成人T細胞白血病(ATL)は、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)の感染が原因で発症する悪性腫瘍です。
HTLV-1は主に母乳を介して母子感染するウイルスであり、感染者の多くは無症状のキャリアとなります。
ただし、一部の感染者においては数十年の潜伏期間を経て、リンパ球の腫瘍化によりATLを発症する場合があります。
ATLは発熱や全身倦怠感などの症状で発症し、リンパ節腫脹、肝脾腫、皮膚病変などの症状を呈し、病状進行は急速であり、予後不良な疾患として知られています。
成人T細胞白血病(ATL)の種類(病型)
成人T細胞白血病(ATL)は、病状の進行速度や症状の違いにより、いくつかの病型に分類されます。
急性型
急性型は、ATLの中で最も多く、全体の約60%を占めています。
発熱、リンパ節腫脹、肝脾腫、高カルシウム血症などの症状が急速に進行し、予後不良な病型となっています。
リンパ腫型
リンパ腫型は、全体の約20%を占め、リンパ節腫脹が主な症状です。
他の臓器への浸潤も認められ、急性型と同様に予後不良な病型となっています。
病型 | 概要 |
急性型 | 発熱、リンパ節腫脹、肝脾腫、高カルシウム血症などの症状が急速に進行 |
リンパ腫型 | リンパ節腫脹が主な症状で、他の臓器への浸潤も認められる |
慢性型
慢性型は、全体の約10%を占め、急性型やリンパ腫型と比較して症状の進行が緩徐な病型です。
ただし、数年の経過で急性転化する場合があり、注意が必要となります。
くすぶり型
くすぶり型は、全体の約5%を占め、無症状または軽微な症状のみを呈する病型ですが、以下の点に注意が必要となります。
数年から数十年の経過で急性転化する可能性がある
定期的な経過観察が重要である
急性転化の兆候を見逃さないことが肝要である
成人T細胞白血病の主症状と病態
成人T細胞白血病(ATL)の主な症状と、それらの症状が生じる病態について解説いたします。
全身症状
ATLでは、以下のような全身症状がみられます。
- 発熱
- 全身倦怠感
- 体重減少
- 盗汗
これらの症状は、腫瘍細胞から放出される炎症性サイトカインによって引き起こされると考えられています。
発熱は、38℃以上の高熱が持続することが特徴であり、感染症との鑑別が重要となります。
全身倦怠感は、日常生活に支障をきたすほどの強い倦怠感を伴う場合があります。
リンパ節腫脹
ATLでは、全身のリンパ節腫脹を認めることが特徴的です。特に、頸部、腋窩、鼠径部のリンパ節腫脹が多くみられます。
リンパ節腫脹は、腫瘍細胞のリンパ節への浸潤によって生じると考えられていて、病期の進行とともに増悪する傾向があります。
皮膚症状
ATLでは、多彩な皮膚症状を呈する場合があり、以下のような症状が代表的です。
症状 | 概要 |
紅斑 | 全身または一部に紅斑が出現する |
結節・腫瘤 | 皮下に硬い結節を触知する |
潰瘍 | 腫瘤が自壊して生じる場合がある |
これらの症状は、腫瘍細胞の皮膚への浸潤によって生じると考えられています。
高カルシウム血症
ATLでは、高カルシウム血症を合併することが少なくありません。高カルシウム血症による症状として、以下のようなものがあります。
- 口渇
- 多尿
- 便秘
- 意識障害
高カルシウム血症は、腫瘍細胞から放出される副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)などの液性因子によって引き起こされると考えられています。
高カルシウム血症は、腎機能障害や意識障害などの重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、注意が必要となります。
成人T細胞白血病(ATL)の原因・感染経路
成人T細胞白血病(ATL)の原因となるHTLV-1の特徴と、その感染経路について詳しく解説いたします。
HTLV-1とは
HTLV-1は、ヒトのT細胞に感染するレトロウイルスの一種です。
HTLV-1に感染すると、一部の感染者ではATLを発症する場合があります。
HTLV-1の感染者は、日本国内では約100万人、世界全体では約1,000万人いると推定されています。
ウイルス名 | 概要 |
HTLV-1 | ヒトのT細胞に感染するレトロウイルス |
HTLV-2 | HTLV-1と類似するが、ATLとの関連は不明 |
HTLV-1の感染経路
HTLV-1の主な感染経路は、以下の3つです。
- 母子感染(主に母乳を介して)
- 性的接触による感染
- 輸血や臓器移植による感染
このうち、最も多いのは母子感染であり、感染者の多くは母乳を介して感染しています。
