細菌性赤痢とは、赤痢菌という細菌によって引き起こされる感染性の腸疾患で、急性の腹痛、頻回の水様性下痢、血便などが主な症状として現れます。
重症化した際は、高熱や脱水症状を伴う場合もあり、適切な処置を行わないと生命に関わることもあります。
食品や水を介して感染が広がるため、衛生環境の整っていない地域で流行することが多く、発展途上国では現在も多くの患者が発生しています。
日本国内でも年間数百例の患者が報告されており、油断できない状況にあります。
細菌性赤痢の種類(病型)
細菌性赤痢は、急性赤痢と慢性赤痢の2つの種類に分けられます。
急性赤痢
急性赤痢は、赤痢菌に感染してから数日以内に発症する種類の赤痢です。 激しい腹痛や頻回の水様性下痢、血便などが特徴的な症状として現れます。
重症化した場合、以下のような合併症を引き起こすことがあります。
- 電解質異常
- 脱水
- 腸管穿孔
- 敗血症
慢性赤痢
慢性赤痢は、急性赤痢が治癒せずに長期間持続する種類の赤痢です。 以下のような症状が断続的に繰り返し現れるのが特徴です。
種類 | 持続期間 | 主な症状 |
慢性赤痢 | 数週間〜数ヶ月 | 間欠的な腹痛・粘血便・体重減少 |
慢性赤痢の際は、適切な処置を行わないと、腸管の損傷が進行し、重篤な合併症につながる場合があります。
種類別の発生頻度
急性赤痢と慢性赤痢の発生頻度は以下の通りです。
大多数の患者は急性赤痢を発症しますが、一部の患者では慢性化することがわかります。
細菌性赤痢の主な症状
細菌性赤痢の症状は、急激に発症し、重症化すると深刻な合併症を引き起こす可能性があるため、早期の診断と治療が不可欠です。
特徴的な症状が見られた際には、速やかに医療機関を受診し、適切な対応を求めることが大切です。
腹痛と下痢
細菌性赤痢の最も代表的な症状は、急激に始まる腹痛と頻回の水様性下痢です。
腹痛は下腹部を中心に激しく痙攣するような痛みを伴うことが多く、排便後も持続する場合があります。
下痢は1日に10回以上に及ぶこともあり、大量の水分と電解質が失われるため、脱水症状を引き起こすことがあります。
血便と粘液便
腹痛と下痢に加えて、血便や粘液便を伴うことも細菌性赤痢の特徴的な症状です。
赤痢菌による腸管粘膜の炎症や潰瘍形成により、便中に鮮血や暗赤色の血液が混じるようになります。
また、大量の粘液を含む便が見られることもあり、これは腸管粘膜の損傷を反映しています。
全身症状
細菌性赤痢では、消化器症状だけでなく、全身症状も現れることがあります。 以下のような症状が見られる際があります。
- 発熱:38℃以上の高熱を伴うことがある
- 悪寒:寒気や震えを感じることがある
- 倦怠感:全身の疲労感や脱力感を伴うことがある
- 食欲不振:食事への興味が低下することがある
これらの全身症状は、赤痢菌による感染が全身に影響を及ぼしていることを示唆しています
重症化した際は、脱水や電解質異常、毒素性ショックなどの重篤な合併症を引き起こすことがあります。
症状の経過
細菌性赤痢の症状は、通常、感染後1〜3日の潜伏期を経て突然発症し、適切な処置を行わない場合、症状は数日から1週間程度持続することがあります
この間、腹痛や下痢、血便などの症状が継続し、患者の全身状態が悪化していくことがあります。
一方、治療を開始すると、通常は2〜3日で症状が改善に向かいます
抗菌薬の投与により赤痢菌の増殖が抑えられ、腸管の炎症も徐々に鎮静化していきます。
ただし、完全に治癒するまでには1週間程度を要することが多く、回復期には疲労感や食欲不振が残ることがあります。
細菌性赤痢の原因・感染経路
細菌性赤痢は、赤痢菌という細菌による感染が原因で発症する感染症です。
赤痢菌の種類
細菌性赤痢の原因となる赤痢菌には、大きく分けて4つの種類があります。
菌種 | 特徴 |
