外陰パジェット病 – 婦人科

外陰パジェット病(vulvar Paget’s disease)とは、外陰部に発生する皮膚がんで、主に中高年の女性に見られます。

外陰部の皮膚に赤みやかゆみが現れ、表皮の細胞が通常とは異なる増殖があることで発症します。

初期段階では他の皮膚疾患と症状が似ているため、正確な診断に至るまでに時間がかかることもあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

外陰パジェット病の主な症状

外陰パジェット病の症状は、かゆみや痛み、皮膚の変色が持続または悪化することです。

初期段階で現れる症状

多くの患者さんが最初に気づく症状は、外陰部に生じるかゆみです。

かゆみは軽度から重度まであり、常に感じる方もいれば、時々感じる方もいて、痛みや灼けるような感覚を伴うこともあります。

初期症状特徴注意点
かゆみ持続的または間欠的他の皮膚疾患と混同しやすい
痛み軽度から中等度進行に伴い悪化する可能性あり
灼熱感かゆみや痛みに随伴不快感の程度に個人差あり

特徴的な皮膚の変化

外陰パジェット病では赤みを帯びた斑点や湿疹に似た病変が現れ、時間の経過とともに徐々に拡大し、境界がはっきりしなくなります。

皮膚の表面が湿っぽくなりかさぶたができ、また、皮膚が白っぽく変色し、色素沈着が起こる症例も報告されています。

病状の進行に伴って生じる症状

病気が進行すると、症状がよりはっきりしてきます。

進行期に見られる症状

  • 外陰部の腫れや明確な腫瘤の形成
  • 不規則な出血や分泌物の増加
  • 排尿時に感じる痛みや不快感
  • 性交渉時の痛みや違和感
進行期の症状身体的影響
腫れや腫瘤違和感、外観の変化
出血・分泌物衛生面の問題
排尿時の症状日常生活への支障
性交痛親密な関係への影響

外陰パジェット病の原因

外陰パジェット病の原因は遺伝子の突然変異や細胞の制御ができない増殖ですが、環境要因や免疫も関係しています。

遺伝子変異と細胞増殖の異常

遺伝子の変異により細胞の増殖や分化のバランスが崩壊し、異常な細胞が表皮上に拡大します。

変異が観察されているのは、PIK3CA遺伝子やHER2遺伝子です。

遺伝子主な機能変異による影響
PIK3CA細胞増殖促進過剰な細胞分裂
HER2細胞分裂制御増殖抑制機能の喪失

環境要因の影響

長期間にわたる外陰部への物理的または化学的な刺激、あるいは慢性的な炎症が、細胞の異常な増殖を起こす一因です。

リスクを高める要因

  • 慢性的な皮膚炎症状態の持続
  • 有害な化学物質への長期的な曝露
  • 過度の紫外線照射によるDNA損傷の蓄積
  • 継続的な摩擦や圧迫などの物理的ストレス

環境要因は直接遺伝子の変異を誘発したり、潜在的にあった遺伝的な要因を顕在化させることで、外陰パジェット病の発症を加速させる可能性があります。

免疫系の機能不全

通常、体内では免疫系が異常な細胞を認識し排除する機能を持っていますが、何らかの理由でこの機能が下がると、パジェット細胞が増えてしまう状況が生じます。

免疫細胞役割機能低下時の影響
T細胞異常細胞の認識と排除腫瘍細胞の見逃し
NK細胞がん細胞の直接的破壊腫瘍増殖の抑制力低下

他の悪性腫瘍との関連性

外陰パジェット病は、乳腺や消化管など、アポクリン腺が豊富にある部位の癌との関連性が指摘されています。

パジェット細胞が他の部位から転移してきたり、共通の遺伝子変異が複数の部位で同時に発生した結果だと考えられています。

関連する可能性のある悪性腫瘍関連性の強さ必要な検査
乳癌高いマンモグラフィ、乳腺エコー
直腸癌中程度下部消化管内視鏡
膀胱癌低い尿細胞診、膀胱鏡

外陰パジェット病と診断された患者さんの中に、数年前に乳癌の治療歴をお持ちの方がいました。

両者の関連性を疑い遺伝子検査を実施したところ、分子レベルで類似性が確認されました。

診察(検査)と診断

外陰パジェット病の診断は問診から始まり、視診、触診を経て、生検や各種画像診断を実施します。

初診時における診察手順

外陰パジェット病が疑われる患者さんの診察ではまず問診を行い、症状の発症時期、経過、持続期間、随伴症状、患者さんの生活習慣や既往歴も確認します。

次に外陰部の視診をし、皮膚の変色や病変の範囲、形状などを観察。

触診では病変部位の硬さや周囲組織との癒着、さらには局所リンパ節の腫脹の有無なども評価します。

診察ステップ主な目的留意点
詳細な問診症状の全容把握患者の心理面にも配慮
入念な視診皮膚変化の詳細観察微細な変化も見逃さない
慎重な触診組織状態の総合評価痛みに注意しながら実施