母子感染のリスクを減らすためには、感染している母親による授乳を避けることが肝要です。
無症候性キャリア
HTLV-1に感染しても、大多数の人は無症状のままで、このような感染者を無症候性キャリアと呼びます
無症候性キャリアは、ウイルスを他者に感染させる可能性があるため、感染予防に注意が必要となります。
診察(検査)と診断
成人T細胞白血病(ATL)の診察・検査の流れと、臨床診断および確定診断の方法について解説いたします。
臨床症状の評価
ATLの診断では、まず患者の臨床症状を評価します。以下のような症状がみられる場合、ATLを疑う必要があります。
- 全身倦怠感
- 発熱
- リンパ節腫脹
- 皮膚症状(紅斑、結節、腫瘤など)
- 肝脾腫 – 高カルシウム血症
臨床症状 | 概要 |
全身倦怠感 | 日常生活に支障をきたすほどの倦怠感 |
発熱 | 38℃以上の発熱が持続する |
血液検査
ATLが疑われる患者には、血液検査を行います。 以下の検査項目が重要です。
- 末梢血液検査(白血球分画、異常リンパ球の有無)
- 生化学検査(LDH、カルシウム、尿酸など)
- HTLV-1抗体検査
検査項目 | 概要 |
末梢血液検査 | 白血球分画、異常リンパ球の有無を確認 |
生化学検査 | LDH、カルシウム、尿酸などの上昇を確認 |
画像検査
ATLの病期評価や臓器浸潤の有無を確認するために、以下のような画像検査を行います。
- CT検査
- PET-CT検査
- MRI検査
これらの検査により、リンパ節腫脹や肝脾腫、皮膚病変などの評価を行います。
病理検査
ATLの確定診断には、リンパ節や皮膚などの病変部から組織を採取し、病理検査を行う必要があります。
病理検査では、以下の所見を確認します。
- ATL細胞の浸潤
- 免疫染色によるHTLV-1抗原の発現
- 遺伝子検査によるモノクローナルな細胞増殖の証明
成人T細胞白血病(ATL)の治療法と処方薬
成人T細胞白血病(ATL)の治療は、病型や病期に応じて、化学療法、分子標的療法、造血幹細胞移植などを組み合わせて行います。
化学療法
ATLの治療の中心は、多剤併用化学療法です。 以下のような治療レジメンが使用されます。
- CHOP療法(シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)
- VCAP-AMP-VECP療法(ビンクリスチン、シクロホスファミド、ドキソルビシン、プレドニゾロン、ラニムスチン、メルカプトプリン、エトポシド)
- mLSG15療法(VCAP-AMP-VECP療法にメトトレキサートとプレドニゾロンを追加)
これらの化学療法では、以下のような薬剤が使用されます。
薬剤名 | 種類 |
シクロホスファミド | アルキル化剤 |
ドキソルビシン | アントラサイクリン系抗腫瘍薬 |
分子標的療法
近年、ATLに対する分子標的療法が開発されています。 主な分子標的薬には、以下のようなものがあります。
- モガムリズマブ(抗CCR4抗体)
- レナリドミド(免疫調整薬)
これらの薬剤は、化学療法との併用や、単剤での使用が行われています。
薬剤名 | 作用機序 |
モガムリズマブ | ATL細胞表面のCCR4に結合し、ADCC活性により腫瘍細胞を傷害 |
レナリドミド | 免疫調整作用により、ATL細胞の増殖を抑制 |
造血幹細胞移植
化学療法や分子標的療法で十分な効果が得られない場合や、若年者の症例では、造血幹細胞移植が検討され、以下のような種類があります。
- 自家造血幹細胞移植
- 同種造血幹細胞移植
同種造血幹細胞移植では、ドナーのHTLV-1陰性が重要な条件となります。
支持療法
ATLの治療では、支持療法も重要で、以下のような支持療法が行われます。
- 抗ウイルス薬(ニューモシスチス肺炎予防など)
- 抗菌薬(感染症予防・治療)
- 輸血療法(貧血、血小板減少への対応)
- 高カルシウム血症の治療
これらの支持療法により、治療の副作用や合併症を予防・軽減することが可能となります。
治療に必要な期間と予後について
成人T細胞白血病(ATL)の治療期間と予後は、病型や病期、患者の状態によって大きく異なります。
急性型の治療期間と予後
急性型ATLの治療期間は、通常6〜8ヶ月です。寛解導入療法と地固め療法を行い、可能であれば造血幹細胞移植を行います。
急性型ATLの予後は不良で、生存期間中央値は8〜10ヶ月です。
病型 | 治療期間 | 予後(生存期間中央値) |
急性型 | 6〜8ヶ月 | 8〜10ヶ月 |
リンパ腫型 | 6〜8ヶ月 | 10〜12ヶ月 |
リンパ腫型の治療期間と予後