志賀菌 | 最も重篤な症状を引き起こす |
フレキシネル菌 | 志賀菌に次いで重篤な症状を引き起こす |
ボイド菌 | 比較的軽症な症状を引き起こすことが多い |
ソンネ菌 | 最も軽症な症状を引き起こすことが多い |
これらの赤痢菌は、いずれも腸管に感染し、炎症や潰瘍を引き起こすことで下痢や血便などの症状を引き起こします。
感染経路
赤痢菌は、主に以下のような経路で感染します。
感染経路 | 特徴 |
経口感染 | 汚染された水や食品を介して感染する |
接触感染 | 感染者との直接接触により感染する |
間接接触感染 | 汚染された物品を介して感染する |
特に、衛生環境の整っていない地域では、汚染された水や食品を介した経口感染が主な感染経路となっています。
感染リスクの高い場所と状況
赤痢菌への感染リスクは、以下のような場所や状況で高くなります。
- 衛生環境の整っていない地域
- 汚水や汚物に触れる機会が多い場所
- 感染者との濃厚接触がある際
- 集団生活を送っている際
特に、発展途上国の衛生環境の整っていない地域では、赤痢菌が蔓延しており、感染リスクが非常に高くなっています。
診察(検査)と診断
細菌性赤痢の診察では、症状や病歴の聴取、身体所見の観察、検査による病原体の特定などを総合的に行うことが大切です。
臨床診断と確定診断を適切に行うことで、早期の治療開始と適切な治療方針の決定が可能となります。
症状と病歴の聴取
細菌性赤痢の診察では、まず患者の症状と病歴を詳細に聴取することが大切で、。 特に、以下のような点に注目します。
- 下痢の回数と性状(水様性、粘血便など)
- 腹痛の有無と程度
- 発熱の有無と程度
- 海外渡航歴や感染者との接触歴
これらの情報は、細菌性赤痢を疑うための重要な手がかりとなります。
身体所見の観察
次に、身体所見の観察を行います。 細菌性赤痢では、以下のような所見が見られることがあります。
身体部位 | 所見 |
腹部 | 圧痛、反跳痛、腹部膨満 |
肛門部 | 発赤、腫脹、潰瘍 |
これらの所見は、腸管の炎症や合併症を示唆する重要な手がかりとなります。
検査による病原体の特定
臨床所見から細菌性赤痢が疑われる際、検査により病原体を特定することが不可欠です。 以下のような検査が行われます。
これらの検査結果を総合的に判断することで、確定診断が下されます。
臨床診断と確定診断
細菌性赤痢の診断は、以下の手順で行われます。
- 症状と病歴から細菌性赤痢を疑う(臨床診断)
- 身体所見を観察し、細菌性赤痢を支持する所見を確認する
- 検査により赤痢菌を特定する(確定診断)
臨床診断は、早期治療を開始するために重要な役割を果たします。
一方、確定診断は、適切な治療方針を決定するために必要不可欠です。
細菌性赤痢の治療法と処方薬
細菌性赤痢の治療では、抗菌薬治療と輸液治療が中心となり、症状に応じた対症療法が行われます。
適切な治療を行うことで、ほとんどの患者は後遺症なく回復が可能です。
抗菌薬治療
細菌性赤痢の治療において、抗菌薬の投与は不可欠です。
病原体である赤痢菌を排除することで、症状の改善と合併症の予防が可能となります。
抗菌薬 | 特徴 |
フルオロキノロン系 | 第一選択薬、耐性菌の出現あり |
セフェム系 | 有効性が高い、静注可能 |
マクロライド系 | 妊婦や小児にも使用可能 |
抗菌薬の選択は、患者の年齢や基礎疾患、耐性菌の有無などを考慮して決定されます。
輸液治療
細菌性赤痢では、頻回の下痢により大量の水分と電解質が失われるため、脱水への対処が大切です。
輸液治療により、水分と電解質を補充し、脱水を予防・改善し、以下のような輸液製剤が使用されます。
- 生理食塩水
- リンゲル液
- 糖電解質液
重症度や患者の状態に応じて、適切な輸液製剤を選択することが重要です。
