放線菌症 – 感染症

放線菌症(actinomycosis)とは、放線菌という細菌によって引き起こされる慢性の化膿性肉芽腫性疾患です。

通常、口腔内や消化管、女性生殖器に常在している放線菌が、何らかの原因で組織内に侵入し増殖することにより発症します。

放線菌症は、顎顔面、胸部、腹部など身体のさまざまな部位に発生しますが、半数以上は顎顔面です。

初期症状としては、無痛性の腫れや硬い腫瘤が現れ、次第に周囲の組織に広がり、皮膚に瘻孔を形成して膿や特徴的な硫黄の粒を排出することがあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

放線菌症の種類(病型)

放線菌症は感染部位によって、6つの病型に分類されます。

頸部顔面型

頸部顔面型は、放線菌症の中でも最も一般的な病型の1つで、感染が生じる部位は、口腔内や顔面、頸部の皮膚などです。

歯肉や歯根部、顎骨などに感染が拡大することもあり、治療を行わないと重症化してしまう危険性があります。

感染部位頻度特徴
口腔内高い歯肉や歯根部への感染が生じやすい
顔面中程度皮膚に瘻孔を形成する可能性がある
頸部中程度リンパ節の腫脹を伴うことがある

胸部型

胸部型は、肺や胸膜に感染が拡大するタイプの放線菌症です。 呼吸器症状を伴うことが多く、重症化すると生命に関わる危険性も。

胸部X線検査で肺炎のような陰影を認めたり、胸水貯留を伴う場合もあります。

腹部型

腹部型は、腹腔内の臓器に感染が及ぶ病型です。

感染が生じる可能性のある臓器

  • 肝臓:肝膿瘍を形成することがある
  • 膵臓:膵炎や膵膿瘍を発症する可能性がある
  • 腸管:腸閉塞や腸管穿孔を引き起こすことがある
  • 腹膜:腹膜炎を発症し、重症化することがある

