バイオテロリズム(bioterrorism)とは、生物兵器を用いて行われるテロ行為のことです。
この行為は、細菌やウイルス、その他の病原体を意図的に広めることで、多くの人々に感染症を引き起こす可能性があります。
バイオテロリズムは、広い範囲で大勢の人々を感染させる恐れがあるため、公衆衛生に対する重大な脅威です。
使用される可能性がある病原体としては、炭疽菌や天然痘ウイルス、ペスト菌、ボツリヌス菌毒素などが挙げられます。
バイオテロリズムの種類(病型)
バイオテロに悪用される可能性のある病原体は、いくつかあります。
最も危険性の高い病原体
公衆衛生上最も危険性が高いとされるものは、炭疽菌、ボツリヌス毒素、ペスト菌、天然痘ウイルスなどです。
これらの病原体は、容易に人から人へ伝播し、高い致死率を持つ可能性があるため、公衆衛生システムへの影響が大きくなります。
病原体 | 特徴 |
炭疽菌 | 芽胞形成能力が高く、環境中で長期生存可能 |
ボツリヌス毒素 | 既知の毒素中最強の毒性を持つ |
炭疽:環境中での安定性が高い病原体
炭疽菌は、芽胞を形成する能力を持つため、環境中で長期間生存できます。
この特性により、一度汚染された地域の除染が困難となる可能性があります。
炭疽には、肺炭疽、皮膚炭疽、腸炭疽の3つの主要な臨床型があり、特に肺炭疽は致死率が高いです。
ボツリヌス中毒:強力な神経毒素による疾患
ボツリヌス中毒は、クロストリジウム・ボツリヌム菌が産生する神経毒素によって引き起こされます。
この毒素は、既知の生物学的毒素の中で最も強力なものの一つとされており、極めて微量でも重篤な神経症状を起こす可能性があります。
食品を介した自然発生的なボツリヌス中毒もありますが、意図的に使用された場合、その影響は甚大です。
ペスト:歴史的に大きな影響を与えた感染症
ペストは、ペスト菌(エルシニア・ペスティス)によって引き起こされる感染症で、歴史的にパンデミックを引き起こし、多くの人命を奪ってきました。
主な臨床型として、腺ペスト、肺ペスト、敗血症ペストがあり、特に肺ペストは人から人への伝播力が高いです。
臨床型 | 特徴 |
腺ペスト | リンパ節腫脹が特徴的 |
肺ペスト | 人から人への伝播力が高い |
天然痘:根絶されたはずの感染症
天然痘は、1980年に世界保健機関(WHO)によって根絶宣言がなされた感染症です。
しかし、研究目的で保管されているウイルス株の存在や、合成生物学の進歩により、再び脅威となる可能性が指摘され、高い伝播力と致死率を持ちます。
バイオテロリズムの主な症状
バイオテロ攻撃で使用される代表的な病原体がもたらす症状は、それぞれの病原体によって大きく異なります。
炭疽の症状
炭疽は、感染する場所によって違った症状を示します。
- 皮膚炭疽:痛みを伴わない黒い痂皮(かさぶた)という特徴的な皮膚の変化が現れ、その周りが腫れることがあります。
- 肺炭疽:初めはインフルエンザのような症状を示しますが、急速に息苦しくなり、チアノーゼ(体が青紫色になる状態)、ショック状態へと悪化していきます。
- 腸炭疽:お腹の痛み、吐き気、嘔吐、血の混じった下痢などの消化器に関する症状が中心です。
炭疽の種類 | 主な症状 |
皮膚炭疽 | 無痛性黒色痂皮、周囲の浮腫 |
肺炭疽 | 呼吸困難、チアノーゼ、ショック |
腸炭疽 | 腹痛、悪心、嘔吐、血性下痢 |
ボツリヌス中毒の症状
ボツリヌス中毒は、強力な神経毒素による中毒症です。
主な症状
- 物が二重に見えたり、かすんで見えたりする視覚の異常
- 飲み込みにくくなる
- 言葉がうまく話せなくなる
- 体全体の筋肉が弱くなる
- 呼吸を司る筋肉の麻痺による呼吸の困難
これらの症状は体の左右で同じように現れ、意識ははっきりしています。
ペストの症状
ペストは、主にリンパ節型と肺型があり、それぞれ異なる症状を示します。
- リンパ節型ペスト:高い熱や寒気、頭痛などの全身症状とともに、特徴的な腫れ上がったリンパ節(ペストブボンと呼ばれます)が現れます。
- 肺型ペスト:急に熱が出て、咳や胸の痛み、血の混じった痰などの呼吸器に関する症状が現れ、急速に呼吸ができなくなっていきます。
ペストの型 | 主な症状 |
リンパ節型 | 高熱、悪寒、頭痛、腫大リンパ節 |
肺型 | 急激な発熱、咳嗽、胸痛、血痰 |
肺型ペストは特に感染力が強く、治療しない場合の死亡率が非常に高いです。