対症療法
細菌性赤痢では、抗菌薬治療と輸液治療に加えて、症状に応じた対症療法が行われます。
症状 | 治療薬 |
腹痛 | 鎮痛薬(アセトアミノフェンなど) |
発熱 | 解熱薬(アセトアミノフェンなど) |
下痢 | 整腸剤(ロペラミドなど) |
これらの対症療法により、患者の苦痛を軽減し、QOLの向上を図ることができます。
治療に必要な期間と予後について
細菌性赤痢の治療期間と予後は、病原体の種類や患者の状態によって異なりますが、適切な治療を行うことで、ほとんどの患者は後遺症なく回復が可能です。
ただし、重症化のリスクが高い患者では、慎重な経過観察が必要であり、感染予防対策も重要です。
治療期間の目安
細菌性赤痢の治療期間は、以下の要因によって異なります。
要因 | 治療期間への影響 |
病原体の種類 | 長短あり |
患者の年齢 | 高齢者は長期化 |
基礎疾患の有無 | 基礎疾患で長期化 |
合併症の有無 | 合併症で長期化 |
一般的には、抗菌薬治療を開始して5〜7日程度で症状が改善し、治療が終了します。
ただし、重症例や合併症を有する患者では、治療期間が2週間以上に及ぶこともあります。
予後の評価
細菌性赤痢の予後は、以下の要因によって左右されます。
- 早期診断と治療開始
- 適切な抗菌薬の選択
- 脱水への対処
- 合併症の予防と治療
これらの要因に適切に対処することで、ほとんどの患者は後遺症なく回復が可能です。
予後 | 割合 |
後遺症なし | 90%以上 |
軽度の後遺症 | 5%程度 |
重度の後遺症 | 1%未満 |
死亡 | 0.1%未満 |
ただし、高齢者や基礎疾患を有する患者、免疫抑制状態の患者では、重症化のリスクが高くなります。
後遺症の種類
細菌性赤痢では、以下のような後遺症が見られることがあります。
- 反応性関節炎
- 赤痢後ぶどう膜炎
- 尿道炎
- 結節性紅斑
これらの後遺症は、適切な治療により改善が期待できます。
細菌性赤痢の治療における副作用やリスク
細菌性赤痢の治療では、抗菌薬や対症療法薬の副作用、脱水やAADのリスクに十分注意する必要があります。
抗菌薬の副作用
細菌性赤痢の治療に使用される抗菌薬は、以下のような副作用を引き起こすことがあります。
抗菌薬 | 主な副作用 |
フルオロキノロン系 | 腱炎、腱断裂、中枢神経系の副作用 |
セフェム系 | アレルギー反応、肝機能障害 |
マクロライド系 | 消化器症状、QT延長 |
これらの副作用は、患者の年齢や基礎疾患によって発現リスクが異なります。 特に高齢者や小児では、副作用の発現に注意が必要です。
対症療法薬の副作用
細菌性赤痢の治療では、対症療法薬としてロペラミドなどの止瀉薬が使用されることがあります。
しかし、これらの薬剤は以下のような副作用を引き起こす可能性があります。
- 腸管麻痺
- 中毒性巨大結腸症
- 意識障害
特に、重症例や高齢者への使用は慎重に行う必要があります。
脱水のリスク
細菌性赤痢では、頻回の下痢により大量の水分と電解質が失われるため、脱水のリスクが高くなります。
脱水が進行すると、以下のような合併症を引き起こすことがあります。
- 急性腎障害
- 循環不全
- 意識障害
適切な輸液治療を行わないと、これらの合併症が重篤化するリスクがあります。
脱水の程度 | 主な症状 |
軽度 | 口渇、皮膚の乾燥 |
中等度 | めまい、頻脈、血圧低下 |
重度 | 意識障害、ショック、腎不全 |
脱水の進行を防ぐためには、早期から適切な輸液治療を開始することが大切です。
AADのリスク
細菌性赤痢の治療で抗菌薬を使用すると、antibiotics-associated diarrhea(AAD)を発症するリスクがあります。