臨床診断における重要なポイント

臨床診断の段階では、外陰パジェット病に特徴的な所見を捉えること重要です。

典型的な所見は境界が不明瞭な紅斑や白斑、びらんなどが挙げられます。

60代の女性患者さんのケースで、慢性的な外陰部のかゆみのために来院されましたが、一見すると皮膚炎のような症状が見られたものの、その後、わずかな色調変化と病変の広がりを確認し、外陰パジェット病だと診断されました。

生検による確定診断のプロセス

外陰パジェット病の確定診断には、病変部位の生検が欠かせません。局所麻酔下で小さな組織片を採取し、病理検査を行います。

病理学的検査では表皮内に大型で明るい細胞質を持ち、異型核を有するものが見られます。

免疫組織化学染色を併用することで、診断の確実性をさらに高めることが可能です。

生検の種類特徴適応
パンチ生検円柱状の組織を採取小さな病変や初期診断時
切除生検より大きな組織片を採取広範囲の病変や深達度評価時
マッピング生検複数箇所から採取病変の広がりを評価する際

診断精度を高める補助的検査法

生検による病理学的診断に加えて、外陰パジェット病の診断精度を高めるために、いくつかの補助的検査法が活用されます。

  • コルポスコピー検査 拡大視野による病変部位の詳細観察
  • ダーモスコピー 皮膚表面の微細構造や血管パターンの観察
  • 蛍光膀胱鏡検査 尿路上皮癌の合併を確認するための検査
  • MRI検査 深部組織への浸潤や周囲臓器への進展を評価

鑑別診断の重要性

外陰パジェット病は、外陰部湿疹、白色萎縮症、扁平苔癬と似た症状があるため、鑑別診断を行うことが重要です。

鑑別すべき疾患特徴的な所見鑑別のポイント
外陰部湿疹かゆみが強く、境界明瞭な紅斑病変の境界、分布パターン
白色萎縮症白色調の萎縮性病変組織の萎縮度、硬化の有無
扁平苔癬網目状の白色病変病変の形状、粘膜病変の有無
悪性黒色腫色素性病変、不整な色調色調の不均一性、増大傾向

外陰パジェット病の治療法と処方薬、治療期間

外陰パジェット病の治療は外科的切除が基本で、局所療法や全身療法を組み合わせます。

外科的切除

手術では、病変部位を含む周囲の健康な組織まで切除することで、再発のリスクを最小限に抑えることが目標です。

切除範囲は1〜2cmのマージンを設けて切除を行い、十分なマージンを確保することで、目に見えない病変を残してしまうことを防ぎます。

切除範囲マージン再発リスク組織再建の必要性
限局性1cm中程度低い
広範囲2cm以上低い高い

手術後は、切除部位の大きさや位置によっては組織の再建が必要になることがあります。

局所療法

外科的切除が困難な症例や手術後の補助療法として局所療法が選択され、イミキモドクリームやフルオロウラシル軟膏などの外用薬を使用します。

薬剤は免疫系を活性化したり、がん細胞の増殖を抑制する効果を持っています。

局所療法の治療期間は、4〜16週間です。

薬剤名作用機序推奨使用頻度治療期間
イミキモド免疫系の活性化週3回4〜16週間
フルオロウラシルDNA合成の阻害1日2回4〜8週間

光線力学療法

光線力学療法(PDT)では光感受性物質を局所投与した後、特定の波長の光を照射することで、がん細胞を破壊します。

PDTの特長は正常組織への影響を最小限に抑えつつ、病変部位を効果的に治療できる点です。

高齢の方や、手術に伴うリスクが高いと判断される方にとって、有効な治療オプションになります。

PDTの利点治療回数適応となる患者群
低侵襲性1〜2回高齢者
組織温存性が高い外来で可能手術リスクの高い患者
繰り返し施行可能短期間で完了広範囲の表在性病変を有する患者

ただし、PDTの長期的な有効性については、さらなる研究データの蓄積が必要です。

全身化学療法

外陰パジェット病が深部に浸潤していたり遠隔転移が認められるときには、全身化学療法の実施を検討します。

使用される薬剤は乳癌や大腸癌の治療で用いられるもので、プラチナ製剤やタキサン系薬剤が中心です。

化学療法は4〜6サイクルを1クールとして実施し、効果判定を行いながら治療を継続していきます。

全身化学療法で使用される薬剤

  • シスプラチン:DNAの複製を阻害
  • カルボプラチン:シスプラチンと同様の作用で、腎毒性が低い
  • パクリタキセル:微小管の機能を阻害し、細胞分裂を抑制
  • ドセタキセル:パクリタキセルと類似の作用機序を持つ