天然痘の症状
天然痘は、一定の潜伏期間の後に特徴的な発疹が全身に現れます。
最初の症状として、高い熱や頭痛、背中の痛みなどが現れ、その後、口の中や顔から始まる発疹が全身に広がります。
この発疹は、斑点→丘疹→水疱→膿疱→痂皮形成という順序で変化していき、同じ段階の発疹が同時に存在することが特徴です。
重症化すると、出血を伴う病変や細菌の二次感染を合併することがあります。
天然痘の症状の進行
- 潜伏期(7-17日)
- 前駆期(2-4日):高熱、全身のだるさ
- 発疹期(約4日):特徴的な発疹の出現
- 膿疱期(約5-8日):発疹が膿んだ状態になる
- 痂皮期(約9日):かさぶたの形成
- 回復期:かさぶたが落ち、跡が残る
バイオテロリズムの原因・感染経路
バイオテロ攻撃は、特定の病原体や生物由来の毒素を意図的にばらまくことで引き起こされ、感染が広がる仕組みは使用される病原体によってさまざまです。
バイオテロリズムの原因
テロリストや敵対する国家が、大規模な被害や社会の混乱を引き起こすことを目的として、生物兵器を使用することがあります。
これらの行為は、国際法で厳しく禁止されていますが、その製造や使用を完全に防ぐことは難しいのが現状です。
使用される主な病原体
バイオテロ攻撃で使用される可能性のある主な病原体
- 炭疽菌
- 天然痘ウイルス
- ペスト菌
- ボツリヌス毒素
これらの病原体は、感染力が強かったり、死亡率が高かったり、環境の中で長く生き残れたりするなどの特徴を持っています。
感染経路
主な感染経路には以下のようなものがあります。
1. 吸入感染:病原体を含む微小な粒子を吸い込むことによる感染
2. 経口感染:汚染された食べ物や水を口にすることによる感染
3. 経皮感染:病原体が直接皮膚に触れることによる感染
4. 媒介動物感染:感染した動物や昆虫を介して感染すること
二次感染のリスク
バイオテロ攻撃による感染症の中には、人から人へ感染する力が強いものがあり、二次感染のリスクが高いです。
特に、天然痘やペストなどは、対策が取られない場合、急速に感染が広がる可能性があります。
医療従事者や患者さんの家族などは、二次感染のリスクが特に高い集団です。
診察(検査)と診断
バイオテロの診断は、疫学的情報、臨床症状、検査結果を総合的に評価して行われ、早期に発見し迅速に対応することが欠かせません。
初期評価と疫学的調査
バイオテロの疑いがある際には、まず詳しい問診と身体診察が行われます。
患者さんの症状や発症時期、地理的な情報、職業、最近の旅行歴、同じような症状を示す人々との接触歴などを慎重に調べます。
同時に、地域の公衆衛生を担当する機関と協力して、似たような症例が集中して発生していないか、普段とは異なる病気のパターンが見られないかを確認することが重要です。
臨床検査
バイオテロの診断には、一般的な臨床検査に加えて、特殊な検査が必要です。
血液検査、尿検査、画像診断などの一般的な検査に加え、特定の病原体を見つけるための特殊な検査が実施されます。
検査種類 | 内容 |
血液検査 | 白血球数、CRP、肝機能、腎機能など |
画像診断 | 胸部X線、CT、MRIなど |
微生物学的検査 | 培養検査、PCR検査、抗原検出など |
微生物学的検査
バイオテロの確定診断には、微生物学的検査が不可欠です。
実施される検査
- 培養検査:血液、喀痰、皮膚病変などから病原体を分離して調べる
- PCR検査:病原体の遺伝子を検出する
- 抗原検出:病原体に特有の抗原を検出する
- 血清学的検査:患者さんの血清中にある特異的な抗体を検出する
これらの検査は、高度な安全設備を備えた専門の検査機関で行われることが多いです。
環境サンプリング
バイオテロの疑いがある場合、空気や水、土壌などの環境サンプルを採取し、病原体が存在していないかを確認します。
サンプル種類 | 採取方法 |
空気 | エアサンプラーによる採取 |
水 | 無菌容器による採取 |
土壌 | 滅菌スパーテルによる採取 |
バイオテロリズムの治療法と処方薬、治療期間
バイオテロ攻撃で使用される代表的な病原体に対する治療では、抗生物質や抗毒素を投与します。
炭疽の治療
炭疽の治療は、抗生物質の投与が中心となります。
一般的に、シプロフロキサシンやドキシサイクリンが第一選択薬です。
重症の患者さんでは、複数の抗生物質を組み合わせて使うことがあります。