AADは、抗菌薬によって腸内細菌叢のバランスが乱れることで引き起こされる下痢症です。
特にClostridium difficileによる感染(CDI)は、重篤な経過をたどることがあります。 CDIでは、以下のような症状が見られます。
- 水様性下痢
- 発熱
- 腹痛
CDIの発症を防ぐためには、不必要な抗菌薬の使用を避け、抗菌薬の選択を慎重に行うことが重要です。
予防方法
細菌性赤痢の予防には、衛生管理の徹底と感染経路の遮断が大切です。
手洗いの徹底
細菌性赤痢の予防において、手洗いは最も基本的かつ効果的な方法です。
以下のタイミングで、石鹸を使った丁寧な手洗いを行うことが重要です。
- トイレの後
- 食事の前
- 調理の前後
- 外出先からの帰宅時
特に、流行地域への渡航者や感染者との接触がある際は、より頻回の手洗いが求められます。
安全な水の確保
赤痢菌は、汚染された水を介して感染することがあります。
安全な水を確保することが、細菌性赤痢の予防に不可欠です。
水の種類 | 安全性 |
水道水 | 国や地域によって異なる |
ミネラルウォーター | 未開封のものは安全 |
井戸水 | 汚染のリスクあり、飲用前に煮沸が必要 |
流行地域では、水道水の安全性が担保されていない場合があるため、注意が必要です。
食品の衛生管理
赤痢菌は、汚染された食品からも感染します。
食品の衛生管理を徹底することが、細菌性赤痢の予防に大切で、以下のような点に注意が必要です。
- 生鮮食品は十分に加熱する
- 調理器具は清潔に保つ
- 生食は避ける
- 賞味期限の切れた食品は食べない
特に、流行地域では、衛生管理の行き届いていない食品に注意が必要です。
感染者との接触を避ける
細菌性赤痢は、感染者との直接的な接触によっても感染します。
感染者との接触を避けることが、細菌性赤痢の予防には重要です。
接触の種類 | 感染リスク |
直接接触 | 高い |
間接接触 | 中程度 |
感染者のいる家庭や施設では、以下のような対策が求められます。
- 感染者の隔離
- 手洗いの徹底
- 消毒の実施
- 汚染された物品の処理
感染者との接触を避け、適切な対策を講じることで、感染拡大を防ぐことができます。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来治療の費用の内訳
細菌性赤痢の外来治療では、以下のような費用が発生します。
項目 | 費用の目安 |
診察料 | 1,000円 – 3,000円 |
検査費 | 5,000円 – 10,000円 |
投薬費 | 3,000円 – 10,000円 |
輸液費 | 3,000円 – 5,000円(必要時) |
これらの費用を合計すると、1回の受診で10,000円 – 30,000円程度の費用がかかることがあります。
ただし、健康保険が適用される際は、自己負担額は3割程度(3,000円 – 9,000円)になります。
入院治療の費用の内訳
重症例や合併症を有する患者では、入院治療が必要になることがあります。 入院治療では、以下のような費用が発生します。
項目 | 費用の目安(1日あたり) |
入院料 | 5,000円 – 10,000円 |
検査費 | 3,000円 – 10,000円 |
投薬費 | 3,000円 – 10,000円 |
処置費 | 3,000円 – 5,000円 |
入院期間は症状や治療経過によって異なりますが、一般的には5日 – 14日程度です。
したがって、入院治療の総費用は50,000円 – 500,000円程度になることがあります。
健康保険が適用される場合でも、自己負担額は15,000円 – 150,000円程度になります。
以上
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