リンパ腫型ATLの治療期間も、急性型と同様に6〜8ヶ月で、化学療法と放射線療法を組み合わせて治療を行います。
リンパ腫型ATLの予後は、急性型と同様に不良で、生存期間中央値は10〜12ヶ月です。
慢性型の治療期間と予後
慢性型ATLの治療期間は、患者の状態によって異なります。
無治療で経過観察する場合もありますが、化学療法を行う際は1〜2年の治療期間を要することがあります。
慢性型ATLの予後は、急性型やリンパ腫型と比較して良好で、生存期間中央値は2〜5年です。
病型 | 治療期間 | 予後(生存期間中央値) |
慢性型 | 1〜2年 | 2〜5年 |
くすぶり型 | 経過観察 | 5年以上 |
くすぶり型の治療期間と予後
くすぶり型ATLは、基本的には無治療で経過観察しますが、くすぶり型からほかの病型への移行に注意が必要です。
くすぶり型ATLの予後は良好で、生存期間中央値は5年以上です。
成人T細胞白血病(ATL)の治療における副作用やリスク
成人T細胞白血病(ATL)の治療では、化学療法や造血幹細胞移植などの強力な治療が行われるため、様々な副作用やリスクが伴います。
化学療法の副作用
ATLの治療で用いられる化学療法では、以下のような副作用が起こる可能性があります。
- 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)
- 悪心・嘔吐
- 脱毛
- 口内炎
- 末梢神経障害
これらの副作用は、使用する薬剤の種類や投与量、患者の状態によって異なります。
感染症のリスク
ATLの治療では、化学療法による骨髄抑制のため、感染症のリスクが高まります。
感染症 | 概要 |
細菌感染症 | 細菌による感染症(肺炎、敗血症など) |
真菌感染症 | カンジダ、アスペルギルスなどの真菌による感染症 |
感染症を予防するために、抗菌薬の予防投与や感染対策が肝要です。
移植関連合併症
造血幹細胞移植では、以下のような移植関連合併症が起こるリスクがあります。
- 急性移植片対宿主病(GVHD)
- 慢性GVHD
- 移植関連血栓性微小血管障害(TA-TMA)
- 移植後リンパ増殖性疾患(PTLD)
これらの合併症は、移植の種類や患者の状態によって異なります。
二次発がんのリスク
ATLの治療では、化学療法や放射線療法による二次発ガンのリスクが高まり、以下のようなガンがあります。
- 骨髄異形成症候群(MDS)
- 急性骨髄性白血病(AML)
- 固形がん
予防方法
成人T細胞白血病(ATL)を予防するためには、HTLV-1の感染予防が肝要です。
母子感染の予防
HTLV-1の主な感染経路は、母子感染です。 母子感染を予防するためには、以下の対策が有効です。
- 妊婦のHTLV-1抗体検査
- 感染母体からの授乳の回避
- 帝王切開分娩の選択
予防法 | 概要 |
HTLV-1抗体検査 | 妊婦のHTLV-1感染の有無を確認する |
授乳の回避 | 感染母体からの母乳育児を避ける |
性行為感染の予防
HTLV-1は性行為によっても感染するので、性行為感染を予防するために、以下の対策が重要です。
- コンドームの使用
- 複数のパートナーとの性交渉の回避
- 性感染症の治療
特に、HTLV-1の流行地域では、性行為感染の予防に注意が必要となります。
輸血による感染の予防
HTLV-1は輸血によっても感染する可能性があります。 輸血による感染を予防するために、以下の対策が行われています。
- 供血者のHTLV-1抗体スクリーニング
- HTLV-1抗体陽性血液の廃棄
日本では、1986年から供血者のHTLV-1抗体スクリーニングが実施されています。
予防法 | 概要 |
供血者スクリーニング | 供血者のHTLV-1感染の有無を確認する |
陽性血液の廃棄 | HTLV-1抗体陽性の血液は輸血に使用しない |
その他の予防法
HTLV-1の感染予防には、以下のような一般的な対策も有効です。
- 注射器の共有の回避
- タトゥーやpiercing の際の器具の滅菌
- 感染者との接触時の注意
HTLV-1感染者との日常的な接触では、感染のリスクは低いとされています。
治療費について
成人T細胞白血病(ATL)の治療費は、病期や治療内容、保険適用の有無などによって大きく異なります。
早期の慢性型やくすぶり型では、経過観察や少量の抗がん剤治療で済む際もありますが、急性型やリンパ腫型では、強力な化学療法や造血幹細胞移植が必要となり、治療費は高額となります。
また、一部の治療法は保険適用外となるため、患者の自己負担が増大します。
以上
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