腹部型は、腹痛や発熱などの症状を伴うことが多く、画像検査で病変を確認します。

骨盤型

骨盤型は、骨盤内の臓器や組織に感染が拡大するタイプの放線菌症です。

女性では、子宮や卵巣に感染が生じることがあり、子宮内膜炎や卵管炎、骨盤内膿瘍を発症し、不妊の原因になることもあります。

性別感染しやすい部位合併症
女性子宮、卵巣子宮内膜炎、卵管炎、骨盤内膿瘍
男性前立腺、精巣前立腺炎、精巣上体炎

また、骨盤内臓器の炎症を引き起こし、重症化すると敗血症を発症する危険性があります。

皮膚型

皮膚に感染が生じる病型であり、比較的まれです。 皮膚に結節や潰瘍、瘻孔を形成し、外科的治療が必要になることがあります。

播種型

血液を介して放線菌が全身に広がり、複数の臓器に感染が生じるタイプです。

免疫力が低下している患者さんに生じやすく、予後が悪化する危険性があり、複数の臓器不全を引き起こし、致死率が高くなります。

放線菌症の主な症状

放線菌症は、感染が生じた部位によって多様な症状を示します。

頸部顔面型

頸部顔面型は、放線菌症の中で最も多く、全体の約50〜60%を占めています。

初期には無痛性の腫脹や硬結が現れ、徐々に周囲の組織に浸潤。

さらに、皮膚に瘻孔を形成し、膿や特徴的な硫黄顆粒を排出する場合があります。

症状特徴
腫脹・硬結無痛性
瘻孔形成膿や硫黄顆粒の排出

胸部型

胸部型は、全体の約15〜20%を占め、肺実質や胸膜に感染が及びます。

咳嗽、喀痰、胸痛などの呼吸器症状や、体重減少、発熱などの全身症状が現れ、胸部X線写真では、肺炎様陰影や腫瘤影を認めます。

腹部型

腹部型は、全体の約10〜20%を占め、虫垂炎や憩室炎などに続発することが多いです。

腹痛、発熱、腹部腫瘤などが起こり、炎症が周囲組織に波及すると、腹壁や腰背部に瘻孔を形成することがあります。

症状特徴
腹痛炎症の波及
腹部腫瘤周囲組織への影響
瘻孔形成腹壁や腰背部に生じる

骨盤型

骨盤型は女性に多く、子宮内避妊具の使用者に発症リスクが高いです。

下腹部痛、不正性器出血、帯下増加などの症状を呈し、骨盤内炎症性疾患との鑑別が重要です。

皮膚型

皮膚型は比較的まれな病型で、皮膚の紅斑、硬結、潰瘍などが現れ、外傷や手術などを契機に、皮膚の限局した部位に感染が生じることがあります。

リンパ管炎や蜂窩織炎との鑑別が必要です。

播種型

播種型は、血行性に放線菌が全身に広がり、多臓器に膿瘍を形成する病型です。

発熱、体重減少、全身倦怠感などの全身症状や、感染臓器に応じた局所症状も伴います。

免疫抑制状態の患者さんに発症することが多く、予後不良な経過をたどる場合があります。

放線菌症の原因・感染経路

放線菌症は、主に口腔内に常在する放線菌属細菌による感染症です。

放線菌属細菌

放線菌属細菌は、口腔内や消化管、女性生殖器などに常在している嫌気性グラム陽性桿菌です。

この細菌は、健康な人の口腔内にも存在していますが、通常は病原性を示すことはありません。

放線菌属細菌の種類存在部位
Actinomyces israelii口腔内、消化管
Actinomyces gerencseriae口腔内
Actinomyces naeslundii口腔内
Actinomyces odontolyticus口腔内

感染経路

放線菌症の感染経路は、主に3つです。

  1. 口腔内や消化管の粘膜損傷部位からの感染
  2. 歯性感染症からの直接的な感染拡大
  3. 外傷や手術による皮膚や粘膜の損傷部位からの感染

特に、う蝕(虫歯)や歯周病などの歯性感染症が放線菌症の発症に関与しています。

放線菌属細菌は、歯肉溝や歯周ポケットにあり、歯性感染症によって粘膜のバリア機能が破綻すると、細菌が組織内に侵入し感染が成立します。

感染経路発症リスク
歯性感染症高い
外傷や手術中程度
粘膜損傷中程度

感染成立の条件

放線菌属細菌が感染を成立させるための条件

  • 粘膜バリア機能の破綻
  • 細菌の組織内への侵入
  • 嫌気性環境の存在
  • 宿主の免疫力の低下

糖尿病や悪性腫瘍、免疫抑制剤の使用などによる免疫力の低下は、放線菌症の発症リスクを高める要因です。

診察(検査)と診断

放線菌症の診断には、臨床所見、画像検査、細菌学的検査を組み合わせた多角的なアプローチをします。

臨床所見

放線菌症を疑う臨床所見

所見特徴
慢性の経過数週間から数ヶ月に及ぶ
炎症性腫瘤周囲組織への浸潤傾向
瘻孔形成膿や硫黄顆粒の排出

これらの所見は特異的ではないため、他の慢性化膿性疾患との鑑別が必要です。

画像検査

画像検査は、病変の広がりや周囲組織への影響を評価するために有用です。

CT、MRI、超音波検査などで認められる所見

  • 不整形の腫瘤影や浸潤影
  • 瘻孔や膿瘍形成
  • 周囲リンパ節腫大

ただし、これらの所見も放線菌症に特異的ではないため、画像検査のみでの確定診断には至りません。

細菌学的検査

放線菌症の確定診断には、細菌学的検査が不可欠です。

膿や組織検体のグラム染色で、グラム陽性のフィラメント状桿菌と硫黄顆粒を認めることが特徴的ですが、検出感度は高くありません。

検査特徴
グラム染色フィラメント状桿菌、硫黄顆粒
嫌気性培養ゆっくりとしたコロニー形成
16S rRNA遺伝子解析高い同定精度

培養検査では、嫌気性条件下で数日から数週間かけてコロニーを形成します。

近年では、16S rRNA遺伝子解析による同定も行われるようになり、診断精度の向上が期待されています。

放線菌症の治療法と処方薬、治療期間

放線菌症の治療では、長期間にわたる抗菌薬の投与が必要です。

抗菌薬治療

放線菌症の治療の中心となるのは、抗菌薬の投与です。

放線菌属細菌は、ペニシリン系抗菌薬に高い感受性を示すため、第一選択薬はペニシリンGやアモキシシリンとなります。

抗菌薬投与量投与期間
ペニシリンG1日1200万単位を4〜6回に分割して投与4〜8週間
アモキシシリン1日1500〜2000mgを3〜4回に分割して投与4〜8週間