薬剤名 | 投与量 |
シプロフロキサシン | 500mg 1日2回 |
ドキシサイクリン | 100mg 1日2回 |
治療期間は通常60日間とされていますが、患者さんの状態に応じて調整されます。
吸入炭疽の場合、早期に治療を始めるかどうかが生存率を大きく左右するため、疑わしい症状がある場合には直ちに治療を開始することが大切です。
ボツリヌス中毒の治療
ボツリヌス中毒の治療の中心は、抗毒素療法で、呼吸のサポートを含む集中治療が必要になることが多いです。
治療法 | 内容 |
抗毒素療法 | ボツリヌス抗毒素の投与 |
支持療法 | 人工呼吸器管理、栄養管理 |
治療期間は、症状の重さによって大きく異なりますが、数週間から数か月に及ぶことがあります。
ペストの治療
ペストの治療には、強力な抗生物質療法が必要です。
主に使用される抗生物質
- ストレプトマイシン
- ゲンタマイシン
- ドキシサイクリン
- クロラムフェニコール
肺ペストの場合、治療は直ちに開始する必要があり、遅れると命に関わる可能性があります。
治療期間は通常10〜14日間ですが、患者さんの反応に応じて延長されることがあり、他の人への感染を防ぐため、患者さんの隔離も重要です。
天然痘の治療
天然痘に対する特別な治療法はなく、主に症状をやわらげる治療が中心です。
しかし、近年、抗ウイルス薬であるテコビリマットが開発され、治療の選択肢の一つとなっています。
治療法 | 内容 |
支持療法 | 水分補給、解熱鎮痛薬投与 |
抗ウイルス療法 | テコビリマットの投与 |
治療期間は、発症から全ての痂皮(かさぶた)が落ちるまでの約4週間で、この間、厳重な隔離が必要です。
予後と予防
バイオテロ攻撃後の回復見込みは使用された病原体の種類や迅速な対応の有無に大きく影響され、再発を防ぐには各機関との協力と管理体制が欠かせません。
予後
バイオテロ攻撃後の回復見込みは、使われた病原体の種類、感染の程度、早期発見と素早い対応などによって大きく変わってきます。
一般的に、早い段階で発見され対応が取られた場合、回復の見込みは比較的良好です。
しかし、一部の病原体では重い後遺症や長期的な健康への影響が心配されるため、継続的に経過を見守る必要があります。
病原体 | 予後 |
炭疽菌 | 早期発見で90%以上の生存率 |
天然痘ウイルス | 致死率30%程度 |
ボツリヌス毒素 | 早期対応で生存率向上 |
予防対策
バイオテロを防ぐには、多角的なアプローチが必要です。
国家レベルでは、以下のような対策が講じられています。
予防レベル | 対策例 |
地域 | 監視システム、緊急時対応計画 |
国家 | 法整備、研究開発、国際協力 |
サーベイランスと早期警戒システム
バイオテロを早期に発見し、素早く対応するために、効果的な監視システムの構築が不可欠です。
これには、医療機関からの報告システム、環境のモニタリング、病原体の遺伝子データベースなどが含まれます。
バイオテロリズムの治療における副作用やリスク
バイオテロ攻撃の治療には、強い薬や体に負担のかかる処置が必要になることが多く、さまざまな副作用やリスクが伴います。
抗生物質療法の副作用
バイオテロ攻撃の治療では、多くの場合、強い抗生物質を長期間使用します。
主な副作用
- お腹の調子が悪くなる(吐き気、嘔吐、下痢)
- 肝臓の働きが悪くなる
- 腎臓の働きが悪くなる
- アレルギー反応が出る
- 薬が効かない菌が現れる
長い期間使ったり、多めの量を使ったりする場合、副作用が起こりやすいです。
抗生物質 | 主な副作用 |
シプロフロキサシン | 腱に障害が出る、日光に当たると皮膚に異常が出る |
ドキシサイクリン | 歯が変色する、日光に当たると皮膚に異常が出る |
ゲンタマイシン | 腎臓に悪影響がある、耳に悪影響がある |
抗毒素療法のリスク
ボツリヌス中毒などの治療に使う抗毒素療法には、以下のようなリスクがあります。
- アナフィラキシーショック(重いアレルギー反応)
- 血清病(抗毒素に対する免疫反応)
- 免疫複合体疾患(抗体と抗原が結合して引き起こす病気)
これらの副作用は命に関わる可能性があるため、慎重に投与し、しっかりと経過を見守る必要があります。
支持療法に伴うリスク
重症の場合、人工呼吸器や血液を浄化する治療など、体に負担のかかる支持療法が必要になることがあります。
支持療法 | 主なリスク |
