に応じて、症状の現れ方や強さが変化していきます。

進行度症状
初期無症状または微細な出血
中期継続的な出血、分泌物の顕著な増加
後期骨盤部の疼痛、排尿困難、体重の減少

見落としやすい兆候

腟癌の中には他の婦人科系疾患と似た症状があるので、見逃してしまうこともあります。

見落としやすい兆候類似する疾患
軽微な出血月経不順
腰部の痛み筋肉痛
排尿回数の増加膀胱炎

症状の個人差と年齢による特徴

若年層での発症はまれで、閉経後の女性により高い頻度で見られます。

閉経前の女性では、月経不順と混同されやすい不規則な出血が初期症状として見られるのに対し、閉経後の女性の場合わずかな出血ということが多いです。

年齢層特徴的な症状
閉経前不規則な出血、月経様出血の延長
閉経後わずかな出血、持続的な骨盤不快感

腟癌の原因

腟癌の原因はヒトパピローマウイルス(HPV)感染で、他にも年齢や喫煙習慣、免疫機能の低下も発症リスクを上げる要素です。

HPV感染

ヒトパピローマウイルス(HPV)感染、とりわけHPVの高リスク型である16型や18型が腟癌の発生に密接に関与しています。

HPVに感染すると腟の粘膜細胞のDNAに変異が起こり、正常な細胞分裂の仕組みが乱れます。

感染が長期間続くと、前癌病変を経て腟癌へと進展するリスクが著しく高まるのです。

HPV型腟癌との関連性
16型極めて強い
18型顕著
31型中等度
33型中等度

年齢と腟癌発症リスクの相関

腟癌は50歳以上の女性に頻発する疾患です。

加齢に伴い細胞のDNA修復能力が落ち、遺伝子変異が蓄積されやすくなります。

さらに、年齢を重ねるにつれて免疫機能が低下することも、HPV感染のリスクを上げる要因です。

喫煙習慣と腟癌

喫煙は腟癌のリスクを約2倍高めます。

タバコに含まれる有害物質が腟粘膜に直接障害を与えるだけでなく、免疫機能を低下させることで、HPV感染のリスクを上昇させるのです。

加えて、喫煙者の体内では発癌物質が生成されやすく、腟の細胞のDNA変異を促します。

喫煙状況腟癌リスク
非喫煙者1倍(基準)
喫煙者約2倍

免疫機能低下が腟癌に与える影響

HIV感染症や臓器移植後の免疫抑制剤使用で免疫力が低下した状態では、HPV感染に対する防御機能が弱まりウイルスの排除が遅くなります。

免疫機能低下をもたらす要因

  • HIV感染症
  • 臓器移植後の免疫抑制剤使用
  • 慢性的なストレス
  • 栄養バランスの偏り
  • 寝不足

診察(検査)と診断

腟癌の診断は、初期の臨床診断から確定診断に至るまで、いろいろな検査方法を組み合わせます。

初診時の問診と視診

腟癌の問診では患者さんの自覚症状、既往歴、家族歴などを聞き取り、リスク評価を行います。

続いて外陰部の視診をし、目視で確認できる異常がないか調べます。

内診と細胞診

視診の後に内診をし、腟鏡を用いて腟内を直接観察することで、異常な腫瘤や出血の有無を確認します。

同時にパップ検査(細胞診)も行われ、腟壁から採取した細胞を顕微鏡で詳細に観察することに。

検査名目的特徴
内診腟内の異常を直接観察医師の経験が重要
パップ検査異常細胞の有無を確認高い検出精度

画像診断

臨床所見から腟癌が疑われる場合、より詳細な評価のため画像診断を実施します。

  • MRI(磁気共鳴画像法) 軟部組織の描出に優れ、腫瘍の詳細な構造を把握可能
  • CT(コンピュータ断層撮影) 全身の転移検索に有用
  • PET-CT(陽電子放出断層撮影) 腫瘍の代謝活性を評価し、転移巣の検出に優れる
  • 経腟超音波検査 リアルタイムで腫瘍の血流評価が可能

