アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)- 感染症

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)(African trypanosomiasis)とは、サハラ以南のアフリカで発生するトリパノソーマ原虫によって引き起こされる寄生虫感染症です。

ツェツェバエによって媒介されるこの感染症は、放置すると致死率が高い重篤な疾患であり、発熱、リンパ節腫脹、貧血などの症状が現れます。

さらに、原虫が中枢神経系に侵入すると、昏睡状態に陥ることから「アフリカ睡眠病」とも呼ばれています。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)の種類(病型)

アフリカトリパノソーマ症は、第1期(血液リンパ期)と第2期(脳髄膜炎期)の2つの病型に分類されます。

それぞれの病型には特徴的な症状があり、病気の進行とともに変化していきます。

第1期(血液リンパ期)

第1期は、感染後数週間から数ヶ月の間に発症し、トリパノソーマ原虫が血液やリンパ液中で増殖し、全身に広がる時期です。

病型症状
第1期発熱、頭痛、リンパ節腫脹
第1期全身倦怠感、関節痛

第2期(脳髄膜炎期)

第2期は、感染後数ヶ月から数年の間に発症します。

この時期は、トリパノソーマ原虫が脳脊髄液中に侵入し、中枢神経系に障害を引き起こします。

  • 昏睡状態
  • 精神症状
  • 神経症状
病型症状
第2期昏睡、意識障害
第2期錯乱、幻覚

病型の進行

第1期から第2期への移行は、徐々に進行していくので、早期発見・早期治療が重要であり、第2期への移行を防ぐことが大切です。

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)の主な症状

アフリカトリパノソーマ症は、初期と後期で異なる症状が現れ、初期は非特異的な症状が主体ですが、後期になると中枢神経系の症状が前面に出てきます。

初期症状

感染部位の皮膚に硬結や発疹が生じるのが初期症状の特徴です。また、発熱、倦怠感、頭痛、関節痛といった全身症状も見られます。

症状の種類具体的な症状
皮膚症状感染部位の硬結、発疹
全身症状発熱、倦怠感、頭痛、関節痛

初期症状として特徴的なのが、特に後頸部リンパ節の腫れ特(ウィンターボトム徴候)です。

後期症状

後期になると、原虫が中枢神経系に入り込むことで、以下のような症状が現れてきます。

  • – 昏睡 – 錐体路徴候(病的反射の亢進など)
  • – パーキンソニズム
  • – 精神症状(錯乱、幻覚など)
症状のカテゴリー代表的な症状
神経症状昏睡、錐体路徴候、パーキンソニズム
精神症状錯乱、幻覚