人工呼吸器管理 | 肺炎になる、気道を傷つける |
血液浄化療法 | 出血する、血圧が下がる、体内の電解質のバランスが崩れる |
中心静脈カテーテル | カテーテルを通じて血液が感染する |
二次感染のリスク
バイオテロ攻撃の被害に遭った人は、免疫力が弱くなっていることが多く、別の感染症にかかりやすくなっています。
長期間入院したり、体に負担のかかる処置を受けたりする患者さんでは、病院内での感染のリスクが高くなります。
- 薬が効きにくい菌による感染症
- カテーテルを通じて血液が感染する
- 人工呼吸器を使うことで起こる肺炎
- クロストリディオイデス・ディフィシルという菌による感染症
これらの二次感染を防ぐためには、厳重な感染対策と抗菌薬の使用が欠かせません。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
バイオテロリズムの治療費は、一般的に高額になる傾向があります。
初診料と再診料
初診料は2,820円、再診料は720円が基本です。
検査費用
バイオテロリズムの診断には、高度な検査が必要となり、その費用は通常の感染症よりも高額です。
検査項目 | 費用目安 |
PCR検査 | 20,000円~50,000円 |
血液培養 | 10,000円~30,000円 |
処置費用
症状に応じて処置が必要で、費用は数万円から数十万円に及ぶことがあります。
入院費用
重症例では長期入院が必要となり、1日あたり10万円以上かかることもあります。
入院期間 | 費用目安 |
1週間 | 70万円~100万円 |
1ヶ月 | 300万円~500万円 |
以上
Klietmann WF, Ruoff KL. Bioterrorism: implications for the clinical microbiologist. Clinical Microbiology Reviews. 2001 Apr 1;14(2):364-81.
Lim DV, Simpson JM, Kearns EA, Kramer MF. Current and developing technologies for monitoring agents of bioterrorism and biowarfare. Clinical microbiology reviews. 2005 Oct;18(4):583-607.
Rathjen NA, Shahbodaghi SD. Bioterrorism. American Family Physician. 2021 Oct;104(4):376-85.
Henderson DA. Bioterrorism as a public health threat. Emerging infectious diseases. 1998 Jul;4(3):488.
Christian MD. Biowarfare and bioterrorism. Critical care clinics. 2013 Jul 1;29(3):717-56.
Bellamy RJ, Freedman AR. Bioterrorism. Qjm. 2001 Apr 1;94(4):227-34.
Atlas RM. Bioterrorism: from threat to reality. Annual Reviews in Microbiology. 2002 Oct;56(1):167-85.
Jansen HJ, Breeveld FJ, Stijnis C, Grobusch MP. Biological warfare, bioterrorism, and biocrime. Clinical Microbiology and Infection. 2014 Jun 1;20(6):488-96.
Anderson PD, Bokor G. Bioterrorism: pathogens as weapons. Journal of pharmacy practice. 2012 Oct;25(5):521-9.
Hilleman MR. Overview: cause and prevention in biowarfare and bioterrorism. Vaccine. 2002 Aug 19;20(25-26):3055-67.