検査を組み合わせることで、腫瘍の大きさ、位置、周囲組織への浸潤の程度、さらには転移の有無まで、多角的に評価することが可能です。

生検と病理診断

画像診断で腫瘍性病変が確認されると、最終的な確定診断のために生検が行われます。

検査項目評価内容診断の意義
組織型扁平上皮癌、腺癌など治療方針の決定に重要
分化度高分化、中分化、低分化予後予測の指標となる
浸潤度上皮内、微小浸潤、浸潤癌ステージング決定の基準
免疫組織化学特定マーカーの発現治療薬選択の参考になる

ステージング

病理診断の結果を踏まえ、腟癌の進行度(ステージ)を決定します。

ステージングに使われるのは、国際産婦人科連合(FIGO)の分類です。

ステージング要素評価内容
腫瘍サイズ長径や体積
局所浸潤周囲組織への広がり
リンパ節転移骨盤内、傍大動脈など
遠隔転移肺、肝臓、骨など

腟癌の治療法と処方薬、治療期間

腟癌の治療は手術療法、放射線療法、化学療法を組み合わせて実施します。

手術療法

早期の腟癌では手術療法が治療の中心で、手術の範囲はがんの進行度や腫瘍の位置によって決めます。

腟壁の部分切除や全摘出術をし、がんの進行度によっては周囲のリンパ節郭清も併せて行います。

手術後の入院期間は1〜2週間程度で、その後の回復期間を含めると1〜2か月の療養が必要です。

手術の種類適応概要
部分切除術早期癌がん部位のみを局所的に切除
全摘出術進行癌腟全体を摘出し、周囲組織も含めて広範囲に切除

放射線療法

放射線療法は手術が困難な症例や手術後の補助療法として、腫瘍の局所制御と周囲臓器の機能温存を両立する治療法です。

外部照射と腔内照射を組み合わせることで、腫瘍への高線量照射と周囲正常組織の保護が同時にできます。

治療期間は約5〜6週間で、1日1回の照射を週5日間実施します。

化学療法

進行癌や転移のあるときは化学療法を選び、再発予防や転移巣の制御を目指します。

標準的な治療は、シスプラチンやパクリタキセルを用いての3〜4週間を1クールとするものです。

4〜6クール程度の投与を行い、必要に応じて投与量や間隔の調整を行います。

抗がん剤投与間隔副作用
シスプラチン3〜4週毎腎機能障害、悪心・嘔吐
パクリタキセル週1回末梢神経障害、脱毛

併用療法

腟癌の治療では単一の治療法に頼るのではなく、複数の治療法を組み合わせます。

手術後に残存する可能性のある微小病変に対して放射線療法を追加したり、局所進行癌に対して放射線療法と化学療法を同時に行う化学放射線療法などがあります。

支持療法

制吐剤や鎮痛剤など症状に応じた薬剤を使用することで、患者さんの苦痛を最小限に抑え、治療の継続性を高めます。

支持療法

  • 制吐剤(オンダンセトロン、アプレピタントなど)
  • 鎮痛剤(アセトアミノフェン、オピオイド系薬剤など)
  • 造血薬(G-CSF製剤など)
  • 栄養サポート(経腸栄養剤、ビタミン剤など)

フォローアップ

治療終了後も再発や転移の早期発見のため、定期的な問診、内診、画像検査が必要です。

少なくとも5年間は経過観察を行います。

検査項目頻度目的
内診・細胞診3〜6か月毎局所再発の早期発見
CT/MRI検査6〜12か月毎遠隔転移の早期検出

腟癌の治療における副作用やリスク

腟癌の治療には手術、放射線療法、化学療法がありますが、それぞれに特有の副作用やリスクが伴うことを認識しておく必要があります。

手術療法に伴う副作用とリスク

術後の疼痛や出血は一般的な副作用として知られているものの、より深刻な合併症として以下のようなリスクもあります。

  • 術後感染症による発熱や創部の炎症
  • 膀胱や直腸の不慮の損傷による機能障害
  • 下肢のリンパ浮腫による歩行困難
  • 性機能障害による生活の質の低下
合併症発生頻度対処法予後への影響
感染症5-10%抗生剤投与、創部管理一般的に良好
膀胱損傷1-3%尿道カテーテル留置、経過観察機能回復に時間を要することも
リンパ浮腫10-20%理学療法、圧迫療法、生活指導慢性化のリスクあり
性機能障害30-50%カウンセリング、薬物療法QOLに長期的影響を及ぼすことも