薬剤を単独あるいは併用して使用することで、進行性の外陰パジェット病に対しても一定の治療効果が期待できます。

分子標的療法

近年、患者さんそれぞれのの腫瘍に応じた分子標的薬の使用が試みられています。

標的分子代表的な薬剤投与方法適応となる患者群
HER2トラスツズマブ点滴静注HER2過剰発現例
PIK3CAアルペリシブ経口PIK3CA遺伝子変異例
EGFRエルロチニブ経口EGFR過剰発現例
PARPオラパリブ経口BRCA1/2変異陽性例

分子標的療法は、従来の化学療法と比較して副作用が軽微であることが多く、長期的な治療継続ができます。

治療期間と経過観察

外陰パジェット病の治療期間は局所療法のみの場合は数週間から数か月程度で、手術を含む複合的な治療では半年から1年以上です。

治療後も定期的な経過観察が不可欠です。外陰パジェット病は再発のリスクが比較的高いので、少なくとも5年間は3〜6か月ごとに受診してください。

外陰パジェット病の治療における副作用やリスク

外陰パジェット病の治療には、手術療法、放射線療法、化学療法などの選択肢があり、それぞれに特有の副作用やリスクが伴います。

手術療法に伴う副作用とリスク

外陰パジェット病の標準的な治療法である手術療法では、病変部位を含む周囲の正常組織を広範囲に切除します。

手術に伴う副作用やリスク

  • 術後の持続的な痛みや不快感
  • 創部の感染リスクの増加
  • 予期せぬ出血の発生
  • 術後の傷跡形成や外観の変化
  • 排尿機能や性機能への一時的または永続的な影響
副作用・リスク発生頻度対応策
術後疼痛高頻度適切な疼痛管理、リハビリテーション
創部感染中頻度厳密な創部ケア、抗生剤投与
術後出血低頻度慎重な止血操作、術後モニタリング
機能障害症例による個別化されたリハビリテーション

放射線療法に関連する副作用

放射線療法は手術が困難な症例や再発例に対して選択し、急性期の反応と晩期障害があります。

放射線療法による急性期の副作用は、皮膚炎やびらん、色素沈着などの皮膚症状です。

一方、長期的な影響は、放射線照射部位周辺の組織の線維化や萎縮が進行することです。

晩期障害は、治療終了後数ヶ月から数年にわたって徐々に進行し、外陰部の柔軟性低下や違和感をもたらします。

また、まれではありますが、放射線誘発性の二次癌発生リスクもあります。

副作用発現時期特徴対応策
急性放射線皮膚炎治療中~直後発赤、びらん、疼痛皮膚ケア、局所治療
色素沈着治療後数週~数ヶ月照射部位の色素変化経過観察、場合により美容的処置
組織の線維化治療後数ヶ月~数年皮膚の硬化、可動域制限リハビリテーション、保湿ケア
二次癌治療後数年~数十年新たな腫瘍の発生定期的なフォローアップ

化学療法に伴うリスクと対策

局所進行例や転移例では、化学療法が選ばれます。

副作用と対策

  • 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少) 感染リスクの上昇や疲労感の増強につながるため、定期的な血液検査と支持療法が必要。
  • 悪心・嘔吐 食事摂取に影響を与えるため、制吐剤の予防的投与や食事指導が有効。
  • 末梢神経障害 手足のしびれや感覚異常が生じるため、症状の観察と用量調整が重要。
副作用発現頻度対策
骨髄抑制高頻度G-CSF製剤、輸血、感染対策
悪心・嘔吐中~高頻度制吐剤、食事指導
脱毛高頻度ウィッグ、頭皮ケア
末梢神経障害薬剤により異なる用量調整、症状緩和薬

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療における費用

外来診療では、検査費用や薬剤費がかかります。

検査項目概算費用(3割負担の場合)
病理検査3,000円〜10,000円
MRI検査15,000円〜25,000円
PET-CT検査30,000円〜50,000円

外用薬の処方がある場合、1か月あたり5,000円から15,000円程度の自己負担です。

手術治療に関わる費用

外陰パジェット病の手術と入院費用の目安

  • 手術費用:15万円〜30万円(3割負担の場合)
  • 入院費用:1日あたり5,000円〜10,000円(3割負担の場合)
  • 入院期間:7日〜14日程度

複雑な再建手術が必要な際には、さらに費用がかかります。

化学療法や分子標的療法の費用

進行例や再発例では、化学療法や分子標的療法が選択されます。

治療法1回あたりの概算費用(3割負担)治療期間
化学療法5万円〜15万円4〜6か月
分子標的療法10万円〜30万円6か月〜1年

以上

References

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