症状の進行

アフリカトリパノソーマ症の症状は、ゆっくりと進行していきますが、処置が取られないと、最終的には死に至ってしまうことになります。

注意点

アフリカトリパノソーマ症の症状の多くは非特異的なため、他の感染症との区別がつきにくいことがあります。

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)の原因・感染経路

アフリカトリパノソーマ症は、トリパノソーマ原虫がツェツェバエによる吸血を介して、ヒトの体内に侵入し感染することで発症します。

原因となる寄生虫

アフリカトリパノソーマ症の原因となるのは、トリパノソーマ属の原虫です。

トリパノソーマ属には、数十種類の種がありますが、ヒトに感染するのは2種です。

原虫の種類引き起こす病気
トリパノソーマ・ブルーセイ・ガンビエンセ西アフリカ睡眠病
トリパノソーマ・ブルーセイ・ローデシエンセ東アフリカ睡眠病

感染経路

トリパノソーマ原虫は、ツェツェバエによって媒介されます。

ツェツェバエが吸血する際に、唾液腺内のトリパノソーマ原虫がヒトの体内に侵入し、感染が成立します。

  • ツェツェバエの生息地での感染リスクが高い
  • 感染動物との接触でも感染の可能性がある
  • 母子感染(子宮内感染、授乳)の報告もある

ツェツェバエの生態

ツェツェバエは、アフリカの熱帯・亜熱帯地域に広く分布し、雌雄ともに吸血性で、哺乳類の血液を餌とします。

ツェツェバエの種類主な生息地
ツェツェバエ属サハラ砂漠以南のアフリカ大陸
サバンナ種群西アフリカ、中央アフリカ

診察(検査)と診断

アフリカトリパノソーマ症の診断を行う際は、臨床所見と検査所見を総合的に判断し、原虫の検出が確定診断には欠かせません。

臨床診断

臨床診断を行う際に考慮する点

  • 流行地域への渡航歴
  • 特徴的な臨床症状(皮膚症状、リンパ節腫脹、神経症状など)
  • 他の感染症との鑑別
考慮すべき点具体的な内容
渡航歴流行地域への渡航歴の確認
臨床症状皮膚症状、リンパ節腫脹、神経症状など
鑑別診断マラリア、デング熱、リーシュマニア症など

検査診断

検査診断では、以下の方法により原虫の検出を試みます。

  • 血液塗抹標本の鏡検
  • リンパ節吸引物の鏡検
  • 髄液の鏡検
  • PCR法による原虫DNAの検出
検査の方法用いる検体
鏡検血液塗抹標本、リンパ節吸引物、髄液
PCR法血液、リンパ節吸引物、髄液

注意点

アフリカトリパノソーマ症の診断には、原虫の検出が必須ですが、検出感度が低いことがあるため、複数回の検査が必要になるケースがあります。

また、治療開始後も定期的な検査を実施し、再発の有無を確認することが重要です。

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)の治療法と処方薬

アフリカトリパノソーマ症の治療は、感染の病期によって使用する薬剤が異なります。

第1期(血液リンパ期)の治療

第1期の治療には、スラミンまたはペンタミジンが用いられ、トリパノソーマ原虫に対して作用します。

薬剤名投与経路投与期間
スラミン筋肉内注射7日間
ペンタミジン筋肉内注射7日間

第2期(脳髄膜炎期)の治療

第2期の治療には、メラルソプロールまたはエフロルニチンが使用されます。

これらの薬剤は、血液脳関門を通過し、中枢神経系のトリパノソーマ原虫に作用します。

薬剤名投与経路投与期間
メラルソプロール静脈内注射10日間
エフロルニチン静脈内注射14日間

治療薬の入手と管理

アフリカトリパノソーマ症の治療薬は、入手が難しいことがあり、WHO(世界保健機関)が、薬剤の供給と管理に関与しています。

治療に必要な期間と予後について

アフリカトリパノソーマ症の治療期間は、病期によって違いがありますが、早期発見・早期治療が予後の改善には大切です。

治療期間

病期治療期間
第1期(血液リンパ期)約1週間
第2期(髄液期)約1ヶ月

第1期の治療には、スラミンやペンタミジンが使用され、比較的短期間で治療が完了します。

一方、第2期の治療には、メラルソプロールやエフロルニチンが使用され、より長期の治療が必要です。

治療後のフォローアップ

治療終了後も、再発の有無を確認するために、定期的な検査が必要です。

  • – 治療終了後3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、18ヶ月、24ヶ月に検査を実施
  • – 髄液検査で再発の有無を確認
フォローアップ時期検査内容
3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、18ヶ月、24ヶ月血液検査、髄液検査