ペニシリンアレルギーの患者さんには、以下の抗菌薬が選択されます。

  • クリンダマイシン
  • テトラサイクリン
  • エリスロマイシン

これらの抗菌薬も、4〜8週間の投与が必要です。

外科的治療

放線菌症では、膿瘍形成や瘻孔形成を伴うことがあり、外科的治療が行われることがあります。

外科的治療で行われる処置

  • 膿瘍のドレナージ
  • 瘻孔の掻爬
  • 壊死組織の除去

外科的治療後も、抗菌薬の投与の継続が必要です。

治療期間

放線菌症の治療期間は、感染の重症度や病変の範囲によって異なり、通常は数ヶ月にわたります。

病型治療期間
頸部顔面型2〜6ヶ月
胸部型6〜12ヶ月
腹部型6〜12ヶ月
骨盤型6〜12ヶ月
播種型12ヶ月以上

治療期間中は、定期的な経過観察と画像検査が必要です。

予後と再発可能性および予防

抗菌薬治療を行えば、放線菌症の予後は概ね良好ですが、再発のリスクを考慮した長期的な管理が大切です。

予後

放線菌症の予後は、早期診断と治療が行われれば、一般的に良好です。 抗菌薬治療により、多くの患者さんは数週間から数ヶ月で症状の改善を示します。

ただし、病変が広範囲に及ぶ場合や、免疫抑制状態の患者さんでは、治療反応性が乏しく、予後不良となることも。

病型予後良好因子予後不良因子
頸部顔面型早期診断・治療広範囲病変
胸部型限局性病変全身状態不良
腹部型合併症なし免疫抑制状態

再発

放線菌症は、治療を行っても再発することがあり、再発率は10〜20%程度です。

再発のリスク因子

  • 不十分な治療期間
  • 広範囲な病変
  • 免疫抑制状態
  • 瘻孔や膿瘍の残存

再発を防ぐためには、十分な期間の抗菌薬治療と、病変の完全な外科的切除が重要になります。

長期管理

放線菌症の治療後は、再発のリスクを考慮した長期的な経過観察が必要です。

治療終了後も6ヶ月から1年程度は定期的な診察と画像検査によるフォローアップが推奨されます。

再発の兆候

再発の兆候
症状の再燃
炎症反応の再上昇
画像検査での病変の再出現

これらの兆候を認めた場合は、速やかに再治療を開始します。。

予防

放線菌症の予防法は確立されていませんが、いくつかの点に気を付けることが推奨されます。

  • 口腔衛生の維持
  • 歯科治療の定期的な受診
  • 免疫抑制状態の改善

特に、歯科治療や口腔内外傷は、放線菌症の発症リスクを高めるため、注意が必要です。

放線菌症の治療に伴う副作用とリスクについて

放線菌症の治療では、長期間にわたる抗菌薬の投与と外科的治療が必要で、それぞれに副作用やリスクが伴います。

抗菌薬治療の副作用

ペニシリン系抗菌薬やその他の抗菌薬の副作用

副作用症状
消化器症状悪心、嘔吐、下痢、腹痛
皮膚症状発疹、そう痒感、蕁麻疹
肝機能障害肝酵素上昇、黄疸
腎機能障害血中クレアチニン上昇、尿量減少

長期間の抗菌薬投与は、いくつかのリスクを伴います。

  • 耐性菌の出現
  • Clostridium difficile感染症
  • 薬剤性過敏症症候群(DIHS)

外科的治療のリスク

外科的治療のリスク

  • 出血
  • 感染
  • 神経損傷
  • 瘻孔の再発

頸部顔面型の放線菌症では、顔面神経損傷のリスクがあり、注意が必要です。

病型外科的治療のリスク
頸部顔面型顔面神経損傷
胸部型肺瘻、膿胸
腹部型腸管損傷、腹腔内感染
骨盤型尿路損傷、性機能障害

免疫抑制状態のリスク

放線菌症の患者さんで、糖尿病や悪性腫瘍、免疫抑制剤の使用などにより免疫力が低下している方には、以下のリスクが高まります。

  • 感染の重症化
  • 治療反応性の低下
  • 再発率の上昇

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

放線菌症の治療費は、高額になる傾向があります。

初診料・再診料

初診料は、3,000円から5,000円程度が相場で、再診料は、1,000円から2,000円程度です。

診療内容費用
初診料3,000円〜5,000円
再診料1,000円〜2,000円

検査費

放線菌症の診断には、血液検査、画像検査、細菌学的検査などが行われ、検査費用は、合計で数万円から10万円以上になることもあります。

処置費

放線菌症の治療で行われる、膿瘍のドレナージや瘻孔の切除などの処置費用は、数万円から数十万円に及ぶ場合があります。

処置内容費用
膿瘍ドレナージ数万円〜
瘻孔切除数十万円〜

入院費

重症の放線菌症では入院治療が必要で、1日あたり1万円から3万円程度が相場です。長期の入院になると、さらに高額になります。

以上

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