放射線療法に伴う副作用とリスク

放射線療法は局所制御に優れた治療法ですが、照射野内の正常組織にも影響を与え、急性期から晩期にわたる副作用があります。

急性期の副作用は、照射部位の皮膚炎や粘膜炎です。

副作用は治療終了後から数週間程度で徐々に軽快していきますが、苦痛を減らすための積極的な支持療法を行います。

晩期障害には、長期的な経過観察と介入が必要です。

晩期の障害

  • 慢性的な膀胱炎や直腸炎による排尿・排便障害
  • 腟狭窄や乾燥による性交痛や不快感
  • 骨盤骨折のリスク増大による日常生活動作の制限

晩期障害は、治療後数ヶ月から数年経過してから発症することもあります。

副作用発症時期持続期間生活への影響
皮膚炎治療中~直後2-4週間一時的な不快感
膀胱炎治療後数ヶ月~慢性化のリスクあり排尿障害による生活制限
腟狭窄治療後6ヶ月~永続的なこともある性生活への長期的影響
骨盤骨折治療後数年~骨折リスクが持続活動制限、QOL低下

化学療法に伴う副作用とリスク

化学療法は全身治療として有効性が高い一方で、正常細胞にも影響を及ぼします。

化学療法の副作用

  • 骨髄抑制(白血球減少による感染リスク増大、貧血による倦怠感、血小板減少による出血傾向)
  • 悪心・嘔吐による食事摂取量の低下と栄養状態の悪化
  • 脱毛による外見の変化とそれに伴う社会生活への影響
  • 末梢神経障害による手足のしびれや歩行困難

副作用の多くは一時的なものです。

副作用発現時期対処法日常生活への影響
骨髄抑制投与後7-14日G-CSF製剤投与、輸血、感染対策感染予防のための外出制限など
悪心・嘔吐投与直後~数日制吐剤投与、食事指導栄養状態低下、体重減少
脱毛投与後2-3週間ウィッグ使用、頭皮ケア指導自己イメージの変化、社会参加への影響
末梢神経障害累積投与量依存性薬物療法、リハビリテーション歩行困難、細かい作業の制限

複合的治療に伴うリスク

手術後に放射線療法を併用すると、創傷治癒の遅れや浮腫の悪化といった合併症のリスクが高いです。

また、化学放射線療法を行う場合、単独療法と比較してより強い副作用が出ることがあります。

晩期合併症のリスク

腟癌の治療後数年以上経過してから晩期合併症が発生することがあり、注意が必要です。

よく見られる晩期合併症

  • 二次癌の発生(放射線療法後の照射野内)
  • 慢性的な骨盤痛
  • 排尿・排便障害
  • 性機能障害
晩期合併症発症時期原因生活への影響
二次癌5-10年後放射線療法再治療による負担増大
慢性骨盤痛数ヶ月-数年後手術、放射線療法日常生活動作の制限
排尿・排便障害治療直後-数年後手術、放射線療法社会生活への支障
性機能障害治療直後-永続的手術、放射線療法QOL低下、人間関係への影響

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術療法にかかる費用

部分切除術の場合約50万円から80万円程度、全摘出術では100万円から150万円が目安です。

術式概算費用
部分切除術50-80万円
全摘出術100-150万円

放射線療法の費用

放射線療法は外部照射と腔内照射を組み合わせて行われ、治療期間は5〜6週間です。

1回あたりの照射費用は約1万円から2万円で、総額では100万円から150万円程度となります。

副作用対策の薬剤費なども含めると、さらに費用が増加します。

化学療法にかかる費用

シスプラチンやパクリタキセルの場合、1クールあたり20万円から40万円程度です。

通常4〜6クール実施されるため、総額では80万円から240万円程度となります。

治療法1クール費用総額(4-6クール)
シスプラチン20-30万円80-180万円
パクリタキセル30-40万円120-240万円

以上

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