再発が確認されたら、治療が必要となります。

予後

アフリカトリパノソーマ症の予後は、早期発見・早期治療が行われたケースでは、良好です。

治療を受けた患者さんの生存率

  • 第1期:90%以上
  • 第2期:80%以上

ただし、診断が遅れ、治療が行われなかった場合は、死亡率が高くなります。

重要なポイント

アフリカトリパノソーマ症の予後改善には、重要なことがいくつかあります。

  • – 流行地域では、ツェツェバエ対策を行う
  • – 感染が疑われる患者さんは、速やかに診断・治療を行う
  • – 治療後も、定期的なフォローアップを行う

アフリカトリパノソーマ症(アフリカ睡眠病)の治療における副作用やリスク

アフリカトリパノソーマ症の治療薬には、副作用やリスクが伴います。

メラルソプロールの副作用

メラルソプロールは、第2期(脳髄膜炎期)の治療に用いられる薬剤で、最も重篤な副作用は、脳症です。

副作用頻度
脳症5〜10%
発熱50%以上

脳症は、意識障害、けいれん、昏睡などの症状を呈し、死亡率が高くなっています。

エフロルニチンの副作用

エフロルニチンは、第2期(脳髄膜炎期)の治療に用いられるもう一つの薬剤で、主な副作用は、骨髄抑制です。

副作用頻度
貧血50%以上
白血球減少50%以上

スラミンとペンタミジンの副作用

スラミンとペンタミジンは、第1期(血液リンパ期)の治療に用いられる薬剤で、副作用は比較的軽度です。

  • 発熱
  • 頭痛
  • 皮疹

ただし、スラミンによるショック症状が報告されています。

治療の失敗とリスク

アフリカトリパノソーマ症の治療が失敗した場合、再発や死亡のリスクが高くなります。

治療の失敗の要因

  • 薬剤耐性
  • 不十分な投与量や投与期間
  • 患者の免疫状態

予防方法

アフリカトリパノソーマ症の予防には、ツェツェバエ対策と早期発見・早期治療が大切です。

流行地域へ渡航する人は、感染リスクを理解し、適切な予防措置を講じてください。

ツェツェバエ対策

ツェツェバエ対策は、アフリカトリパノソーマ症の予防に欠かせません。

  • 殺虫剤の散布
  • ツェツェバエの生息地の除去(森林伐採など)
  • ツェツェバエの天敵の利用
対策内容
殺虫剤の散布ツェツェバエの生息地に殺虫剤を散布する
生息地の除去森林伐採などによりツェツェバエの生息地を除去する
天敵の利用ツェツェバエの天敵を利用して個体数を制御する

個人的な予防措置

流行地域へ渡航する人は、個人的な予防措置が必要です。

  • – 肌の露出を避ける(長袖、長ズボンの着用)
  • – 忌避剤の使用 – ツェツェバエの活動時間帯(日中)の外出を避ける
予防措置内容
肌の露出を避ける長袖、長ズボンを着用し、肌の露出を最小限に抑える
忌避剤の使用ディート等の忌避剤を露出部位に塗布する
活動時間帯の外出を避けるツェツェバエの活動時間帯(日中)の外出を避ける

早期発見・早期治療

アフリカトリパノソーマ症の予防には、早期発見・早期治療が重要になってきます。

流行地域へ渡航する人が注意すべき点

  • – 感染リスクを理解する
  • – 症状が現れたときは速やかに医療機関を受診する
  • – 渡航歴を医療機関に伝える

早期に診断し、治療を開始することで、重症化を防げます。

流行地域の対策

アフリカトリパノソーマ症の流行地域では、さまざまな対策も行われています。

  • 住民への啓発活動
  • ツェツェバエ対策の実施
  • 感染者の早期発見・早期治療体制の整備

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

治療薬の費用

アフリカトリパノソーマ症の治療薬は、高価です。

WHO(世界保健機関)は、治療薬を無償で提供していますが、供給量は限られています。

日本での治療費について

日本では、アフリカトリパノソーマ症の患者はほとんど報告されていませんが、海外渡航者が感染し、帰国後に発症するケースがまれにあります。

日本での治療薬の入手

日本では、アフリカトリパノソーマ症の治療薬は、一般的に流通していません。

治療薬を入手するためには、以下のような方法があります。

  • 国立国際医療研究センターなどの専門機関からの供給
  • WHO(世界保健機関)からの供給
  • 海外からの個人輸入

日本での治療費

日本でアフリカトリパノソーマ症の治療を受ける場合の治療費

費用項目概算
治療薬数十万円~数百万円
入院費用数十万円~数百万円
検査費用数十万円

治療費の多くは自己負担となり、公的医療保険の適用は限定的で、日本では、アフリカトリパノソーマ症の治療経験のある医療機関は限られています。

以上

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